殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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負けないんだからッ!

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 魔刀アマリから放たれた真空の刃は、黄昏の空を切り裂いて、幻惑の囲いにヒビを入れた。

 魔法を信じて放った真空刃は、天邪鬼のアマリの能力によって、偽りの世界に閉じ込める壁を無効化したのだ。

 パリンと音をさせて崩れ落ちていくマナの破片は、光りながら空中で消えていった。

「ざまぁみろ、糞が」

 幻から解き放たれたモンジャスとガキャージはは、何が起きたのか理解できないまま辺りを見回した。

「キリマルが正体不明の声と喋って、刀を振るったかと思ったら、空から光の破片が降ってきたわい!」

「おい! あそこにネクロマンサーのディンゴがおるゾイ!」

 小さなネクロマンサーは舌打ちをして、こちらを睨んでいる。

「チィ! 幻の中で大人しくゾンビ化を待っていればよかったものを!」

 幻術を破られたにもかかわらず、ディンゴは少し離れた木の陰で詠唱を続けていた。このままだと他の奴らはともかく、俺もゾンビになる可能性がある。

「させるかよ!」

 間に合うか?

 小賢しいことに、ディンゴは詠唱しながら木の後ろに隠れてしまった。俺からの遠隔攻撃を警戒しているのだ。

 木が盾替わりになって神速居合斬りの斬撃は奴には届かねぇかもしれねぇ。

「この刹那に解決しねぇと、俺はゾンビだぞ!」

 なにか閃けと思いながら俺は腰を下ろして、大きく脚を開くと牙突のポーズを取った。

「漫画みたいに上手くいくとは思えねぇが、あの木を穿ってその後ろにいるディンゴを貫け、アマリ!」

 殺意がオーラとなって俺を包む。

 あいつは殺す。絶対に殺す。俺様に歯向かったのだから当然殺す。生意気な糞野郎は漏れなく殺す。

「必殺!」

 俺は絶対に必殺技は言わねぇ。でも必殺! までは言う。その続きを俺の意思を汲み取ったアマリが、叫ぶのがいつものお決まりのパターンだ。

穿孔せんこう一突き!」

 あった。アマリが技名を言ったという事は俺のイメージするものと、似たような技があったという事だ。漫画で見たような技でも閃きと捉えてくれるのか。

 前に突き出した刀の先から、レーザービームのようなものが発射される。

 そのビームはピュンと空気を貫いて突き進み、ディンゴの隠れる木に小さな穴を開けた。

「手応えはあった! 俺の勝ちだ、ディンゴ! ヒハハ!」

 俺は奴を仕留めたと確信して奴に近づいていくと、黒ローブが木の後ろで揺らめいていた。

「・・・」

 ディンゴが無言でドサリと倒れて白目をこちらに向けている。間抜けな顔だな。ハハッ!

 辞世の句でも聞いてやろうかと思ったが、既に心臓を貫かれて絶命していたようだ。

 様子を見ていた老騎士二人も俺の後を追って来る。

「おい! キリマル! 何でディンゴを攻撃したんじゃゾイ? 黒ローブとはいえ、そいつは何も悪さをしてないゾイ!」

「いいや、しようとしてただろ。俺とディンゴの話を聞いてなかったのか? ああ、そうか。幻の術の前後は記憶が曖昧になるんだったな。こいつはな、村の全員をゾンビにしようとしてたんだわ」

「なんじゃと! まぁそれは後々調べるとして・・・。今日は次から次へとトラブルが起きる日じゃわい!」

「ん~。トラブルはまだまだ続きそうだぜ、爺ども」

 俺は村はずれの向こうからやって来るゾンビの群れを見てそう言った。

「なぬ!」

「これは凄い数じゃゾイ! やぐらを登って鐘を鳴らしてくる!」

 確かにすげぇ数だな。街道にいるゾンビだけでも二百人ぐらいいるか? おや? 見た事のある顔があるな。元ヴァンパイアの奴らもゾンビにされたのか。ハハハ。

 ガキャージが櫓を登って鐘を鳴らしている間にも、村に続く街道の森からはゾンビが次々と現れて、アーアーと呻きながら近づいて来る。

「うざったい最後っ屁をかましてくれたなぁ? ディンゴさんよぉ」

 俺はその辺にあったロープでディンゴをボンレスハムのように縛り付けた。ほっとけば生き返って逃げられるからな。

「さてと・・・、どうすっか」

 村は一応太い木の杭で守られてはいるが、入り口と出口はがら空きだ。騎士が現れて素早くバリケードを築き、その後ろで大盾を持って構えている。

「お? 中々用意が良いじゃねぇか。上からの指示がなくてもそれぞれが、役目を果たしている。スライムの時もこうだったらよかったのにな」

「スライムは急に村の中に現れたからの。想定外じゃ。イノリスの村は他と違って近くの草原で霧の魔物が湧くし、森の中は、盗賊が根城にし易い廃墟や洞窟が多いからの」

「道理で冒険者も多いはずだ。今まで村が平和だったのも、あいつらのお陰か?」

「あいつらと、騎士であるワシらのお陰じゃ」

 緊急依頼を受けた冒険者たちがぞろぞろと村はずれにあるギルドから現れた。しかも一目で手練れだと解る者が多い。なぜ手練れだと解るのかというと、奴らの面構えだ。

 どいつもこいつも据わった目をしてるし、何よりも慌てたりしていねぇ。

「こりゃ俺が出るまでもねぇか?」

 冒険者の中のレンジャーたちが櫓に登って、ゾンビに向けて矢を放っていた。中には魔法を矢に籠めて撃つ者もいて、ゾンビに当たると周囲に爆発を起こして巻き込んでいる。

「火矢は誰も撃ってねぇな。ゾンビは火に弱いんだろ?」

「炎上したゾンビが周囲を徘徊して、色んな物を燃やしかねんからの」

「そりゃそうだな。しかしこんだけの死体を、ディンゴはどこに隠してやがったんだ」

「奴は以前から盗賊討伐の依頼を頻繁に受けていた。きっちりと依頼をこなして帰って来るから、皆感謝しておったんじゃが、実のところはこのゾンビ軍団の為に遺体を集めておったってわけじゃな」

 ディンゴの野郎、自分が死んだら村を襲うようにゾンビに命令でもしてたのか? うっとおしい奴だ。

「まぁでも、こりゃ村側の勝ちだな」

 俺はバリケードの隙間から、槍でゾンビの頭を的確に狙う騎士たちを見ながら呟いた。

「う~む、それはどうかの・・・」

 モンジャスは、髭を扱いて苦い顔をしている。

「この村にはビャクヤのような強力なメイジがおらんのだわ。こういうアンデッドの大群相手には、早期決着が望ましい。なぜなら奴らは疲れを知らんでな。朝も夜もひっきりなしに襲撃してくる」

「早く勝負を決めないと、時間と共にこちらが不利になるってわけか」

「そういう事じゃ」

「そういやビャクヤはなにしてんだ・・・・」




「クライネ様、外が騒がしいようですぞッ! すぐに様子を見に行きましょうッ!」

 リンネを生き返らせる情報と引き換えに、ただベッドに横たわっていればいいと言われたビャクヤだったが、全身を舐めまわすクライネに外の異変を伝えた。

「へぇ、君は股間をこんなにしているのに、外に出るというのかね?」

 クライネは敢えてはち切れそうなビャクヤの股間には触れないで内腿を擦っている。喋り方も甘えた女の喋り方ではなく、騎士団長のものに戻っていた。

「(喋り方が戻ったという事は、吾輩を落とせる自信があるという表れか?)しかし、ただ事ではない様子ッ! 貴方には騎士団長としての務めがあるのではッ!?」

 はぁ、とため息をついてクライネはビャクヤをギュッと抱きしめてから、服を着始めた。

(助かった)

「用事が済んだらまた再開する。君は私のベッドで一時間横たわり、その間何が起きても寝たふりをするという約束なのだからな。まだ残り40分もある」

「解っておりますッ! クライネ様! (その40分で吾輩の劣情を刺激して、自発的に襲わせるつもりなのでしょうがッ! 吾輩はッ! 負けませんよッ! 既に股間が激おこビンビン丸で負けそうですがッ! だがしかし! 吾輩のおチンチンはリンネ様の為にある! クライネ様のおマンマンなんかには負けないんだからッ!)」

 負けるフラグが立ちそうだと思いつつも、ビャクヤは何とか股間を静めてマントを着ると、クライネと共に家を出た。
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