殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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筋肉の神

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 体のあらゆる場所から腐臭を漂わせ、腐汁を零す死体たちはとうとう村を取り囲んでしまった。

 村を囲む太い木の杭からは、爪で引っかく音が聞こえてきて村人たちは戦慄し、耳を塞いでいた。

「守られるだけの糞どもは、ゾンビの囮にでもなって死ねばいいのによ」

 村人を見ながらそう呟いて、俺は櫓の上から放った技でゾンビの首を刎ねていく。

「こりゃ限がねぇな」

 俺は無残一閃の撃ち過ぎで、頭がクラクラしてきた。

「なんで必殺技を撃つと、スタミナが減ったり、頭が疲れてくるんだ?」

「必殺技はマナを消費する。マナを使い終わると、今度はスタミナを消費する。更に撃ち続けると気絶する」

 アマリが重要なお知らせを教えてくれた。もっと初期に教えておいてくれや。道理でしんどいはずだわ。

「ぎゃああ!」

 ん~! 心地良い悲鳴だ。誰だ? とうとう味方に犠牲者が出たか?

 違うな。俺が斬った元盗賊のゾンビが、普通に時間経過で蘇生して、またゾンビに襲われてんだわ。ハハハ! わりぃな!

 そしてゾンビに殺されてゾンビに逆戻りすると・・・。

「こうなるといよいよビャクヤがいねぇと駄目だな」

 バリケードもボロボロで、そう長くは持たねぇ。

 俺は櫓から降りて、村の入り口でゾンビどもを待ち構えようかと思っていると、突然雷鳴のような大声が近くの櫓から聞こえてきた。

「きぃぃぃん肉ッ! マッソォォォ!」

 誰だ、こんな時にふざけてる奴は。

 大柄な誰かが、そう叫びながらゾンビの真ん中に飛び下りた。どうやら死にたい馬鹿がいるようだな。

「筋肉の神に愛されし男が今! 魂を失いし亡者らを打ち叩いて浄化する! アトラァァァァス☆インパクト!」

「おお?」

 禿げた筋肉達磨は着地と同時に地面に拳を叩きつけて、周囲に衝撃波を発生させやがった。腐ったゾンビ達がバラバラになって吹き飛んでいく。

「ヌハッ! ヌハッ! ヌハハハ!」

 ストレッチマンみたいな笑い方しやがって。ようやくお目覚めか、リンネの父親アトラス・ボーン。

「これはいったいどういう事ですかな、モンジャス護衛長殿!」

 群がって来るゾンビを無視して、アトラスは筋肉ポーズを決めてモンジャスに訊ねた。

 鋼のような肉体はゾンビ達の攻撃をものともしない。嘘だろ・・・、アトラス。おめぇは盗賊のバックスタブでは簡単に死んだのに。

 アトラスが前線に出て村を守っている事に驚きつつも、モンジャスは質問に答えた。

「廃城のディンゴじゃよ! 奴が村人全員をゾンビにしようとしたんじゃわ! 人修羅のキリマルがそれを阻止してディンゴを倒したんじゃがの、それが切欠かは解らんが、ゾンビの大群が押し寄せてきたんじゃ!」

「ディンゴ・・・」

 まぁ関係の深いディンゴには思うところはあるだろうよ、アトラスさん。

「あんた、生き返ったばっかりで、マナもスタミナも有り余ってるだろ? ビャクヤが来るまで暫くゾンビ達を引き付けておいてくれ」

「わかった! それから村を守ってくれて感謝する! 悪魔キリマル!」

 ゾンビに引っかかれながらも、アトラスは腕を広げると突然回転を始めた。

「我が聖なる小手が敵を打ち砕く! アトラス☆スピンラリアット!」

 アトラスの腕全体を覆う――――、大きな魔法の小手が鈍く赤色に光ると、丸太のような腕がゾンビたちを吹き飛ばす。

 が、如何せん元盗賊たちは小さい者が多く、アトラスの腕はゾンビの頭の上で空振りをしている。

 アトラスが攻撃をし損ねたゾンビを、レンジャーたちが間髪入れず矢で仕留めていった。良い連携だ。

「技に自分の名前を付け加えるとか、恥ずかしくねぇのかねぇ」

「恥ずかしい事ではない。実質的だと思う。なぜなら自分の名前を技名に加える事で、思入れが深くなり、威力が上がるから」

 アマリは暇があると本を読んで知識を吸収しているが、その名前云々のソースは疑わしいな。

「ほんとだな? じゃあやってみるぞ?」

 俺はあまり残っていないマナに気を使いながらも、刀を構えた。

「霧丸☆無残一閃!」

 よくよく考えりゃよ・・・。威力が上がろうが下がろうが、俺の広範囲の薙ぎ払いはゾンビの首を必ず刎ねる事を忘れていたわ。

「フフフ、キリマルが技名を言った。しかも自分の名前と一緒に」

「さてはてめぇ! 担ぎやがったな? 嘘か?」

「嘘」

 こんの糞アマァ! 温存しておきたかったマナが減っただろうが!

「おお! じゃが、二十匹ぐらいは数を減らせたゾイ!」

 少し離れた櫓でガキャージが飛び跳ねて喜んでいる。

 それでもまだ残りは何匹いるかはわからねぇ。二百匹ぐらいで打ち止めかと思っていたゾンビは、今も続々と森の中から現れているしよ。

 アトラスのラリアットは意外と効率が悪く、派手な動きの割に周囲の6匹ぐらいしか倒さない。アトラスインパクトの方が効率がいい気がするが、きっとマナの消費量が上なんだろうな。

 俺もアトラスも一対一、或いはある程度の人数相手なら強いが、大量の雑魚一掃には向いていない。やれねぇことはねぇが、時間が掛かるし体力も持たねぇ。

「何してんだ、ビャクヤの糞は」

 肝心な時に雑魚一掃用の移動砲台であるビャクヤはいねぇ。雑魚専とはあいつの事だろ。

「まさか今頃、クライネとチョメチョメしてんじゃねぇだろうな? え?」

 俺は二人が愛し合っているところを想像して、忌々しく思う。

「チョメチョメなどしておらんぬッ!」

「後でする事になるがな!」

 全身を赤と銀色の装飾がある鎧を着た赤髪のクライネと、ビャクヤがいつの間にか櫓の下にいた。

「しませんッ! (クライネ様のおマンマンなんかには負けないんだからッ! ・・・負けてアへ顔になるフラグ立て、二回目ッ)」

「で、状況はどうだ? モンジャス、ガキャージ!」

 クライネはビャクヤの仮面の顎部分を愛おしそうに撫でてから、櫓の上で戦況を見守る老騎士に訊ねた。

「駄目じゃ。ジリジリ押されておる。レンジャーの矢が尽きそうじゃし、この大群相手に戦士や騎士達を放り込むのは自殺させるようなもんじゃわい」

「神の与えたもう奇跡なのか、生き返ったアトラスがゾンビを引き付けておる! だが、ずっとは無理じゃゾイ!」

 クライネは俺とアマリの蘇生の力を知っているのか、少し仰け反って「よし!」とガッツポーズを取るとこっちを見てサムアップした。

「アトラスを生き返らせてくれた事に感謝する、悪魔キリマル!」

「なぬ?」

「ゾイ?」

 モンジャスがガキャージが首を伸ばして俺を見ている。

「俺の事はどうでもいいだろ。さっさと魔法を撃てよビャクヤ。いい加減、この死臭には我慢できなくなってきた」

「言われなくともッ!」

 ビャクヤは少しだけ足幅を広げると両手から黒い炎を浮き上がらせる。炎はどこか禍々しく、そして中二病臭く見えた。

「闇は恐怖ではなく安らぎッ! 安らぎは哀れなる君たちを包み込んでッ! 来世へと送り届けるだろうッ! この世に残した全ての罪とともにッ! 灰となれッ! 【闇の火炎】!」

 炎はビャクヤの手から消えたと思うと、一斉にゾンビたちが呻き声を上げ始める。

 これまではウーウー言ってたゾンビだったが、今は「オオオオ!」と煩い。

「団長! ゾンビ全員が黒い炎で焼けていくゾイ!」

 単体魔法の【闇の炎】と違って【闇の火炎】はゾンビ全体がターゲットなのか、森の中にいるゾンビも黒い炎で燃えている。

 あれだけ苦労したゾンビの大群が、ビャクヤの言葉一つで灰になるのは、見ていて爽快だった。

「あの炎は飛び火しねぇのか?」

「あれはターゲットしか焼かない炎なのだよッ! ゾンビたちは吾輩の天才的、芸術的なッ! 魔法をレジストできないからッ! 彼らは必ず燃え尽きるだろうッ!」

 不思議なことにこの黒い炎は煙も匂いも出さない。村を取り囲んで充満していた死臭が消えていく。

「やった! やったぞぉぉぉ! 村を守りきったぞぉぉ!」

 冒険者の誰かが勝どきをあげた。

 恐らくこの国で、これほどのゾンビの大群に襲われて、壊滅しなかった村はないだろう。生き残った冒険者たちは戦いの最中でも冷静だったが、心の底では死を覚悟していたのかもしれねぇ。今は抱き合って喜んでいる。

「また村の英雄ビャクヤがやってくれた! ビャクヤ万歳・・・いや! ビャクヤ様万歳!」

 村人が諸手をあげてビャクヤを取り囲んだ。が、入り口の方から悲鳴が聞こえ場が凍りつく。

「ひえぇ! 死んだはずのアトラス様が! ゾンビか?」

 家の中で外の様子を見ていなかった村人たちは、アトラスがバリケードを跳躍して村に入ってきた事に驚く。

「落ち着け! 皆の者! アトラスは神の奇跡で生き返ったのだ!」

 閉じるとバサリと音がしそうなほど、長いまつ毛の目で俺にウィンクをし、クライネは皆に教えた。

 それは、俺とアマリの奇跡の力を黙っててやる、という意味でのウィンクだろう。

「アトラスは聖騎士にもなれるほどの信心深き騎士! 神が彼を見放さなかったのだ!」

「おお! そうか! アトラス様ならあり得る! いつも自分より他人の幸せを願う人だったものな! 神の恩恵があったとしても不思議じゃない!」

 村人たちはクライネの言葉をすぐさま信じて、アトラスを取り囲み喜ぶ。

 ヒハハ! そんな簡単にクライネの言葉を信じるのかよ。間抜けな羊どもめ!

 大柄の割に音をさせずにこちらへ近づいて来るアトラスは、クライネの説明に「そうであったか!」と手を叩いてポーズを決めた。嘘クセェ笑顔が不気味だ。

「筋肉の神よ! 私は捧げます! 感謝の気持ちを表すこの筋肉ポーズを! きんにぃぃぃぃく! マッソォ!」

 ゾンビ戦開始時は夕方だったが、いつの間にか夜になっていた。明るい月明りの中でアトラスの肌に浮いた汗が月光を反射する。

「おお! なんという神々しさか! 流石は聖騎士にもなれるお方!」

 村人があまりの眩しさに手で光を遮っている。

「へぇ。この世界には筋肉の神様なんているのか?」

 俺は櫓から降りると、アトラスにつられてフロント・ラット・スプレッドをするビャクヤに訊ねた。

「そんなもの! おらんぬッ!」

 はぁ? どこが信心深いんだぁ? アトラスはいもしねぇ神様を崇めているじゃねぇか! 何が聖騎士にもなれる男だ!
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