殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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謀反の始まり

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「未来なんて、知るもんじゃねぇなぁ」

 研究所の浮遊フィールドの中で、無骨なグレートソードはガハハと笑ってから、妹に真剣な声で忠告する。

「いいか、絶対に自分と戦うなよ? 対消滅が起こるかもしれねぇからな。それに・・・お前には・・・」

 そこまで言いかけてワイルダーは言葉を濁した。樹族の呪いをも受けた不憫な妹に、これ以上心配事を増やしたくないと思ったからだ。

「いや、なんでもねぇ。とにかく、博士を慕う者以外の樹族は、今日明日にでも謀反を起こす。その時になったらお前の主に俺を使うよう頼むんだ。何としても博士だけは助けねぇと。デルフォイ兄ィはここじゃ役立たずだからな」

「博士には伝えなくていいの?」

「ああ、駄目だ。博士の周りには監視用ナノマシンが飛んでいた。下手な事言うと奴らに先手を取られる。博士も監視されている事に気が付いているかもしれねぇがよ、絶対に何も知らせるな。俺たちで博士を守るんだ」

「わかった。でもワイルダーお兄ちゃんが人格を失うのだけは防ぎたい。それぐらいなら神様も許してくれるはず」

「ああ、頼りにしてるぜ。お兄ちゃんは、兄思いの妹を持って幸せだぜ。未来でまたこうやって会話できるのを楽しみにしているからな? おっと、アマリに帰る手段があればの話だけどよ。なけりゃずっーとお兄ちゃんと一緒だ」

 普段は無表情のアマリの顔がパァと明るくなる。

「うん! ずっと一緒!」




「どうした、アマリ。ぼんやりして」

 俺は適当な空き部屋に入ってベッドで寛いでいたが、アマリが椅子に座ってコーヒーの入ったマグカップを持ったまま、ボーっとしているので声を掛けた。さっきまでワイルダーの事をべらべら喋ってたのにな。

「この研究所で・・・」

「あん?」

「このディヴァイン研究所で博士を助けても、結局は他の場所で邪神と共に消えてしまうのに、今、助ける意味を考えていた・・・」

「意味なんてねぇよ。でも博士はこのディヴァイン研究所では死なねぇんだろ? だったら博士を守った奴が必ずいたって事だ。それが俺であれ、お前でであれ、ワイルダーであれ、歴史ではそうなるようになってんだ。川の流れが岩にぶつかって二つに分岐しても、結局は同じ流れに合流するようにな」

「お兄ちゃんは助けられる・・・?」

「ワイルダーが時代の本流に飲み込まれて、沈むのでなければ」

「そうあってほしい・・・」

 これ以上この話をするのは無意味だ。アマリの兄貴が助かるかどうかなんて俺にはわからねぇからな。

「さて、今のうちに俺は体を休めておくか。そういや、ワイルダーって重そうだが俺にも持てるのか? 俺は力の数値が12しかねぇぞ?」

「戦士の素養があれば十分に装備できるし、お兄ちゃんは装備者に合わせて重量を変えられる」

「どういう仕組みかは知らねぇが便利な剣だな。だったらお前と兄貴で二刀流できそうだ。アマリは左手な?」

「今回だけはサブウェポンに甘んじる」

「これは浮気にはならねぇよな?」

 俺はニヤニヤしながらアマリに訊いた。

「ならないけど、私だけを愛してほしい」

「ああ」

 ベッドにゴスロリ服のまま入ってきて、俺に抱き着くアマリの頭を撫でる。

「その服、いい加減飽きたな。あとでシンプルで動きやすい服を博士に貰うか」

「私はこの服、気に入っているけど。キリマルがそうしたいならそうする」

 

 昨日は夜中に研究所を巡回したりもしたが、結局何も起こらなかった。今朝も研究所内を巡回している。

 姿は見えねぇが、どこからか視線を感じるんだわ。新参者の悪魔を警戒して観察している視線だ。まぁでも誰だって悪魔がウロウロしていたら警戒はするか。

「おはよう、キリマル。よう寝れたか? それとも昨晩はアマリちゃんとええ事したんかの? 羨ましいの」

「昨日はしてねぇな。そういや」

「昨日は、か。ええのう」

「博士も自分の作ったオーガとか、魔人族に命令すりゃあいいだろ。やらせろって」

「かー! お前さんはわかってないの。そんなもん、ダッチワイフを相手にするのと変わらんじゃろうが! ちゃんと恋の駆け引きをして、お互いの気持ちが高まったところでそういう事をするもんなんじゃよ!」

 そう言いながら博士は、近くを通るぴっちりスーツを着た魔人族の尻を撫でてナンパした。

「今晩どうじゃ?」

 おいおい、恋の駆け引きはどうした? どストレート過ぎんだろうがよ。

「間に合ってます」

 ビャクヤと同じく青い顔の頬に白い幾何学模様の入った魔人族は、甘ったるい顔を不機嫌にして立ち去っていった。

「冷たいのう・・・」

 当たり前の反応をされて傷つくとかおかしいだろ、爺。

「ところで博士。アマリの服が欲しいんだがよ。ゴスロリ服はゴワゴワしててうっとおしくなってきた。なんかこう、シンプルで動きやすい服ねぇか?」

「それなら皆が着ているような服でいいかの? それからお前さんも服がボロボロじゃのう」

 黒いTシャツに革のズボンにブーツ。そのどれもが確かにくたびれていた。

「キリマルの服を戦闘服に交換」

 博士が誰に命じているのかは分からないが、命令があってすぐに俺の服が魔法少女の変身シーンみたいにキラキラと光って消え、一瞬だけ全裸になったかと思うと綺麗なTシャツとズボンとブーツが現れた。

「戦闘服つっても、今まで着てた服と同じじゃねぇか」

「なに? もー、キリマルはわかってないのう。その服のタブをよく見てみるんじゃ。コスモチタニウム繊維百パーセントって書いてあるじゃろう? そう、それにはの! ワシのパワードスーツと同じ素材であるっ! とても貴重なコスモチタニウム繊維が使ってあるんじゃぞぃ! ぞぃぞぃぞぃ」

「なにーーー!! あのコスモチタニウムだってぇ!! ・・・んなもん、知らねぇよ!」

「ん? 二十一世紀はまだコスモチタニウムは発見されてなかったかのう? あれは三十一世紀だったか? まぁ簡単に言うと、ボロボロにならない服じゃ。体温調節もばっちりしてくれる。斬撃と刺突には滅茶苦茶強いが衝撃は割と通すから気を付けるんじゃぞ」

「まじか。ありがとうよ、博士」

「ところでアマリちゃんはどこじゃ?」

「ワイルダーのところにいる。もう来ると思うぞ。ほら」

 俺は部屋の入り口から入ってくる、この未来的な部屋に似つかわしくない、ゴスロリ服のアマリを指さした。

「来たー! はぁ、可愛いのう。アマリちゃんは。アマリちゃんの服をぴっちりスーツに変換!」

 こちらに歩いて来るアマリのゴスロリ服がキラキラと光ると一瞬裸になる。その時、博士が小さな声でウヒョー! と言った。いい歳して中学生並みの性欲だな。

 見る間にトランジスタグラマーの体を桜色のぴっちりスーツが包む。

 が、下乳が見えてるわ、股間に穴が開いてるわ、ビキニパンツが剥き出しだわで、他の研究員が着ているものとは全く違った。

 アマリは自分の服の変化に気がついて、俺の感想を待っている。

「はぁ~、エロイのう」

 俺が何か言う前に爺がウヒョヒョと喜んだ。

「おい、爺。これだとアマリはただの痴女じゃねぇか。股間のところもクパァってなりそうなスリットが入ってるしよ。他の研究員の服と同じにしてくれ」

「股間のスリットは指でなぞると開閉するようになっておるから、今の状態でM字開脚しても中身が見えたりはせん。大丈夫じゃ! アマリちゃんも気に入ってくれたじゃろ?」

「キリマルが気に入らないなら、私も気に入らない」

「かぁーー! ご馳走様ァ!」

 博士が吐き捨てるようにそう言って指を鳴らすと、アマリの服が宇宙戦艦ヤマトの乗組員みたいなものに変わった。

「さてと・・・」

 突然キューンキューンと警報が鳴って照明が落ちた。直ぐに予備照明が部屋を照らす。

「ふむ、予想通りじゃ」

 やはり博士は謀反が起きる事を知っていた。

 その辺のホログラムモニターに、ウメボシに似た青いドローン型アンドロイドが浮かび上がる。

「博士。要塞のほうでも、樹族が謀反を起こしています。ノームとオーガが応戦をしておりますが、戦況はよろしくありません。一度要塞の方へお戻り下さい。博士の生体認証がないと動かない鉄傀儡も多いですから」

「了解した。ウィスプはそのままノーム達に指示を出せ。というわけで、キリマル、悪いが転送ポッドまでワシを護衛してくれ」

「ああ、いいぜ。(よし、ポッドの方へ行くなら途中で、ワイルダーを拾う事ができる)」

「おおおお! おい! 博士! ままま、待て!」

 いきなり入り口の自動ドアが開いて、樹族が現れたかと思うとレーザーピストルが、パーンと乾いた音を立てる。ヤクザのカチコミかよ。

「うわぁ!」

 博士の近くにいた研究員の一人が、カチコミ樹族に肩を撃たれて倒れた。すぐさま赤い十字マークの付いた小さな蜘蛛型ロボットが、そいつを運んでいく。安全な場所で治療するのだろう。

「くく、く、糞! 外したぁ! 倒れたのは博士じゃぁない!」

 奇妙な喋り方しやがって・・・。まぁその理由は奴の腰の刀を見りゃあわかるがよ。

「レーザーピストルか・・・。あんなもんで撃たれたら一溜りもねぇぞ」

「大丈夫じゃ。ワシのパワードスーツには対ビームコーティングがしてある。それにあれは一回限りの護身用レーザーピストルじゃから問題ない」

 そこまで防御がしっかりしてるなら、俺が護衛する意味はあるのか? あ?

「は、博士をメインルームで確認。こ、こここ、これぇよぉりぃ! 作戦に移りますぅ!」

 気が狂いつつある樹族が、インカムで仲間にそう伝えて、この時代のアマリを構えた。

 博士は樹族が構えた刀を見て驚く。まぁそうだろうな。

 見た目は普通の刀だが、博士が知る刀はこの研究所には一つしかない。研究所が所有する魔刀天邪鬼だ。

「ええぃ、天邪鬼を奪われたか! 折角アマリちゃんそっくりに変身できるようにしたのにのう!」

 地団太を踏む博士の前に俺は出て、まだまだ距離のある樹族と対峙する。

 口角から泡を吹いて目の焦点が定まっていない樹族は、ゆっくりと俺に近づいてくる。まずは護衛からってか。

「おい、デルフォイ! お前は何ができる?」

 俺は樹族から目を離さずに、後ろにいる博士の持つ杖に聞いてみた。

「俺っちは元々は樹族への褒賞品になる予定だったから、魔法がメインなんだわ。だがこの研究所は魔法が封じられてるから、ここでは殴打武器か、孫の手にしかならねぇな。クカカ!」

「かぁ~! 仕方ねぇな」

 俺は爺を脇に抱えて踵を返し走る。

「ワイルダーんとこまで走るぞ、アマリ」

「うん」

「ま、ま、待てぇぇ!」

 追いかけてくる狂った樹族は意外と足が速い。なんかおかしいな。狂っている割に足取りがしっかりとしているぞ。

 まぁいいさ。取り敢えずアマリの要望通りワイルダーを取りに行くか。俺がワイルダーを装備していれば、無抵抗のうちに人格を失う事もないだろうからな。
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