殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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裏側のマムシ

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「うそだ!」

 樹族に変身している事を忘れてビャクヤはが机を叩いたので、ゴブリンも国境の騎士も驚いて恰幅の良い樹族を見る。

「何をそんなに怒る事があるね? 異世界の話ですぞ? ビャクヤ殿」

「し、失礼。わ、吾輩は敵ながらナンベル軍師を尊敬していてねッ。君も知っているだろう? かつてグランデモニウム王国と樹族国は、十年に一度の頻度で戦争をしていたことを。かの敵国は魔法の防御法や対抗策が未熟で、徐々に押されていった。そしてやがて砦の戦士団以外は、練度の低い兵ばかりとなったが、その烏合の衆を率いて、樹族国の軍団に大打撃を与えたのが、天才軍師のナンベル・ウィンだ。少ない戦力をカバーするために、森の奥から魔物を呼び寄せて樹族軍と戦わせ、陣地に近づいて来る騎士や”裏側“には、事前に仕掛けておいた混乱の罠で同士討ちをさせて、大きく戦力を削った」

「勿論知っておりますとも。私はかつては紫陽花騎士団に所属しておりましたからな。あの戦いの時には後方支援をしておりました。怪我をした味方を自陣に運ぶ際に、膝に矢を受けてしまいましてな。激しい戦いはできなくなり、この通り国境の騎士をしております」

「これは神に説法でしたな。お恥ずかしい」

「いえ。ですが、もう一つ恥をかいてもらいますぞ」

 国境の騎士は愛嬌のある意地悪な顔でニヤリと笑った。

「こちらの世界では、かの天才軍師は落ちぶれて、殺し屋などをやっております。ワイノス殿の世界のようにグランデモニウムの王になることはおろか、ツィガル帝国の皇帝になるのも無理かと」

「ハハッ! 確かに。(ところがどっこい、皇帝になるのですよねぇ・・・)吾輩も思い入れが強すぎて、ワイノス殿の話につい興奮してしまいました」

「それだけこのゴブリン・・・。いや、帝国鉄傀儡団機工士のワイノス殿の話が上手かったという事でしょう。私も話に引き込まれてしまいましたから」

 ワイノスと呼ばれたゴブリンは照れつつも、ため息をついた。

「しかし、僕はこれからどうしたらいいのでしょうか」

 ゴブリンは窓の外を見て、まだ霧が晴れていない事を確認して項垂れる。まだ自分の世界に帰る事ができるが迷っているのだ。

 リンネは外に寝かせているエストが気になるのか、時々窓際に立って建物に壁に寄りかかっている彼女を見ている。余所者であるリンネは西の大陸の事情を聞いたところで直ぐには理解できない。

「帰れば同胞殺しの濡れ衣を着せられる。かといってこちらの世界に留まれば二度と家族には会えない、か・・・」

 地走り族の騎士を追い返した時の傲慢な顔はどこへやら、国境の騎士は自分の事のようにゴブリンのこれからの事に頭を悩ませている。

 話を蒸し返すようで悪いと思いつつも、ビャクヤは今一度祖父を庇った。

「しかし、吾輩にはナンベルがそんな悪逆非道な事をするとは思えないのですッ。彼は誰に対しても冷酷ですが、子煩悩だと聞いている。一つの村を毒ガス爆弾で壊滅させるなんて・・・。子供だっていたでしょうに」

「残念ながら、ビャクヤさん。僕はムロ軍団長から勅命だと言われて、この任務を遂行したのですよ。村に蔓延する疫病を静める為に薬を散布する目的で。なのに! 爆弾は地面に突き刺さると毒ガスをまき散らしたのです! くそ! くそ! くそ!」

 ワイノスは自分の膝を何度も叩いて悔やんでいる。そんな彼を見つめながら、ビャクヤは尋ねる。

「一つ窺いますが、最近内政官の移動やら引退やらはありましたか?」

「ええ、老齢で退官した者が多く、引継ぎでゴタゴタしていました。それが?」

「やはり・・・」

「何か思い当たる事でも?」

 国境騎士は先程から魔法水晶で、この会話の様子を撮影しながら訊ねた。

「ええ、この世界(ワイノス殿から見れば過去の世界)でのツィガル帝国皇帝チョールズ・ヴャーンズは、内政が非常に得意です。力こそ正義という信条の者が多い帝国において、混沌や無法を許さず、経済発展に注力してきました。しかしッ! 歴代皇帝の施政を見る限りではッ! ヴャーンズ皇帝のように、内政に秀でた皇帝は多くありません。大抵は内政官が変わる度に混乱が起きたり、謀反が起きたりしています」

 あまり敵国に自国の情報を教えたくはないが、それでもビャクヤは祖父の濡れ衣を晴らしたい一心で必死だった。

「ビャクヤ殿は帝国にお詳しいようで」

「ええ、ノーム国は帝国とも国交がありますからな」

「そうだった。ついつい貴方がノーム国籍を持つ樹族であることを忘れてしまう」

「なので、ワイノス殿が来た世界の帝国では表向き混乱はしてなくても、政府内で伝達の齟齬、或いは陰謀がまかり通っている状態なのかもしれません」

 ビャクヤの説明を聞いても尚、ワイノスは納得のいかない顔をして考えに耽る。ゴブリンの基準では鼻の長くないブ男だが、樹族の基準では美男子のワイノスの眉間に皺が寄る。

「う~ん。だとしても、誰が何のために?」

 そこまではビャクヤにもわからない。

 自分にしてみれば、ワイノスの話は過去の出来事。彼らの内情など知る由もない。しかも歴史の教科書にも載っていいないという事は大事件になっていないか、やはり彼が別の時間軸から来た者なのか。

「どうであれ、シュシュシュ!」

 突然、国境の騎士の影から蛇のような顔をした樹族が現れた。

 ビャクヤが素早くワンドを構えようとしたが、蛇顔の樹族の腕の中にはエストがいた。

「クッ!」

「おやぁ? 躊躇しましたね? ビャクヤさん。私はこの子を盾にするつもりはなかったのですがねぇ? どうして戸惑ったのです? シュシュシュ!」

「”裏側“の・・・?」

 国境騎士が振り返って蛇顔の男を見る。

「ええ。皆さんご存知、鬼のジュウゾの腹心、毒噛みのマムシです。宜しく国境騎士のニー・ウンズ殿、ノーム国籍を持つ樹族のビャクヤさん、そして名も知らぬレッサーオーガの召使い」

 マムシの細い目が少し開いて、腕の中の少女を見ている。

「この地走り族は一体誰なんですかねぇ? ところでビャクヤさん。貴方は見たところ行商人のようですが、凄まじいオーラを放っていますね。勿論、自分のオーラの色はご存知ですよねぇ? 樹族は魔法の実力をオーラの色で見る事ができますから。何色です?」

「何を疑っているのかは知らないが、吾輩のオーラは赤黒い色をしています。こう見えても魔法には自信がありますから」

「そうなのです。貴方はノーム国の行商人にしておくのは勿体ない程の実力。最近噂されるオーガメイジの弟子、闇魔女のイグナと同じオーラの色をしているのですよ! あの魔法院の長と戦った地走り族の少女と!」

「だからなんです?」

「率直に聞いてよろしいですかな? ビャクヤさん。シュシュシュ」

「どうぞ」

「貴方、スパイですね? 外の鉄傀儡も貴方が帝国から手引きしたのでしょう?」

「は?」

 痛くもない腹を探られるとはこういう事かとビャクヤは納得しつつも、この男との争いは避けられないと予感して体を強張らせた。
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