殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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クロビコノカミ

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 不穏な視線を交わすビャクヤとマムシの間で、ゴブリンのワイノスは、なるべく身を縮めて目立たないようにしていたが、マムシの三白眼は逃しはしなかった。

「貴方、ゴブリンのくせに光側基準では美男子ですねぇ。ゴブリンの間では鼻が長ければ長いほど美男子だと言われていますが、その基準で言えばあなたはブ男です」

「し、知ってますよ。僕だって顔には自信がないんだ。ほっといてください」

「その樹族に似た容姿も、スパイにはうってつけですね。シュシュシュ」

 蛇のような印象は見た目だけかと思っていたが、マムシの舌は細く二つに分かれており、チロチロと口から出たり入ったりしている。

「これ程までに怪しい人物が樹族国領内に二人もいる。ウンズ殿は一体ここで何の仕事をされていたのですかねぇ?」

「仕事をしていないとでも? 勿論見ての通り取り調べをしていたところですが? それに・・・常識的に考えてみてください。マムシ殿」

 長い耳の垂れ具合から中年だとわかる国境騎士のニー・ウンズは徐に、それでいて強引にマムシからエストを引きはがすと、ソファーの上に寝かせた。

「良い寝顔だ。うちの娘と息子も今頃はこれくらいの歳になっているかな・・・。おっと、話が横道にそれましたな。そう、常識的に考えてみてください、マムシ殿」

 中年の騎士は、自分よりも若い諜報部員のマムシに諭すように人差し指を立てた。

「私がもし彼らの立場であれば、堂々と街道の真ん中に、しかも国境近辺に鉄傀儡を送るような事はしませんな。森の奥深くか、誰も来ない荒野に現れて鉄傀儡などに乗らずに静かに行動するでしょう。鉄傀儡は音が煩いし、鉄騎士のようにゴツゴツしていて目立ちますからな。そしてなにより、私は霧の中からワイノス殿の鉄傀儡が現れるのを目撃し、恥ずかしながら腰を抜かしてしまいました」

 ニーはそう言って自嘲気味にニヤリと笑った。

 そのニーを見てマムシは細い目を更に細めている。

「では商人のビャクヤさんが、あの歩く不発爆弾と呼ばれている闇魔女イグナと、同等の力を持っている事についての説明はどうしますかな? 知っていますか? 一度見覚えの能力持ちである闇魔女は、虚無魔法を極めれば世界を滅ぼすことができると言われているのですよ? あのオーガメイジが闇魔女の暴走の抑止になっているから良いものの、ビャクヤさんは何の抑止も制限もなくウロウロしていますねぇ? 強力なメイジは精霊との関わりが深くなって精神が不安定になったり、傲慢不遜となって悪の道に溺れ易い。そんな危険な人物を、このまま見脱がすわけにはいきませんよ。シュシュシュ」 

 かつてキリマルが苦無と呼んでいた刺突武器を、マムシは腰のホルダーから取り出して握る。

 マムシは力ずくでもこの怪しい状況の全容を知ろうとしているのだ、とビャクヤは感じた。

 しかし、それを見て尚、ニーは落ち着いて立ったままテーブルの上の冷めた紅茶を一口飲む。

「ビャクヤ殿が危険? それならノームは彼を迎え入れたりはしないでしょう。それにどうして強力なメイジが商売人をしてはいけないのです? お金は誰にだって必要ですよ、マムシ殿。貴族だって表立っては商売をしていないが、裏では商会の顧問をしております。プライドの高い我ら騎士とて、日々の稼ぎの為にこっそりと冒険者ギルドの依頼を受けていたりします。高位の魔法を操り、高価な触媒を使うメイジなら尚更の事。魔法ではなく奇妙な技を使う裏側の貴方には解らないでしょうが」

「どのみち、この国に帝国のゴブリンがいたり、鉄傀儡があるのは問題がある」

「ゴブリンと鉄傀儡は、この世界に近い時間軸からきた異世界人かもしれないのですぞ? マムシ殿。このまま霧の向こう側に帰してしまえば、また平穏な日々が戻って来るのです。それの何がいけないのですかな?」

 パーーーーン!

 突然、外で爆竹が破裂するような音がした。

 その後、爆発が起こり、閃光が窓から差し込んできた。光は建物の中の全員の目を焼こうとする。

 衝撃波が壁を突き抜けて、家具や調度品を揺るがして皆をふらつかせた。

「うあぁぁ!」

「きゃあ!」

 爆風が部屋の中にまでで入ってきて、皆の悲鳴と爆音が綯交ぜになる。

 砂埃や煙が次第に晴れると、建物の入り口付近が破壊されており、外が見えていた。

 その壊れた壁の向こう側で、ワイノスの乗っていた鉄傀儡が大破し、頑丈な胴体部分だけを残して地面に転がっている。

「そんな!」

「出てこい! ワイノス! 貴様には討伐命令が出ている!」

 霧の中から現れたのは、尖塔のような華奢な印象のある黒い鉄傀儡であった。

「あ、あれは・・・」

「知ってるの? ビャクヤ」

 自分が知っている機体とは色が違うので、ビャクヤはその鉄傀儡の名前を断定することはしなかった。

「あの鉄傀儡は・・・。世界に一機しかないビコノカミという鉄傀儡に似ていますが、色が違いますね・・・。吾輩の知るビコノカミは白色をしていますが、あれは漆黒です」

「ところで、ビャクヤ。アッヒャ! って笑ってないけど、キャラ設定はもういいの?」

「い、今はそれどころではありませんよ! リンネ!」

 ビャクヤは長い耳を赤くして、表に飛び出したワイノスの前に跳躍して、リフレクトマントを翻した。

 これまでに見た事もない、雷撃を纏う青い光線をマントで弾くと、黒い鉄傀儡の操縦者に話しかけた。

「ワイノス殿の言い分も聞いたらどうですか!」

 鍵のような形の銃を腕に装着する黒いビコノカミの中から、鼻で笑う声が聞こえてきた。

「言い分? 命乞いなら聞くか。討伐命令が出ていると言っただろう? それにしても中々良いリフレクトマントを持っているな、デブ樹族。それは魔人族が作る最高級のマントだろう? 樹族のくせに生意気だぞ。さて、そのマントは最大充填で放つテスラライフルを防げるかな?」

 ビャクヤはチラリと建物の中を見る。先程までいたマムシがいない。

(こんな時ぐらい協力してくれるかと思いましたがッ! どうやら逃げたようですね・・・。腹立たしい人ですよ、まったく・・・)

「討伐命令が出ているなら、命令書を見せてくれ! ソラツメ!」

「・・・」

「無いのか? そんなはずはないぞ! ソラツメ! ではクロビコノカミに訊く。僕に対して討伐命令は出ていたか?」

 ワイノスは操縦者ではなく、機体自体に説明を求めた。

「ない。マスターはどうしてウソをつくのか。理由を述べよ」

 無機質だがどこか愛嬌を含んだ声が、操縦者を問い詰めた。

「どうしてだ! ソラツメ!」

「マスター?」

 一人と一機の声を無視して、ソラツメという名のゴブリンはコクピットでコンパスを見つめる。

 針は同軸時間と書いた位置で微動だにしない。針の反対側は過去時間の文字を指している。他にも色んな大まかなパターンの組み合わせが羅針盤には書かれていた。

「ヤイバ様が作った時空羅針盤によると、ここを過去の世界だと示している。今ここでお前を殺せば、未来に戻っても足がつかない」

「なぜ僕に死んでほしいんだ! ソラツメ! ビコノカミタイプに乗るエリートの君が! 僕なんかを殺して何の得がある?」

 しかしソラツメは答えない。

「私は操縦者に従うようにできていますから、ワイノスを殺せと命令するのであれば殺しますが。しかしながら映像記録は残ります。よろしいのですか?」

「なにっ! ・・・では記録を一時中断をしろ」

「その場合、再記録時に一度機体から降りて頂き、マニュアル操作で再び機体を起動をしていただく事になりますが・・・」

「構わん! 最大装填! ハハハ! 流石にこれはリフレクトマントでは防げないぞ! 放電された雷は! お前たち二人を包んで、ありとあらゆる角度から焼くからな!」

 バリバリと音をさせて帯電して真っ赤に焼ける砲身を、その周囲に浮くビットのような冷却装置がシューシューと冷やす。

「発射!」

 テスラライフルが雷光を放った。縦横三メートルもある電撃の筋がビャクヤとワイノスを包み込む。青い光のなかで二人の影が揺らいで消えていくように見えたニーは、二人の死亡を確信した。

「ああ! 酷い! あんな死に方があるものか!」

 二―はワンドを握りしめて目を閉じて震えた。

 彼は樹族に似たワイノスの中に、自分の息子を重ね合わせて見ていたのだ。もし我が子がこんな死に方をしたらならば、怒りで気が狂うだろうと。

「次は我らの番かもしれない! ビャクヤ殿の事は気の毒に思うが、戦う準備をしておくのだ! 召使いよ!」

 二―はビャクヤの召使いであるレッサーオーガを見たが、彼女は涼しい顔でワンドを手にトントンと当てていた。

「君もメイジだったのか。オーガなのに・・・」

「私はレッサーオーガじゃないわ。人間族よ。なんだってそこそこ、こなせる万能種族なんだからね!」

 ニーはどうしてこの娘がここまで落ち着いていられるのか理解できなかった。

(彼女の主は今頃は炭のようになっているだろうに、なぜ死体を直視できるのだ)

 ニーはリンネの視線を追って、二人の亡骸を確かめる事にした。

「馬鹿な!」

 ニーとソラツメが同時に声を上げた。

「ふぅ! 危なかった・・・」

 ビャクヤはリンネの方を見ると手を振った。

「流石はリンネッ! 機転が利くッ! 【魔法防壁】一枚じゃ心許ないと思っていたのですよッ! あ! ・・・アッヒャ!」

 キャラ設定を思い出したビャクヤを見て、リンネは口元を押さえて小さく笑う。

「なぜだ! 最大充填したテスラライフルの一撃を、魔法防壁で防ぐのは無理だぞ! 同じことをして焼け死んだメイジを俺はこれまで何度も見てきたのだからな!」

「勿論、吾輩でなければ死んでいたでしょうね。貴方は一つ忘れていますよ、ソラツメさんッ! 鉄傀儡はノームの発明品。そしてそのノームは科学と呼ばれる、星の国の技術と魔法を融合させるのが得意なのですッ! つまりッ! 鉄傀儡の半分はッ! 魔法が関わっている。貴方の持つ、”てすららいふる“ とやらの攻撃の半分はッ! マナが作り出した偽りの雷撃ッ! これは魔法防御を高める事で防げます! 咄嗟にリンネが【魔法防壁】を重ねがけしてくれたお陰で助かりましたッ!」

 ビャクヤはリンネにウインクする。

「そしてッ! 光線の半分は自然の法則によって発生した本物の雷! これはッ! 吾輩のリフレクトマントで弾く事ができます! 吾輩のマントはあらゆる物理攻撃を弾く事が出来ますからねッ! 自然の法則によって生み出された雷もまたッ! 我がマントは物理攻撃とみなしますッ!」

 ビャクヤは突然顔の横で手を叩いて、短くタップを踏んだ。

「それではッ! 反撃をさせていただきマンモスッ! 【麻痺の雲】!」

 ビャクヤが懐からワンドを取り出して振ると、クロビコノカミを黄色い雲が包み込んだ。

「こ、これは! 闇魔法! カハッ! なぜ樹族のお前がッ!」

「(しまった! うっかり闇魔法を使ってしまったんごッ! まぁ後で巻物を使ったとか言って誤魔化しますか)鉄傀儡には大きな弱点が一つあるのですッ! それはッ! 気密性が低くッ! 水に落ちると操縦者は溺れてしまいますしッ! 雲系魔法にも弱いッ!」

 麻痺の雲に苦しむ中の操縦者の動きに合わせて、クロビコノカミが地面に膝を突く。

「げほっ! くそ! だがな! この時代の鉄傀儡と違って、我らの時代では弱点対策がしてあるんだ! 間抜けめ!」

 機体から猛烈な風を噴出させて、クロビコノカミは雲を吹き飛ばした。

「なんですとーーー!」

「ケホッ! 少し吸い込んでしまったか・・・。だが・・・問題ない。驚かせやがって!」

(弱点が効かないとなると、ヤイバ様のような圧倒的膂力でねじ伏せるか、上位魔法を連発するしかない。しかし、鉄傀儡の中でも、ビコノカミタイプは魔法をほぼ無効化するッ! キリマルがいてくれればッ! 機体の隙間から刀を突き刺して戦ったいただろうがッ!)

 魔法が効かない相手との戦闘となると、メイジはただの人だ。ビャクヤはリフレクトマントで攻撃こそ防げるものの、反撃は不可能になる。

 ビャクヤがシュバシュバと脂肪を震わせてポーズを決め始めたので、何かをやってくると思ったソラツメが盾の付いた左腕でコクピットを守った。

「何をするつもりだ! 再充填まで大人しくしていろ、馬鹿樹族が」

 ビャクヤは右手を額に当て、左手を斜め上に上げて腰を曲げる。

 できれば厄介な攻撃はしてくるなとソラツメが祈りながら唾を飲むと、ビャクヤが悩ましい声で叫んだ。

「んんんんん! 袋のネズミが進退窮まり八方塞がりで万事休す! 万策尽きもうしたーーッ! ・・・アッヒャっ!」

 そう言った後にビャクヤは両手を挙げて、降参の意思表示をした。
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