殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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欺きと探り合い

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 周りの騎士たちは「やむなし」といった顔で、天から降る太陽のような火球に俺が焼かれるのを黙って見ている。

 そりゃあそうだろうな。平民が、この訓練場で一番偉い教官様を挑発したんだからよ。

 その教官様は振り上げた両手を振り下ろす動作をした。と同時に火球が一気に落ちてくる。

 勝ち誇った顔で教官は笑っているが、俺はこういう奴らを何人屠ってきたことやら・・・。

「さらばだ、魔力無き小王の使い。黙ってお前のやるべきことをやればよかったのだ! 君の死体は薪代わりに使わせてもらう」

 俺は前衛にしてはそこそこ魔力があるし、元々樹族じゃねぇから薪にもならぇ。

 あまりにとろい攻撃だったので、なんとなーく周りを見る。騎士どもは俺が観念して刀を構えたまま突っ立ってると思っているようだ。違うんだわ。残念ながら。

「神速居合斬り!」

 ヒュッと刃が空気を裂いて斬撃が空に向かって飛ぶ。

 以前までは、この衝撃波を伴う斬撃は地を這う事しかできなかったんだが、今は違う。

 衝撃波は俺を焼いて押しつぶそうとする元気玉みたいな太陽を弾けさせ、散らした。

「刀で魔法なんて斬れるわけねぇのになぁ? 不思議だわ。クハハ!」

 夏の夜空に咲く大輪の花火とまではいかねぇが、朝の空に一瞬の煌めきを見せた【大火球】は小さな火の粉となり、運の悪い者の上に落ちて髪を少し焦がした。

「ば、馬鹿な・・・! 魔法が・・・。小賢しい小さな王め。どこに能力者を雇う金があった。王室に自由になる金などなかったはずだぞ!」

 教官は走って俺から距離を取って、懐から魔法の触媒である、何かの干物を取り出そうと必死だ。

 まぁ次の魔法を唱える事はできねぇんだけどな。俺が詠唱を阻害するから。

「王は小賢しい小物ではなかったって事だ、教官殿」

 俺は他人に気付かれない程度に少し勃起していた。今からこいつの悲鳴を聞けるからだ。

「さてさて、まずはどこを突きますかねぇ?」

 教官が俺の残像や分身に気を取られている間に、そっと彼の背後に近づく。

 離れて成り行きを見守る騎士たちにしてみれば、俺が残像を残して一瞬で移動したように見えるだろうな。

 勘や動体視力の良いものだけが、動きの軌道のみを見ている。

「はい、ここと! ここ!」

 教官の足の甲に刀を突き立てると、アマリが臭いと文句を言った。内臓の方がもっと臭いだろうが。

「・・・いぎぃぃ!」

 一瞬で両足に刀を突き立てられた教官は傷と痛みに気付くのに一秒以上かかった。魔法ばかりに頼っていると色々と鈍くなるのか?

「痛いだろう? もっと悲鳴を上げてくださってもよろしいんですぜ? 鬼教官殿。おっと! イキッてすみませんねぇ。はい、次ここ!」

 痛みで空気を掴むような手の形をした教官の両手の指が、綺麗に切り落とされた。

「ぎゃああああ!!」

「はああああ! 教官殿は良い声で鳴くなぁ、もう駄目だ! 我慢できねぇ、そろそろ死んでくれや」

 天を仰いで喚く教官殿のウェーブした緑の髪を後ろに引っ張り、喉を掻き切ろうとすると、シルビィが城壁の上からふんわりと飛び降りてきた。

「そこまでだ、キリマル」

「はぁ? なんで邪魔をする? 独立部隊の隊長さんよぉ」

「そいつがステコとガノダに何を言ったのかが気になる」

 それなら知ってるぞ? 「我々は全てを知っているが、頼みの綱の裏側は動かない」だ。

「我々は全てを知っているが、頼みの綱の裏側は動かない、だ! シルビィ隊長!」

 あ~あ、自ら言いやがったな? 教官・・・。

 ”裏側“ってのは樹族国の隠密の事だろう? となると結果は見えている。丁度その裏側さんが茂みに潜んでこちらを見ていた。

 ―――ビシュ!

 俺が髪を掴んで露わにしたままの教官の喉に吹き矢が飛んできた。吹き矢ぐらい弾けるがこいつを助ける義理はねぇ。

「ぐッ!」

 即効性の猛毒なのか、教官は緑の泡を吹いて絶命してしまった。公の場で迂闊に裏側の名を出すとこうなるのか。なるほどねぇ。

 俺がいなければ、元老院側の教官はステコとガノダを脅して士気を折り、口をつぐませて任務の邪魔ができたろうに。わりぃな。フハハ!

 まぁ俺が教官を生かしたところでどのみち、暗殺者集団に睨まれて生きていくのは容易じゃねぇ。

 それにしても死に際に白々しい演技しやがって。自分が所属する評議会に対する最期の嫌がらせとしてバラらそうとしたのか? とても義理堅いことで。やけくその裏切りってとこか。

 あ~あ、嫌だねぇ。こんな感じで、そこかしこに色んな勢力の監視者や手下がいるのか?

「裏側に口封じをされたか。となるとこの教官も裏側か?」

 シルビィは何か勘違いして、頓珍漢な事を言っている。

 俺と教官の会話を聞いていれば、誰が教官の主様かはわかったはずだが、誰にも聞こえてなかったらしい。

 彼女は手のひらを拳で叩きながら、悔しがり言葉を続けた。

「裏側の長ジュウゾ、あるいは、ワンドリッターが評議会に寝返ったか? 前から信用のならない奴だとは思っていたが!」

 まだ痺れる手を振りながら立ち上がったワンドリッターの息子は、シルビィを一瞬睨んでから矛盾点を突く。

「いや、だったら裏側自らが”我らは知っている。裏側は動かない“などとは言わないだろう。裏側は、仲間や組織以外に情報を与える事を極端に嫌うからな。これは評議会の脅しで、裏側は出汁に使われただけだ。だから裏側に消された。教官は評議会側の人間で間違いないだろうさ。恐らく裏側の長ジュウゾは何らかの弱みを握られて、公に動けないのではないかな」

「なぜそこにお前の父、ソラス卿の名前が出てこない? ステコ。評議会とワンドリッター家は、自分たちの手から離れていった”元“傀儡王であるシュラス陛下が憎いはずだろう? だったら今回の件はソラス卿がやった可能性も大いにある」

 亀のように丸まっていたガノダが何事もなかったようにスッと立ちあがると、真剣な顔でそう言った。

「一応、俺もワンドリッター家の者だ。邪魔者扱いされていてもな・・・。それに教官を使って俺を脅す必要なんてない。俺が家に帰った時に父上が脅し文句の一つでも言えばいいだけの事だ。だから教官と父上は関係はなく、これは評議会単独の行動だな」

「どうだかな。ところで君は家に帰ったら、父上に王の勅命を喋るのか?」

「勿論、喋ったりはしないさ。父とは仲が悪いと言っただろう。ただ魔法なりマジックアイテムなりで、俺から情報を引き出すことはできる。貴族の常識を知らぬとは流石は戦闘馬鹿のムダン一族だな。おっと! お前は別だった、ガノダ。お前は戦闘も魔法も三流だからな。おい! スマイラサーズ! 喉が渇いた! 水を持ってこい!」

 ステコは教官に打ちのめされている間、忘れていた大貴族の振る舞い方を思い出したのか、不遜な態度で従者に水を持ってくるよう命令した。

(こいつらは脅威がなくなると、すぐに貴族のお坊ちゃまに戻るな・・・)

 俺が呆れていると、どこからか現れた忍者モドキが、教官の両脇を抱えると消え去った。文字通り風に巻かれて消えたのだ。ハ! お前ら裏側は、日本の忍者アニメを地でいっている。大したもんだ。

「それにしても、もう一人疑わしい奴が出てきた。なぁ? キリマル」

 シルビィは俺の目をじっと見ている。

 好みの顔をしたシルビィを、まじまじと見る口実が出来たとばかりに、俺は彼女の炎のような赤い瞳を見つめ返した。

「それは俺の事か? シルビィお嬢様」

 三人の中で最も王に近いウォール家の令嬢に、俺は白々しく敬って見せる。

「そうだ。君の戦い方は裏側とよく似ている。正直に言えよ。君は王の命で裏側から派遣されたのだろう?」

「シルビィは最初、教官を裏側の者だと疑っていたのだろう? それだと俺が教官を挑発するのはおかしいだろ。同士討ちみたいな事になるじゃねぇか」

「悪いな、私はその場の思い付きでものを言う癖がある」

(俺の戦い方が裏側にそっくりだって? そりゃあそうだろ。ビャクヤ曰く、裏側の技は異世界から、東の大陸に伝わり、それが西の大陸にも伝わったといわれている。その異世界とは、多分日本の忍者がいた時代だ。その忍術に魔法の力が加わって、アニメみたいなスーパー忍術になったんだろうよ。実際の忍者はあんな不思議な力は使えない。本来は薬学とサバイバル術と心理学に精通したただの諜報員だ)

「まぁそれは俺のサブ職が忍者だからだろう。王の隠密どもと俺は関係ない」

「ニンジャ? なんだそれは」

「アサッシン系のクラスだ。俺も何ができるのかは詳しくは知らねぇ。俺たちの国では裏側みたいなのを忍者と呼ぶ」

「なるほど。おい、ステコ、ガノダ。一つ分かった事があるぞ。キリマルは異国人だ」

「どうでもいい情報をありがとう、ウォール家のお嬢様。俺は最初からキリマルが東の大陸出身だとわかっていたぞ」

 ステコに続きガノダも頷く。

「ああ、本当にどうでもいい情報だね。そんなのは刀を見ればわかることじゃないか。刀なんて、この西の大陸の大雑把な戦士たちが持つわけないだろう? どう見ても手入れとかの扱いが難しそうな武器だし」

 俺は異国人というか、異世界人でしかも人でもねぇけどな。それにしても貴族の坊ちゃんズは戦闘能力こそ低いが洞察力はそこそこだな。

「私に恥をかかすなよ、ステコにガノダ」

 恥じているようには全く見えないシルビィを見て俺は思う。

(シルビィは、以前にどこかで見たな。どこだ・・・)

 記憶容量の小さな―――、かなり忘れっぽい俺の脳みそは、これまでの旅で色々と上書きされてしまった。

 特に神話時代と直近のレッドたちの事以外は、なんだかぼんやりと霞んでしまっている。

 シルビィは・・・。ゴデの街でゾンビの大群と戦った時に、ヒジリの近くで見たのだと思う。

 記憶を確実なものにするために顔を思い出そうとしたが、思い出せずモヤモヤするばかりだ。コズミックペンが俺を色んな場所に飛ばしてさえいなければ、もっと簡単に思い出せたかもしれねぇ。

 まだじっと見ていると、シルビィが居心地悪そうに咳ばらいをした。

「なんだ? キリマル。少々素性を知られたぐらいで怒っているのか? あまり私を見るな。お前の目は悪魔のように冷たくて暗い。あまり見つめられると、私は恐怖で小水を漏らしてしまうかもしれんぞ」

 シルビィの目が笑っている。からかいやがって。ションベン漏らすのはモモだけでいい。

「クハハ! お前は漏らすようなタイプじゃねぇだろ。根性論とか精神論が好きそうな激情型と見た。恐怖で漏らすのはステコとガノダの役目だ」

「なにを!」

 仲の悪い二人が同時に声を発して怒ったので、お漏らし役たちは気まずくなったのか、それ以上何も言わなくなった。

「まぁ弱いと言われたくなければ少しでも強くなる事だ。どこぞの綺麗な姫様ならともかく、糞みたいなお前らを守りながら戦うなんて、まっぴらごめんだからな」

 俺の嫌味に二人は鼻を鳴らしてから訓練場を立ち去る。

「では私も旅の準備があるので、これで。もし何か話したいことがある時は、王の間近くにある中庭の建物に来てくれ。独立部隊の詰め所はそこだ」

 シルビィも立ち去ると、教官が不在なので他の騎士たちも自分の持ち場へや任務に向かう。俺の横を通り過ぎる騎士は畏怖と奇異の目を向けて訓練場から出て行った。

「シルビィは良いケツしてたな。あの張り具合からして・・・」

「浮気?」

 アマリが嫉妬してカタカタと震える。

「違う。シルビィの今の年齢を考えていたんだ。俺が以前、ヒジリの近くで見た時のシルビィの尻はもっと垂れていたように思う。耳もな。つまりここは過去だ」

「キリマルは私以外の女の尻ばかり見ているの? いやらしい。どれくらい過去?」

「まぁ樹族の寿命やらを考えると精々40年くらい前か?」

 この時代に来る意味なんてあるのか? コズミックペンさんよ。

 まぁないのだろうな・・・。
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