殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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香り

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 今日の出来事を報告するため、俺は王の私室に向かう。

 部屋に入ると爽やかな大葉の香りがした。

 が、どうも樹族にとってこれは良い匂いではないらしく、背中を見せて紅茶を飲むシソは、時々腋の匂いを気にしている。

「失礼します、王妹殿下。シュラス国王陛下とその弟殿下はどうしましたかな?」

「二人は忙しいですから・・・。キリマルはもっとその・・・。粗野な悪魔かと思っていましたが、上品に振る舞えるのですね」

「ふざけているだけだ」

「知っていますわ」

 うん? シソ以外の気配があるな・・・。天井に一人張り付いているのと、調度品に化けているのが一人。大葉の香りの中で俺が嗅ぎ取れた体臭は二人だ。まぁ裏側の連中だろう。

「それにしても、いい香りだ」

 胸いっぱい部屋の空気を吸うと、それを侮辱と受け取ったのか、調度品の壺が怒るように震えた。ん~、となるとあの壺は裏側ではないな。プロ意識が低い。

 全てを見抜く悪魔の目は発動していないが、確かめる術はある。動いた大きな壺に近寄って蹴りを入れるだけだ。が、その相手が高貴なお方だったら大問題になる。

 それに、どこにミッションクリア失敗の条件があるかわかったもんじゃねぇ。そう考えると朝に教官をぶちのめしたのは迂闊だったな。

 妙な間が空いてしまったので、俺はもう一度胸いっぱい空気を吸って同じことを言う。

「良い香りだ」

「本当にそう思っていますか?」

「ああ。俺の世界ではこの匂いがする葉っぱがあってな。主に薬味として使う」

 小さな声で壺が「オエェ!」と呻いた。シソは大きな絵飾りも何もない白磁の壺を横目で見てから、視線を俺に戻した。

「それが本当なのでしたら、証明してみてくださいませ」

 普段着用のノースリーブのドレスなので腕を上げれば腋が見える。シソは少し怒ったような雰囲気を漂わせながら、恥ずかしそうに腕を上げた。

 勿論俺はこの匂いが大好きなので何も問題はない。

「では失礼します、シソ殿下」

 俺が鼻を近づけると、シソは小さな声で「キャ!」と言った。お前から誘っておいて何が「キャッ!」、だ。

 つるりとした脇には過去に毛が生えていた形跡がない。僅かに湿り気がある彼女の脇の下からは、やはり夏の暑い日に啜る、ざる蕎麦を連想させる香りがした。

(ああ、薬味を汁にたっぷり入れた蕎麦が食いたい。というかこっちに来てから俺は、麺類を食べてないな。スープに時々短いパスタが入っているぐらいか)

 クンクンと嗅ぎつつ、俺は祖父母の家で食べた蕎麦を思い浮かべていた。

 子供の頃は親から虐待を受けていたので、ご飯を食べさせてもらえない日がちょくちょくあった。腹が減ってどうしようもなくなると、野原に行って食えそうな草や森の木の実を食っていたが、それにも限界がある。

 そういった時は俺に唯一優しかった祖父母の家まで、遠い道のりを歩いてご飯を貰いに行っていたんだわ。

 祖父お手製の蕎麦は少し太く、薬味は刻んだ大葉、ミョウガ、海苔。

 一緒に必ず出てくる大きなエビのてんぷらは、俺にとってはとてつもないご馳走だった。

 ・・・おっと! 俺は誰に向けて自分語りをしてんだ? クハハッ!

 さて現実に戻るか。匂いを嗅ぐのも止め。

「あっ! あの! ごめんなさい、恥ずかしくて声が出てしまいます。もう終わりにしてくださいませ」

 腋の下を嗅ぐ度に俺の息が当たっていたのか、彼女はハッとかウンッとか、悩ましい声を漏らしていた。

「だったら最初から嗅がせるな」

「だって本当に嗅ぐとは思わなかったのですもの」

 何言ってんだこいつは、と思いながら俺は肩を竦めて椅子に座り、テーブルに足を乗せる。

「さて報告でもするか。どうせ裏側から報告がきているだろうけどよ」

「それでもキリマルの口から報告は聞いておきたいのです」

 シソはそわそわして落ち着かない。まだ腋の匂いを嗅がれた事を動揺しているのか? 突っ立ったままだ。

「裏側の報告との答え合わせってわけだな?」

「ええ」

「ふん。まぁいいだろう。俺は朝に訓練場で教官をぶちのめした。理由は教官が評議会側だったからだ。ステコ・ワンドリッターとガノダ・ムダンを脅迫していた」

「裏側の報告通りですね。で、二人は戦力としてはどうです?」

「ダメだな。役に立たねぇ。怯えていない状態であれば、交渉事は得意そうだけどよ」

「そうですか・・・」

 シソはなんか隠しているな。どうしてこの人選なのかも気になるしよ。単なる都合のいい捨て石という理由だけではない気がする。昨日貰った資料も、情報が少ないでどうしようもねぇが。

 まぁ貴族様ってのは何かと隠し事が多い。訊ねても答えねぇだろうしよ、一々気にしていたら限りがねぇ。

「あとは・・・、そうだな。シルビィは問題ない。彼女が中庭で部下と稽古していたのを見たが、ありゃあバランス型だろうな。接近戦もできて魔法も使える」

「ええ、彼女に関しては心配はありません」

「有能なのになんで小隊長どまりなんだ?」

「それは・・・。彼女が女ながらに騎士を目指したからです。なのでウォール卿の逆鱗に触れ、閑職に封ぜられて・・・」

 シソは咳ばらいをして椅子に座った。

「これ以上彼女の話はする必要はありません。それとも彼女の事が気になりますか? 言っておきますが、彼女に恋をしても、悪魔と樹族では結ばれないと思いますわよ?」

「クハハ! 俺は既婚者だ。愛人もいる」

 そう言って俺は刀をテーブルの上に置いた。

「まぁ! 悪魔に結婚の概念なんてありますの? そして刀が愛人? 馬鹿にして!」

 からかわれたと思って拗ねるシソの近くで、壺がクスクスと笑った。

「さてさて」

 俺は拗ねるシソを慰めるつもりもねえし、壺に変身している誰かのかくれんぼに付き合う気もねぇ。椅子から立ち上がって刀を腰に差すと、ドアに向かう。

「報告は済んだ。できれば今すぐに獣人国レオンに行って、さっさと獲物を始末したい。出発日の明日が待ち遠しいわ」

「今日はご苦労様でした。それから・・・。私の体臭を良い匂いだと言ってくれて感謝します。嬉しかったですわ」

「ああ。それは本当にそう思っているからな。世の中には色々な奴がいるからよ。蓼食う虫も好き好きだ」

「嫁ぎ先の夫が、キリマルのような事を言ってくれると嬉しいのだけど・・・」

「そうだといいな」

 俺は適当に返事して部屋から出ると廊下を進む。暫くは執事や召使いの視線や、裏側の気配が付き纏っていたがやがて消えた。

「こんなに離れていても聞こえているんだよなぁ・・・。俺が去った部屋の会話が」

 俺の悪魔の耳がピクピクした。この能力は音を探りたい方へと意識を向けないと、何も聞こえないのが残念だ。拾える音の範囲は近くだと円形に、遠くだと細長くなる。

「あの悪魔は! 叔母上を馬鹿にしている!」

 叔母上? って事は双子の息子があの壺に変身していたのか。まぁ王様じゃない方の子だろう。

「悪魔とはそういうものですよ、セリスス。でもあの悪魔は私の体臭を良い匂いだといってくれました。そう言ってくれた時、私の胸はときめきましたわ」

「うふふ。冗談ばかり。でも悪魔の中には人を魅了するものもいますよ? 気を付けてください、叔母上」

 叔母の冗談でセリスス坊ちゃんは機嫌が戻った。

「冗談ばかりではないですけどね。あの陰気臭いワンドリッターの息子と結婚するぐらいなら、悪魔と結婚した方がマシですから」

「それは聞かなかった事にしておきます。叔母上が嫁いでくれないとアルケディア王家は挿げ替えられてしまいます」

「あら、冷たい! セリススはとても貴族向きの性格をしているわね。頼もしいわ。そうね、私は人身御供。これは政略結婚ともいうの。今ワンドリッター家と和解をしておかないと後々大変だものね。セリススだって、いつか好きでもない人と結婚するかもしれなから覚悟しておくのよ?」

「僕は平気だよ。偉くなって自分の力で好きな人と結婚するんだ」

「そうね・・・。それがいいわ」

 まぁシュラスの子が後を継がないのなら、自動的に継承権のあるセリススとやらが王になるだろうしな。まぁその辺はどうでもいい。これ以上盗み聞きする必要はないか・・・。

 明日に備えて早めに寝てしまおうか。嫉妬したアマリが俺の上で腰を振りながら怒る事を考えたら尚更。さっさとアマリをいかせて睡眠時間を多めにとるのがいい。

 それにしても今頃ビャクヤは何をしているのだろうか。まぁ大体は想像がつくが。リンネとイチャイチャしてんだろうよ。
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