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「起きて、ビャクヤ!」
水滴の音と一緒にビャクヤは自分の頬を軽く叩くリンネの声を聞く。それからエストの憎たらしい声が聞こえてきた。
「はぁ・・・。偉大なる大魔法使い様は、浄化の祈りで直ぐに送魂されるような弱き霊を見ては、いつも失神なされる」
愛嬌のある種族で有名な地走り族の少女は、魔法の灯りの下で冷たくビャクヤを見下ろしていた。
「地走り族の可愛いらしい赤ちゃんのような顔はどこですかッ? エストの物調面はまるで幽霊の様ですよッ! 危うくもう一度失神するところでした」
「減らず口言って」
リンネはビャクヤの手を掴んで起き上がらせると、樹族国の地下墓地を見渡す。
「なんでこんなに人の骨ばかり積んでいるのかしら。不気味ね」
不気味ね、とは言っているが彼女の心が、少しも怯えていない事をビャクヤは【読心】の魔法で見抜いていた。
(じっちゃんの名に懸けてッ! 我が愛しき恋人の心臓にはッ! ドワーフの髭よりも硬い毛が生えているッ!)
「ビャクヤは驚き過ぎだ。警戒系の常駐魔法をオフにした方がいいのではないか?」
エストがイライラしながらそう言った。地下墓地に来てから。ビャクヤの失神はこれで二回目だからだ。
「馬鹿仰い。吾輩が【読心】の魔法で周囲の悪霊の声を聞かなければ、今頃、皆は憑りつかれてゾンビウォークでもしていたでしょう。違いますかな? 聖騎士見習い殿?」
「だが、その度に失神されては面倒だ。リンネ、【知らせ犬】を出せ」
「残念だけど、あの幻の犬は死者に対して効果がないの。召喚しても吠えないわ」
「わー! エストが恥かいた! 聖騎士殿見習い殿は魔法に疎いようだなッ! フハーッ!」
「煩い」
エストに素っ気ない返事をされて、ビャクヤはむきになる。
「いいですか、エスト。剣技と祈りと光魔法があれば、アンデッドは容易に倒せるでしょう。だがしかしお菓子ッ! メイジに対アンデッド魔法は通用しませーんだッ。今後は謀を好む樹族のメイジと対峙する機会が増えるでしょう。なのでメイジの魔法を知って、対抗手段を考えておいた方がよろしいッ。知識は力といいますからッ!」
大抵の国では、聖職者と魔法使いの仲が悪い事を思い出して、リンネはうんざりしながららも周囲にアンデッドがいないか警戒する。
「黙れ、失神の魔法使い。貴様もアンデッドの事を知って、少しは恐怖を克服しろ」
「変な二つ名を付けないで下さいッ! 冒険者ギルドで定着したら恥ずかしいでしょうがッ!」
「シッ! 二人とも黙って。何か聞こえる」
リンネが口に人差し指を当てて、静かにするように指示を出す。
ズシンズシンと巨人が歩く音がするが、それでも地下墓所は揺れておらず、皆は不思議そうな顔で音源を探った。
すると闇の中からぬぅと、大きな顔が通路いっぱいに現れた。巨人の霊は血走った目でビャクヤたちを見つけるとズシンズシンと音をさせて寄って来る。
音をさせて寄ってきたといっても顔だけしかないので、走っているかどうかはわからないが、猛烈なスピードで通路を埋める顔が迫って来るのは確かだ。どこか滑稽で、不気味さもある。
「きゃああぁぁぁぁぁ!!」
巨人の顔の幽霊を見て、真っ先に乙女のような悲鳴を上げたのは勿論ビャクヤだった。
白目をむいて後ろに倒れるビャクヤがだったが、床に頭を打ち付けないようにエストが素早く彼の頭の下に足の甲を差し込んだ。
「これで失神は三回目だぞ」
エストが黒い瞳を一回転させつつ、剣に魔法を付与していると巨人の霊は手前まで来てスッと消えていなくなった。
「ただの浮遊霊だったか。チッ!」
霊を斬る為にブロードソードに付与した【光の剣】の魔法が無駄になったとエストは舌打ちをする。
「何で巨人の霊が樹族の地下墓地にいるの? そもそも体が大きすぎて地下墓地に入らないでしょうに」
「余所者のリンネは知らないか。まぁいい。教えてやる。ここは神話の時代に、闇側との激しい戦いがあった場所でな。光側だった樹族や地走り族、獣人、ドワーフは、闇側の巨人や鉄傀儡や魔物と激しく争ったのだ。だから巨人の霊がここにいてもおかしくはない」
エストは魔法を無駄にしたくないのか、辺りに悪霊はいないかと目で探しながら話を続けた。
「西の大陸中で起きた、光と闇との戦いの終わり頃に、ノームの飛空艇が樹族の拠点があったこの土地にうっかりと、爆弾を落としてな。敵味方関係なく無数の死者をだし、大きくて深い穴を作った。その後、神を失った闇側の者たちは逃げるようにして樹族国から去り、我らの先祖は大穴からアンデッドが這い出て来ないようにと、封印と蓋をして、その上に死者を弔うための祭事場を作った。そこに巡礼者相手の露店が出るようになり、やがて大都市へと発展したわけだ」
「そうなんだ。悲しい歴史があったんだね」
そう言ってリンネはビャクヤの半身を抱き起して、頬をぺちぺちと叩いている。
「吾輩はもう・・・、美しいリンネにキスでもしてもらわなければ、立ちあがれませんッ!」
意識を取り戻したビャクヤが甘えた声でリンネにキスをねだった。
「馬鹿・・・。後でいくらでも・・・」
「墓場で恋人同士がキスだと! 死者に対する侮辱だぞ!」
「まだしていないわよ」
あれほど性に対して無知で寛容だったはずのエストだが、人が変わったように恋人同士のキスですら許そうとしなくなった。
「まるで本物の聖騎士様のようにふるまうのだなッ! エストは!」
ビャクヤはそう言って立ち上がると、仮面に怒りの表情を映した。
「ニー殿が死する運命だったとはいえッ! 君の信じる神はッ! 勇敢で優しき国境騎士殿をッ! 生き返らせようとはしなかったッ! そんなポンコツの神を崇める君がッ! 聖騎士気取りとは片腹痛くて、激しく放屁しそうですッ!」
「君の信じる神・・・だと? 貴様は私と同じ神を信じていたはずだろう! なぜ自分の神を侮辱する!」
「自分の神? ハッ! 吾輩はもうヒジリなど信じてはいない。幼き頃に吾輩に知恵や知識を与えた、かの神の声は随分と前に聞こえなくなったッ! それはきっと! 神が吾輩を見捨てたからだッ! だからヒジリはッ! 吾輩の祈りを聞こうとはしなかったのだッ!」
ビャクヤは自分の顔を覆う幻の下にある、白い仮面を引っかいて怒りを抑えている。
「幼き頃に聞こえた神の声? 貴様が何のことを言っているのか、私にはよくわからんな。神は神の考えで動く。ビャクヤの祈りを聞くかどうかは神の御心次第だ! 信心の足らぬ愚か者の声をどうして神が聞き入れようか? それに私は蘇生の祈りを使えるほどの実力がまだない。ゆえにニー殿を生き返らすために祈っても、神が聞き入れてくれなかっただろう! 現人神様のせいではない!」
「しかし現に君はゴブリンたちをッ!」
「いい加減にしなさい、二人とも。ビャクヤも今はニーさんの事を忘れて。エストも周りにアンデッドがいないかを警戒するの。ここは友達同士がちょっと口論するような公園の東屋ではなく、亡者が蠢く地下墓場なのだから。気を引き締めてくれないと困るわ」
「・・・」
リンネの叱咤を受けて二人は黙ると、また地下墓地を歩き始めた。
「いだぁぁい! やめてぐださい! ビャーンズ様!」
半時ほど歩いて見つけた書庫の大きな扉の向こう側で、誰かが泣き叫んでいる。
「あたしゃ、あんたの主様じゃないよ! 何しに来たんだい!」
ビビビと奇妙な音がした後、老婆が喚いた。
「知らない! おではツィガル城の下水道をいつものように歩いていただけだど!」
愚鈍そうな声を聞いてリンネの目がビャクヤに向く。
「ツィガル城ってビャクヤのお城だよね?」
「吾輩のお城ではないですよッ! 我が祖父のお城ッ!」
「でもいずれ貴方の物になるのでしょ? 同じことでしょ」
「とんでもない。これまでに何回かリンネに言ったはずですが? ツィガル帝国の皇帝は血筋でなるものではありませんよとッ! 決闘で勝ち取るものなのですッ! だから祖父は吾輩と戦う為に、あらゆる手段を使ってこれまでの決闘を勝ち続けていますッ!」
「え! じゃあビャクヤはいつかお爺様と決闘するの?」
「そうなりますなッ! きっと祖父は吾輩の為に手抜きをするでしょうがッ!」
「ってか、今はそんな話はどうでもいいの。ビャクヤの知る城の人なら何とかなるかもしれないんじゃないの?」
「この時代のツィガル城関係者なら、期待はできないですね。もう少し話を聞きましょう」
三人はよくわからない金属で出来た大扉の前で耳を澄ます。
「おかしいねぇ。確かに侵入者に備えてジャイアントゾンビを召喚したはずなんだがねぇ。召喚士の脳みそを使った魔法発生装置にエラーが出たのかもしれない。あれは古いものねぇ・・・。仕方ない。機械が直るまで、その扉の前に座って塞いでな! それがあんたの仕事だよ! ほら、早く! 愚図は嫌いだよ!」
ビビビ!
「わがったから、そのビビビを止めど! ・・・あでぇ! ちょっとまて! なんでだ! おかしい! ここは城の地下下水道じゃないど! どこだ!」
「またかい! あんたが馬鹿で鶏の脳みそ程度の知能しかないから、このビビビを使ってんだぁよ! まだジャイアントゾンビの方が賢かったね! 同じ時間を何度も巡る、下らない物語のように、もう八回も会話がループしているよ!」
「ん? そこにいるのは誰だ! 婆さん! おまえ、誰だ!」
「あああ! もう! 九回目が始まったねぇ! さっき自己紹介しただろう! あたしゃこの書庫の司書、ナビだよ! ブーマー!」
「などぅほど! 良い名前だ! ナビな・・・ナビ、ナビ、ナビ、バビ! ええ! バビだって! アンダロス地方ではそれはウンコのことだぞ! おでは今日! ウンコの名を持つ婆さんに出会ってしまった! 爺さんの遺言だとそれは世界の終わりを示している! いやまて、ブーマー! お前の爺さんはまだ生きていどぅ! 誰だ! おでの爺さんを殺そうとした奴は! ・・・あでぇ! そういやおまえ! おでは名乗ってないのに何で、おでの名前を知っているんだ!」
「あんたは十分前に自分で名乗っただろう! 聞いてもいないのに続けて五回も名乗ったよ! おではブーマーだ! 怪力と屁の臭さが自慢だぁ! ってね! あたしゃ針の飛んだレコードを聴いている気分だったよぉ!」
ビビビ!
「ぎゃぁぁぁ! ビビビびすんな! お前がビビビばっかりするから腹が減ってきだど! ドブネズミでも探すか・・・。あでぇ! ここはどこだ! お城の地下下水道じゃない!」
ビャクヤとリンネは、老婆と間抜けな誰かの会話が可笑しくて腹がよじれそうになったが、今笑えば気付かれて扉をロックされてしまう可能性があるので、腹筋だけで笑って苦しそうに悶える。
「フスッ! フスッ! さ、さぁ気づかれないうちに、そっと扉を開けて中に入りましょう、リンネ。そして本を見つけて転移魔法で脱出するのですッ!」
「そうね」
「ふん、馬鹿を言え。騎士はコソコソなどしない!」
エストはバーン! と大扉を押すと、扉は勢い良く開いて身長三メートルはあるオーガの出っ張った後頭部を直撃した。
「ドッ!」
「ほら! あんたが愚図だから侵入者が入ってきただろう! もういいよ! 役立たずが! さっさとあんたの大好物がいるお城へお帰り! ドブネズミたちによろしくねぇ」
赤いローブを着た老婆が手に持つスイッチを押すと、ブーマーはドブネズミの肉がどれくらい美味しいかを話している途中で転送されて消えてしまった。
「アナログな機械はどうもだめだねぇ。故障はするし、変なのを召喚するしで」
「あの・・・。初めまして、ナビ司書ッ!」
ビャクヤは丁寧にお辞儀をすると、赤いローブを着たノームはフードを下した。
「やぁいらっしゃい、泥棒たち。本を盗みに来たのなら今日は幸運だったねぇ。機械が故障して役立たずが召喚されたから、第一試練が消えたに等しい。いつもは小さめのジャイアントスケルトンか、ジャイアントゾンビと戦ってもらうのだけどねぇ」
「ええ、幸運でした」
「じゃあ次の試練にいくよ、坊や。お前たちがここに来るべき運命だったのか、アカシックレコードを見てみるから少しお待ち」
ナビは魔法水晶をバンバン叩いてから浮かぶ映像を見た。
「ありゃあ・・・。今見ているのは少し別の時間軸の内容だけど仕方がないね・・・。本物の神様はちゃんとした未来を見れるかもしれないけど、あたしゃ神様じゃないからね。文句は言えないよ」
一人ブツブツ言う老婆は何を視たのか、時々魔法水晶に唾を吐きかけて「アホが!」と悪態をつく。
「で、どうなんです? ナビ司書ッ!」
「ん、まぁ合格だぁね。ちゃあんとあんたらがここに来る未来が映っているよ」
「我々は既に来てしまっているのでッ! もう未来ではありませんけどねッ!」
「煩い子だね! こまけぇこたぁいいんだよ! あたしゃ妙に賢い子供は嫌いだよ! 上まで転送してやろうかい?」
「おわっ! それはご勘弁をッ! 本を読ませていただければすぐに帰りますゆえッ!」
「で、何の本を探しに来たんだい?」
「契約途中で誰かに召喚されてしまった悪魔を、呼び戻す知識が欲しいのですッ!」
「ほうほう。それはあるにはあるが、上巻が盗まれてねぇ。下巻だけでよければあるよ」
「下巻だけで構いません。(上巻は読んだので既に頭に入っていますからッ!)」
竜騎士のキラキ・キラキから借りた本を思い浮かべていると、ナビの皺だらけの目が急に細くなった。
「あんた、上巻がどこにあるか知っているね? 死にたくなければさっさと言うんだよ! さぁ早く! 三十秒で言いな! 愚図は嫌いだよ!」
しまった! とビャクヤは心の中で呟き後悔する。
ニムゲイン王国と違って、西の大陸では他者の心を読む魔法は、そこまで珍しい魔法ではないからだ。
水滴の音と一緒にビャクヤは自分の頬を軽く叩くリンネの声を聞く。それからエストの憎たらしい声が聞こえてきた。
「はぁ・・・。偉大なる大魔法使い様は、浄化の祈りで直ぐに送魂されるような弱き霊を見ては、いつも失神なされる」
愛嬌のある種族で有名な地走り族の少女は、魔法の灯りの下で冷たくビャクヤを見下ろしていた。
「地走り族の可愛いらしい赤ちゃんのような顔はどこですかッ? エストの物調面はまるで幽霊の様ですよッ! 危うくもう一度失神するところでした」
「減らず口言って」
リンネはビャクヤの手を掴んで起き上がらせると、樹族国の地下墓地を見渡す。
「なんでこんなに人の骨ばかり積んでいるのかしら。不気味ね」
不気味ね、とは言っているが彼女の心が、少しも怯えていない事をビャクヤは【読心】の魔法で見抜いていた。
(じっちゃんの名に懸けてッ! 我が愛しき恋人の心臓にはッ! ドワーフの髭よりも硬い毛が生えているッ!)
「ビャクヤは驚き過ぎだ。警戒系の常駐魔法をオフにした方がいいのではないか?」
エストがイライラしながらそう言った。地下墓地に来てから。ビャクヤの失神はこれで二回目だからだ。
「馬鹿仰い。吾輩が【読心】の魔法で周囲の悪霊の声を聞かなければ、今頃、皆は憑りつかれてゾンビウォークでもしていたでしょう。違いますかな? 聖騎士見習い殿?」
「だが、その度に失神されては面倒だ。リンネ、【知らせ犬】を出せ」
「残念だけど、あの幻の犬は死者に対して効果がないの。召喚しても吠えないわ」
「わー! エストが恥かいた! 聖騎士殿見習い殿は魔法に疎いようだなッ! フハーッ!」
「煩い」
エストに素っ気ない返事をされて、ビャクヤはむきになる。
「いいですか、エスト。剣技と祈りと光魔法があれば、アンデッドは容易に倒せるでしょう。だがしかしお菓子ッ! メイジに対アンデッド魔法は通用しませーんだッ。今後は謀を好む樹族のメイジと対峙する機会が増えるでしょう。なのでメイジの魔法を知って、対抗手段を考えておいた方がよろしいッ。知識は力といいますからッ!」
大抵の国では、聖職者と魔法使いの仲が悪い事を思い出して、リンネはうんざりしながららも周囲にアンデッドがいないか警戒する。
「黙れ、失神の魔法使い。貴様もアンデッドの事を知って、少しは恐怖を克服しろ」
「変な二つ名を付けないで下さいッ! 冒険者ギルドで定着したら恥ずかしいでしょうがッ!」
「シッ! 二人とも黙って。何か聞こえる」
リンネが口に人差し指を当てて、静かにするように指示を出す。
ズシンズシンと巨人が歩く音がするが、それでも地下墓所は揺れておらず、皆は不思議そうな顔で音源を探った。
すると闇の中からぬぅと、大きな顔が通路いっぱいに現れた。巨人の霊は血走った目でビャクヤたちを見つけるとズシンズシンと音をさせて寄って来る。
音をさせて寄ってきたといっても顔だけしかないので、走っているかどうかはわからないが、猛烈なスピードで通路を埋める顔が迫って来るのは確かだ。どこか滑稽で、不気味さもある。
「きゃああぁぁぁぁぁ!!」
巨人の顔の幽霊を見て、真っ先に乙女のような悲鳴を上げたのは勿論ビャクヤだった。
白目をむいて後ろに倒れるビャクヤがだったが、床に頭を打ち付けないようにエストが素早く彼の頭の下に足の甲を差し込んだ。
「これで失神は三回目だぞ」
エストが黒い瞳を一回転させつつ、剣に魔法を付与していると巨人の霊は手前まで来てスッと消えていなくなった。
「ただの浮遊霊だったか。チッ!」
霊を斬る為にブロードソードに付与した【光の剣】の魔法が無駄になったとエストは舌打ちをする。
「何で巨人の霊が樹族の地下墓地にいるの? そもそも体が大きすぎて地下墓地に入らないでしょうに」
「余所者のリンネは知らないか。まぁいい。教えてやる。ここは神話の時代に、闇側との激しい戦いがあった場所でな。光側だった樹族や地走り族、獣人、ドワーフは、闇側の巨人や鉄傀儡や魔物と激しく争ったのだ。だから巨人の霊がここにいてもおかしくはない」
エストは魔法を無駄にしたくないのか、辺りに悪霊はいないかと目で探しながら話を続けた。
「西の大陸中で起きた、光と闇との戦いの終わり頃に、ノームの飛空艇が樹族の拠点があったこの土地にうっかりと、爆弾を落としてな。敵味方関係なく無数の死者をだし、大きくて深い穴を作った。その後、神を失った闇側の者たちは逃げるようにして樹族国から去り、我らの先祖は大穴からアンデッドが這い出て来ないようにと、封印と蓋をして、その上に死者を弔うための祭事場を作った。そこに巡礼者相手の露店が出るようになり、やがて大都市へと発展したわけだ」
「そうなんだ。悲しい歴史があったんだね」
そう言ってリンネはビャクヤの半身を抱き起して、頬をぺちぺちと叩いている。
「吾輩はもう・・・、美しいリンネにキスでもしてもらわなければ、立ちあがれませんッ!」
意識を取り戻したビャクヤが甘えた声でリンネにキスをねだった。
「馬鹿・・・。後でいくらでも・・・」
「墓場で恋人同士がキスだと! 死者に対する侮辱だぞ!」
「まだしていないわよ」
あれほど性に対して無知で寛容だったはずのエストだが、人が変わったように恋人同士のキスですら許そうとしなくなった。
「まるで本物の聖騎士様のようにふるまうのだなッ! エストは!」
ビャクヤはそう言って立ち上がると、仮面に怒りの表情を映した。
「ニー殿が死する運命だったとはいえッ! 君の信じる神はッ! 勇敢で優しき国境騎士殿をッ! 生き返らせようとはしなかったッ! そんなポンコツの神を崇める君がッ! 聖騎士気取りとは片腹痛くて、激しく放屁しそうですッ!」
「君の信じる神・・・だと? 貴様は私と同じ神を信じていたはずだろう! なぜ自分の神を侮辱する!」
「自分の神? ハッ! 吾輩はもうヒジリなど信じてはいない。幼き頃に吾輩に知恵や知識を与えた、かの神の声は随分と前に聞こえなくなったッ! それはきっと! 神が吾輩を見捨てたからだッ! だからヒジリはッ! 吾輩の祈りを聞こうとはしなかったのだッ!」
ビャクヤは自分の顔を覆う幻の下にある、白い仮面を引っかいて怒りを抑えている。
「幼き頃に聞こえた神の声? 貴様が何のことを言っているのか、私にはよくわからんな。神は神の考えで動く。ビャクヤの祈りを聞くかどうかは神の御心次第だ! 信心の足らぬ愚か者の声をどうして神が聞き入れようか? それに私は蘇生の祈りを使えるほどの実力がまだない。ゆえにニー殿を生き返らすために祈っても、神が聞き入れてくれなかっただろう! 現人神様のせいではない!」
「しかし現に君はゴブリンたちをッ!」
「いい加減にしなさい、二人とも。ビャクヤも今はニーさんの事を忘れて。エストも周りにアンデッドがいないかを警戒するの。ここは友達同士がちょっと口論するような公園の東屋ではなく、亡者が蠢く地下墓場なのだから。気を引き締めてくれないと困るわ」
「・・・」
リンネの叱咤を受けて二人は黙ると、また地下墓地を歩き始めた。
「いだぁぁい! やめてぐださい! ビャーンズ様!」
半時ほど歩いて見つけた書庫の大きな扉の向こう側で、誰かが泣き叫んでいる。
「あたしゃ、あんたの主様じゃないよ! 何しに来たんだい!」
ビビビと奇妙な音がした後、老婆が喚いた。
「知らない! おではツィガル城の下水道をいつものように歩いていただけだど!」
愚鈍そうな声を聞いてリンネの目がビャクヤに向く。
「ツィガル城ってビャクヤのお城だよね?」
「吾輩のお城ではないですよッ! 我が祖父のお城ッ!」
「でもいずれ貴方の物になるのでしょ? 同じことでしょ」
「とんでもない。これまでに何回かリンネに言ったはずですが? ツィガル帝国の皇帝は血筋でなるものではありませんよとッ! 決闘で勝ち取るものなのですッ! だから祖父は吾輩と戦う為に、あらゆる手段を使ってこれまでの決闘を勝ち続けていますッ!」
「え! じゃあビャクヤはいつかお爺様と決闘するの?」
「そうなりますなッ! きっと祖父は吾輩の為に手抜きをするでしょうがッ!」
「ってか、今はそんな話はどうでもいいの。ビャクヤの知る城の人なら何とかなるかもしれないんじゃないの?」
「この時代のツィガル城関係者なら、期待はできないですね。もう少し話を聞きましょう」
三人はよくわからない金属で出来た大扉の前で耳を澄ます。
「おかしいねぇ。確かに侵入者に備えてジャイアントゾンビを召喚したはずなんだがねぇ。召喚士の脳みそを使った魔法発生装置にエラーが出たのかもしれない。あれは古いものねぇ・・・。仕方ない。機械が直るまで、その扉の前に座って塞いでな! それがあんたの仕事だよ! ほら、早く! 愚図は嫌いだよ!」
ビビビ!
「わがったから、そのビビビを止めど! ・・・あでぇ! ちょっとまて! なんでだ! おかしい! ここは城の地下下水道じゃないど! どこだ!」
「またかい! あんたが馬鹿で鶏の脳みそ程度の知能しかないから、このビビビを使ってんだぁよ! まだジャイアントゾンビの方が賢かったね! 同じ時間を何度も巡る、下らない物語のように、もう八回も会話がループしているよ!」
「ん? そこにいるのは誰だ! 婆さん! おまえ、誰だ!」
「あああ! もう! 九回目が始まったねぇ! さっき自己紹介しただろう! あたしゃこの書庫の司書、ナビだよ! ブーマー!」
「などぅほど! 良い名前だ! ナビな・・・ナビ、ナビ、ナビ、バビ! ええ! バビだって! アンダロス地方ではそれはウンコのことだぞ! おでは今日! ウンコの名を持つ婆さんに出会ってしまった! 爺さんの遺言だとそれは世界の終わりを示している! いやまて、ブーマー! お前の爺さんはまだ生きていどぅ! 誰だ! おでの爺さんを殺そうとした奴は! ・・・あでぇ! そういやおまえ! おでは名乗ってないのに何で、おでの名前を知っているんだ!」
「あんたは十分前に自分で名乗っただろう! 聞いてもいないのに続けて五回も名乗ったよ! おではブーマーだ! 怪力と屁の臭さが自慢だぁ! ってね! あたしゃ針の飛んだレコードを聴いている気分だったよぉ!」
ビビビ!
「ぎゃぁぁぁ! ビビビびすんな! お前がビビビばっかりするから腹が減ってきだど! ドブネズミでも探すか・・・。あでぇ! ここはどこだ! お城の地下下水道じゃない!」
ビャクヤとリンネは、老婆と間抜けな誰かの会話が可笑しくて腹がよじれそうになったが、今笑えば気付かれて扉をロックされてしまう可能性があるので、腹筋だけで笑って苦しそうに悶える。
「フスッ! フスッ! さ、さぁ気づかれないうちに、そっと扉を開けて中に入りましょう、リンネ。そして本を見つけて転移魔法で脱出するのですッ!」
「そうね」
「ふん、馬鹿を言え。騎士はコソコソなどしない!」
エストはバーン! と大扉を押すと、扉は勢い良く開いて身長三メートルはあるオーガの出っ張った後頭部を直撃した。
「ドッ!」
「ほら! あんたが愚図だから侵入者が入ってきただろう! もういいよ! 役立たずが! さっさとあんたの大好物がいるお城へお帰り! ドブネズミたちによろしくねぇ」
赤いローブを着た老婆が手に持つスイッチを押すと、ブーマーはドブネズミの肉がどれくらい美味しいかを話している途中で転送されて消えてしまった。
「アナログな機械はどうもだめだねぇ。故障はするし、変なのを召喚するしで」
「あの・・・。初めまして、ナビ司書ッ!」
ビャクヤは丁寧にお辞儀をすると、赤いローブを着たノームはフードを下した。
「やぁいらっしゃい、泥棒たち。本を盗みに来たのなら今日は幸運だったねぇ。機械が故障して役立たずが召喚されたから、第一試練が消えたに等しい。いつもは小さめのジャイアントスケルトンか、ジャイアントゾンビと戦ってもらうのだけどねぇ」
「ええ、幸運でした」
「じゃあ次の試練にいくよ、坊や。お前たちがここに来るべき運命だったのか、アカシックレコードを見てみるから少しお待ち」
ナビは魔法水晶をバンバン叩いてから浮かぶ映像を見た。
「ありゃあ・・・。今見ているのは少し別の時間軸の内容だけど仕方がないね・・・。本物の神様はちゃんとした未来を見れるかもしれないけど、あたしゃ神様じゃないからね。文句は言えないよ」
一人ブツブツ言う老婆は何を視たのか、時々魔法水晶に唾を吐きかけて「アホが!」と悪態をつく。
「で、どうなんです? ナビ司書ッ!」
「ん、まぁ合格だぁね。ちゃあんとあんたらがここに来る未来が映っているよ」
「我々は既に来てしまっているのでッ! もう未来ではありませんけどねッ!」
「煩い子だね! こまけぇこたぁいいんだよ! あたしゃ妙に賢い子供は嫌いだよ! 上まで転送してやろうかい?」
「おわっ! それはご勘弁をッ! 本を読ませていただければすぐに帰りますゆえッ!」
「で、何の本を探しに来たんだい?」
「契約途中で誰かに召喚されてしまった悪魔を、呼び戻す知識が欲しいのですッ!」
「ほうほう。それはあるにはあるが、上巻が盗まれてねぇ。下巻だけでよければあるよ」
「下巻だけで構いません。(上巻は読んだので既に頭に入っていますからッ!)」
竜騎士のキラキ・キラキから借りた本を思い浮かべていると、ナビの皺だらけの目が急に細くなった。
「あんた、上巻がどこにあるか知っているね? 死にたくなければさっさと言うんだよ! さぁ早く! 三十秒で言いな! 愚図は嫌いだよ!」
しまった! とビャクヤは心の中で呟き後悔する。
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