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マサヨシのダンス
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目の下に隈を作る一人の獅子人が、年老いた獅子人を視界に入れたまま後をつけていた。
フードを目深に被ったトウバは父フンバを追っているのだ。それが掟を破ると分かっていても。
人ごみの中、父を見失わないようにしてトウバは会議での決定を思い出す。
―――任務に失敗したトウバに変わって、フンバ・イブン・レンバに一度限りの刺客の刑を。
二日の間、いつ襲ってくるかわからない刺客から、一度限りの攻撃を父が受けるというものだった。
フンバもかつては歴戦の戦士の一人だったが、今は老いて目もろくに見えていない。今日で二日目だ。このままだと父は確実に暗殺者に殺されるだろう。
救済措置は一つ。
他人が偶発的に父を救えば、父の死も自分の罪も消える。そんな奇跡は万が一にも起こらない。暗殺者が手を下すのはあっという間だからだ。
だったら自分が他人を装って――――、と考えての行動だったが、トウバは急に目を忙しく動かして冷や汗をかく。
(あの時も全ては見られていた。自分がレバシュの襲撃に失敗した事や、仲間を死なせた事、キリマルたちが戦っている時に、俺が呪いに怯えて縮こまっていた事。全てだ! くそが! 今日もか?)
監視されている恐怖よりも、椅子に座って両手を組むサル人たちの高圧的な態度を思い出して怒りが勝った。
同盟関係にあるトラ人首長の擁護で、襲い来る魔物から同胞を守ったという評価も、サル人首長たちによって、「奴隷解放者である樹族の番犬程度の活躍」と酷評されたのだから怒って当然だ。
「自分たちは何もせず! 椅子に座って! 上から目線で他人を評価するだけの役立たずが! 獣人にとって有益な事ですら、奴らは自分の利益にならなければ協力をせず足を引っ張る! サル人はクズだ!」
首長の半分はサル人である。多くは剛勇を貴ぶ獣人ばかりだが、近年はサル人が謀略を使って、首長になるようになってしまった。あいつらはどこか樹族に似ている。
父を助ける気で後をつけているが、やはり迷いもある。
失敗者に課せられる、一度限りの刺客の掟が頭をよぎる。
身内が失敗者を助ける事なかれ。
そんな掟など知った事か! と、激情が戸惑いを吹き飛ばした。
(自分のミスで親父を死なせたくはねぇんだよ!)
年老いて毛が白くなった父は、刑の執行を聞いた時に死ぬ覚悟を決めたように見えた。慌てる事もなく、ただ俺にニッコリと微笑んで「心配は要らない」と言って頷いただけだった。
(死なせたくねぇ! くそ!)
トウバの目から悔し涙がとめどなく溢れてくる。
(無口で、優しくて、強くて、そして何よりも・・・、俺の親父なんだ! 嫌だ! 絶対死なせたくねぇんだよ!)
トウバはいつ父を襲うかわからない暗殺者に警戒しながら涙を袖で拭き、出店のテントが並ぶ商店街を歩いた。
「うるせぇなぁ」
俺はいつまでも煩いシルビィにそう言った。朝飯を食おうと商店街まで来たが、ガミガミ女は後ろをついて来る。
「責任を取って君は私と結婚すべきだ。あそこまでの事をしたのだから当然だろう!」
「知らん。それに俺は既婚者だと言っているだろうが。もう結婚はできねぇよ」
「東の大陸ではどうかは知らないが、樹族国ではできる! キリマルが妻や子供を連れてウォール家の一員になれば済む事だ」
「そもそも責任を取らされるような事はしてねぇだろ。セックスしたか? してねぇだろうが。おめぇがシクシクと幼子みたいに夜泣きをして、うるせぇからよ、抱きしめて安心させてやっただけじゃねぇか。それにここは獣人国レオンだ。世界のどこでも樹族国の法律が通ると思うなよ。そんなんだから、お前ら樹族は傲慢だと言われて嫌われるんだよ」
「何を言う。君だって樹族だろう! そういえば、歳を聞いてなかったな? 一体何歳なんだ? 愛人がいるのだからまだ子種を作れる歳だろう?」
俺の変身した見た目はどうなってんだ? 老いてるか若いかくらいはわかるだろ、同じ種族なんだしよ。
それに子種を欲しがるとか、結局リューロック父ちゃんの言うとおりにしようとしてんじゃねぇか、シルビィちゃんはよ。
「25歳だ」
ビャクヤたちに散々、オジサンオジサンと馬鹿にされた事を思い出して、俺は少し嫌な気分になった。
「は?」
シルビィは驚いて脱力している。
「こ、子供じゃないか・・・」
しまった! 樹族の年齢で言うのを忘れていた。
「短命種の年齢だと、25な。ここ最近短命種と付き合う事が多かったからよ」
慌てて俺は言い直すとシルビィは白い鎧の胸を撫でおろす。
「ホッ! 危うく私の名に傷がつくところだった。じゃあ50歳か。私より少し年上だな。よしよし」
「何がよしよしだ。結婚する気はねぇぞ。この話は終わりだ」
無理やり話を終わらせて、俺はなんとなく前を見た。
するとマサヨシとガノダが並んで歩いているのが見える。あいつらいつの間に仲良くなりやがったんだ。
二人は屋台の前に立ち止まって、あーだこーだ言っている。
「確かに不衛生ではあるけども、怯える程でもないと思う。もしそんなに不衛生ならば、食中毒が蔓延して誰も食べないはずですぞ、ガノダ氏ぃ~」
「食中毒になっても、誰もここいらの出店が原因だと証明することなんてできないじゃないか。獣人は頭が悪いから何度下痢をしようがすぐに忘れて、この汚らしい出店商店街で食べるのさ」
「もー。めんどくさい人でつなぁ。宿屋の朝食は面白くない、嫌だ、庶民の料理を食べに行きたいというから連れてきたのに。じゃあ毒見するからそれを見て、食べるかどうか決めてクレメンス」
「いいだろう」
「おやっさん、焼き鳥一本」
「あいよ~」
マサヨシは百銅貨コインを屋台のカウンターの上に置いて、ジュージューと音を立てる鳥の腿肉の焼き鳥を受け取る。
「塩味っぽいな。甘辛いタレの焼き鳥が懐かしい・・・」
日本にいた頃、近所のスーパーに火曜日にだけやってくる焼き鳥やの車を思い出しながら、マサヨシは熱々の焼き鳥に噛みついた。
「あつっ! ほふっ! おほ」
実に美味そうに食う。少し離れた場所で見ている俺でさえ、涎が口の中に溜まる。
「何味だ?」
俺が近づいてマサヨシに訊くと、予想した通り「塩味」と返事が返ってきた。
「でもライムがかけてあって、脂っぽくはないですぞ。肉汁の後にライムが口の中を爽やかにしてくれます」
「へぇ~。オヤジ、俺にも二本くれ」
「あいよ!」
金を払い焼き鳥を二本受け取って、一本をシルビィに渡した。
「ありがとう」
こういうのは平気なんだな、こいつは。
ガノダみたいにブツクサ文句も言わずに食う。シルビィは急いで串の頭についている肉を食べてしまい、その下に付いていた焼いたリーキを嬉しそうに齧った。なるほど、お目当てはそっちか。
「甘い! なんて甘いリーキなんだ! 焼き目の香ばしさ、噛むと溢れてくる汁のジューシーさ、絶妙な塩加減! 美味すぎる!」
ガノダはもう涎を垂らして腹をグーグー鳴らしている。
「君まで美味しそうに食べて! こうなったら私も食べるしかないだろう! 店主! 私にも一本!」
「ほいきた! 皆美味しそうに食ってくれて見ていて気持ちいいから、これはタダでいいですぜ」
滅多にこんな場所に来ない樹族が、自分の焼き鳥を美味しいと言って褒めてくれている事に気を良くした猫人の主人は、嬉しそうに笑いながらガノダにオマケをしてくれた。
しかしガノダの顔が曇る。獣人から施しを受けたと思ったのだ。それを察知したマサヨシがすぐにガノダに話しかけた。
「違うんごよ、ガノダ氏。これは好意なの。好意。ね? ガノダ氏を見下したり、馬鹿にして焼き鳥をくれたわけじゃないんごよ? この猫ちゃんは、皆が美味しく食べてくれるから嬉しいんだみゃ~っ、て言って一本オマケしてくれたの。わかる? わかるよね?」
「小さい子を諭すみたいに言うな。ふ、ふん。わかってるさ。主人の好意、ありがたく受け取る」
そう言ってから焼き鳥に口をつけるまではコンマ何秒の世界だった。
「う、美味いぞぉ~~! これは美味い! 肉もリーキも美味い! 旨味が口の中一杯に広がる!」
「もうこれで屋台の料理を食べれるよな? ガノダ氏?」
「ま、まぁな」
「そうなると、ここの屋台商店街はある意味、ビュッフェみたいなものだお、ガノダ氏!」
「おお、そう言われれば!」
「びゅっびゅっビュッフェッ! びゅびゅビュッフェ♪ ピュッ!」
いきなりマサヨシが歌いだした。それキャラットのCMのパクリじゃねぇか。
「びゅっびゅっビュッフェッ! びゅびゅビュッフェ♪」
ガノダも歌うんかい。意外とノリがいいんだな。
「アホだな、こいつら」
調子に乗ったマサヨシが奇妙な動きでキビキビと踊り出す。
多分このシーンがアニメだったら、このダンスだけで予算が無くなりそうなほど、滑らかに、そしてキレのいいダンスだ。
「太っているのに素早く動けるタイプか。属性は風だな」
シルビィが真面目な顔でマサヨシを分析し、周りで獣人たちも嬉しそうに手拍子をして、マサヨシのキレッキレなダンスを見ている。そのなかで俺は殺気を感じた。
なんだ? こっちに向けての殺気ではねぇな。
こんだけ殺気を放ってるって事は、まだまだ下っ端の暗殺者だな。どこだ?
獅子人の老人の少し後ろに立つローブの男か? いや違う。隣に立ってるサル人の女だな。まぁ誰が死のうが俺には関係ねぇか。
主婦を装う暗殺者の緩い袖に、暗器がキラリと光る。
(狙いは老人か。終わったな)
刺突武器が老人の肝臓を狙ったその時、ブレイクダンスでヘッドスピンをするマサヨシの脚が主婦にの手に当たり、刺突武器が弾き飛んでいった。勿論主婦は即座に逃げていく。
意外な事にマサヨシは逃げていく主婦を目で追っている。こいつ気付いてやがったな。
「キャラット~♪」
最後にとうとうパクリ元の商品名を言って、マサヨシは小さく蹲った。ダンスは終わりだという合図だ。
獣人たちは指笛を吹いてマサヨシを褒めたたえている。皆、貧しいのでおひねりはない。
通りはまた普段通りに戻り、子供たちはビュッフェの大合唱をしながら去っていく。
「おめぇ、気が付いてたな?」
「何がでつか?」
「ハ! とぼけやがって。まぁいいや」
マサヨシが澄まし顔をしていると突然、獣人がマサヨシにタックルするように抱きつき、ベアハグをした。
男は凄く興奮しており、俺はこのローブの男がマサヨシの背骨をへし折るつもりに思えた。
「おい! 男! マサヨシから離れろ! ん? この匂いは・・・」
嗅ぎ覚えのある匂いに俺はそいつが誰だったかを思い出そうとしていると、獣人の被るフードがはらりと後ろに落ちた。
その顔には勿論見覚えがある。オライオンに来るまでに鋭い爪で魔獣の腹を何匹も引き裂いていた奴だ。
「なにやってんだ?おめぇ」
フードを目深に被ったトウバは父フンバを追っているのだ。それが掟を破ると分かっていても。
人ごみの中、父を見失わないようにしてトウバは会議での決定を思い出す。
―――任務に失敗したトウバに変わって、フンバ・イブン・レンバに一度限りの刺客の刑を。
二日の間、いつ襲ってくるかわからない刺客から、一度限りの攻撃を父が受けるというものだった。
フンバもかつては歴戦の戦士の一人だったが、今は老いて目もろくに見えていない。今日で二日目だ。このままだと父は確実に暗殺者に殺されるだろう。
救済措置は一つ。
他人が偶発的に父を救えば、父の死も自分の罪も消える。そんな奇跡は万が一にも起こらない。暗殺者が手を下すのはあっという間だからだ。
だったら自分が他人を装って――――、と考えての行動だったが、トウバは急に目を忙しく動かして冷や汗をかく。
(あの時も全ては見られていた。自分がレバシュの襲撃に失敗した事や、仲間を死なせた事、キリマルたちが戦っている時に、俺が呪いに怯えて縮こまっていた事。全てだ! くそが! 今日もか?)
監視されている恐怖よりも、椅子に座って両手を組むサル人たちの高圧的な態度を思い出して怒りが勝った。
同盟関係にあるトラ人首長の擁護で、襲い来る魔物から同胞を守ったという評価も、サル人首長たちによって、「奴隷解放者である樹族の番犬程度の活躍」と酷評されたのだから怒って当然だ。
「自分たちは何もせず! 椅子に座って! 上から目線で他人を評価するだけの役立たずが! 獣人にとって有益な事ですら、奴らは自分の利益にならなければ協力をせず足を引っ張る! サル人はクズだ!」
首長の半分はサル人である。多くは剛勇を貴ぶ獣人ばかりだが、近年はサル人が謀略を使って、首長になるようになってしまった。あいつらはどこか樹族に似ている。
父を助ける気で後をつけているが、やはり迷いもある。
失敗者に課せられる、一度限りの刺客の掟が頭をよぎる。
身内が失敗者を助ける事なかれ。
そんな掟など知った事か! と、激情が戸惑いを吹き飛ばした。
(自分のミスで親父を死なせたくはねぇんだよ!)
年老いて毛が白くなった父は、刑の執行を聞いた時に死ぬ覚悟を決めたように見えた。慌てる事もなく、ただ俺にニッコリと微笑んで「心配は要らない」と言って頷いただけだった。
(死なせたくねぇ! くそ!)
トウバの目から悔し涙がとめどなく溢れてくる。
(無口で、優しくて、強くて、そして何よりも・・・、俺の親父なんだ! 嫌だ! 絶対死なせたくねぇんだよ!)
トウバはいつ父を襲うかわからない暗殺者に警戒しながら涙を袖で拭き、出店のテントが並ぶ商店街を歩いた。
「うるせぇなぁ」
俺はいつまでも煩いシルビィにそう言った。朝飯を食おうと商店街まで来たが、ガミガミ女は後ろをついて来る。
「責任を取って君は私と結婚すべきだ。あそこまでの事をしたのだから当然だろう!」
「知らん。それに俺は既婚者だと言っているだろうが。もう結婚はできねぇよ」
「東の大陸ではどうかは知らないが、樹族国ではできる! キリマルが妻や子供を連れてウォール家の一員になれば済む事だ」
「そもそも責任を取らされるような事はしてねぇだろ。セックスしたか? してねぇだろうが。おめぇがシクシクと幼子みたいに夜泣きをして、うるせぇからよ、抱きしめて安心させてやっただけじゃねぇか。それにここは獣人国レオンだ。世界のどこでも樹族国の法律が通ると思うなよ。そんなんだから、お前ら樹族は傲慢だと言われて嫌われるんだよ」
「何を言う。君だって樹族だろう! そういえば、歳を聞いてなかったな? 一体何歳なんだ? 愛人がいるのだからまだ子種を作れる歳だろう?」
俺の変身した見た目はどうなってんだ? 老いてるか若いかくらいはわかるだろ、同じ種族なんだしよ。
それに子種を欲しがるとか、結局リューロック父ちゃんの言うとおりにしようとしてんじゃねぇか、シルビィちゃんはよ。
「25歳だ」
ビャクヤたちに散々、オジサンオジサンと馬鹿にされた事を思い出して、俺は少し嫌な気分になった。
「は?」
シルビィは驚いて脱力している。
「こ、子供じゃないか・・・」
しまった! 樹族の年齢で言うのを忘れていた。
「短命種の年齢だと、25な。ここ最近短命種と付き合う事が多かったからよ」
慌てて俺は言い直すとシルビィは白い鎧の胸を撫でおろす。
「ホッ! 危うく私の名に傷がつくところだった。じゃあ50歳か。私より少し年上だな。よしよし」
「何がよしよしだ。結婚する気はねぇぞ。この話は終わりだ」
無理やり話を終わらせて、俺はなんとなく前を見た。
するとマサヨシとガノダが並んで歩いているのが見える。あいつらいつの間に仲良くなりやがったんだ。
二人は屋台の前に立ち止まって、あーだこーだ言っている。
「確かに不衛生ではあるけども、怯える程でもないと思う。もしそんなに不衛生ならば、食中毒が蔓延して誰も食べないはずですぞ、ガノダ氏ぃ~」
「食中毒になっても、誰もここいらの出店が原因だと証明することなんてできないじゃないか。獣人は頭が悪いから何度下痢をしようがすぐに忘れて、この汚らしい出店商店街で食べるのさ」
「もー。めんどくさい人でつなぁ。宿屋の朝食は面白くない、嫌だ、庶民の料理を食べに行きたいというから連れてきたのに。じゃあ毒見するからそれを見て、食べるかどうか決めてクレメンス」
「いいだろう」
「おやっさん、焼き鳥一本」
「あいよ~」
マサヨシは百銅貨コインを屋台のカウンターの上に置いて、ジュージューと音を立てる鳥の腿肉の焼き鳥を受け取る。
「塩味っぽいな。甘辛いタレの焼き鳥が懐かしい・・・」
日本にいた頃、近所のスーパーに火曜日にだけやってくる焼き鳥やの車を思い出しながら、マサヨシは熱々の焼き鳥に噛みついた。
「あつっ! ほふっ! おほ」
実に美味そうに食う。少し離れた場所で見ている俺でさえ、涎が口の中に溜まる。
「何味だ?」
俺が近づいてマサヨシに訊くと、予想した通り「塩味」と返事が返ってきた。
「でもライムがかけてあって、脂っぽくはないですぞ。肉汁の後にライムが口の中を爽やかにしてくれます」
「へぇ~。オヤジ、俺にも二本くれ」
「あいよ!」
金を払い焼き鳥を二本受け取って、一本をシルビィに渡した。
「ありがとう」
こういうのは平気なんだな、こいつは。
ガノダみたいにブツクサ文句も言わずに食う。シルビィは急いで串の頭についている肉を食べてしまい、その下に付いていた焼いたリーキを嬉しそうに齧った。なるほど、お目当てはそっちか。
「甘い! なんて甘いリーキなんだ! 焼き目の香ばしさ、噛むと溢れてくる汁のジューシーさ、絶妙な塩加減! 美味すぎる!」
ガノダはもう涎を垂らして腹をグーグー鳴らしている。
「君まで美味しそうに食べて! こうなったら私も食べるしかないだろう! 店主! 私にも一本!」
「ほいきた! 皆美味しそうに食ってくれて見ていて気持ちいいから、これはタダでいいですぜ」
滅多にこんな場所に来ない樹族が、自分の焼き鳥を美味しいと言って褒めてくれている事に気を良くした猫人の主人は、嬉しそうに笑いながらガノダにオマケをしてくれた。
しかしガノダの顔が曇る。獣人から施しを受けたと思ったのだ。それを察知したマサヨシがすぐにガノダに話しかけた。
「違うんごよ、ガノダ氏。これは好意なの。好意。ね? ガノダ氏を見下したり、馬鹿にして焼き鳥をくれたわけじゃないんごよ? この猫ちゃんは、皆が美味しく食べてくれるから嬉しいんだみゃ~っ、て言って一本オマケしてくれたの。わかる? わかるよね?」
「小さい子を諭すみたいに言うな。ふ、ふん。わかってるさ。主人の好意、ありがたく受け取る」
そう言ってから焼き鳥に口をつけるまではコンマ何秒の世界だった。
「う、美味いぞぉ~~! これは美味い! 肉もリーキも美味い! 旨味が口の中一杯に広がる!」
「もうこれで屋台の料理を食べれるよな? ガノダ氏?」
「ま、まぁな」
「そうなると、ここの屋台商店街はある意味、ビュッフェみたいなものだお、ガノダ氏!」
「おお、そう言われれば!」
「びゅっびゅっビュッフェッ! びゅびゅビュッフェ♪ ピュッ!」
いきなりマサヨシが歌いだした。それキャラットのCMのパクリじゃねぇか。
「びゅっびゅっビュッフェッ! びゅびゅビュッフェ♪」
ガノダも歌うんかい。意外とノリがいいんだな。
「アホだな、こいつら」
調子に乗ったマサヨシが奇妙な動きでキビキビと踊り出す。
多分このシーンがアニメだったら、このダンスだけで予算が無くなりそうなほど、滑らかに、そしてキレのいいダンスだ。
「太っているのに素早く動けるタイプか。属性は風だな」
シルビィが真面目な顔でマサヨシを分析し、周りで獣人たちも嬉しそうに手拍子をして、マサヨシのキレッキレなダンスを見ている。そのなかで俺は殺気を感じた。
なんだ? こっちに向けての殺気ではねぇな。
こんだけ殺気を放ってるって事は、まだまだ下っ端の暗殺者だな。どこだ?
獅子人の老人の少し後ろに立つローブの男か? いや違う。隣に立ってるサル人の女だな。まぁ誰が死のうが俺には関係ねぇか。
主婦を装う暗殺者の緩い袖に、暗器がキラリと光る。
(狙いは老人か。終わったな)
刺突武器が老人の肝臓を狙ったその時、ブレイクダンスでヘッドスピンをするマサヨシの脚が主婦にの手に当たり、刺突武器が弾き飛んでいった。勿論主婦は即座に逃げていく。
意外な事にマサヨシは逃げていく主婦を目で追っている。こいつ気付いてやがったな。
「キャラット~♪」
最後にとうとうパクリ元の商品名を言って、マサヨシは小さく蹲った。ダンスは終わりだという合図だ。
獣人たちは指笛を吹いてマサヨシを褒めたたえている。皆、貧しいのでおひねりはない。
通りはまた普段通りに戻り、子供たちはビュッフェの大合唱をしながら去っていく。
「おめぇ、気が付いてたな?」
「何がでつか?」
「ハ! とぼけやがって。まぁいいや」
マサヨシが澄まし顔をしていると突然、獣人がマサヨシにタックルするように抱きつき、ベアハグをした。
男は凄く興奮しており、俺はこのローブの男がマサヨシの背骨をへし折るつもりに思えた。
「おい! 男! マサヨシから離れろ! ん? この匂いは・・・」
嗅ぎ覚えのある匂いに俺はそいつが誰だったかを思い出そうとしていると、獣人の被るフードがはらりと後ろに落ちた。
その顔には勿論見覚えがある。オライオンに来るまでに鋭い爪で魔獣の腹を何匹も引き裂いていた奴だ。
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