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煮込み料理
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(高貴な貴族も、地べたで物乞いをする者もいつかは死ぬ。それは今日か明日かの違いだけだ)
死を覚悟して腹を据え、磔にされている自分の体を見る。
戦いによる致命的な傷は無いかを片目で確認した後、今度は右手を見る。
爪にはまだ針が刺さったままで、少しでも誰かが針を触れば激痛で悶絶するだろう。
宿屋で十人もの黒騎士を一人で倒すという善戦をしたものの、あっという間にガノダとステコが捕えられた。
数の前には虚しい足掻きだった。どんなに強い英雄も、数で押し切られるとどうにもならない。それを覆すことができるのは超人か神か悪魔ぐらいだ。
(性的な拷問を受けていないのは救いか)
黒騎士には拷問官が随行していた。現場の状況を見て情報を収集し、後の拷問に役立てるためだろう。
(ステコは拷問官の顔を知っていたのだろう。それに戦いに負けるとわかっていたのだな。あの魅力的な幻を敵に見せたことにも意味があったのだ。本物であるこの私は、あの幻ほど魅力的ではないからな。フハハ)
宿屋の入り口で男を誘う妖艶なシルビィを見た後、男勝りな乱闘をする王の盾の娘に、誰も劣情は湧かなかった。
更にステコが戦えと言った事にも意味があったような気がするとシルビィは考える。
こちらが卑屈になって降参すれば、樹族は増長する種族だ。なので黒騎士たちに抵抗する事にも意味があった。
少しでも気骨を見せ、プライドの高さを見せつける敵には敬意を払う辺りが、樹族とオーガは似ているな、とシルビィは笑う。
「片目が潰れているのにまだ笑う余裕があるのかね、王の盾の娘殿」
「うるさい。思考や感情は私の物だ。誰にも奪えはしない。・・・それにしても、だ。ウォール家に喧嘩を売ると、後々どうなるかわかっているだろうな?」
「はて? ブラッド家に取り入って成り上がった三文貴族が、神代の時代から続く我が一族と喧嘩をしてどうなるというのです? 誰が味方をしてくれるのですかな? ああ、あの小さなシュラス国王陛下かな?」
「シュラス国王陛下に対して不敬だぞ。お前は本当にソラス卿の考えで動いているのか? ジナル・ワンドリッター」
ジナルと呼ばれた男はウェーブをした深緑色の長髪をかき上げて鼻で笑いながら、シルビィの右目で光る赤い瞳をじっと見る。
(炎のように赤い瞳・・・。まだ目は死んでいないな)
ワンドリッター城に来て直ぐに、シルビィは拷問官に片目を針で潰されている。
なので自分が拷問部屋を訪れる頃には、このコソコソと動き回る独立部隊の隊長が意気消沈して、泣き喚いている頃だろうと想像していた。
しかしながら、まだまだまだ気丈なシルビィを見て期待を裏切られたような気分になり、後で拷問官をどやしつけてやろうと考えながらジナルは答える。
「君はこの状況がわかってないようだな。謀反者に何一つ権利などないのだよ。王子殺しの容疑者殿。王子はどこにやった?」
「知らんな」
ビンと音がして指先から激痛が走る。
「うあぁぁぁ!」
「痛かろう? シルビィ殿」
ジナルはそう言ってからもう一度、シルビィの爪の先の針を指で弾いた。
「ぎぃぃぃぃ!」
面長で鼻の長いゴブリンのような顔のジナルの目が笑う。
「私はねぇ、シルビィ殿。拷問官のように冷たく事務的に人を痛めつけたりしないのだよ。感情や愛情を籠めてじっくりと拷問するほうでね。そうそう! ところで腹は減ってないかね?」
もう一度ジナルはシルビィの指先で震える針を弾いた。
「ぐああああ!!」
「なになに? 腹が減っている? だろうね。ここに来てから一時間もずっと拷問を受けていたのだから」
まだ一時間なのか、とシルビィは一瞬気が遠くなった。あの永遠に感じた拷問は、時計の長い針が一周した間の出来事だったのだ。
ジナルは指を鳴らすと、「うっぷ」と吐き気を抑えるメイドが、蓋つきの料理皿を持って階段から降りてきた。
それだけでシルビィは想像がつく。誰かが犠牲になったのだと。あの皿にはステコかガノダの首でも乗っているに違いない。
恐らくはガノダだ。ワンドリッター家とムダン家は仲が悪い。真っ先に犠牲になるのはどう考えてもガノダだ。
メイドがどこに皿を置くべきか迷っていると、ジナルは拷問器具が乗っている台から、器具を払い落して皿を乗せるように命令した。
「身動きできぬ、サー・シルビィ・ウォールの為に蓋を開けてさしあげなさい、名も知らぬメイドよ」
恐怖に震える樹族のメイドは、蓋を取って後ろに下がった。
そこにあったのはガノダの頭――などではなく、普通に煮込んだ白いラディッシュだった。
(では、このメイドは何に怯えているのだ)
シルビィは注意深くメイドの視線の先を探る。やはりラディッシュを見て震えている。
そんなメイドを気にした様子もなく、ジナルはナイフとフォークを自ら持つと、ラディッシュを切り始めた。
「くそ! なんだこの・・・」
たかがラディッシュを切るのにジナルは苦戦している。
「よく煮込むように言ったはずだぞ・・・」
ワンドリッター家の次男は鋭い横目で、メイドを責めながら料理を切り続けている。
「ですが、ジナル様・・・。一時間程度では・・・」
「ああ、そうだな。私は料理人に無理を言ったようだ。この切り難さで実感した」
こんな切り難いラディッシュなどない、とシルビィは訝しんで薄暗い拷問室で目を凝らす。
皿の上には確かに二十日大根の白い根の部分があって、その横には葉も添えられている。
「ようやく切れた」
粘っこい声がそう言って一息つく。ラディッシュは何とか切れたようだが、切り口が白い二十日大根のそれではない。薄らとピンク色をしており、肉のように見えた。
「なんだそれは! ラディッシュではないのか!」
「いいえ、シルビィ閣下。太っちょ貴族の煮込みペニスでございます」
死を覚悟して腹を据え、磔にされている自分の体を見る。
戦いによる致命的な傷は無いかを片目で確認した後、今度は右手を見る。
爪にはまだ針が刺さったままで、少しでも誰かが針を触れば激痛で悶絶するだろう。
宿屋で十人もの黒騎士を一人で倒すという善戦をしたものの、あっという間にガノダとステコが捕えられた。
数の前には虚しい足掻きだった。どんなに強い英雄も、数で押し切られるとどうにもならない。それを覆すことができるのは超人か神か悪魔ぐらいだ。
(性的な拷問を受けていないのは救いか)
黒騎士には拷問官が随行していた。現場の状況を見て情報を収集し、後の拷問に役立てるためだろう。
(ステコは拷問官の顔を知っていたのだろう。それに戦いに負けるとわかっていたのだな。あの魅力的な幻を敵に見せたことにも意味があったのだ。本物であるこの私は、あの幻ほど魅力的ではないからな。フハハ)
宿屋の入り口で男を誘う妖艶なシルビィを見た後、男勝りな乱闘をする王の盾の娘に、誰も劣情は湧かなかった。
更にステコが戦えと言った事にも意味があったような気がするとシルビィは考える。
こちらが卑屈になって降参すれば、樹族は増長する種族だ。なので黒騎士たちに抵抗する事にも意味があった。
少しでも気骨を見せ、プライドの高さを見せつける敵には敬意を払う辺りが、樹族とオーガは似ているな、とシルビィは笑う。
「片目が潰れているのにまだ笑う余裕があるのかね、王の盾の娘殿」
「うるさい。思考や感情は私の物だ。誰にも奪えはしない。・・・それにしても、だ。ウォール家に喧嘩を売ると、後々どうなるかわかっているだろうな?」
「はて? ブラッド家に取り入って成り上がった三文貴族が、神代の時代から続く我が一族と喧嘩をしてどうなるというのです? 誰が味方をしてくれるのですかな? ああ、あの小さなシュラス国王陛下かな?」
「シュラス国王陛下に対して不敬だぞ。お前は本当にソラス卿の考えで動いているのか? ジナル・ワンドリッター」
ジナルと呼ばれた男はウェーブをした深緑色の長髪をかき上げて鼻で笑いながら、シルビィの右目で光る赤い瞳をじっと見る。
(炎のように赤い瞳・・・。まだ目は死んでいないな)
ワンドリッター城に来て直ぐに、シルビィは拷問官に片目を針で潰されている。
なので自分が拷問部屋を訪れる頃には、このコソコソと動き回る独立部隊の隊長が意気消沈して、泣き喚いている頃だろうと想像していた。
しかしながら、まだまだまだ気丈なシルビィを見て期待を裏切られたような気分になり、後で拷問官をどやしつけてやろうと考えながらジナルは答える。
「君はこの状況がわかってないようだな。謀反者に何一つ権利などないのだよ。王子殺しの容疑者殿。王子はどこにやった?」
「知らんな」
ビンと音がして指先から激痛が走る。
「うあぁぁぁ!」
「痛かろう? シルビィ殿」
ジナルはそう言ってからもう一度、シルビィの爪の先の針を指で弾いた。
「ぎぃぃぃぃ!」
面長で鼻の長いゴブリンのような顔のジナルの目が笑う。
「私はねぇ、シルビィ殿。拷問官のように冷たく事務的に人を痛めつけたりしないのだよ。感情や愛情を籠めてじっくりと拷問するほうでね。そうそう! ところで腹は減ってないかね?」
もう一度ジナルはシルビィの指先で震える針を弾いた。
「ぐああああ!!」
「なになに? 腹が減っている? だろうね。ここに来てから一時間もずっと拷問を受けていたのだから」
まだ一時間なのか、とシルビィは一瞬気が遠くなった。あの永遠に感じた拷問は、時計の長い針が一周した間の出来事だったのだ。
ジナルは指を鳴らすと、「うっぷ」と吐き気を抑えるメイドが、蓋つきの料理皿を持って階段から降りてきた。
それだけでシルビィは想像がつく。誰かが犠牲になったのだと。あの皿にはステコかガノダの首でも乗っているに違いない。
恐らくはガノダだ。ワンドリッター家とムダン家は仲が悪い。真っ先に犠牲になるのはどう考えてもガノダだ。
メイドがどこに皿を置くべきか迷っていると、ジナルは拷問器具が乗っている台から、器具を払い落して皿を乗せるように命令した。
「身動きできぬ、サー・シルビィ・ウォールの為に蓋を開けてさしあげなさい、名も知らぬメイドよ」
恐怖に震える樹族のメイドは、蓋を取って後ろに下がった。
そこにあったのはガノダの頭――などではなく、普通に煮込んだ白いラディッシュだった。
(では、このメイドは何に怯えているのだ)
シルビィは注意深くメイドの視線の先を探る。やはりラディッシュを見て震えている。
そんなメイドを気にした様子もなく、ジナルはナイフとフォークを自ら持つと、ラディッシュを切り始めた。
「くそ! なんだこの・・・」
たかがラディッシュを切るのにジナルは苦戦している。
「よく煮込むように言ったはずだぞ・・・」
ワンドリッター家の次男は鋭い横目で、メイドを責めながら料理を切り続けている。
「ですが、ジナル様・・・。一時間程度では・・・」
「ああ、そうだな。私は料理人に無理を言ったようだ。この切り難さで実感した」
こんな切り難いラディッシュなどない、とシルビィは訝しんで薄暗い拷問室で目を凝らす。
皿の上には確かに二十日大根の白い根の部分があって、その横には葉も添えられている。
「ようやく切れた」
粘っこい声がそう言って一息つく。ラディッシュは何とか切れたようだが、切り口が白い二十日大根のそれではない。薄らとピンク色をしており、肉のように見えた。
「なんだそれは! ラディッシュではないのか!」
「いいえ、シルビィ閣下。太っちょ貴族の煮込みペニスでございます」
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