殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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試合開始

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 チームの大将であろうこの歯抜け戦士は、長年何を追い求めてダンジョンに潜っていたのか。

 クロノ同様、財産は山程築いたはずだ。それでも迷宮に潜るその意味は・・・。

「十中八九、強さを追い求めてだろうな。ある意味、こいつも探求者だ」

 俺は誰に言うでもなく呟くと、試合開始の合図が入った。

「始め!」

 レフェリーは掛け声をあげると、皆、警戒して急いで闘技場の隅まで走っていく。魔法や斬撃の範囲に入るのは危険だからだ。

「魔物を呼び出したりしねぇのか」

 いきなりフランベルジュで切りかかってきた歯抜け戦士に、俺は人差し指の爪で、剣の腹を弾いて訊く。

「必ずしも魔物を出す必要はねぇからよぉ。ルールにはなかったぜぇ。フヒャハ!」

 抜けた前歯四本の間から、歯垢臭を吐いてベテラン戦士は笑う。

「なるほどな。飼いならした魔物や召喚獣を出さないメリットを取ったか。まぁ上限が六人って決まっている時点で見りゃあ分かってたがよ。直接人を殺すと反則負けになる。それを狙ってのパーティ構成だな? 弱みを強みに代えるってわけか。流石はあらゆる手段を用いる冒険者ってとこだな。で、仲間が死んだらどうすんだ?」

 戦士は足元を狙って両手剣で9の字を描く。

「蘇生アイテムなら、人数分は持っているんだわ」

 虚勢の匂いはしねぇ。こいつはマジで言っている。

「ベテランは伊達じゃねぇってか」

 だがベテランって割に知識が浅いな。魔法剣でない限り、俺レベルの悪魔の体は斬れねぇって事を知らんようだ。その細くて短い腕で振るうフランベルジュじゃ皮膚すら斬れんぞ。

 が、油断はしねぇ。ネズミ相手でも油断してると、噛まれて病気になるライオンもいるだろうからよ。

 波打つ刃を爪で往なす。

「フガフガ! 流石は間もなく英雄レベルに到達する悪魔なり!」

 なんでそこまで分かる? 相手の情報を知るアイテムでも持っているのだろうが、一方的に情報を知られるってのはなんか腹が立つな・・・。

「?」

 往なした爪を伝って違和感を感じる。どっちだ? 剣か? 歯抜け戦士自身か? まさかこいつ、Qか?

「いや、剣だ!」

 ――――魔剣の偽装!

 この歯抜け! 魔剣をわざわざ普通の剣に見せる偽装をしてやがった! その為に魔法付与の枠を一つ消費してまでな!

 他にも魔法効果が付与されているのか、俺の爪が見事に切れた。丁度爪を切ろうかと思ってたところだ。あんがとよ。

「勝った!」

 何が勝っただ、歯抜け、いや間抜け。俺に勝てる要素なんて一つもねぇだろ。

 例え、帰還の祈り等があったとしてもな。

 冒険者ってのは本当にうざい。こういう心理戦も仕掛けてくる。

「やかましい。死ね、アホが」

「ひゃは!」

 戦士は裸足をペチンと鳴らして、俺が手加減して薙ぎ払った爪をジャンプして躱した。

「んん? 俺の攻撃を躱したのか? ただの人間が? クハハ! これは面白ェ! 戦いの真ん中へ、出張る予定はなかったんだがな」

 俺が笑ってクラックから光を放つと、ベテラン歯抜け戦士は後ろに飛び退って、何の効果があるのかを待って確かめている。心配するな、ただ光らせただけだ。

 俺はちらりとビャクヤたちを見た。

 案の定、ピーターはどこかの陰に潜んでおり、アドベンチャーズの連中は地走り族を探せてはいない。

 闘技大会にスカウト系が出場すれば、火力不足になりがちで適切ではないと思ったのが、お前らのミスだ。

 確かに限られた空間ではスカウト系は機動性が落ち、逃げ場が狭まる。野外戦や市街戦に比べりゃ見つかり易い。

 だが、隠れられないってわけでもねぇ。一旦隠れたピーターを見つけるのは至難の業。それが可能なのは、同じ系統職であるレンジャーか、目のいい竜騎士ぐらいだ。

「フシィィ!」

 歯抜け戦士はよそ見をした俺を見逃すはずもなく、奇声を上げて攻撃を仕掛けてくる。

「おっと!」

 俺がフランベルジュの上段斬りをひらりと躱すと、離れた場所で爆発が起きた。

 アドベンチャーズが、ビャクヤとリンネの合体魔法で戦闘不能にされたのだ。

 麻痺のガス雲に火球を投げ入れて起こす麻痺爆発。魔法名は知らねぇ。多分【麻痺爆弾】とか【麻痺爆発】とかそんな名前だろうよ。ネーミングセンスが単純だからな、この星の奴らは。

 見た感じ、魔法ダメージは大したことねぇが、受ける側にとっては面倒くさい魔法だ。

 同時に二つの抵抗は無理だからよ。この場合、人ってのは本能的にダメージを優先してレジストする。痛いのは嫌だからな。

 つまり歯抜け戦士以外は、麻痺で詰んだってこったぁ。

(まだ出てくるなよ、ピーター)

 永遠なる白夜団(暗黒剛力団)の大将に対し、用心深くまだ隠れてろと願う。ここに油断ならねぇオッサンが一人いるからよ。

(・・・よし、出てこねぇな。いいぞ)

 もしピーターがビャクヤみたいな性格をしていればどうなっていたか。勝ちを確信した時点で姿を表して調子に乗るだろう。

 しかし、臆病なピーター君は勝負がつくまで出てこないつもりだ。もしかしたら影空間の中で、高みの見物よろしく、紅茶でも飲んでいるかもしれねぇ。

 オッサンは俺の分身を追いかけてあちこち走っている。

 しかし妙な動きだ。分身の一体を追ってある方向に向かっているぞ。

(なるほど、分身を追うふりをして、仲間に近づいているのか!)

 俺は一瞬アマリの柄を握ろうかと考えた。まだまだオッサン戦士は攻撃範囲内だからだ。

(しかしなぁ・・・。アマリで殺してもルール違反になるかもしれねぇ)

 その一瞬の迷いが敵にアドバンテージを許す。

 オッサンが仲間に向けて、懐から出したフラスコを投げた。

 煙が広がってアドベンチャーズの雑魚どもが立ち上がって完全復活する。なんだぁ? その薬はぁ? ズルいぞ。

 起き上がったメイジや僧侶は特殊攻撃防壁をかけて、ビャクヤとリンネの合成魔法に即対応してしまった。

 二度も同じ手を食らうことのない(はずの)聖闘士のようだな。

 臨機応変さが、形式張った騎士とはえらい違いだ。

「くあぁ~! 小賢しい! ぶち殺してぇ!」

 殺し合いなら皆殺しにすれば、勝負は一瞬でつくがこれは試合。

「ヒャホホ! 悪いな、ビャクヤ! 折角、魔法の一撃でそいつらを沈めたのによ!」

 ベテラン戦士が奇妙な踊りでビャクヤを挑発している。

「な~にッ! ベテランの貴方以外ならッ! いつでも一撃でッ!」

 ビャクヤが挑発に乗り、早速詠唱を開始する。

 直様、バーバリアンって感じの戦士がビャクヤに近づき、シールドバッシュで魔法を止めようとした。

 それをズシンズシンと地面を踏みしめて前に出てきたリンネが大盾で防ぐ。

「ああ、愛しのリンネがッ! 我輩をッ! 守ってくれているッ!」

「感激しなくていいから、呪文を完成させて」

 経験不足のアーマーメイジとはいえ、大盾の防御はそうそう簡単には崩せない。

 そういやダークはどこいった?

 この間にもオッサンともう一人の戦士が、横からビャクヤに対して攻撃を仕掛けているぞ。

 俺は自分の影に潜るとリンネの影まで瞬時に移動して飛び出し、先手を取ってベテラン戦士の手を爪の裏で叩いた。

「ぎゃひっ!」

 オッサンは俺の打撃でフランベルジュを落として飛び退き、サブウェポンのショートソードを抜いた。

 リンネの左側の戦士を分身で迎え撃とうとすると、ビャクヤの影からダークが現れて大鎌を構える。

「よく姫を守った、黒き眷属よ! さぁ! 暗黒騎士が放つダークパワーの! 僅かなる片鱗を! そのツノメドリのような小さな目で! 刮目せよ! いくぞ! 名も知らぬ戦士!」

 そこまで喋って自分の存在を敵に認識させるなら、影に潜んでいた意味がねぇだろうがよ。

 眷属? 俺が? 姫って誰だ? リンネの事か? ツノメドリってどんな鳥だ? 一々あれこれめんどくせぇ奴だ、ダークは。
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