殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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貞操の危機

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 勝ち確定みたいな大会で、こんなクソ雑魚に腕を持っていかれるとはなぁ。

 油断と言うよりかは、知識不足。アマリの読んでいた本で知識を身に着けていたはずだった。

 まさかアライメントの違う武器を持つとこうなるとは。悪魔の目で悪殺しを見た時に、情報を隅々まで確認しておくべきだった。

「勝った!」

 歯抜け戦士は大口を開けてまたそう宣言する。お前は頭の中で、一体何回勝ってんだよ。

「だからさっきからよぉ、何に勝った勝った言ってんだ、おめぇは」

「勝負に」

「なに言ってんだ? 勝負ならほぼ、お前の負けだろうが。お前の仲間は全員闘技場の土を美味しそうに舐めているぞ」

 俺はビャクヤたちの前でうつ伏せで倒れるアドベンチャーズを親指で指す。勿論、歯抜けが全体全回復のポーションを投げたりしたら邪魔をする予定だ。

「よし! まいった! ・・・・降参する!」

 んだァ? こいつは! 勝ったと宣言したその口で降参だとぉ?

「はぁ?」

 俺はこいつの頭を捻り切りたくて手がワキワキする。

 当然、負けを認めた歯抜けと俺の間に、レフェリーがホイッスルを吹きながら割って入ってくる。

 魔剣によって腕を消された俺が怒り狂うのではないかとビビっているのか、レフェリーの笛の音が震えている。

「(フフフフィヒ・・・フィ~~~!)試合終了!」

 なんともモヤモヤする初戦だったな。このベテランをさっさと達磨切りにしておくべきだった。そうすれば気分が少しは良かったろうよ。

「で、お前さんは何に勝ったんだ?」

「己の賭けに」

 らしいこと言いやがって。

「どういう意味だ?」

「心の内に常に湧くキリマルへの恐怖に抗えるかどうか。そして強い悪魔を相手に爪痕を残す事ができるかという難しい課題。俺ァ自分に課した試練に打ち勝ったんだ! ヒャイヒャイ!」

 爪痕ねぇ・・・。あのカウントダウンは、剣が装備者の属性を確認するまでの時間だったってわけか。

 俺は失った右手の傷口から腕を生やす。悪魔の再生力を舐めるなよ。

「大した爪痕は残せなかったようだがァ?」

「それでもよぉ・・・。俺は勝った!」

 一々腹が立つオッサンだな。精神的勝利ってやつか?

「ってこたぁ、最初から試合に負けるとわかっていて、俺に抗う為に準備をしていたってわけか?」

「そうでぃす」

 俺に対して用意周到だったのはそういうわけか。こいつがQのババァかと思って警戒したのは間抜けだったぜ。

 それにしても狂人の御飯事に付き合わされた仲間には同情するぜ、全く。

 探求者ってのはどいつもこいつも身勝手だ。そのうち身勝手の極意でも身につけるんじゃねぇのか?

「勝者、永遠の白夜団! カッコ暗黒剛力団カッコとじる!」

 わぁぁと歓声が上がるが、客に応じて手を振り喜んでいるのはビャクヤとダークだけだ。

 リンネは疲れたのか、或いは考え事をしているのか、じっとして動かない。負け組は闘技場からさっさと退場していった。

 そして、ここでようやく、用心深い地走り族が現れる。

「試合が長いよ。さっさと相手パーティの脚でも斬っときゃ、すぐに終わった試合なのにさ!」

 邪悪なるピータ君は、さり気なくエグい事を言うねぇ。

 お? 随分と沢山のアニメキャラが描かれたティーカップを持ってるな。ジャンプ創刊二千周年って書かれているぞ。それ、オビオから盗んだんだろ、どうせ。

 ってか、本当にこいつは影空間の中で紅茶飲んでやがったのか。

「うるせぇな。すぐに倒しちまったら、発展途上中のお前らが、なにも学べなくなれるだろうが、カスリーダーさんよぉ」

「ハン! コーチ気取りかよ! 悪魔のくせに!」

「こう見えてもクソ雑魚を育てるのは得意なんだわ」

 俺はレッドたちの事を思い出す。彼奴等も俺様の厳しい指導のお陰で、初心者から順調にベテラン一歩手前ぐらいにまで成長した。

「はぁ? じゃあ俺を男に育てる手伝いもしてくれよ!」

 何か誤解を受けそうな事を言うピーターに、ビャクヤの耳が反応する。

「ホモホモしいッ! 今は観客の声に応える時間ですよッ!」

 ビャクヤが話に入ってきて余計にややこしくなる。

「そういう意味じゃないよ!」

「じゃあ、どういう意味?」

 まだ歓声が止まぬ中、ドスンドスンとリンネまで近づいてくる。

「いや、まぁその・・・」

 ピーターは急に恥ずかしくなったのか、どもった。

 要は邪悪なるピーター様の童貞が捨てられるような女を充てがえと言いたいのだろう? 女のリンネが来たから言いづらくなったのだろうがよ。

 俺は腹に力を入れ、声を上げてピーターを指差す。

「え~! 観客の皆様。今回の試合のMVPは俺やビャクヤなどではなく! ここにいる、我らが永遠の暗黒白夜剛力団のリーダーのお陰です! 彼は自分の本分を全うするために! ずっと隠れ続けていました!」

「チーム名、混ぜると意味不明ッ!」

 ビャクヤが仮面の額に手の甲を当てて、残念そうな顔をする。

「我らがリーダーは、こう見えても大人なのですが、まだ童貞なのです。誰か彼の初めてを貰ってくれませんか?」

 ニヤニヤしながらそう言い終わると、客席からドッと笑いが起こる。

「くそがぁぁぁ! 覚えてろよ! キリマルぅ! くそがぁぁぁ!」

 恥をかかされたピーターは、今にも伝説の超サイヤ人になりそうな程、気張って悔しがっている。

 そのピーターの前に、客席から大きく跳躍してきた者が二人。ドスン、ドスンと着地する。

「やだぁ! だったら私が貰っちゃおうかしらぁ!」

 こいつらは・・・。確かヤイバ戦の時にいたオカマのマスカラ・・・。もうひとりはネイルか。

「ずるぅ~い! お姉ったら! 独り占めはイ・ケ・ナ・イぞ!」

 スキンヘッドとモヒカンの筋肉マンに暑苦しい視線を向けられたピーターは、一瞬キョトンとしたが、いつもの邪顔(じゃがん※造語)を俺に向けながらスーッと空気と同化していく。

「覚えてろよ、キリマル(キリマルッキリマルッ)! この借りは必ず返させてもらう(もらうっもらうっらうっ」

 自前エコーやめろ。
 
「残念、私はサブがレンジャーなのよぉ! だ・か・ら! 隠遁術を使ってもムリムリ」

 Vサインを目の前で横に流すと、マスカラの目が光った。

 オカマのお姉は、影には潜らずに普通に隠遁術を使って、姿と気配を消していたピーターをすぐに見つけてしまったのだ。

 ほほ~。マスカラは結構な手練じゃねぇか。こいつらが試合に出ていたら、俺らは負けていたかもな。

「いっただきま~す!」

 地走り族の軽い体をマスカラはガッチリと抱きしめ、闘技場出入り口まで走る。その後をモヒカンのネイルが女走りで追いかけている。

「ちょっと~! お姉ェ~! 私も味見したぁ~い!」

「うわぁぁぁぁ! 助けて! 助けてよ! キリマルぅぅぅ!!! 何でもするから、おぷ!」

 叫ぶピーターの口をマスカラの分厚い唇が塞いだ。地走り族の必死な涙目がビャクヤやリンネを見るが、二人は敢えて無視をして、今回の試合の反省点を話し合っているように見える。

「次の試合まで時間あるし、楽しんでこいよぉ。ピーター君! クハハハハ!」

 俺は敬礼をして邪悪なるピーター君を見送った。まぁ奴の事だ。危なくなる前に上手に逃げるだろうよ。
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