殺人鬼転生

藤岡 フジオ

文字の大きさ
上 下
266 / 299

再会

しおりを挟む
「来れた!」

 虚無の穴を広げて踏ん張るヤイバの第一声はそれだった。

 まぁそうだろうな。どうやって俺の居場所を突き止めたかは知らんが・・・。

 いや、俺を求めて来たわけじゃなさそうだな。

 ヤイバの股下から、人犬のようにリンネとダークが這い出てくる。

 【人探し】の魔法は、基本的にターゲットを良く知る者が必要だ。

 つまりヤイバは、リンネの記憶を読むなり何なりして、この場に来たのだ。

 相変わらず自由騎士は強者の風格を漂わせている。

 この星に来た当初、こいつの盾一撃で伸されて以来だな。嗚呼、一戦交えてぇ。

 などと考えていると、涼しく清潔な風と形容したくなる女の声が聞こえてきた。

「ビャクヤぁ!」

「リリリ、リンネッ!」

 小さなアーマーメイジが四つん這いから立ち上がると、ビャクヤに向かってドスンドスンと音を立てて走る。

 ビャクヤもリンネに走り寄り、恋人がヘルムを脱ぐのをソワソワしながら待った。

 そして二人は抱き合うと人目をはばからずにキスをしだす。

 勿論、仮面を外しているのでビャクヤの顔にはモザイクがかかっている。お陰で二人がキスをしているかどうかはわからんが、キスをしている音はする。

 下手にキスシーンを見て悪魔の目が発動してはいけないので、俺は一旦、目の役目を担う体中のクラックの光を消した。

 ビャクヤの素顔を見た者は男だろうが、神だろうが、悪魔だろうが魅了されるからな。

 つまり俺は目を閉じだのだ。すると耳が敏感になり、役者を目指す素人青年のような声が聞こえてくる。

「フハハ! 我は今! 堕天使が如く舞い降りた! 終焉が始まりしこの大地に!」

 舞い降りるつうか、這いつくばった状態から立ち上がっただけだけだろ・・・。俺の子孫でもある暗黒騎士は。

 ダークが折りたたみ式の大鎌の刃を出すと、体の周りでクルクルと回して負のオーラを撒き散らし始めた。フォンフォンとライトセーバーみたいな音がしている。

 相変わらずの阿呆だな、ダークは。そんな事していると、砦の連中に攻撃されるぞ。

「おい、キリマル! もしかして、あ、あれが悪魔王なのか?」

 ドリャップがダークを見て勘違いしている。ほ~ら見ろ。

「いや、ただの中二病暗黒騎士だ。気にするな」

 俺はまだ目を閉じながらそう答えた。

「紛らわしい奴だ・・・」

 ドリャップがぼやく。・・・すまんな。俺の血筋はどうも面倒臭い奴になるらしい。

 それにしてもヤイバが来るとは思わなかったな。

 ダーク・マターも戦力としては十分だが、虚無の魔法が使えるヤイバは、もう何でもありだろ。ビャクヤ曰く、ヤイバの全ての能力値はヒジリ以上らしいからよ。まさに神の子。

 ビャクヤとリンネのキスの音が聞こえなくなったので、俺はゆっくりと目を開く。

 すると鉄騎士の放つ視線が、俺の顔や体に突き刺さるのがよく分かった。

 ヤイバが俺を観察しているのだ。

 まぁ俺ぁ変態しちまったしな。前に会った時は人間形態だったからよ。

 それに捻じくれた角のあるハンマーみたいな頭の人修羅なんて見たことねぇだろうさ。

 しかし、砦の中で浮いた存在ではあれど周りに馴染んでいる俺を見て、なにかの元凶だという考えを改めたのだろう。兜の奥からの刺すような視線はなくなった。

「キリマル、元気だった?」

 ついでに思い出したような顔で、リンネが兜を脇に抱えてやって来る。顔からビャクヤの唾液臭がする。くっせー。

「もうキスはいいのか? まだ愛おしい恋人とイチャイチャしたかったんだろうが?」

「もう、馬鹿・・・。キリマルの事も心配したんだよ? ゲイバーさんがいなければ、ここに来れなかったんだから」

「セイバーです」

 リンネの言い間違いを訂正しながら青い鎧のヤイバがやって来る。

「セイバー? ヒエッ! ヤイバさんッ?!」

 自分の名を知っているビャクヤを見てヤイバは少し動揺するも、今はその疑問を口には出さなかった。

 それにしても、鉄騎士は鎧を着ていると誰が誰かわからんからな。
 
「この中で現状を説明できそうな人は?」

 神の子が周りに顔を向けながら訊く。当然ながら、突然現れたヤイバに話しかけようとする者はいねぇ。そもそも砦の連中は何も知らねぇからな。烏合の衆だ。

 状況を説明出来るのは俺しかいねぇだろ。が、いくら神の子様とはいえ、果たして現実を受け入れてくれるだろうかねぇ?

「この世界はッ! Qによってッ! 終わりを迎えようとッ! しているのですッ! ヤイバ様ッ!」

 ああ、そうだった。ビャクヤとも情報共有してたんだわ。

「Q?」

「Qとはッ! この世界を消すためにいる存在ッ!」

 とは言え、こいつは俺ほど詳しくはない。どこまで出しゃばる気だ? ビャクヤ。

 憧れの伝説(レジェンド)に出会えて舞い上がってるようだな。

「そんな危険な存在に、なぜ僕は気づかなかったのだろう・・・」

 ヤイバは大盾を無限鞄から取り出して地面に突き刺すと、興奮のあまり暗黒舞踏を踊っているかのようなビャクヤの次の言葉を待った。

「それはッ! 彼女がッ! 邪悪な存在ではないからですッ!」

「邪悪ではないのに、世界を滅ぼすのかい? う~ん・・・」

 自由騎士は額が痒かったのか、兜を脱いで掻きながらQの存在について考えているようだ。

「そのQって人が、世界を消すと決意した原因はなんなのかな? えっと君は・・・?」

 ヤイバはビャクヤに名前を尋ねた。

「ビャクヤッ☆ウィンですッ!」

「ウィン家の! ということは、ナンベルさんとは親戚か何かかな?」

「そうでぃすッ! 貴方より未来から来たナンベルの孫デスッ! そしてッ! Qが世界を消す原因はッ! 吾輩に有りマンモスッ!」

「君に?」

 まぁその反応は分かる。ヤイバは少し盾を手繰り寄せた。ビャクヤのこれからの行動を警戒しているのだ。

「ビャクヤは巻き込まれただけだ」

 俺はビャクヤの前にゆっくりと出る。一応爪を伸ばして威嚇しながらな。

「ん? この負のオーラは感じた事がありますね」

 ヤイバはヒジリに似た顔の鼻に掛かるメガネを人差し指で上げてから、記憶を探っている。

 そりゃそうだろよ。俺とお前は一度戦っているからな。

「この心の底がザワザワする感じ。何を仕出かすかわからない不安定さ・・・。君はいつぞやの・・・」

「ああ。本屋の前では世話になったな。あの時のひょろひょろロン毛が俺だ」

「ええ! まさか! 面影がない!」

 そりゃあそうだろ。成長して進化したからな。

「まぁその話はいい。現状を教えてやる。今から話す内容をお前が信じるかどうかは勝手だが、これが事実だと胸に刻んでおけ」

 俺は淡々と、そして簡単に説明していく。

 Qが何者かの前に世界の成り立ちやコズミックペンとノートの事。どうしてQが世界を終わりに導こうとしたかも。

 壮大な話の割に登場人物が幼稚臭いのは、人と感覚と違うからか、などとヤイバはブツブツと言っている。

 確かにヤイバの言う通り、Qたちは玩具の取り合いをしているようなもんだ。

 だが、俺達でも神以上の存在だったならば、似たような精神構造をしていたんじゃねぇかなぁ。奴らは他者に配慮する必要がねぇからな。

 悪魔の俺ですら、他人に気を使っているってのによ。

 さて、今のところヤイバが俺の話を疑う様子はないな。

 多分【読心】の魔法を使って、会話内容と俺の頭の中のイメージを比較しながら聞いているんだろうよ。中々のマルチタスクだ。

 だが、思い込みで自分自身の記憶を改変する奴もいるから、読心の魔法も過信は禁物だぜ?

「貴方がそこまで器用なら、泥臭く戦って強くなろうとは思わなかったでしょう。もっと効率よく強くなれたはずだ」

 やっぱりヤイバは読心の魔法を使ってやがったか。

しおりを挟む

処理中です...