殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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幻夢の空間

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 ――――全くタイプの異なる者同士の決闘。

 しかも職業三すくみの法則で、ビャクヤはナンベルに対して不利であった。

 戦士は盗賊に強く、盗賊は魔法使いに強く、魔法使いは戦士に強い。

 ビャクヤの目の前で殺気を放つ祖父は、暗殺者の上位職である道化師。トリッキーな動きで戦士と正面から戦える珍しい暗殺者だ。つまりナンベルは戦士と同等に戦え、スペルキャスターであるビャクヤには強い。

 更に英雄レベルの猛者だ。実力値的にはナンベルに数段劣るビャクヤにとって、これは悪夢である。

(一体どうして、急に若返ったのかッ! いくら魔人族の老化が遅いとはいえ、一旦老化が始まると死が近いはずッ! なのにッ! お祖父様はッ! こんなにも若々しくなっておられるッ!)

 パワファイターのヒジリと違って、細く引き締まった胸筋が、シルクのフリル付きシャツの胸元から見えている。

「現時点で思いつくだけでも小生を超える者は、ただ一人。無限の命を持つ始祖の吸魔鬼ダンティラスくらいでしょう。だがねぇ、彼は出しゃばる性格ではなぁい。性根からして優しい。皇帝の座を狙おうなんて気持ちはこれっぽっちもないでしょう。しかぁし! 仮面の君! 君は小生の前に立った時点で! 自動的に! 必然的に! 小生の首を狙う挑戦者となるのです! 今のご時世、聞かなくなって等しい“力こそ全て”という闇側の信条は! 未だ小生の心の中で生きていますよぉ! さぁ、帝国が欲しいのなら! 小生の屍を踏み越えてって頂戴ヨっ! キュキュキュ!」

 ナンベルは、ビャクヤを孫ではなく挑戦者として見ている。

 しかし、その目には耄碌のくすみも、狂人の炎も見えない。

 ビャクヤは、とあることに気づいた。道化師は演技が上手い。ナンベルが何をなそうとしているのか・・・。

「お祖父様、もしかして・・・」

「ごちゃごちゃ煩いですねぇ! 勘の良い子供は嫌いだヨっ! キュッキュー!」

 ナンベルの腕がV字に動いたその時、光る何かが道化師の胸元から射出された。

(あれはッ! スタミナが続く限り! いくらでも飛ばせる魔法の投げナイフッ!)

 ダメージこそ大したものではないが、牽制としては十分に使える魔法のナイフを、ビャクヤはリフレクトマントで弾いた。

 投げナイフの攻撃が止むと、ビャクヤは急いで足元の影に【吹雪】の魔法を発動する。

 地面を凍らせると、「ちべたい!」という声が影から聞こえてきた。そして道化師の気配が足元から消る。

「キュッキュッキュ。流石はわが孫。小生の攻撃パターンを良く知っている」

 近くの木の陰からナンベルがスッと現れる。

「やっぱり正気なんじゃないですかッ! お祖父様ッ!」

「孫とはいえ! 皇帝の資質を測るのに忖度はしません! 力こそぉ~、全て!」

 猛毒をたっぷりと塗ったダガーを持ったナンベルは、分身を作りながら襲いかかってくる。

「【魔法探知】!」

 分身はスキルなので魔法ではない。となると魔法のダガーを持っているナンベルが本物だ。

 ビャクヤはコンマ数秒の間に、偽者と本物を見分けてマントで我が身を覆う。

 猛毒のダガーをリフレクトマントで弾くが、ナンベルは強引にマントをこじ開けようとしてきた。

「んぎぎぎぎッ! 開かない!」

「老化で筋力の衰えたお祖父様には無理ですよッ! その若さもッ! 幻なのでしょうッ!」

「小生は天の邪鬼でしてねぇ。無理だと言われたら無理を通したくなるのです!」

「お祖父様・・・」

 魔人族の青い肌が紫色になっている。それだけ腕に力を入れているということだ。

「ぐぎぎぎ! こんな時に聞くのもなんですが。貴方、さっき数分ほど、どこに行っていたんです?」

「へ? 吾輩はずっとお祖父様の車椅子を押しておりましたがッ!」

「いいえ! 確かに消えましたよ! 小生は暫く一人ぼっちにされて寂しかったのですから! 上品なビャクヤが、おんもでお小水や黄金を放り出すとは思えませんね。どこに行ってましたか? キュキュ」

「――――???」

「はっ! ナルホドなッ! 孫でも信用なりませんねぇ。どうせ反帝組織と密会していたのでしょう?」

「そんなッ! お祖父様ッ! 吾輩は正真正銘、潔白の身ですッ! どこから眺めても清らかさが溢れ出す処女の裸のようにッ!」

「あらやだ、いやらしい例え!」

 ビュッ! と猛毒ダガーがビャクヤの顔を掠めるも仮面が攻撃を防ぐ。

「お祖父様はッ! 本当にッ! 吾輩をッ! 殺す気でいるのですかッ?」

 ビャクヤは涙目でナンベルに問う。

「当然! 皇帝というのは臣民の安寧を優先し! 命を預かる身! 生半可な覚悟で! その地位にはついて欲しくないのです」

「だからと言ってッ! こんな誰もいない街道で決闘をしなくてもいいではないですかッ!」

「いいえ、今なんです。今じゃないと・・・。そうそう、心配有りませんよ、ビャクヤ。この決闘を見守る者の視線を小生はビンビンと感じていますから・・・」

「それはヒジリ様ですかッ?」

「ノン! 誰かはわかりませんが・・・。心に語りかけてきました。きっと結果を臣民に知らせると」

「誰です? そんなあやふやな答えで吾輩が納得するとでも?」

「あやふやではありませんよ。あの世に片足を突っ込んでいる小生には分かるのです。声の主が神以上の存在である事が・・・。声は女性。その声に嘘偽りの響きを感じ取る事はできませんでした」

 ビャクヤもよく嘘をつくが、ナンベルに比べたらすぐにバレるような嘘ばかりだ。

 嘘の達人である祖父が一番嘘つきの声色を知っているのだろうとビャクヤは思った。達人が「嘘をついていない」と言うならば、そうなのだ。

(お祖父様の死期は近いッ! 彼はなんとしても吾輩をッ! 皇帝の座につかせたいのでしょうッ! しかしッ! 吾輩はッ! 何かを忘れているような気がしますッ! 何かッ! とてもンンン大事なことをッ!)

 胸の燻(くすぶ)りと、老いていても英雄であり実力者でもある祖父との戦いで、ビャクヤは混乱しつつも何かを思い出そうとしていた。

「迷いがありますねぇ。キュキュ。注意散漫な状態で小生を倒せるとも?」

 ナンベルがマントをこじ開けるのを止めて、不意にビャクヤの目の前から消える。

 がら空きの項(うなじ)を猛毒ダガーが狙った。

「覚悟がない者は! 例え孫でも死んでもらいますよぉ! キュキュキュ!」

「【反撃氷(カウンター・アイス)】!」

 本来は戦闘前に常駐させる魔法だが、ビャクヤは咄嗟に唱えてナンベルの腕を武器ごと凍らせる。

 祖父の攻撃を封じたビャクヤは後ろを見ることなく、背中で体当たりをした。

「お祖父様らしくないッ!」

 手応えのない反応――――、まるで崩れ落ちる人形に体当たりをしたかのような背中の感触に、ビャクヤは涙を流しながらそう叫んだ。

「魔法で吾輩を混乱させることも出来たはずッ! なのにッ! なんのひねりもない攻撃がッ! 最期の攻撃だなんてッ!」

 背中から伝わってきた祖父の声は、帝国の未来を頼むという在り来たりのものではなかった。

 ツィガル帝国皇帝の死に際の言葉は――――。

 “生きたいように生きなさい”だった。

 いつものようにふざけた甲高い声ではなく、落ち着き払った真面目な声がビャクヤの記憶を呼び覚ます。

「こんな幻・・・。出来るならばッ! 見たくはなかったッ! お祖父様はッ! きっと吾輩がリンネの召喚ゲートに入った時点でッ! もう寿命を迎えていたのだッ! そしてこの幻の世界に魂となって現れ、吾輩の目を覚ましてくれたッ! お祖父様はッ! 決して肝心な時にふざけたりしなかった。お祖父様の遺言通りッ! 吾輩はッ! 生きたいように生きますッ! あの偽神はッ! 我輩をこんな幻夢空間に押しやって何をする気だったのかは知らないがッ! もう騙されたりはッ! しないッ!」

 ビャクヤは息を大きく吸い込むと、祖父の死に揺らめく感情を立て直した。

「吾輩は拒絶するッ! この偽りの世界をッ!」

 偽マサヨシが作った世界から出るには、彼の許可が必要だが、虚無の魔法がそれを無効化する。

 鏡が割れるように世界が崩れ落ちると、キリマルの笑い声が聞こえてきた。

「クハハハ! いい加減死ねや! 偽マサヨシィ!」
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