料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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合言葉

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 樹族国の南方にある獣人国レオンは元々は樹族国の領土であったが、神話時代、空白時代を経て貴族の時代に、割譲した。

 と、同時に北西の空白地にリンクス共和国が建国し、樹族国は周囲に小国連合の他に獣人国とグランデモニウム王国に囲まれる形となる。

 獣人国レオンは反樹族派、リンクス共和国は親樹族派と分かれ、目下樹族国にとって北の闇側国と南の獣人国を警戒するのが、諸侯の仕事とだった。

 しかし旧グランデモニウム王国が現人神の支配下になり、神国ヒジランドとなった今、憂慮すべきは獣人国レオンだけだ。

 その分、警戒が強くなった事をひしひしと感じるのが、国境沿いの砦に駐在する騎士とメイジの多さよ。

 あまり外見で判断はしたくはないが、典型的な高慢ちき樹族が、前に並ぶ獣人国の商人に罵声を浴びせてから、手形確認をして通したのを見た。気分が良くねぇな。

 が、俺の順番が来るとコロッと態度が変わりやがる。

「話はシルビィ様から聞いております、トウス様。どうぞお通り下さい」

 樹族の警備兵が深々と頭を下げる。

 樹族が俺に頭を下げるなんてねぇ。

 獣人としては破格の待遇。しかも顔パスだ。俺も有名になったもんだな。手形も通行料も無し。任務とはいえ、こんな扱いは受けた事がねぇ。

 国境に来る前の街道でも、冒険者や巡回の騎士が俺を見て「竜の牙、白獅子だ!」と声を上げていたのも悪い気はしなかったな。

 俺の二つ名の由来は諸説あるが、魔剣必中の命中率と怪力による貫通率が、竜の牙のようだからとか。

 個人的には気に入ってはいねぇ。俺は獅子族の獣人。出来れば獅子の牙と呼ばれたかったが、竜の牙に比べりゃ、獅子の牙は猫の甘噛みに等しい。まぁ箔が付くのでいいか。

 ただ潜入任務にあたって、俺の毛色は目立ちすぎる。白獅子ってのはそうそういない。

 獣人国を逃げ出した首長の息子で、樹族国で活躍しているとなると、なお更悪目立ちする。

「参ったな」

 国境の大きな門の端、緩衝地帯一歩手前で足を止めるしかなかった。それも当然だ。勢いでここまで来たものの、なんの準備もしてなかったからだ。

「どうしました? 白獅子の旦那。祖国に戻るのにビビっているんですかい?」

 小さな猫族の女が、俺に話しかけてきた。腰の獲物がダガーとレイピア。ぱっと見、盗賊か軽戦士に見える。

「ん、まぁそんなところだ。ところでお前、行商人でもなさそうなのに・・・」

 国境というピリピリした場所で、物売りでない者が話しかけてくるという事は―――、まさか!

 俺はガノダの言っていた合言葉を思い出した。

「カナリアの好物はなんだ?」

 猫人はニヤリと笑った。

「主のおとぎ話が大好物」

「お前がシルビィ隊の?」

「シッ。今の私は猫人ニャットよ。もう何歩か進めば、猿人の監視下に入るところだったわね。トウス。そのままの姿だと、間違いなく捕まっていたわ」

「ここも監視されてそうだがな」

「【蜃気楼】の魔法で、見えないようになっているから大丈夫よ」

「魔法貫通スキルで【遠視】されたら終わりだろ」

 そう答えると、ニャットは目を丸くして首を伸ばした。

「あら、獣人なのに魔法に詳しいのね。でもよく考えてごらんなさいよ。貴方たちは魔法が苦手でしょ。千年に一度の天才が現れたとしても、樹族の低級メイジレベルよ。魔力貫通スキルを覚えるなんて、夢のまた夢」

「そうは言っても例外もあるだろ。闇魔女様は地走り族だぜ? 最終的に現人神様に助けてもらったとはいえ、十歳やそこらで元魔法院の長と対等にやりあったんだ。その後の成長は言うまでもないな」

 メイジギルドに所属していない闇魔女(普通はメイジがメイジギルドに所属していないと殺される)の話をすると、猫人の顔が曇る。

「あの子は特別よ。一度見覚えのギフトがあるでしょ。それにヒジリ聖下の周囲にいる人たちの成長率は異常だわ。きっと神のご加護の影響ね」

「とはいえ、警戒するに越したことはないだろ?」

「そうね。その件は隊長に報告しておくわ」

「そうしてくれ。レオンにメイジは似つかわしくない。あそこは戦士の国だ。で、俺の悩みを言っていいか?」

「どうぞ」

「この目立つ白い毛をどうするべきか。変装の指輪も魔法も持ってねぇ」

「そんなの簡単よ。ちょっと屈んでくれる? 大男さん」

「大男とは、オビオとか聖下の事だろ。俺は百八十センチしかねぇ」

 そう言いつつも、俺は屈んで、目の前の樹族が何をするのか待った。

「でもオビオさんもヒジリ聖下も、オーガにしては小柄よね。まぁ、そのお二方も貴方も樹族から見れば十分に大男だけど」

 ニャットは黒インクと筆をポーチから取り出して、俺の目の周りを黒く塗った。ただそれだけ。

「は? これだけか? これが変装だっていうのか? ニャット!」

「そうよ。下手に凝った変身なんかしたら、不自然さが出て怪しまれるわ。貴方は嘘をつくのが下手そうだから、これくらいが丁度良いのよ」

「これだとパンダ族みたいじゃねぇか!」

「文句言わない。さぁ堂々として! 行くわよ」

 どっから来るんだ、その自信。樹族ってもっと複雑な思考をしていて、賢いと思っていたがなぁ。

 門前に着くと、案の定警備兵が立っており、こちらを睨んでいる。

「見ろ、滅茶苦茶睨まれてんじゃねぇか」

「黙って!」

 あー、もう最悪だ。こいつのプランはダメだな。かといって警備兵のハイエナ族をここで殺せば、向こうの国境砦内に着いた頃には警戒されて拘束。下手すりゃ処刑だな。

 俺はウィングみたいに、難局を乗り越えられるほどの頭の良さや、オビオのような人望はねぇ。ここは成り行きに任せるか。抵抗しなければ、逮捕程度で済むだろ。

「チィ! このパンダ野郎が! 紛らわしい奴だな! 一瞬トウス・イブン・トウバが帰還したのかと思ってビビったわ」

 警備兵の第一声はそれだった。えっ! 騙せてるぞ! いや、どうせすぐにボロが出るだろ。

「で、出稼ぎから帰ってきたのかい? 傭兵さんたち」

「そうだニャ」

 いや、お前は俺を迎えに来る時に、ここを通ってるだろ。なんで初めてみたいな顔されてんだ。あぁ、そうか。その時は変装の指輪で別の獣人だったのか。

「ご苦労さん。お前らのような出稼ぎがいねぇと、俺らの国は外貨を獲得できねぇからな。感謝感謝。で、手形はあるかい?」

「勿論だニャ」

 ハイエナ族の二人は、ろくに偽造手形を確認もせず通してくれた。

「一応、奥の受付窓のところで名前を書いていってくれ。名前くらいは書けるな?」

「書けるニャ」

 獣人国の識字率は五割程。半分の者が文字の読み書きができねぇ。その方が猿人にとって都合がいいからな。情報統制がしやすい。口伝えで適当な事言ってりゃ済むんだからよ。

「行くニャ、パンダ」

「へい」

 一応、警備兵の手前、ニャットに合わせたがよぉ。俺の名前はパンダに決定してんのか? 嫌すぎるぞ。

「さぁ名前を書くニャ。パンダ」

 事務員がいる受付窓に置いてある帳面に、パンダと書くようニャットは促してきた。もう変更は無理って事か。

「くそが。覚えてろよ、ニャット」

「なんの事かニャ」

 俺は舌打ちをして、いやいや名前を書いた。

 事務員はこちらに興味がないのか、魔法水晶で放送されている『宇宙刑事ヒジリダー』というドラマを見ている。ヒジランドのドラマやアニメはどの国でも人気なんだな。聖職者の聖地巡礼とは別に、ファンによるも流行っているらしい。

 いい身分だな、事務員さんよぉ。こっちはこれから、命がけで情報収集しなけりゃいけねぇってのに。

「ぼさっとしない! さっさと行くニャ」

 数分は無言で街道を進む。そろそろ周りの人もまばらになった頃、俺は思わず笑ってしまった。

「ガハハ! まさか目の周りを墨で塗っただけで、上手くいくなんてなぁ! あんた凄いよ!」

「私は凄くないわ。ほら、近衛兵騎士団の独立部隊は、裏側と仕事が被ってるでしょ? だから、心理学なんかも習得してたりするのよ。まさかって思うようなチープな作戦ほうが、案外上手くいくの」

「そういえば、ピーターに聞いた事がある。忍者って隠れなきゃいけない場面で、道端で静かに座っていたりするそうな。追手は堂々と座っているだけの者を怪しいと思わないらしいな。なんなら視界にすら入らない」

「そうね、それも、という事ね」

「流石は、シルビィ隊の隊員だな。作戦立案や心理戦の不得意なサーカとは大違いだ」

「でも、あの子はメイジとしての素養が高いわ。オリジナル魔法を生み出したんでしょ?」

「あぁ。なんでも無属性の魔法らしい」

「む、無属性? ありえない! つまり魔法の基本である魔法玉に力を与えて、相手にぶつけるようなものよ」

「単純そうに思えるが?」

「何言ってんの! そんな簡単な話じゃないわよ。魔法はイメージが大事なの! 何も思い浮かばない無属性魔法なんて、虚無魔法並みに難しいから!」

 こいつはえらく魔法の話に食いつくな。

「もしかして、お前。魔法が不得意なのか?」

 ニャットはあからさまに、不快感を顔に表した。鼻の横に皴を作っている。

「悪い? 私は諜報活動と前衛を得意としているの。魔法はそのためのものしか覚えていないわ」

「まぁ、それでも魔法の使えない俺にとっては、尊敬に値するけどな」

「あら、貴方って素直なのね!」

 こいつは表情がコロコロ変わるな。今はニッコニコだ。お前こそ素直だろうに。

「だからこそ祖国から逃げてきたんだ。俺ぁ、自分に素直なんだわ」

 黒猫ニャットは、瞳を目の中で一回転させて呆れ、何も言わなくなった。
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