料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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キス、キス、キス

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 話し合いの末、トウスさんの件は結婚式の後にする事になったので、俺は厨房で料理の下ごしらえを終え、レシピを書いた紙をカズン家の料理人に渡し、サーカの部屋へと向かった。

「入るぞ、サーカ」

 俺はノックしてドアを開けた。

「どうぞ」

 サーカは化粧台の前に座って、ストロベリーピンクの髪を梳いているところだった。

「わぁ、奇麗な純白ドレスだな」

 胸元が大きく開いたドレスは下品になりがちだが、ピンクの花のコサージュそれを和らげている。長い裾元は波打っておりエレガントだ。

「まるでサーカの結婚式みたいだな。主役のシニシさんを食っちゃってるぞ」

「母上は母上で奇麗なドレスを身に着けているわ。赤いバラのようなドレス。元々情熱的な人だったって聞いた事があるわ。だから、ジブリット家の嫡男に騙されるまでは、太陽のように燃える感情で周囲を照らしていたそうよ。それなのに・・・」

「サーカ・・・」

 母親の話をする時のサーカの顔は、いつも悲しそうだ。

「情熱的な反面、ショックを受けると狂気の精霊に憑りつかれ易い体質だったのね。ねぇ、オビオ。オビオは私を裏切らないよね?」

「当たり前だろ」

 そう答えるとサーカは、何故か鏡の中で頬を膨らませた。

「ガノダと結婚するんじゃないかって誤解してた時、オビオは私と一緒にならないって言ったじゃない」

 あぁ、そういう事か。

「言い訳するようで悪いんだけど、あの時は頭が混乱してたっていうか。別にサーカと結婚して、領主の旦那になったところで世界を旅して、色んな料理を見つける事はできたのにな」

「じゃあ、今すぐ私と結婚してくれる? 母上、ううん、お母さんとダブル結婚だよ。うふふ」

「えっと・・・。まだいいかな。タハハ」

「ほらー!」

 サーカは再び頬を膨らませて、鏡越しにジト目で睨んでくる。ん、可愛い。サーカはジト目が可愛い。

「だって、俺まだ十八歳だぜ? サーカだって樹族として成人してないだろ? 恋もワインも成熟した方が良いってよく言うじゃん」

「もー、上手い事言って! ん・・・」

 俺は振り返ったサーカの口を自分の口で塞いだ。椅子に座っているから、いつもよりもキスをしずらい。それでも、跪いて、愛を行動で伝えてみたんだ。

 するとサーカは俺の口に舌をねじ込んできた。いつもは軽いキスだけなのに、今日は情熱的だ。まるでシニシさんの血を受け継いでいるぞと言わんばかりに。

 静かな部屋に、舌が絡み合う音が微かにする。なんかエロい。沈まれ、俺の息子。ここで元気になるのは格好悪い。

「グギギギ!」

 突然、ドアの向こうから歯ぎしりする音が聞こえたので、俺たちは慌てて離れる。

「おい! 無粋だぞ、ピーター! 俺たちの時間を邪魔するとは!」

 顔を真っ赤にするサーカの横で、ドアに向かってそう叫ぶと、蹴破るようにして扉を開いて入ってきたのは、ウィングだった。

 えっ?! じゃあ、さっきの歯ぎしりはウィング?! ピーターかと思ったわ。

「悪いね、いやらしい音が外にまで聞こえてきたから、僕はてっきり二人が合体して・・・。ゴホン。まぁ、キス程度で良かったよ」

 余程聞き耳立ててないと、部屋の中の音なんて聞き取れねぇよ!

「ななな、なんでキスだとわかったんだ?」

「鏡を見たまえ。とっても奇麗な顔だよ、オビオ」

 ん? 顔になんかついているのか?

 俺は言われるまま、サーカの化粧台の鏡を見た。

「うわぁ、まるでリアルオバQじゃないか!」

 口の周りが桜色に染まっていた。サーカの口紅が付いたのか。

「サーカがオビオに愛されたら、僕は愛してもらう。そういう約束だったね? サーカ」

 いつそんな密約を交わしたんだよっ!

 ってか、ウィングを俺の愛人として認めているサーカの度量の大きさに驚きだわ。

「どこまでされたんだい? サーカ」

「ディープキスに決まっているだろ!」

 なんで自慢げなんだよ! サーカは。

「じゃあ、軽いキスまでいいって事だね。ん」

 ん、じゃねぇよ。なんで目を瞑ってキスをせがんでいるんだよ、ウィングは。せめて女の姿になれよ!

「早くしろ、オビオ。私は化粧を直しているからな」

 つまり見てないぞ、って事か。俺の意思や決定権はどこいった?

 ウィングは確かに美青年だが、ハグした時に骨ばってて、やっぱり男なんだなぁって思うんだ。だから柔らかい抱き心地の女性の姿でお願いしたいんだが・・・。

「ん!」

 有無を言わさず急かすな、ウィング。

 迷うなぁ。いくらウィングに対して恩義があるつっても、男の唇にキスは・・・。俺はノーマルなんだ。

 沈黙が続くうちに、俺は部屋に奇妙な雰囲気が流れ出した事に気が付く。

 サーカ、ウィング、そして密約の外の俺。

 この部屋の中に、凄い一体感を感じる。今までにない凄い一体感を。風・・・。なんだろう、吹いてきている着実に、確実に。俺の方へウィングの圧と言う名の風が。

 くそ! 圧に負けてなるものか! 中途半端は止めて、とにかく最後までキスをやりきってやろうじゃん!

「いくぞ!」

「来て!」

 ムチュ~!

 俺はウィングを持ち上げるようにして抱きしめ、激しくキスをした。舌は入れていない。

 後に高名な聖職者になるだろう、有能な彼は、蕩けた顔で俺のキスを堪能している。

 なんだ、この絵面。

 こんなの、吟遊詩人のナニー・シットンに見られたら、『バトルコック団のリーダは両刀使いだった!』というタイトルの歌を流されるぞ!

 嫌な予感は当たるもので、そのナニー・シットンと窓を挟んで視線が合った。

「はぁ? ここは二階だぞ!」

「あぁ、彼女ですか。一般人は表庭の会場に集まる事になっているからね」

「いや、そういう事じゃないよ、ウィング。今のをナニーに見られたんだぞ!」

「それが―――、何か?」

 駄目だコイツ。サーカも特に気にしていない。

 いつからだ、いつからあの吟遊詩人は俺たちの事を見ていた?

 ナニーは羊皮紙に何かを書いているぞ。きっと今の光景を見て、歌詞を生み出しているに違いない。

 俺は急いで窓を開け、ナニーを捕まえようとしたが、彼女は素早くペンと羊皮紙をウェストポーチにしまうと、雨どいを伝って地上に降りた。流石は地走り族。素早い! だが!

「ま、待てー! 加速アクセラレーター!」

 激しい戦いを潜り抜けてきた料理人を舐めるんじゃあない!

 ナニーにあっという間に追いついて、庭の芝生の上でタックルをかました。幸い、まだ会場に人は来ていない。

「おい、今のは歌にするな。いいな?」

 背中にタックルして倒したはずのナニーは、いつの間にか仰向けになっていた。

「ん・・」

 返事の代わりに彼女がした行動は、キスをせがむ事だった。

「こ、こいつ。馬鹿にしやがって! 茶化してるな? もう許さねぇ!」

 俺はナニーの唇の上に、金貨を一枚置いてやった。物価の安い田舎だと三か月は飲み食いできる金額だぞ。

「ん・・・」

 この欲張りさんめ! そんなに死にたいか! よーし! 金持ちの力を思い知れ!

 更にもう四枚足してやった。高額な口止め料に悶死しろ!

「ひぇ! 金貨五枚!」

 ナニーは、驚いて金貨を手に取って見つめている。口止め料に金貨五枚を渡してくる有名人は俺が初だろう。下手に重要な内容を知ったりすると、交渉の前に殺されたりするからな。

「もし、酒場で今さっきの出来事の歌が聞こえてきたら、お前が漏らしたって事だからな? 覚悟しとけよ?」

 しかし、そんな脅しはどこ吹く風で、ナニーは俺の顔にキスをしまくってきた。

「ぶわっ! なんだよ!」

「ありがとうございます! オビオ様! これで子供たちを学校に行かせることができます。ありがとうございます! ありがとうございます!」」

 お前、子供がいたのか。ちょっと目頭が熱くなってきた。これまでの、あまりよろしくない行いも、全ては子供の為だったのか。

 まだキスの連打が続く背中に、熱を感じた。誰かが【火球】を撃ってきたのだ。いや、火球だけじゃない。【切り裂きの風】もヒットした。その途端、魔法連鎖が起きて、【火球】と【切り裂きの風】は【火柱】となって、俺を燃やした。

 勿論、そうなるまえにナニーを突き飛ばして、俺は振り返って敵の正体を探った。

 どこだ。一旦落ち着いたはずの―――、モティからの刺客か? 結婚式当日に狙って来るとは、中々のいやらしさよ。

「オビオ!!」

 屋敷の二階から窓から怒号に近い二人の声がする。

 きっと俺が気づいていない敵を、サーカとウィングは知らせようとしてくれているんだ。二人のワンドが上を向いている。って事は屋根の上か? どこだ、探せ!

 感覚を研ぎ澄ませ、俺。

 駄目だ、相手は相当の手練れだな。気配すら掴めない。【透明化】の魔法と【無音】の魔法でどこかに隠れていやがる!

「ナニー、気配を消して逃げろ!」

 吟遊詩人は盗賊のスキルもある程度使えるので、身を隠すくらいはできるだろう。

「嫌です! 私を庇ってくれた、オビオ様を置いて逃げるわけにはいきません! 支援します!」

 燃えて受ける持続ダメージよりも、ナノマシンによる回復の方が早いので、炎はいつしか消えていた。それにしても吟遊詩人の支援か。きっとヤンスさんほどではないにしろ、それなりに頼りになるはずだ。

「わかった。危なくなったら逃げろよ! いざとなったら仲間が駆けつけてくれるだろうしさ」

「はい!」

 俺はナニーを守るようにして前に立ち、今一度周囲を警戒した。そろそろ【透明化】か【無音】の効果が切れてもおかしくはない頃だ。

 来た!

 火の塊が起こす轟音と風切り音が同時に飛んでくる!

 ・・・サーカとウィングから。

「貴様はなぜ、ナニーとキスしているのだ、オビオぉ! 気でも狂ったか!」

「ナニーさんは、僕たちの密約の外の者ですよ! キスをするなんて、どういうことだい!?」

 いや、お前らのほうこそ、どうにかしているぜ。嫉妬の精霊にでも憑りつかれたのか?

「しょうもない感情で、マジックバースト狙うヤツがあるか! 俺じゃなきゃ死んでるぞ!」

「煩い! 関係ない者とキスした罪を思い知れ!」

 もう滅茶苦茶だよ。キスされたのは俺の方だってのに。

 この嫉妬物語にナニーを巻き込むわけにはいかないので、俺はすぐに後ろを向いて、彼女に逃げるよう伝えようとしたが・・・。

 彼女の姿は遥か遠く、門の外の街道の先で小さくなっていた。

 俺は全身に炎を纏いながら、彼女を憂う瞳で見送る。口止め料が効果を発揮する事を願って。
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