未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(21)

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 朝のオーガの酒場にはコーヒーの香ばしい香りが漂っていた。元々この星には紅茶はあれど、コーヒーを嗜む文化は無く、ヒジリは自分が飲みたいが為に道具と豆を用意してミカティニスに頼んで作らせている。

 コーヒー豆はゴブリン達を雇って強化ガラスで出来た温室ハウスで作らせている。もっと高度な施設をカプリコンに頼めたが敢えて不便にする事で雇用を創りだしているのだ。豆は最初から成長した木を植えていたので然程待たずして収穫することができた。

「デュプリケイトで作ったコーヒーより、やはり手作りのコーヒーの方が美味しいな」

 ウメボシがやや不満気に反応する。

「成分的には違いはありません。寧ろウメボシのほうがマスターの好み通りに作ることが出来ます」

「手間ひまかけて作るコーヒーの味はデュプリケイトでは出せんよ」

「おや?昔のマスターならそんな事は言いませんでしたが。味と成分が同じなら何だって一緒だと言ってましたよ?」

「そうでしたっけ? フフフ」

 何処かの政治家のようにヒジリは白々しく誤魔化し、カウンター越しに出されたコーヒーを受け取ると一口飲む。

 中深入りの酸味と苦味のバランスの良い味が舌の周りを一巡し喉を通り、鼻からは微かにフルーティな香りが抜けていく。

 酒場を見ると砦の戦士や常連のオーガ、オーク達が、ふかふかの一人用ソファーに腰を沈ませ朝のゆったりとした時間を満喫していた。

 ゴブリンがいないのは値段設定の高いこの店を忌避するからだ。ゴブリンは専ら給仕として雇われてこの店に来る。

 それぞれが本を読んだり、備え付けの魔法水晶でニュースを見たり、給仕をするメイド姿の英雄傭兵ヘカティニスの尻を眺めたりしている。

 ヒジリは皇帝になってから魔法水晶があまり有効利用されていない事に気が付き、早速宮廷メイジ達に研究をさせ受信用の水晶に色んなチャンネルを映すようにさせた。

 発信用の水晶の使用を許可制にし報道機関を作った。今のところチャンネルは一つで、水晶局と呼ばれるテレビ局も一つしかない。主に帝国のニュースやドラマや特撮が流れている。これは臣民に大受けしヒジリの評判が上がった。

 今まではヴャーンズが自分のイメージアップの為のCMを流したり、どこかの劇団が宣伝を兼ねて毎週日曜の朝に勝手にヒーローショーを放送したりしていたが、今は水晶局がその劇団を雇いクオリティーの高い番組を流させている。

 紐で釣ってブラブラとあっちこっちを向きながら変なポーズを決めて空を飛ぶチープなシーンを今では見ることが無くなり、メイジを雇って【浮遊】の魔法(といっても浮かない。ゆっくりと落下する。)を使い空を飛んでいるように見せている。

 ヒジリは酒場を見渡し、地球を思い出して感慨深そうに言う。

「こうやって見ると、ここだけは地球とあまり変わらないな。最初は皆コーヒーを苦いとか濃い琥珀色をしてて気持ち悪いとか言っていたのに、今や毎日飲みに来ている。」
 
 珈琲好きが増えた事に喜んでいると、カウンターの隣の席に座っていたベンキが渡し忘れていたといって砦の戦士の装備の入った袋を床から持ち上げ雑に寄越した。

 朝食を終え、ヒジリがどれどれと袋を探って戦士たちが被るフードを取り出し自分も被ってみた。それには丸い狸の耳が付いており、見ようによっては地球のミ☆キーマウスのようでもある。

 狸耳の主をウメボシは狂おしいほどに見つめていた。

「はぁ・・。マスター・・・。萌です。萌!ウメボシも欲しいですぅ~」

 ヒジリはフードを脱いで狸耳をまじまじと見つめる。

「何で狸なんだ?おーーい!ヘカ!ちょっと来てくれたまえ」

 オスとしての顔を見られて以来、ヒジリは勝手にヘカティニスに嫌われていると思い込んでいた。

 少しでも距離を縮めようと愛称で呼んでみる。

 ヘカティニスはヒジリの事を嫌っている訳ではなく、大人の男の顔を見せたヒジリに対して自分も大人の女として努力しようと覚悟を決めただけなのだ。

 努めてしっとりと女らしくあろうとするヘカティニスの態度がヒジリには距離を置いている様に映った。

「なんだ?」

「これを被ってみてくれ」

「おでは砦の戦士じゃないど。一匹狼の傭兵ヘカティニスだ」

 差し出された砦の戦士のフードを見てへカティニスは、店の衣装であるメイド服の腰に手をやってふくれっ面少し横に向け”怒っているんだぞ!“というポーズをとった。

 彼女はどこで覚えてきたのか以前はこんなポーズを取らなかったのだが、その可愛らしいポーズに酒場の常連客達の胸がキュンと鳴る。

「わかっている、ちょっと被るだけだ」

「ンモー。ちょっとだけだぞ」

 内心、ヒジリに構ってもらえて嬉しいヘカティニスだが気の無いふりをしてフードを被った。

 途端にウメボシが装甲の隙間からプスプスと煙を上げて悶えだした。―――いや、燃えだした。興奮して、発熱したコアに付着した埃や羽虫が焼け焦げているのだ。

「たたたた狸!狸がいます!タヌキ顔に狸耳!モエー!ももも萌~~!」

 丸い大きな垂れ目は下まつげが多く、まさに狸だった。

「これは疼くな・・・。何かが・・・。来たか?ニュータイプの目覚めが・・・」

 ウメボシはその言葉に反応し主の体を瞬時にスキャンすると心臓の動きが激しい。

「取れ!バカチンがー!今直ぐ取りなさーい!」

 ウメボシは急に態度を変えヘカティニスに烈火のごとく怒りだした。

 何故か某金八先生のような口調でヘカティニスからフードを奪うと自分で被る。そして主(あるじ)に自分の姿を見せて甘えた声で聞いた。

「どぉですかぁ?マスタァー」

「ん、まぁまぁだな」

 主の心臓がどんどん落ち着いていくのが解る。間髪置かずズコー!とズッコケ酒場の床にめり込んだ。

「何をやっているのかね、ウメボシ。二十世紀風で面白かったが床は直しておけ」

「はい・・・。(重力制御装置にエラー発生。・・・修正完了)」

 ウメボシはヒジリの反応の薄さと装置の不具合にがっかりしながら床を再構成している。

「ちょっと聞きたいのだが、ヘカは恋愛経験豊富かね?」

「いいや。な、何でそんな事聞くんだ?」

 ヘカティニスはドキンとしながら聞き返した。

「実はな・・・。主殿が失恋してもう一週間も部屋から出てこないのだ。病気療養中と言って休んでいるのだが、あまり長引くと公務に響く。何より妹達が心配しているのだ」

「ん~、おでは恋愛経験ゼロ(進行中だど)だかだ、そういうのは判らないけど何処かに心の傷を癒やす花が咲いているという話を聞いたことがあるど」

 カウンターで本を読んでいたベンキがクイッ!と眼鏡を上げヒジリに向く。知性を示すフクロウのフードが彼を何となく賢そうに見せる。

「それならとある霊山にあるぞ」

「知っているのかベンキ!」

 ヒジリは漫画の驚き役みたいな返事をする。

「ああ、確か冒険王オウケン・ボウの著書によれば、その霊山は国を7つ越え、海を渡り魔物蠢く洞窟を抜けて暫く南下した場所にあると書いてあった」

「遠そうだな・・・」

「ああ、彼にしてみれば遠かったのだろう。ドォスンが戦ったドラゴンの洞窟の上の山が霊山オゴソだ」

 ヒジリはカウンターに付いた肘をずらして軽くずっこけるつもりがバランスを崩してしまい、後ろにドタバタと不自然に転がって床の上に大の字になってしまった。

 筋肉の詰まった重い体がメキョっと古い床を壊してヒジリはバスタブに浸かるような状態になる。

 足側でしゃがんで此方を心配して見るヘカティニスのスカートからは”貧民達の三角下着“が見えていた。

 昔のタスネ達よりも貧しい貧民が仕方なく履くこの生地の少ない下着をシオが気に入り、特注して作らせて履くようになってから、機能性と男性を誘惑するデザインが人気を博して貴族の間でブームになり、近隣諸国にも飛び火している。

 その下着を見たヒジリはキュピーンと何かが頭を駆け巡る。

「ニュータイプの兆し・・・」

 実際はニュータイプとはなんら関係ないこの感覚は劣情だ。だがヒジリはいまいちそれを自覚できていないのでそう呼んだのだ。

 直ぐにウメボシがヘカティニスのパンティの前に現れ視界を遮る。主を浮かせて穴から出すとスキャンして異常がないか調べる。

「まったくもう・・・。何をやっているんですか、マスター。ヘルメスブーツのバランス制御装置にエラーがあったので直しておきました」

「はは、済まない。道理でおかしな転び方をしたと思ったよ。ついでに床も直しておいてくれ」

「で、行くのか?ヒジリ」

 ゴリマッチョで勤勉な学生のような顔をしたベンキが(と言っても瓶底眼鏡が邪魔をして素顔がはっきりと判らないが)隣で派手にすっ転んだヒジリを見て何事もなかったようにコーヒーを一口飲んで聞く。

「暫く皇帝本人が出向く必要性のある公務はないから自由だしな。主殿のためだ、行くとしよう」

 ”主殿“と聞いて、オーガの中では優男風のスカーが軽い口調でヒジリの肩に肘を置いて聞く。

「何でヒジリはいつまでも奴隷なんてやってんだ?契約の魔法印も無いのに。それに皇帝であるお前は最早、地走り族の主に従う理由なんて無いだろ」

「縁ってやつだよ、スカー。ここで将軍や砦の戦士やヘカと出会ったのも縁。主殿と出会ったのも縁。私はなるべくその縁を大事にして生きたいのだ。そういう事柄を今まで私自身も蔑ろにしてきたし、我が故郷はそれが希薄だったからな。まぁ簡単に言うと”知り合いが沢山いると嬉しい“という事か。さて行くとしよう」

「ちょい待ち」

 ベンキが呼び止める。

「心癒しの花は男女一組で登らないと見つからない幻の花だ。ただ男女で登っても必ず見つかるわけでもない。何かしら条件があるらしいのだが、冒険王の本では割愛されている」

「困ったな・・・。男女の定義が判らん。精神的なものであればウメボシで十分だし、肉体的なものも含めるのであれば・・・ヘカ、一緒に探してくれないだろうか?」

「マスター、ウメボシは不安です。最近は重力制御系に不具合がよく見られます。もしヘカティニス様と一緒に登って滑落事故でも起こせばマスターは平気でも巻き添えになったヘカティニス様が危険です。ここはウメボシと一緒に行きましょう」

「いや、駄目だ。恐らく本には標準的な基準での男女一組という条件で書かれているのだと思う。ウメボシとでは花が見つからない可能性が高い」

「おでは構わない。ヒジリの主殿が元気になるのなら手伝うど。霊山つっても割りと低めで、朝登ったら夕方までには降りてこでる。おでは着替えてくるから待ってろ」

 ヘカティニスは二階にある自室に向かって歩いて行った。

 ウメボシはデータの中の霊山オゴソを調べている。

「霊山という、何かオドロオドロしい名前の割に標高五百メートルも無いのですね。でも危険だと思ったらカプリコン様に転移を頼んで下さい」

「解った、心配ありがとうウメボシ」

 最近キス魔になってきたヒジリは嬉しそうに目を閉じて待つウメボシの頭にキスをするとヘカティニスが着替えを終えるのを待った。




「では行ってくる」

 ヒジリはそう言うと、オーガの酒場の入り口で心配そうに見つめるウメボシに手を振りドラゴンの洞窟を目指す。

 並んでついて来るヘカティニスはフード付きの白いモコモコの毛皮のコートと革ズボンという格好だ。春でも山の天候は変わり易いし、夕方になれば寒い。腰には黒竜の牙で出来た刺突短剣を装備している。

「流石に魔剣を持って山に登るのは大変なのか」

「うん、あでは仕事用だし」

 二人であれこれ話をしながら歩いていると、街を出るまでに樹族の巡礼者を何人か見た。

 ゴデの町はヒジリが神の力を示した場所として聖地になりつつある。

 ゴブリン達は聖地になるのを凄く迷惑に思っているが巡礼者達はお金を落としていってくれるので我慢しているのだ。

 ヒジリとすれ違う巡礼者は皆、跪いて祈りを始めるのに対しゴブリン達は彼らが聖下と仰ぐ信仰対象に気軽に挨拶している。巡礼者はそれが気に入らないのか忌々しそうに小さなゴブリン達を睨みつけていた。

(こりゃいつかイザコザが起きるな。唯でさえゴブリンと樹族は仲が悪いのに・・・)

 ヒジリはいつか問題解決に取り組まねばと心配しつつ門を抜けてドラゴンの洞窟に向かった。




 洞窟の中はもう既に新しい竜が住み着いていた。ドォスンが倒した先住の竜の死体は、新しい入居者食べられたのか、それとも野生生物に食べられたのか、そこには既に骨だけしかなかった。

 黄色い雷竜は頭をもたげ、視線をちらりと此方に向けたが特に何事も起こらなかった。竜も性格が様々で気に荒い者もいれば大人しい者もいる。

 眠る雷竜の横を通り洞窟をぬけ、二人は山の崖に沿って登る山道を登りだした。

「ベンキは特に花が何処にあるとも言ってなかったから注意して見て回ろう」

 ヒジリが四つん這いになって花を探していると、目の前をヘカティニスの大きな臀部が視界に入る。戦いで筋肉でゴツゴツしてるかと思いきや、普通に丸みを帯びたプリッとした魅力的な尻だ。

 幾らか劣情を抑える術を自力で習得したヒジリは筋肉ダルマのリューロックと独眼のムダンがふんどし一枚で互いの尻を順番に竹刀で叩く姿を想像して気を紛らわせた。

「ここは無さそうだな。上に行こう」

「んだ」

 少し登ると崖沿いの道は山の中へと続き針葉樹林が見えてきた。二人して屈んで辺りを見渡すとヘカティニスがアッ!と声を上げた。

「見つけたのか?」

「いいや、ウマズラタケを見つけた。これ美味しいんだど。食べると力が出て元気になるんだ」

 引き抜いて見せてくれたキノコは馬の首から上が嘶いているような形をしている。

 ヘカティニスは入れ物を持っていないので諦めて捨てようとしていたがヒジリは肩のポケットから携帯食が入っていた大きな袋を取り出すとヘカティニスに渡した。

「その小さなポケットによくそんな大きな袋が入ったな。不思議だ。でも袋は助かる。ウマズラタケの料理は値段が高くても飛ぶように売れるんだ」

 ホクホク顔でウマズラタケを採取するヘカティニスを手伝って二人で袋をいっぱいにした。

 袋をいっぱいにした達成感が二人を笑顔にする。

「さてキノコも沢山取れたし帰ろう。ヒジリ」

「目的を忘れてもらっては困るな。私たちは心癒しの花を探しにきたのだ」

「でへへ、そうだった」
 
「キノコを持って歩くのは邪魔だろう?預かろう」

「ん?ん」

 持ってくれるのか?と差し出したキノコの入った袋をヒジリは受け取るとにゅーっと肩のポケットに入れた。

 ヘカティニスが驚いてキノコの入った袋が消えたポケットを食い入るように見つめていたが、ヒジリは気にせずさっさと歩きだした。後ろから「流石はメイジだど」と感心する声が聞こえてくる。

 二人は頂上近くまでやって来て、ゴツゴツとした岩や木々の間を隈なく探したが花は全く見つからなかった。

 ヒジリが岩に腰掛けて小さなブロック状の携帯食料を取り出し、ヘカティニスに手渡した。

 ヘカティニスはオヤツか何かだと思って口に放り込み、直ぐに噛み砕いて飲み込んだ。普通のクッキーの様な味だったが一分後にはお腹が膨れて、なんだこれはと驚く。

「は、腹が一杯で動けねぇど。魔法のお菓子か?」

「まぁそんなもんだ。少し休憩しよう」

 ゾンビの一件以来、木の上に避難していたり空中にいた小動物以外は全てゾンビに襲われたのか見当たらない。鹿やイノシシが茂みを揺らす音もなくどこと無く静かだ。

「そういえばゾンビ襲撃の時に西門に現れたドラゴンゾンビは何処のゾンビだったのだろうか?急に居なくなった引きこもりのドラゴンはあの件以前に居なくなったから違うだろうし」

「割りとドラゴンは何処にでも居る。年老いて死にかけたドラゴンがゾンビに襲われてドラゴンゾンビになったのだと思うど」

「そうなのか。そんなに居るなら襲われたりしないのかね?」

「あいつらおで達にあんまり興味が無い。おで達はカメムシのように不味いって馬鹿にしてたのを聞いた事があるど。絶望平野の若いドラゴンがたまに自分の力を仲間に見せつける為に手当たり次第に何でも襲う。大人のドラゴンが誰かを襲うときは自分の宝を盗まれた時だけだ」

「では黒竜は変わり者だったのだな。カメムシが美味しいって・・・」

「あいつは狂ってた」

 ヘカティニスは黒竜の爪や尻尾の攻撃を食らい、何度も瀕死になったのを思い出した。ウメボシがその度に迷惑そうな顔をして安全な場所に運びだし回復してくれたのだ。

「ヒジリが黒竜を倒してくれた時はスカッとしたど!」

 そう言ってヘカティニスは笑顔でヒジリに抱きついた。ヒジリは照れながら答える。

「まぁあれはハイヤット・ダイクタ・サカモト博士に感謝だな」

「???」

「何でもない。ハハハ」

 訳の分からない事をいうヒジリを揶揄おうと、ヘカティニスは彼の鼻をベロリと舐めて逃げた。

「く、くさっ!やったな!」

 ヒジリは笑顔で待てと追いかける。安っぽい青春映画のようだったが、追いかけるその手がヘカティニスの肩に届くことは無かった。

「キュェエエエ!」

 音もなく飛んできたワイバーンがヘカティニスの肩を掴んで空高く舞い上がって行ったのだ。

 焦ったヘカティニスは腰の短剣を抜くとワイバーンの脚を刺す。

 暫くワイバーンは暴れていたが血を短剣に吸い取られ墜落しだした。

「くそ!間に合え。ヘルメスブーツ!」

 緊急高速移動で爆音を上げてホバーしながらヘカティニスの落下地点を目指す。

「よし!いける!」

 上ばかり見ていたヒジリは着地地点が崖を超えた空中だったことを知る。

 空中でヘカティニスをキャッチすると暫くはヘルメスブーツのお陰で浮いていたが、最終的にヒジリはアメリカのカートゥンのようにカメラ目線で(実際にその場にカメラはないが)諦めた顔をしてため息をつくと崖下まで一直線に落下していった。

 ヘカティニスは恐怖のあまりヒジリにしがみついている。ヒジリはそのままお姫様抱っこのように抱きかかえ、安心させる為に轟々と鳴る風の音に負けまいと彼女の耳元で叫ぶ。

「大丈夫だ、ヘカ。ヘルメスブーツが着地前にゆっくりと降下してくれる」

「ほんとか?」

「ほんとだ。ドッ!」

 衝撃がヒジリの足元から伝わる。

 ヘルメスブーツが機能しておらず、ヒジリの脚はパワードスーツが吸収しきれなかった衝撃を受けて骨が砕けた。

 脚の骨が砕けてもパワードスーツの補助で立っていられるが、ヒジリはヘカティニスを抱きかかえたままバタンと後ろに倒れ気絶してしまった。

 ヘカティニスは直ぐに体から離れると心配して泣きながらヒジリを揺さぶる。

「ヒジリ!ヒジリィィ!」

 そこは山の麓に近い崖の上で草原のようになっており、ヒジリはその真中で大の字になって倒れていた。

 ヘカティニスは泣きながら神祖である星のオーガに祈る。ヒジリの事は神とは思っていないのだ。神と同種族という認識だ。

「オーガの神様、どうかヒジリをお助け下さい!お願いします!おでの命を代わりにあげますかだ!」

 今まで気が付かなかったが周りには白い花が蕾のまま群生していた。ヘカティニスの願いに応えるように花が開き、どこからともなく声が聞こえてくる。

「その願い叶えて進ぜよう。いいえ、お代は一切頂きません。貴方様が満足されたらそれが何よりの報酬で御座います。オーッホッホッホ!ドーーーン!」

 崖の下から煙が舞い上がり、煙の中から球体が影となって現れた。

「ウメゴロシ!」

「ウメボシです。ほーら、言わんこっちゃない。やはり重力や姿勢制御系の装置がエラーを起こしました。脚の骨が砕けてボロボロですよ」

 ウメボシの目からぼんやりとした光線が放たれると、ヒジリを包み込む。

 直ぐにヒジリは意識を回復し、ウメボシを見て現状を把握して立ち上がった。

「助かった、ウメボシ。まさかとは思ったが酒場でフラグが立ってたとはな。運命の神がいるとするならば、相当ベタな思考の持ち主だぞ・・・」

「何、メタい事言っているんですか。マスターはもっとウメボシに感謝するべきですね。マスターが去ってから一分間に二百五十六回も広域スキャンをしていたのですから。だからこうやった直ぐに駆けつける事ができたのです」

「ストーカーのようでなんだか怖いな・・・」

「あ、そんな事言って良いんですか?花について詳しい情報を持ってきたのですが。貴族の家にあった書物によりますと、この花は特定の強い感情によって蕾を開かせ、初めてそこで心癒しの花になると書いてありました。特定の感情とは誰かを思いやる気持ちです。その場合、仲の良い男女であったほうが花が咲きやすいので見つかる可能性が高いという事だったのですね。ウメボシと一緒に来ていればこういった危機的状況にはならないのでマスターを強く思いやる事も無かったでしょうから花は咲かなかったでしょう。悔しいですが、ヘカティニス様と来て正解でしたね。ところでナイスタイミングで現れたウメボシにご褒美を下さい、マスター」

 ウメボシは目を閉じて何かを待っている。

 ヒジリはオーガ式愛情表現でウメボシをベロリと舐めた。

 ウメボシはアァと変な声を上げて身をビクンビクンと震わせている。

「ヒジリ、良かったな!ウメボロスが来てくれて!おで、ほんと心配だったど。脚が治って嬉しい。花もついでに見つかったしな!」

 そう言っていつの間にか土ごと掘り出した白くぼんやりと光る花をヒジリの前に差し出した。

 花は魔法の効果があるのかヒジリが触ると萎れてしまった。直ぐにヘカティニスにもう一本取ってきてもらい持っていてくれと頼む。

「ありがとう、ヘカ。君が私の事を心配してくれたお陰で花を手に入れることが出来た。てっきり君に嫌われていると思っていたから、私の事を心配してくれたのは嬉しいな」

 ヒジリは笑顔でヘカティニスの頬を感謝のキスではなくオーガ式に舐めた。

 ウメボシが目を白黒させて慌てふためく。

「マスター!オーガが異性の頬を舐めるときは恋人にしたい時の合図ですよ!」

「ふむ、そうなのか」

 時既に遅し―――ヘカティニスはヒジリにぴっとりと寄り添っていた。

「おでは一度だってヒジリの事を嫌った事なんてないど。こでで両想いだな。これからは恋人として宜しくな」

 可愛いタヌキ顔でエヘヘと笑うヘカティニスに満更でもないという顔をしてヒジリも微笑む。

 が、嫉妬深いイグナが怒り狂って地面を足で踏み鳴らす音が聞こえたような気がしてヒジリは周りを確かめた。幻聴だったようだ。

 ウメボシはまたシルビィのように主にベタ惚れする輩が現れたとヤキモキしている。

 果たしてウメボシが主と二人きりでイチャイチャと出来る日は来るのか、それは運命の神にしか判らないのであった。
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ハムえっぐ
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

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