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禁断の箱庭と融合する前の世界(42)

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「ガウォーク形態!」

「ガウォーク形態!」

 そこには二つのガウォーク形態があった。

 二つの若きガウォーク形態は翼を広げ、飛翔するように走って湖を目指す。

「キウピー君には異空要塞マキロスを見せていないはずだが・・・」

 主の疑問に、二人が何故あのように腰を曲げているのかを知っているウメボシはクスクスと笑っているだけだった。

 キウピーとゴルドンの後を巨乳姉妹が追いかけて行く。

「あー!狡い!湖一番乗りは私よぉ!」

 フランは大きな胸とお尻を弾ませて走っていくが、地走り族にしては足は速くはない。

 フランが着ている水着は貴族の証である露出の少ないワンピース水着ではあったが、それもナンベル孤児院の年長男子達の目を釘付けにしている。

 イグナは【読心】を発動させていないのか無邪気な笑顔で湖に走る。

 が、妹のコロネにあっという間に抜き去られてしまった。結局一番最後に走りだしたコロネが一番最初に湖に到着してしまった。

 突然湖からモンスターが現れたが誰も警戒していない。人を水に引きずり込む事で有名なケルピーなのにだ。

 実はヒジリが事前に今日此処に来る事を伝え、ケルピー達に話をつけておいたのだ。

 ケルピーはコロネを背中に乗せて水上バイクのように走り回っている。子供達で騒がしい湖でコロネの喜ぶドラ声で一層煩い。

「キュキュ。面白い種族ですねぇケルピーは。同族同士で記憶を共有するなんて我々には考えられませんヨ。一度恩を売ると種族全体で忠誠を誓ってくれる。素晴らしいですねぇ」

「逆を言えば敵対するとずっと水場で厄介な目に遭うということですね」

 ウメボシの言葉にナンベルは帝国の城で見たマギンの最期を思い出してキュキュっと笑った。

 ケルピーは水に落ちた者をすぐに貪り食うような事はしない。交渉が上手く行けば見逃してくれることもある。が、マギンはそうではなかった。余程ケルピーの恨みを買っていたのだろう。

 ミミとルビは【水上歩行】で水面を走り回っている。母親のルブは水に入ってミミとルブに水を掛けて笑っている。

「ああ、なんという幸せな光景でしょうか。楽しそうにはしゃぐ妻と我が子達。小生にはこんなにも沢山の家族がいる」
 
 ナンベルはホロリと両の目から涙をこぼしそれを片手で拭う。

 孤児院の子供達もナンベルは我が子と呼んでいる。孤児を世話する事で過去の苦痛から逃れ、狂気に浸食されるのを防いでいたと言うが、この男は案外父性の強い男なのだなとヒジリは思う。

「もう暗殺の仕事は止めたそうだな、ナンベル」

「ナンちゃん・・・、そう呼んでくれますかね?どこか他人行儀なんですよぉねぇ、ナンベルってのは。勿論、呼んでくれますよね?ヒー君」

「収入はどうしているのかね?ナンちゃん」

(躊躇なくナンちゃんと呼びましたねマスター・・・)

「元々莫大な蓄えが有りましたからねぇ・・・。それについこないだ、雷竜をドォスンと一緒に倒しましてね、お宝を全部持ち帰ったんです。ドォスンと山分けで」

「ほう?何か目ぼしい物でもあったのかね?」

「ええ、戦いに有利なアイテムの他にこれを見つけたのですヨ」

 ナンベルはノームモドキの装置によく似た黒い細長い小さな箱をヒジリに見せた。

「ヒー君はこういう物を集めていると以前イグナちゃんが言っていたのでねぇ。キュキュ」

「これは有り難い。くれるのか?」

「ええ、勿論。チタン・・おっと通貨が変わったのでした。金貨千枚で」

「むむっ!」

「キュキュ!冗談ですよぉ!家族の恩人からお金を取るなんてとんでもない!」

「あまり、からかわないでくれよ。ナンちゃん」

「チッ!」

 ナンベルは顔に闇が集るほど険しい顔で舌打ちしながら装置を嫌々ヒジリに渡した。

 やはりこの男はよく判らないなとヒジリは思いながらも装置を受け取り観察する。

「今この装置を使うのは止めておくか・・・。もしかしたら何かしらの兵器の起動装置かもしれない。子供達の楽しい時間を台無しにする可能性もあるからな」

「最近のマスターは優しいですね。(その分、怒ったら怖くなりましたが)昔のマスターなら躊躇なく使っていたでしょう」

 ウメボシが逞しいヒジリの胸にスリスリしながら甘える。

(感情を制御するチップの不具合が必ずしも悪い方へ転がるわけでも無いのですね。ウメボシにインプットされている二十一世紀の女性の人格がマスターに対し肯定的になっていくのが解ります)

「ウメボシ、どうだ?広域スキャンに遺跡などの反応はあるか?と聞くだけ無駄か」

「そうですね。ウメボシの性能の低いスキャン装置では、チャフの中にある遺跡を発見するのは困難かと思われます。今は湖を楽しみましょう。何か遺跡を発見する切っ掛けを見つけることが出来れば儲け物程度に思うのが良いかと思います」

 突然背後からドスドスと二つの足音が聞こえてきた。

 振り向くとヘカティニスとリツが互いに体当たりしてドンドンと弾き合いながらヒジリの元へ走ってくる。

 ヘカティニスはヒジリと同じくらいの身長でオーガの中でも小さい。にも関わらず大きなリツに押し負けていないのだ。

 リツは黒のビキニを着ており、大事な部分を隠す程度の露出度だがヘカティニスは紺色のスクール水着のようなものを着ている。胸の所には下手くそな字で、”ヘカ”と白地の生地に書いてあった。

「ああ、昨日のゴルドンとキウピ―君を預かっているという内容を魔法水晶で見たのか・・・。だから此処が解ったのだな」

 湖畔のキャンプ地をよく見ると僧侶や巡礼者が林の木陰で此方を見て祈りを捧げていた。

 ウメボシはまた厄介なのが来ましたねと思っていると、リツが当然のようにヒジリの腕に胸を押し付けて寄り添った。

 ヘカティニスはむぅ!という顔でリツを睨んでヒジリの横に立つ。

「陛下、どうです?この水着!帝都の仕立屋で作ってもらったんです!」

 リツはそう言ってヒジリから離れ、両手を広げるとくるりと一回転した。

 ダブルラリアットのような風圧がヒジリの頬を叩く。

 リツの水着を見て近づいて来る男がいた。

「魔法のビキニかね。微かに赤く輝いているね」

 今日から孤児院の教師として雇われて一緒について来たモシューが、この世界に来て覚えた【知識の欲】で勝手にリツの水着を調べだした。

「彼はマジックアイテムが好きでしてねぇ。雷竜の宝物も嬉しそうに鑑定していましたよ。キュキュ」

 リツは、気まずそうな顔で鑑定されるのを避けようと後ずさりしたが遅かった。

「魅力プラス2の水着だな」

 やれやれ詰まらんアイテムだと頭を振りながらエルフは立ち去っていった。

 ナンベルも立ち話に飽きたのか孤児院の子供達と湖で遊びだした。

 ヘカティニスが某悪魔超人のように腕を組んで笑う。

「カーカッカッカ!お前の負けだリツ!ヒジリには魔法が効かないのに間抜けだど!」

 リツはすっかりその事を忘れていたのか、芝生の上で蹲って地面を叩きながら悔しそうに「そうでしたわぁー!」と呻いていた。

 リツの水着からはみ出した大きなお尻が此方を向いているのをヒジリは何となく見た。普段であればそれを見ても少し劣情が湧く程度だが今回は違った。

(なんだ・・・この気持ちは・・・。リツがこの上なく魅力的に見える・・・。ああ、あのお尻を叩いて服従させたい・・・)

 ウメボシが様子のおかしい主をスキャンして驚く。動機が早まっており欲情しているのだ。

(こ、このままではマスターもガウォーク形態になります!危ない!)

 ウメボシはゆんゆんゆんゆんと催眠波を主に送って眠らせてしまった。

 急に立ったまま黙って身動きをしなくなったヒジリを見て、ヘカティニスは異常に気が付き彼の正面に立つ。

「どうした!ヒジリ!・・・あで?寝てる?」

 スヤァと眠るその顔にヘカティニスの胸がキュン!となるが、興奮を抑えて彼を抱きかかえ、木陰のベッドで寝かせた。ベッドはウメボシがデュプリケイトしたのだ。

 遠巻きに見ていた信者達が心配そうに現人神を見つめ、神の無事をその神に祈るという矛盾に気が付かないまま祈りだした。

「さて、リツ・フーリー様。何をなされたのでしょうか。貴方の体から異様な数値のフェロモンが出ております。しかもマスターにだけ有効な」

 リツははて?という顔で立ち上がりそこにヘカティニスが詰め寄る。

「ヒジリを振り向かせたいのはわがるが、小細工とは卑怯だど!」

「待って下さい、私は本当に何もしておりませんことよ?」

 リツは日差しがきついのか、首からぶら下げていた紫外線から目を守る―――魔法の眼鏡をスチャ!と付けるとベンキの様に眼鏡のブリッジをクイッ!と中指で動かし位置を正した。

 ウメボシはリツを怪しむ。彼女はヒジリの好みを知っているのではないかと。ヒジリは眼鏡っ娘好きだ。これで一人称がボクになったらいよいよ怪しい。

「もし、私が小細工をしていたのならば、陛下に魔法が効かない事を指摘されて、がっかりなんてしませんわ。その時点では陛下を誘惑する術をまだ持っているのですから」

 難しい言葉を喋るリツにヘカティニスはウメボシに翻訳してもらい答える。

「そんなものは幾らでも演技できるど!」

「貴方がそうだからといって、私までそうだとは思わないで下さるかしら?」

「なにを!」

 今にも取っ組み合いのキャットファイトが繰り広げられそうな雰囲気の中、ナンベルがひらひらと踊りながら近づいてきた。

 そしてリツの周りでタップを踏みながらスンスンと鼻を鳴らす。

「おやぁ?おやおやぁ?貴方、今朝サルフグリの実を食べませんでしたかぁ?あれを食べると独特の甘い香りが体に染み付くんですよねぇ。キュキュ!」

「はい、食べましたがそれが?」

 ナンベルは超高速のタップを踏んで一回転し、リツの目の前でパチンと指を鳴らして何かを言おうとしたが何も言わず、ヒジリの様子を見に奥の木陰に向かった。

「何なのですか!あの方は!何がしたいのかしら!不愉快ですわ!」

「まぁまぁ、ナンベル様はああいう方なのです。お気になさらないでください。リツ様」

「サル・・フグリ?下品な名前だど!」

 ヘカティニスは顔を赤くして困惑している。

「帝国では昔からそういう名前なのだから、仕方ない事ですわ」

 リツも若干顔を赤らめている。

 ウメボシは内心ではスキャンしたくないと思いながらもリツをスキャンした。さっきフェロモンの数値を計測した時は彼女の周辺の空気を調べたのだ。今回はリツを”舐めて“いる。

「原因はそれですね。それを食す事で体内で成分が変質し、マスターに絶大な催淫効果をもたらすフェロモンを放出します」

 ヘカティニスはウメボシに簡単な言葉で説明してもらい、その後すぐにリツの肩をガッシと掴んだ。

「おで、前からお前のこと親友だと思ってた」

 親友のいないリツは一瞬、喜んで顔が明るくなるも、ヘカティニスがサルフグリの実を欲しいがゆえにそう言ったのだと気がつく。

「オーッホッホ!残念ね、サルフグリの実は我が家に代々伝わる貴重な果物。市場には滅多に出まわらないの。貴方、欲しいのでしょう?サルフグリを!」

 青っぽい黒髪をバサッ!とかきあげ、手の甲をヘカティニスの前に差し出した。

「手にキスをして、貴方が私より下であると証明してくださるかしら?ヘカティニス」

「うぐぐ・・・!」

 ヘカティニスがキスをするかどうか迷っていると突然ウメボシが声を荒げる。

「湖に巨大なタコの様な生き物の反応があります!」

 そう言うと湖面が盛り上がり山のように大きいタコが現れた。

「淡水クラーケン!結界を破って来たのか!」

 モシューが後方で驚いている。

「子供達ィ!早く岸に上がりなさい!」

 ナンベルは逃げ遅れた子供達を助けようと湖に向かう。

 しかしクラーケンが道化師の到着を待ってくれるわけもなく大きな触腕が子供達に襲いかかった。

「守るべき対象がここまで多いと果たしてウメボシのフォースシールドは十分に機能してくれるでしょうか・・・。いいえ、迷っている暇はありません!」

 ウメボシのフォースシールドが、沢山の子供達を薙ぎ払おうとする複数の足を弾く。

「皆さんは今のうちに子供達を連れて岸へ!」

 幾らオーガでも装備がなければ、クラーケン相手には無力だ。ヘカティニスとリツは湖に向かって走り、子供達を出来るだけ抱え上げて逃げ出した。

 大きくて太いクラーケンの触手がウメボシを襲う。

「!!!」

 子供達に防御エネルギーを使いすぎて自分の防御が薄くなったウメボシを、触腕が力の限り叩きつけた。

 ビーム武器程度ならこの状態でも防げるが、巨体が繰り出す何十トンもの衝撃には耐えきれず、ウメボシの装甲がへしゃげて地面にめり込む。

「マス・・ター・・・」

 ウメボシの瞳が暫く青く点滅して機能を停止した。

 魔法の使えるものは後方に下がって、あらゆる魔法でクラーケン目掛けて撃ち続けた。

 孤児院の子供達も必死になって撃っている。

 イグナも魔法を打つが水棲生物に有効な練度の高い雷系魔法は覚えておらず苦戦していた。

 沢山の魔法はまるで無数の花火のように輝いてクラーケンに当たっているが、生命力の高いクラーケンにはまだ余裕があるのか攻撃を止めようとはしない。

 時折ケルピー達がクラーケンに噛み付いて邪魔をするが焼け石に水だ。

 ナンベルとヘカティニスとリツは前に出て的になり、ずっと触腕を躱し続けている。

 一度でも巨大な触腕から繰り出される攻撃を喰らってしまえば即死だが、こうしないとターゲットが後方に向くからだ。しかし二人ともクラーケンの攻撃が当たってウメボシのように潰されるのは時間の問題だと死の恐怖と戦っている。

 例えヒジリが生き返らせてくれるとしても死ぬのはやはり怖いのだ。丸腰という状況が余計にそう思わせる。

 コロネは一目散にヒジリのベッドに走り寄る。そして勢い良く頭を殴った。ウメボシがいないのでフォースシールドはない。

「目を覚ませ!ヒジリ!皆が大変だぞ!」

 もう一度コロネは殴る。

―――コキン!―――

「むぅ!何かね?いい夢を見ていたというのに」

 しかし、周りの騒ぎを見て状況を察し、ヒジリはガバッと起き上がる。そして真っ先にウメボシを探した。

「ウメボシは!」

 コロネは滅多に見せない悲しい表情で、地面からへしゃげた頭を出して地面にめり込むウメボシを指差した。

「カプリコン!応答しろ!カプリコン!ええぃ!こんな時に限って通信が遮蔽フィールドに邪魔されているとは!恨むぞ惑星ヒジリ!」

 ヒジリは走ってウメボシの所まで行き、機能停止した彼女を見て悲しくなる。

 装甲がひしゃげており、もしコアまで破壊されていたならば、死んでいるのと同じだからだ。

 そして悲しみは徐々に激しい怒りに変わっていった。

「私の大事なウメボシをぉぉぉぉ!!!!!」

 激しい感情に反応して黒いパワードスーツが最大限まで稼働する。キュィィィンという音と共に少し開いたセパレート装甲の隙間から熱が放射される。

「死んでウメボシに詫びろ!」

 ヒジリはヘルメスブーツで素早く動いて襲い来る触腕を次々と躱し、その腕を掴むと電流を流し込んだ。

 失神したクラーケンをそのまま背負い投げのようにして投げ、誰もいない場所へ山のように大きなクラーケンを叩きつけた。

 ヒジリは気が済まないのか、クラーケンが動かなくなっても激しい電撃を浴びせ続けている。辺りにタコの焼ける美味しそうな匂いが漂った。クラーケンはもう完全に死んでしまっているが、それでもヒジリは中々怒りが収まらない。

 気が済んだのか険しい顔のまま、ヒジリはウメボシのめり込む地面を掘り起こし、そっとウメボシを抱き上げた。

「ウメボシ、死なないでくれ・・・。カプリコン!応答しろ!カプリコンッ!」

 ウメボシを心配して泣きそうな顔でこちらを見るイグナの胸にぶら下がる二個目のノームモドキの装置は正常に作動している。その事を現すランプが青く光っているからだ。

 ヒジリに不安がよぎる。惑星のジャミングが原因ではなくカプリコンはもう地球に帰還したのではないか、何か理由があって交代で来るサジタリウスが来れないのではと。

 ヒジリはウメボシのひしゃげた装甲をゆっくりと慎重に外した。どうかコアは無事であってくれと願い祈ったが、その想いは届かずウメボシのコアにはヒビが入っていた。

「ええぃ!頼む!カプリコン!応答してくれ!カプリコン!」

 しかし、カプリコンからの返事はなく、ウメボシを抱きかかえてヒジリは「くそおおお!」と慟哭する。

 皆が心配そうに見守る中、ヒジリは蹲ってただただカプリコンの名をひたすら呼ぶのであった・・・。




「どうして!どうしてですか!長官。宇宙庁も地球政府も全面的に息子をバックアップすると約束してくれたではないですか!」

 モニター以外何もないつるっとした部屋でヒジリによく似た中年男性が、長官と呼ばれた実体のあるホログラムに掴みかかった。掴みかかられたホログラムは特に動じた様子はない。

「地球政府から圧力がかかったのだよ、正宗君。あの惑星は君の子息が初めて見つけたものではない、とね」

「そんなバカな!息子の生涯研究の申請に対し、隅々までデータを調べて最終的に認可を出したのは地球政府でしょう!それに地球政府が宇宙庁に口出しする権限は無いはずですぞ!地球はいつから、そんな古代の野蛮なやり方に戻ったのです?」

「そうがなるな、正宗君。聖君は確かにあの惑星の第一発見者だ。私だって疑ってはおらん。地球政府も圧力をかけるだけのソースを提示してはおらんのだ。しかし政府も何かしら根拠があってそう言ってくるのだから事の詳細が解るまで、サジタリウスを惑星ヒジリに送ることは出来ない」

「それでは息子は・・・その間、死んでも生き返れないではないですか!彼は一度死にかけているんですよ!もし次も同じ目に遭えば地球政府は息子を見殺しにした事になります!」

 正宗は感情抑制チップの許容量をオーバーするほどの感情の昂ぶりを見せ、膝をついて床をドンと叩いた。痺れる様な衝撃が拳に伝わる。そして直ぐに感情の昂ぶりは収まった。

「見殺しにはしない。死んでいたら地球で再構成すればいいだけだ」

「私は地球政府の言いがかりには承服しかねますね。もう一度過去のデータを洗って政府に証拠を突き付けたいと思います。長官には出来るだけ早く惑星ヒジリにサジタリウスを送るよう政府との交渉をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「努力しよう」

 ホログラムは消え、白い部屋には静寂が訪れた。

 ヒジリの父親である正宗は、乱れたミディアムヘアーの髪をかきあげて気分を落ち着かせようとする。息子の無事を今すぐにでも確かめたいという気持ちをどうしても抑えられないのだ。

「聖の研究を横取りしたい誰かの陰謀・・・?まさかこの時代にそんな精神の未熟な者がいるだろうか?ヴィラン遺伝子を持った者が政府の中にいるのか?何かの間違いであって欲しい。聖、無事でいてくれよ・・・」

 部屋にある大きなモニターは、何も無い宇宙空間を映し出している。

 実際は惑星ヒジリの遮蔽フィールドのない地域を映しているのだが、ヒジリが所有する権利の関係上、見えないように加工されている。

 誰かの悪意ある陰謀でヒジリへの支援を止められたと考えた所為か、宇宙空間の闇はどこか不気味に見え、正宗はモニターを見るのを止めて静かに部屋から出て行った。
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