未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(46)

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「陛下、起きて下さい」

 そう言ってオーガの酒場の二階にとったヒジリの部屋をノックしようとしたが躊躇う。

 リツは昨日の夜のことを鮮明に覚えていたのだ。酔っていたとはいえ、なんとヒジリの寝込みを襲ったのだ。ヒジリは抵抗する事無く自分を受け入れて最後まで人形のように動かず無言だった。あれはやはり怒っていたのだろうか?恥ずかしい事をしてしまい、皇帝の部屋に入るのが気まずかった。

 しかしスゥと息を吸って覚悟を決め部屋に入る。

 が、そこには薄汚い鼻だけの白い人形がベッドに転がっておりヒジリの姿は無かった。

「どうした?ヒジリは何処行った?朝飯の用意出来てるど」

 ヘカティニスも部屋に入るのを躊躇していたのだが、先にリツが入っているのを知ってホッとしながら入ってきたのだ。

「なんだ?その薄汚い人形は」

「陛下を起こしに来たら、ベッドの上にこの人形が・・・」

 二人共一瞬、昨夜の情事が原因でヒジリは出て行ったのかと思った。彼に一方的に愛を求めすぎた気がしないでもない。人形を置いて行った事に何か意味があるのか?

「私のせいだわ・・・。昨日の夜、酔った勢いで陛下が眠っているところを無理やり・・・」

 いきなりヘカティニスティのパンチがリツの顔面に飛んできた。咄嗟に腕をクロスさせてガードする。ビリビリする腕の隙間から見るヘカティニスを見ると涙目だった。

「お前!ヒジリの愛しい人でもないのに!何でそんな事した!」

「だって!陛下は裸だったんですもの!貴方、陛下の裸を見て我慢できますこと?」

「ヴゥ!・・・出来ない。正直言うとおでも・・ヒジリに跨った・・・」

 リツの顔が見る見る曇る。目を剥いて歯を食いしばってプルプルしている。

「この泥棒猫!」

 そう言って嫉妬の感情を爆発させるリツに、銀髪のオーガはすかさず返す。

「泥棒猫はお前だ!おではちょっと前にヒジリに顔を舐めてもらった事があるんだど!お前あんのか!」

「うるさい!うるさい!うるさい!」

 エリートオーガとノーマルオーガの取っ組み合いが始まる。

 いつも一階でやる”ヒジリにコーヒーを運ぶ係“を決める生易しいキャットファイトではなかった。

 本気の殺意が篭った殺し合いだ。オーガ同士の恋愛は樹族のように男女関係に寛容ではない。

 喉や目等の急所を狙った攻撃が容赦なく飛ぶ。

「おでは、ヒジリが偉くなってしまったから子種だけ貰って身を引こうと思ってたんだど!でもお前が横取りするなら、ぜってぇ渡さねぇど!」

「それはこっちの台詞ですわ!貴方のような下級のオーガに陛下は渡せません!」

「オーガに下級も上級もあるか馬鹿!」

 ヘカティニスは後ろに回ってジャーマンスープレックスをしようとするリツの攻撃をクルッと体を回転させて着地して無効化し、仰向けになった彼女の喉を目掛けてエルボーを食らわそうとする。

 それを転がってすんでの所で避け、肘を痛めて動きの止まるヘカティニスの頭部に素早い踵落としを落とした。

 踵落としを食らっておでこをしこたま床にぶつけたヘカティニスはクラクラする頭で無理やり立ち上がって、リツの巨体に体当たりをする。

「おでは給仕ばっかりやってるわけじゃないど!死の竜巻を舐めるなよ」

 一度はリツに受け止められた体当たりだったが、そのまま雄たけびを上げて押し切ると、宿屋の木の壁をぶち破って二人共一階の裏庭に落ちた。

 リツを下にして落ちたので当然、彼女のほうがダメージは大きい。しかし何事も無かったようにリツは立ち上がると、まだ頭のくらくらするヘカティニスへ頭突きをかました。

 ふらつくヘカティニスの尻もちに畑の柵が派手な音を出して壊れる。追い打ちをしてくるリツのパンチをヘカティニスは咄嗟に掻い潜って鳩尾に拳を叩き込み動きを止めた。

 何事かと見に来たスカーとベンキが慌てて二人を止める。

「止めろって、お前ら」

 スカーはヘカティニスを押さえる。ベンキはリツだ。

「攻撃に殺意が篭っていたぞ。何が原因だ?」

 ベンキが冷静に聞く。

 が、二人は原因がヒジリの取り合いなんて恥ずかしくて言えない。なので二人は大人しくなり黙った。

 暫くして話題を逸らそうとヘカティニスが口を開く。

「ヒジリがいなくなったんだ。ベッドに薄汚い人形を残して」

「朝の散歩か何かだろ」

 スカーが軽く答えるとヘカティニスは首をブンブンと振った。

「散歩の時はおでに一声かける。だっていつもおでを誘ってくれるからだ」

 リツはキッ!とヘカティニスを睨んで爪を噛んだ。

(ずるいずるいずるい!私は誘ってもらえなかった!ヘカティニスだけずるい!)

 背後にいるベンキでさえリツの憎悪を感じ取れるほど彼女はヤンデレオーラを放っていた。

「暫く様子見しようぜ。な?一旦落ち着けってお前ら。で、喧嘩の原因はなんだ?」

「うるさい!✕2」

 茶化すように原因を聞いてくるスカーの顔面に二つのパンチが飛んできたが、スピードスターのスカーは難なく避けてヒューっと肩を竦めた。

「とにかく冷静にな。ヒジリが帰ってきて、ボコボコの顔のお前らは見たくないだろうから」

 ベンキの言葉にヘカティニスとリツは顔を見合わせて、直ぐ様鏡の有る洗面所へ走っていった。

「二階の壁にどでかい穴を開けやがって・・・」

「原因はヒジリの取り合いだろうな。羨ましい」

 珍しく他人を羨むベンキをスカーは茶化して、どこそこの家に住んでいる可愛いオーガはどうだ、紹介いてやるぞと言いながら散らかった裏庭の畑を後にした。

 結局夜になってもヒジリは帰ってこず、リツが酒場一階の隅で青い顔をしてこれ以上ないほど嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 流石に気の毒になってきたのかヘカティニスがリツの背中を擦って慰める。

「明日、明るくなってから探しに行こうな?な?」

「明日には帝国に戻らないといけませんのに・・・」

 小さい方のドアが開いてカランカランとドアに付いているベルが鳴る。

「あのー、ヒジリ様はおられますでしょうか?」

 ルーチが心配そうに酒場へヒジリを探しに入ってきた。ヘカティニスがすぐに対応する。

「そでが、今朝からいないんだど」

「じゃあ・・・何かあったのかもしれませんね・・・」

 顔を曇らせる魔人族のルーチの肩をヘカティニスは掴んで揺さぶる。

「何か知ってるのか!お前!おしえでくで!」

 リツも泣き止んでガタッと椅子から立ち上がると、ルーチに近づいた。

 ルーチは頷くと昨日の夜の出来事を話し始めた。

「夜中の十二時を過ぎ頃でしたでしょうか・・・。私は眠れなかったので見回りも兼ねてゴデの街を散歩をしていたのです。そしたら姿は見えませんが人の気配がしたので、盗人の類かと思って気配や足音を辿って後を追ったんです。怪しい気配は凄まじいスピードで移動するので、早駆け系のアイテムや魔法を使って後を追うのに私は必死でした。そしてミト湖近くで怪しい気配は動きを止めて、ヒジリ様が姿を現したのです」

 ヘカティニスが眉間に皺を寄せ、話の矛盾点に気がつく。

「そではおかしい。酒場の跡片付けが済んだ夜中の三時頃、おではヒジリの部屋に行ったから。ヒジリは確かにベッドの上で寝ていた」

「私も一時頃に陛下の部屋に行って確認したので、その話はおかしいと思いますわ」

 疑いの目を向ける二人に、そんなはずは・・・とルーチが答えるとヘカティニスが少し怒ったような感じで言った。

「疑うのか!おではその時ヒジリから、しっかりと子種を貰ったんだど!今もお腹の中に子種がある!」

「私だって!」

 近くにいたスカーとベンキとゴールキとミカティニスが一斉にコーヒーをブーッ!と吹いた。

 それを見た二人がハッとなって、しまった!という顔をする。

「まぁ・・・それはおめでとうございます・・。でも、ほら。私はヒジリ様からこの黒い装置を預かりました。」

「それは陛下の箱!」

 ミト湖から帰ってきてから、玉座でずっとそれを眺めていたのをリツは知っている。

「じゃあ、昨日の素敵な時間は何だったんですの?私、あんなに女の悦びを知った事なんてこれまで無かったのに・・・ゥグッ」

 ヘカティニスが肘でリツの脇腹をぐいっと押して、周りの視線に気づかせる。そして耳元で囁いた。

「馬鹿なおででも解る。薄汚い人形がベッドの上にあっただろ?おで達は魔法か何かでヒジリにそっくりに変身した人形を相手にしていたんだど」

 リツは口を真一文字にした後、わぁぁぁ!と顔を押さえて泣き出した。

 おでより泣き虫だな、リツはと思いながらもヘカティニスは話の続きを催促した。

「話を続けてくで」

「はい。それから陛下は、私に装置にマナを流しこむよう言いました。すると湖の水が割れて道ができ、湖底の遺跡へと入って行きました。入って行く時に、今日の夜までに帰ってこなければリツ・フーリーという方に連絡をしてくれと。なので私は約束通りリツさんを訪ねてここに来たのです」

 今しがた泣いていたオーガは自分の名前を聞いた途端、立ち上がって力強く言った。

「その場所まで案内してください!」




 ミト湖で装置にマナを流し込むと、湖が割れて道が出来た。ヘカティニスとリツは驚いている暇はないとばかりに道を進んみ、ルーチも後をついて行く。

 道の終わりには大きな石で出来た建物があり、ヘカティニスとリツが重い石扉を押して何とか中に入った。

「あたり一面、真っ白で気味が悪いですね」

 ルーチは怯えながら道を進むと、効果の無くなった魔法陣の罠が大きな部屋まで続いている事に気がつく。

 そして部屋の中央で鉄傀儡との戦いの途中で止まったままのヒジリを見つけた。

「ヒジリ!」

「陛下!」

 ヘカティニス達が急いでヒジリのもとに近寄ろうとするのをルーチが大声を上げて止める。

「待ってください!ヘカティニスさん!彼らの周りを見て!」

 よく見ると彼らを青く光る円が取り囲んでいた。

 ルーチは腰の小袋から小腹が空いた時によく食べているピーナッツを取りだして、親指で弾き円の中へ投げ入れた。

「ピーナッツが空中で止まったど!」

 ヘカティニスの言葉通り、ピーナッツが円の中に入った途端、ピタリと動かなくなった。

「あの円の中は時間が止まっています。下手に助けようとしてあの中に入れば私達も同じ目に遭うでしょう。よしんば、我々があの中で動ける術があってもヒジリ様を動かした瞬間、時間の止まった彼は空気との摩擦で燃え尽きてしまいます」

「わがんねぇ!お前が何を言っているかわがんねぇど!」

「ヘカティニス!ヒジリ陛下を助けようする者は動けなくなるの!解る?あの円に入ったら誰もがお終いですの!」

 リツはベンキ以上ヒジリ未満の頭の良さなのでルーチの言葉を素早く理解し、円に踏み込もうとするヘカティニスの腕を掴んで止め、解りやすく説明した。

「そんな・・・。じゃあおで達はヒジリを目の前にして何も出来ないって事か!」

「そんな事はありませんわ。この遺跡の中に絶対解除装置があるはずです。ただ・・・」

 落胆するヘカティニスをリツは慰めつつも、ヒジリを助ける手段に確信が持てなかった。

「ええ、そうです、リツさん。下手に触ってこれ以上現状を悪化させる可能性もありますね。この手の装置はノームが得意なはずです。取り敢えず、一旦外に出て対応策を考えましょう!」

 ルーチの提案を受け入れるしかない。道を戻り、重い扉を開け湖畔に戻ると見計らったように湖の道は閉じた。

「また道は開くよな?」

 ヘカティニスは夜の湖を見つめて不安気にルーチに聞く。

「大丈夫だとは思いますけど、念の為確認してみましょう」

 ルーチが装置にマナを流し込んだ。・・・何も起きない。装置のランプも光っていない。瞬時に彼女達の心に絶望という名の棘がチクチクと突き刺さる。

「おい!何も起きないど!」

「も、もしかしたら直ぐには作動しないのかも・・・」

「嫌な予感がしますわ・・・」

 リツは涙声で兜の下からそう言う。



 リツの予感は的中した。翌日も装置は作動せず結局何日経っても湖に道が現れることはついに無かったのだ。

―――神が何者かによって封印された―――

 この噂は瞬く間にツィガル帝国と樹族国に広まった。ミト湖では毎日のように僧侶たちがヒジリ復活を願って祈っている。
 
 ヒジリの噂を聞いたタスネはサヴェリフェ家の窓から庭を見ていた。曇り空の下でヒジリの銅像の周りで嘆く信者達を見てどんどんと不安な気持ちになっていく。

「嘘よ。ヒジリが封印されたなんて。神様なんかじゃ無いのに」

 タスネがそう呟くと、転移石のある部屋から物音がした。

「お姉ちゃん!イグナお姉ちゃんが帰ってきた!」

 コロネが急いで知らせに来てくれる。タスネが部屋に向かうと服やマントがズタボロになったイグナが大事そうにチョークのような物を手に持っていた。

「これ預かってて。お風呂に入って着替えたら直ぐに帝国に向かうから。それでウメボシを生き返らせる事が出来るの!」

「う、うん」

 タスネはイグナと同じく大事そうにそれを持って、彼女が戻ってくるのを待つ。
 
(イグナはまだヒジリのことを知らないのでは?恐らく何も知らないままナンベルさんを孤児院に送って、その足でこの屋敷に帰ってきたんだと思う)

 教えるべきかどうか悩んでいると濡れた髪のイグナがメイジの正装の一つでもある黒ローブを着て現れた。

 姉の手からチョークをひったくると、とんがり帽子を被って転移石を掲げてシュッと消えてしまった。

「ちょっと!イグナ!言いたいことがあったのに!」

 もう!と不貞腐れてタスネは自室に戻っていった。



 玉座の間でサイドテーブルのクッションの上に鎮座する壊れたウメボシと玉座を交互に見つめた後、ウロウロとして今後の行く末をヴャーンズは憂いていた。

「リツの役立たずめ。何のために陛下のお供をしておったのだ。このままでは帝国に無用な混乱が生ずる。私の能力に抗う術を知られている今となっては、謀反を企てる元貴族がまた出てきてもおかしくはない。まだ世間では噂程度の認識だから何とかなっているが・・・」

 ブーマーがスキップをしながら玉座の間に入って来た。

「ヴャーンズ陛下・・・じゃなかった、代理!きゅ、きゅきゅ宮廷道化師のナンベル様と闇魔女のイグナ様が来ております」

「なんてことだ!どちらも陛下に関わりの深い方だ!他の召使はどうした!何でお前なのだ!ウェイロニー、ブーマーに犬をけしかけろ!」

「御免なさい、御主人様。陛下にブーマーを虐めるなと言われてますのでぇ」

 舌をペロッと出してウィンクするサキュバスにゴブリンメイジは舌打ちをしてブーマーに命ずる。

「では通せ。失礼のないようにな!」

「ヴぁ~い」

 ドウゾーー!とブーマーが勢いよく言うとガードナイトが扉を開ける。

 ナンベルとイグナは出来る限り早足で入ってくるので競歩のようになっていた。

「ご機嫌麗しゅう!代理殿!ちょっと急ぐので形式ばった挨拶は省略させて頂きますよ、キュキュ!」

 ナンベルはスタコラと歩きながら、サイドテーブルにあるウメボシの亡骸に近づくと、被ってもいない帽子を上げる動作をして死人に敬意を示し彼女を床に置く。

 イグナが床に置かれたウメボシをチョークの線で囲っていく。

「いやーー、苦労しましたねぇイグナちゃん。わらわらと湧く凶悪な影人を倒し、廃墟の奥で時の巨人を倒してようやく手に入れたこのアイテム!効果が無かったらどうします?キュキュ!」

「そんなことはない。見て!ナンベルのおじちゃん!効果がある!」

 チョークの円の中でウメボシの凹んだ頭部が元に戻っていく。

 ヤッター!とハイタッチして喜ぶ二人の前でウメボシの色が変わった。ピンク色から青色に変わったのだ。

「わぁぁ!時間戻しすぎたんじゃないんですか!?チョークの線を消しますよ?」

 慌てて足で擦って床に書かれたチョークの円を消すと青いウメボシはスーッと浮き上がり周りをキョロキョロ見だした。

「きっと若返り過ぎて青くなったんですねぇ?そうですよね?ウメボシちゃん?キュキュ!」

 ヒジリの呼びかけにウメボシはナンベルをじっと見る。

「あのー・・・マスターはどこですか?それからウメボシとは誰のことでしょうか?もしそれが私の事を指しているのであれば、アンドロイド違いかと。私の名はウィスプ。マスターは、ハイヤット・ダイクタ・サカモト。通称サカモト博士です」

 イグナとナンベルが苦労して手に入れた、時を巻き戻すアイテムで復活したウメボシからは、いつものような真面目だが好感の持てる可愛らしい声ではなく、大人しくて消え入りそうな声が発せられていた。
 
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