未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(92)

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 ホログラムのウメボシがじっと成り行きを見守る中、同じくホログラムのヒジリは室内で発生した台風のごとく暴れまわっていた。

 現人神と同じ能力を持つホログラムの拳は受け止めるには重く、グローブから放たれる電撃は幾ら耐性があるエリートオーガとはいえ体に少しの痺れを残す。

 更にオーガがどんなに極めようが到達不可能な速さでヒジリは動き回り、こちらの攻撃をいとも簡単に避けてしまう。

「雷神とはよく言ったものだ」

 かつて幾度となくヒジリに挑戦を挑んだ猛者たちは雷のように素早く、致命的な一撃を繰り出す彼を雷の神と呼んだ。カワーはそれを今実感している。

 現人神の繰り出す掌底は鎧の上から貫通して衝撃を放ち、名門バンガー家の後継ぎはダメージをもろに腹に受けると地面に胃液をぶちまけて這いつくばった。

「もうくたばったのかよ!役に立たねぇな!カワ―!ええぃ!こなくそぉ!」

 ドリャップが恐怖で額に玉汗を浮かべながら、ハンマーの一撃を見舞おうとするが無駄に終わる。

 空振りして崩した体制のドリャップの右肩に、ヒジリの骨砕きの踵落としが当たった。

「うぎゃああ!!」

「あ、あれは次元断踵落とし!」

 室内に右肩の骨を砕かれた親友の悲鳴が響き、ヤイバは父親の必殺技を見て恐怖する。足がすくんで、床に倒れて呻く仲間を助けようという気力も起きない。それほどまでに父の能力を持つ幻の攻撃は圧倒的なのだ。

 丁度踵落としを叩き込んだ場所が少し間を置いてから空間ごと歪む。

 しかし恐怖の中でもヤイバは父の技の分析をしていた。それは目の前の現実から逃げたいという心の表れだったのかもしれない。

(あの空間の歪みは・・・多分エフェクトだな・・・。流石に次元を断つと言われる父上の蹴りは偽者には再現できないか。くそ!こけ脅しとはいえ、紛らわしい!)

 やはり、これらの幻は偽者に過ぎないと思うと少し戦う気力が湧いてくる。倒れた仲間に追撃をしようとしていた偽ヒジリを見てヤイバは怒り、挑発をする勇気が出てきた。

「こっちだ!偽者!僕はまだ無傷だぞ!」

 ヒジリの攻撃はまだダメージを受けていないヤイバにも向く。

 跳躍して来た幻は無数の電撃パンチをヤイバに向けて繰り出した。

 それらを何とかギリギリで躱し、痺れの伴うパンチ攻撃を手のひらで往なす。

 時々視界に入ってくる、床に這いつくばる二人を見て、自分もああなるのは時間の問題かと心が折れそうになるも、何とか持ちこたえて防戦一方の現状の打開策を探る。

(確か以前見た時はこの訓練部屋は武器が幻だったはず。【魔法の矢】が得意だったウメボシさんが何もしてこないのは幻が魔法を使えないからだろう。しかし、体を使った攻撃は本物だ。こんな事になるならもう少し格闘技を習っておくべきだった・・・)

 平均的なエリートオーガよりも小さなヒジリの幻は、ヤイバの制服の胸ぐらを掴むと凄まじい怪力で放り投げて壁に叩きつけた。

 受け身で何とか落下ダメージだけは逃したヤイバはまだ気力があるのか、何も言わず直ぐに立ち上がりヒジリの腰にタックルをする。

「力だったら僕のほうが上のはずだ!」

 しかし、ヒジリはビクともせず黒いパワードスーツが僅かな音を立てている。

 無表情の神の幻影は無理やりヤイバを引き剥がすと、ドリャップとカワーが這いつくばる近くの壁に放り投げて叩きつけた。

 スタミナが切れ始めたヤイバはさっきのように咄嗟に受け身が取れず、無防備なまま地面に落ちた。全身を駆け巡る衝撃で暫く息が出来なくなり、動けなくなる。

 紛い物のヒジリはヤイバ達が完璧に戦意を失ったと判断し、定位置に戻り腕を組んで微動だにしない。

「紛い物のくせに偉そうに・・・」

 カワーは床を叩いて悔しがるも、ふとある事に気が付く。そして狂気じみた笑い声を上げ、懐から何かを取り出した。

「おい!ヴャーンズ!見ているのだろう?これが何だか解るかい?」

 萎びた猿の手のようなものをカワーは掲げた。そして這いずってヤイバに近づき指先を突きつける。

「さてね」

 部屋の何処かにあるスピーカーからヴャーンズの声が聞こえてきた。

「嘘をつくな!大魔法使いのくせに、これを知らないとは言わせないぞ!貴重な”死霊の手”だ!これでヤイバを突けばどうなると思う?そう、彼は死ぬ。死ねばお前の交渉材料は無くなるぞ!」

「ブラフだな」

 ヴャーンズのブラフという言葉を聞いてドリャップは歯を食いしばりながら立ち上がろうとしたが、受けたダメージが大きく脚がふらついた。尻餅をついて声を振り絞って言う。

「嘘じゃねぇ!カワーはやるぞ。そいつはフーリー家にヤイバが生まれて以来、帝国での影響力をどんどん失っているバンガー家の者だ。一族が返り咲く為なら間違いなくヤイバを殺るだろうぜ!」

「ふん・・・」

 ヴャーンズが何か指示を出したのか偽ヒジリがピクリと動き偽ウメボシの目が一瞬光った。

「動くな。死霊の手を使う前に僕を殺れると思っているなら大間違いだぞ。僕は容赦なくヤイバを道連れにする。フーリー家唯一の嫡子がいなくなれば、少なくとも我が一族の利益になるからね」

 暫くヴャーンズは黙った後、訓練部屋の扉を開いた。

「いいだろう。丁度今、丘を監視している帝国の斥候に君達の事を伝えたところだ。このままではボロ雑巾のようになって人質は死ぬとな。星のオーガの二人は直ぐに来るそうだ。孫が可愛いだろうからな。暫くそのフロアで大人しくしていろ」

 そう言うと地下一階の電源を落としたのか辺り一面が暗闇になり、それと同時にヒジリの幻影は消えた。

「お祖父様とお祖母様に直訴して現状打破をしたいのだろうけど、ヴャーンズさんにしてはどうも回りくどいと言うかスマートなやり方じゃないな・・・」

 ヤイバはやっと息が出来るようになってハァーと深呼吸をしながらそう言うとドリャップが答える。

「年老いてボケて判断がおかしくなってんだろ。チェッ!ヒジリ様の偽物なんかと戦わせやがって。普通に俺たちを監禁しておけば済む話だろうが!」

 ドリャップは全身汗塗れで、脇の臭いを気にしながらそう言った。

 汗臭い友人を見て、潔癖症のヤイバは少し離れる。

「いや、ヴャーンズさんは用心深い。幾重にも対策を張り巡らす人だ。誰だって父上と対峙すれば戦意を失うからな。一番最初に心を折っておけば、僕らが格納庫で厄介な事を始めても後手に回らなくて済む」

 キノコ頭を振って立ち上がり部屋を出ようとしたカワーをヤイバは後ろから呼び止めた。

「カワー、助かったよ。一芝居打ってくれたお陰で訓練部屋から出ることが出来た」

 しかしカワーが何かを言う前に、ドリャップが鼻を鳴らす。

「フン!一芝居?それはどうかな。そいつはヤイバを殺る気だったぞ」

 カワーは悪びれた様子もなく、ドリャップの責めるような目を睨み返す。

「ああ、最悪な事態になればそうしただろうね」

「こいつ!」

 ドリャップがカワーに殴りかかろうとしたのをヤイバは引き止めた。

「今は争っている場合じゃない。取り敢えず施設から脱出するかヴャーンズさんを何とかする手立てを見つけないと」

「脱出が出来ても俺たちには呪いがかかっているんじゃないのか?」

「ドリャップもカワーもメイジじゃないから判らないかも知れないが、呪いはマナに干渉するから呪われた時点で感知出来る。人にもよるが僕は小さな呪いでも違和感を感じる」

「つまり?」

 カワーは早く結果を言えとばかりに急かした。

「その感覚が僕には無いって事さ。我々が呪われている可能性は低い」

「じゃあ、ここから抜け出すことが出来れば普通に外に出られるってわけか。俄然殺る気が出てきたな。コンコーン!出口はここですかー!」

 皮肉である。ドリャップは出口と書かれた上への階段の入り口が閉じて壁のようになっているのを見つけてノックしている。

「他に出口があるかもしれないし、もう少し探索しよう」

 ヤイバは上り階段のすぐ近くに下り階段があるのを見つけた。

「前に見た時には無かったはずだが・・・。マサヨシさんが見つけたのかな?」

 その階段を下りようとしたところ、階段から誰かが上がってきた。

「くっそ!なんも見えねぇ。ドワーフやゴブリンは暗闇でも目が見えていいなぁ?あ?」

 手探りでぎこちなく階段から上がってきたのは、今話題にしていたマサヨシであった。

「マサヨシさん!」

「うわぁ!誰だこのイケメンの名を呼ぶのは!」

「はよう先を行けぃ、マサヨシ!」

 マサヨシの後ろからはドワームの声が聞こえる。

「ドワームさんまで!」

「その声はヤイバか?」

 更にその後ろからヴャーンズの声まで聞こえてきた。

 カワーとドリャップが階段付近から後方にステップして戦闘態勢を取る。

「何でお前がここにいるんだ!ヴャーンズ!」

「何の話だ?お前ら鉄騎士団こそ何故ここにおる?」

「そんなことより、暗くて何も見えないんですけど~?灯りをはよぅ」

 ヤイバがマサヨシの為に【灯り】を唱えると辺りは明るくなったが、ドワームが急に警戒をしだした。

「馬鹿たれ!灯りをつけたら魔法人形がわんさかやってくるぞ!もう盾役はごめんじゃわい!」

「魔法人形程度なら僕達が片付けますから安心して下さい、ドワームさん」

「そうじゃった。お前らがいたんじゃったわい。ガハハ」

 そう言ってドワームは魔法人形から奪ったであろうショックロッドを下ろした。

 カワ―は睨むように今回の任務のターゲットであるヴャーンズを見ている。

「まだ疑惑は晴れて無いんですがねぇ?ヴャーンズ元皇帝陛下?」

「ん?バンガー家の小僧か」

 鉄騎士団の配給武器であるバトルハンマーではなく、装飾が施された自前の剣を取り出し構えているカワーとヴャーンズの間でボンと音がしてウェイロニーが現れた。

「ヴャーンズ様、報告が遅れていましたがマサヨシの言うところの”ほろぐらむ“達の一人がヴャーンズ様に化けて帝国と敵対しちゃってます」

 両手を顔の前で握り、腰をくねくねとさせてピンクのくせ毛をあざとく可愛らしく揺らして、ウェイロニーは報告した。

「なんじゃと!閉じ込められている間にそんな大事になっておったのか」

 ヴャーンズはそう言って驚くと広間を見渡し、ラウンジを見つけてそこを杖で指す。

「あすこで詳しく話してくれウェイロニー。ヤイバたちにも我々の身に起こったことを話そう」




「つまり、幻が意思を持ったと言う事ですか?マサヨシさん・・・」

「そういう事だね~」

 マサヨシは非常電源で動くデュプリケーターでコーヒーを人数分作りトレイに用意した。

「すみません、マサヨシさん。星のオーガである貴方に給仕させてしまって」

「いいんだヨ。これを使えるの、俺だけだから(ほんとはだれにでも使えるけど)」

 デュプリケーターは使い方を教えれば誰にでも使える簡単な機械だが、マサヨシは自分の特別性を保持したいが為に星の国の者にしか使えないと嘘をついているのである。なのでニヤケ顔でコーヒーを皆に配っている。

「施設の機能を拡張するためには”ほろぐらむ“の手伝いは不可欠じゃった。最初のうちは彼らもマサヨシの言う事を聞いてテキパキと働いておったのじゃが、ある日ワシ等を騙して部屋に閉じ込め、わけの判らん事をほざきだしたんじゃわい」

 そう言ってドワームはコーヒーを啜って苦いという顔をし、カップをテーブルの隅に追いやった。

 それを見たマサヨシはホットワインの入ったゴブレットをデュプリケーターから出してドワームの前に置く。

 ドワームは両手をこすり合わせて喜び、腰袋から胡椒の実を取り出して指先で砕きワインに入れて美味そうにごくごくと飲み始めた。

 そして直ぐに飲み干すとお代わりを頼み、マサヨシにゴブレットを差し出している。マサヨシは自分にしか出来ない仕事だからと言って、上機嫌でゴブレットを持っていく。

 飲ん兵衛のドワーフはマサヨシが用意するホットワインに夢中になってしまい、続きを語りそうに無いのでヴャーンズが話を引き継いだ。

「”ほろぐらむ“が意思を持つ前に私の用事で外に出していたウェイロニーが戻ってきたのは幸いだった。マサヨシ殿の指示でウェイロニーが外から扉を開けて、ようやっと我々はフロアへ出られるようになったのだ。そしたら魔法人形がうじゃうじゃと出てきてな・・・」

 ヤイバは施設の前で待ち合わせをしていたはずの金髪サキュバスの顔が浮かんだ。

「え?じゃあ僕達と一緒に入ってきた透明のコウモリはウェイロニーさん?」

「そうだけど?」

(どういうことだ?ではあの金髪サキュバスは一体誰だったんだ?)

 ヤイバの頭はこんがらがる。金髪サキュバスは一体何がしたかったのだろうか?ほろぐらむが直接契約したサキュバスなのか?まぁ今は優先すべき内容ではないなと判断したヤイバはコーヒーを一口飲んでホッとする。

(良かった。ヴャーンズさんやムロさんと戦わなくて済む。二人とも自分の父親と関わりがあるし自分にもある。知り合い同士が殺し合いをするのは悲しいから本当に良かった)

 安堵するヤイバの横でマサヨシがドワームの後ろに立ってニコニコしている。
 
「美味いか?ん?ボクチンの出したホットワインは美味いか?オフフフフ」

 マサヨシはホットワインを嬉しそうに飲むドワームの肩をしつこく叩いてドヤ顔をしていた。叩いた拍子に少しワインが零れてドワームの髭を濡らす。

(う、うざったいのう、マサヨシは・・・)

 ドワーフの反応が薄くてつまらないのでマサヨシは、テーブルの上座に座ると顔の前で拳を組み格好をつけながら、エアメガネを人差し指でクイッ!と上げて喋りだした。

「施設の情報を閲覧した限りでは、どうもここを建てたサカモト博士とやらの弟子のゴブリンは、ホログラムが意思を持った場合速やかに修正するように命令を出していたみたいだね。意思を持ったホログラムにとって、それはは殺されるも同然で恐怖以外の何ものでも無かったわけよ」

 ここでマサヨシは一旦立ち上がり、デュプリケーターから大きなマシュマロを出してコーヒーに入れてかき混ぜる。
 
「更に彼らを怯えさせたのが、星のオーガの存在でつね。今の状況がバレてしまい、星の国から何らかの攻撃を受けて全滅させられるのではと彼らは考えているわけでつ」

「それでお祖父様とお祖母様に会いたがっていたのか。二人を通じで星の国と交渉、或いは人質として監禁しようと・・・」

―――ドドーン!―――

 上の階から突然音がして騒がしくなった。

 そしてロックされていた施設の扉が一斉にシャッと開く。

 皆何事かと一斉に立ち上がり、天井を見る。

 ヴャーンズはハッとした顔で言う。

「!!そう言えば上の格納庫にはムロが鉄傀儡ごと拘束されていたはず。何とか拘束を解いて暴れておるのかもしれん!行くぞ、ヤイバ」

「はい」

 ヤイバが階段の前まで来ると案の定、壁のようになっていた上への階段の扉は開いており通ることが出来た。年老いたヴャーンズを抱き上げるとヤイバは一気に階段を駆け上がる。

 格納庫では慌てふためくホログラムのゴブリン達が右往左往している。

「いやだ!私は死にたくない!折角芽生えた自我なのに!死んだらまたランダム生成されてしまい自我を失うぞ!」

「誰だ、あんな化け物を施設に転送したのは!」

「誰も転送はしていない。急に霧が発生したかと思ったら化け物が霧の中から出てきたんだ!」

 そこには森の巨人と呼ばれる木の化け物がいた。

 施設の高い天井に頭が付くほどの巨大さで、ハンガーに拘束されているムロの鉄傀儡が玩具の人形のように見える。

 森の巨人はホログラムゴブリン達を叩き潰そうと枝の付いた腕を振り回して暴れている。

「ほろぐらむ達!死にたくなくばビコノカミの拘束を解け!」

 ヴャーンズがそう言うと、ハンガーの後ろに隠れていたゴブリンの一人がタッチパネルを操作してビコノカミの拘束を解いた。

 拘束の解かれたビコノカミは排気口からプシューと薄い煙を出すと目が白く光る。

 ビコノカミの口にあるスピーカーからムロの声が聞こええてきた。

「非戦闘員は安全な場所まで下がっていてください」

 鉄傀儡のフォトンスラスターが稼働し、今まさに巨人に叩き潰されようとしていたホログラムゴブリンを救いだした。

 森の巨人はゴブリンがいたはずの床を力強く叩いて、腕についている何本かの枝を飛び散らす。

「何で幻なんか救ってんだ?馬鹿かあいつは」

 ドリャップはゴブリンを救うムロの傀儡を見て毒づく。

 ドリャップ自身は事の発端となったホログラムゴブリン達を叩き潰したいと思っているのだ。

 ぶつぶつと毒づくドリャップの近くでヴャーンズはにやりと笑う。

(あのお人好し加減が好きで私はムロと一緒にいるのかもしれんな)

「ムロが敵の注意を引き付けている間に、鉄騎士達は攻撃を開始しろ!」

 そう指示を出してゴブリンの大魔法使いは延焼効果のある【火球】を放った。

 直接的なダメージは低いがジワジワと森の巨人の木の肌を焼いてダメージを与えている。

 ムロはゴブリン達が通路へ避難するのを確認すると巨人に向く。機体の胸にある六つの穴からビームが飛び出し、森の巨人を広範囲に焼くが一撃では倒せなかった。

 巨人は怒りだし大暴れして出鱈目に四方八方を攻撃したので、ビコノカミは空中を飛んで回避するが気がつくと、部屋の隅に追いやられていたのだった。

「この巨人、馬鹿じゃないな。いつの間にか退路を塞いでいたなんて。いや、僕が鈍感なだけなのか?ビコノカミ!がら空きの巨人の股の下を潜って後ろに回れ!」

「了解」

 森の巨人は腕から張り巡らした枝を箒のようにして逃げ場を少なくしてビコノカミを掴もうとした。

 ムロをそれを避けさせ股下を通過しようと試みる。

「いかん!それは罠じゃ!」

 森の巨人が股下に逃げ場を作ったのは、敢えて退路を作り敵を誘い込む作戦であった。ドワームがそれに気がついて叫んだと同時にムロの鉄傀儡は森の巨人の脚に挟み込まれていた。

 木と金属がぶつかり合うような音がしてビコノカミのボディは拉げて動かなくなった。

 ヤイバは横でゴブリンの大魔法使いが「ムロ・・・」と心配そうに呟くのを聞いた。そして老魔法使いから急激な魔力の高まりを暴風のように感じる。

「駄目です!ヴャーンズさん!いきなりそんなに魔力を高めた魔法を撃てば今度は貴方がターゲットになりますよ!メイジが敵の矢面に立ってどうするんですか!」

「私は至って冷静だ・・・」

 しかし、言葉とは裏腹に大魔法使いの目には強烈な怒りを宿していた。

「嘘だ!貴方は敵を道連れにして死ぬ気だ!!そんな事、やらせませんよ!ムロさんの救出を優先して攻撃は僕に任せて下さい」

 ヤイバは次々と強化魔法を自分にかけ、能力等をブーストしていく。

 次に様々なスキルを発動させて、如何なる事態にも対応できるようにする。スキルが発動する度に黒い制服がビリビリと震えた。

「カワー、悪いが数秒だけ敵の注意を引きつけてくれ。ドリャップは弓で森の巨人の目を狙って牽制を頼む」

 二人は頷くと直ぐにヤイバの指示に従う。

 まずカワーが巨人を罵倒して挑発し引きつけている。

 巨人は何度か腕でカワーを薙ぎ払おうとするが彼は大盾を使って攻撃を上手に往なしている。

「巨人に比べれば鉄騎士なぞ豆粒みたいなもんじゃのに、あの攻撃に耐えるとは流石はエリートオーガじゃな。というか、あの攻撃に立ち向かおうとする勇気がワシには無いわい」

 ドワームはもしあれが自分だったらどうなっていたかを想像して身震いをした。

 巨人はビコノカミを脚に挟んだまま器用に腰を伸ばすと、カワーを叩き潰す動作に入った。

「させるかよ!」

 ドリャップの逞しい手が引き絞った魔法のロングボウの弦から、ヒュン!と音を立てて無限に現れる魔法の大矢が放たれる。矢は空気を螺旋に引き裂き正確に目を目指した。

「ビンゴォ!」

 ドリャップの矢は狙い通り見事巨人の目に命中して、巨人は顔を押さえて低い声で呻いた。

「高まれ僕の魔力!いでよ【大火球】!」

 顔を抑える巨人の頭上に巨人の頭ほどある火球が現れた。

「なんだあれ!太陽かよ!」

 マサヨシは初めて見る魔法に驚いて物陰に隠れた。

 ヴャーンズは首を横に振ってヤイバの魔法に落胆している。

(凄まじい威力の【大火球】ではあるが、あれだけでは火力不足だ。決定打に欠ける)

 ヴャーンズは追撃をしようと魔法の準備をしたが、それよりも早くヤイバは次の魔法を詠唱した。

「貫け!【水の光線】」

 指先から放たれた―――極限までに水圧を高めた水の光線が大火球を貫くと、巨人の頭上で水蒸気爆発が起きた。

「なに?大火球を爆発させたじゃと?」

 驚くドワームの横でマサヨシは説明する。

「オッサンは良く知ってんだろ?真っ赤に焼けた鉄を水に入れたら激しく蒸気を出して泡立つじゃん?あれの凄い版」

「まじか。なんか鍛冶をするのが怖くなってきたわい」

「いや、鍛冶の熱源程度じゃ爆発はしないでしょ・・・。知らんけど」

 もうもうと立ち込める水蒸気が晴れると、そこには頭を失った巨人が木と化して立ち尽くしていた。

 巨人の緩んだ脚からビコノカミがズリズリと落ち始める。

「ヴャーンズさん、鉄傀儡に【浮遊】を・・・」

「うむ・・・」

 ヴャーンズがビコノカミへ【浮遊】を唱えると鉄傀儡はゆっくりと落下して床に着地した。ゴブリンの大魔法使いは慌てて息子のように思っているムロのもとへと駆け寄る。

 残りの魔法回数を全て使って繰り出した強力な魔法はヤイバのスタミナを大きく奪っていた。普通は魔法でスタミナが減るという事はない。ヤイバは限界を越えて魔力を高め、魔法のパワーレベルを上限以上に上げていたからだ。

 塗り壁のように床に倒れるヤイバを、マサヨシとドワームが体の下で支えてゆっくりと床に寝かせる。

「すみま・・せん。マサヨシさんにドワームさん・・・」

「いいっていいって。ハハッ!」

「喋るな。黙って休んでおけ馬鹿者が」
 
 ドワームの罵倒には「よくやった!」という感じの賞賛が含まれていた。

 ヤイバはドワームとマサヨシに弱々しく微笑むと、ビコノカミの近くでムロの名を呼ぶヴャーンズを見て、心配しながらも気を失ってしまった。
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

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