未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(130)

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 ライジンが光の粒と消えて、再度集まって形作った現人神は十数年という年月を経て再びこの世界に現れた。

「ヒジリ・・・?」

 リツは神の身を捨てたという夫から聞こえる懐かしい声にとても驚き、体が動かない。新しい恋の始まりだと思っていた相手は、再会を諦め忘れようとした愛しい夫だったのだ。

 押し寄せる喜びを、今は戦闘中だという意識で噛み殺し邪神を警戒する。それでもちらりと見た、ヒジリは初めて出会った頃よりも心なしか若く見えた。

「さて・・・世を忍ぶ仮の姿を捨て、この姿に戻ったということは私は神であることを捨ててしまったという事になる。すまないな、ウメボシ。君に全てを押し付けてしまって。成るべく傍観者でいようと思ったのだが、目の前で娘が灰となり、息子が泣いて私に助けを求めているのだ。これを見過ごすのは親として正しくない。そうだろう?」

 何処からか涼しげな優しい声が聞こえる。

「そうですね。きっとこうなるとウメボシは思っておりました。暫くは人として生きて下さい。人生を全うしたらまた神に戻って頂きますからね。マスターはウメボシのものなんですから」

 ハハッ!とウメボシの最後の言葉にヒジリは笑ってから、そっとヤイバの肩に触れた後電撃グローブをバチンと叩き合わせ邪神を険しい顔で見つめる。

「さて、紛い物とは言えその姿は見たくなかったな。立ちたまえ、ヤイバ。君を覆う呪縛はもう消え失せたはずだ」

「はい・・・。あの・・・父上、ワロは・・・ワロティニスは蘇ることが出来なかったのですか?」

「堅苦しいな。父さんでいい。ワロはあそこで命尽きる運命だったのかもしれない。しかし心配はいらない。必ず私が復活してみせる」

 父の自信に満ちた言葉には何も確証は無いが、何故かドクンと喜びで胸が高鳴る。と、同時に呪いが解けたヤイバの心に沸々と怒りが湧きだした。

 怒りの精霊は彼の感情に引き寄せられ憑依するが、ヤイバはいつの間にか精霊をコントロールする術を身につけており自我を失って暴走することが無くなっていた。彼はスキルを何度か発動させながら立ち上がる。

「もう僕は泣き喚かない。父さんがこの世に戻ってきてくれたんだ!これ程心強いことはない!」

 ヤイバの拳に光が集まり、暫くして灰色のオーラを纏う。

「私が邪神の注意を引く。ヤイバはその虚無の拳で邪神を殴れ。恐らくシステムの幾つかにエラーを起こすだろう。後は混乱した邪神を虚無の渦に放り込んで終わりだ」

 これより挑む世界を救う戦いなど大したことでは無い、といった態度でヤイバに指示を出すとヒジリは邪神に向かって走り出した。

 邪神が放つ超音波の範囲を最初から知っているかのようにヒジリは回避し、邪神に近づくと電撃パンチの連打を浴びせた。

 猛烈な攻撃を受けて邪神の装甲は剥がれていく。

 一気に畳みかける事はせず、ヒジリは一旦攻撃を止め距離を取る。手に違和感を感じたからだ。

 邪神の小さなミサイルやレーザービームを最小限の動きで回避しながら自分の電撃グローブを見る。

「やはりか」

 グローブは見えない何かに侵食され、素手が見えていた。

 ヒジリはグローブを外して投げ捨てる。

「触れればナノマシンが侵食してくる。しかしオリジナルのように散布はしないのだな。まだ未完成なのかもしれない。さて・・・十分に邪神の注目は集めた。あのロボットはもう私に恋い焦がれている頃だろう。そろそろいいぞ、ヤイバ」

 邪神は動かずにヒジリに向けてレーザビームを撃っており、背後の何も無い空間からヤイバが現れた事に気がついてはいなかった。

「無駄に人間の姿を模した所為で視野まで狭くなってしまったのは皮肉だったな。さぁやりたまえ!我が息子」

 愛しい妹の死や親しい仲間の死が脳裏にちらつき、怒りは倍増する。拳の灰色のオーラは一掃大きくなった。

 ゆっくりと此方を向こうとした邪神にヤイバは万感の思いと持てる限りの力をぶつけた。

「喰らえ!ワロの仇討ちだ!」

 灰色に輝く拳は邪神の頭部の装甲を砕いて飛ばし、頭を凹ませると一気に胸のコアまで到達する。

 人型の邪神はまさに漢字の凹のような形になり、コアを破壊され機能を停止させた。

「なんという力だ。これでは虚無の渦は必要が無いな」

 そう言いながらもヒジリはジャンクとなった邪神に素早く近づいて後ろ回し蹴りで虚無の渦に放り込んだ。渦は邪神を細かく砕いて吸い込んでいく。

「やった!やったよ!父さん!」

「ああ、よくやった!ヤイバ!」

「貴方!」

「聖下!」

 生き残ったオーガ達がヒジリに飛びつく。エリートオーガ達はヒジリより大きいので彼は鎧で押しつぶされそうになるもパワードスーツがそれを防いだ。

「潰れる!離れたまえ!」

 ヤイバ達はやり過ぎた事に照れながら離れると、イグナがヒジリに飛びついた。

「おかえり!おかえりヒジリ!」

「ああ、只今。イグナは昔と変わらないな」

「ううん、もうオバサンになった。ヒジリは若返ってる!ずるい!」

「ハハハ、確かに。十八の頃に戻っているな」

「ヤイバと二歳しか違わない!」

 カワ―は若い現人神に驚く。

「若いお父さんだこと」

 リツはフフフと笑ってもう一度、愛しい夫に飛びつこうとしたが、洞窟のあちこちでバシュっと音がした。

 ヘラヘラと笑う複数の人影は、ヒジリと同じくパワードスーツを着ている。

「おやおや~?良いんですか~?カイン資源開発庁長官。我らのようなはみ出し者と手を組んだりして。転送ポイントを解放してくれた事は感謝しますけど」

「構わん。利権は山分けにしてやる。だからヒジリとヤイバを倒せ!そいつらは計画の邪魔でしかないからな」

「そうですか。じゃ、ちょっくらやりますか!」

 ヤイバが驚き見る彼らはそれぞれが強力なパワードスーツを着ている。

 一人ひとりがもしかしたらヒジリ級の強さかもしれない。沢山の悪の神を前にヤイバは不安そうに父を見るも、ヒジリは腕を組んで余裕な態度を見せるばかりだった。

「父さん・・・?大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ない」

 ヒジリがそう言った直ぐ後に、洞窟内が赤く光る。

「惑星法違反者を確認。惑星間パトロール隊を緊急転送します」

 紳士的な声が辺りに響いたと思うと、更に沢山の星のオーガが現れる。彼らはならず者と違って青い制服を着ていた。責任者らしき一人が叫ぶ。

「転送阻害粒子散布!犯行現場を確認!確保ーーー!」

「げぇーー!惑星間警察!」

 慌てて逃げ惑うならず者達を警察は銃の形をしたパラライザーで麻痺させていく。

 麻痺して倒れた所を取り押さえられたカインは叫んだ。

「放せ!私は地球政府の資源開発庁長官カインだぞ!無礼者め!放せ!」

「じゃあ尚更質が悪いじゃないですか、大人しくしなさい!カイン長官殿」

 くそ!くそ!と怒り狂い、長い金髪を乱してカインはヒジリを睨む。

「どうやって通報したのだ!カプリコンは撃ち落とした!監視衛星も支配下に置いたはずだ!」

「何故か?それは私が神だったからだとしか言いようがない。君たちがマナを大量に吸い上げていたのを私が気づいていないと思っていたのか?神であった私は父に連絡することなど容易なのだ。夢枕に立てば良いのだからな」

「神・・・?精神生命体だったからだと?!こんなデタラメで斜め上を行く終わり方があるものか!」

「残念ながら、事実なのだから仕方がない。さぁ彼らを連れて行ってくれ給え、惑星間警察の諸君」

「ご協力感謝します!ヒジリ殿!」

 警察官達は有名な惑星ヒジリの主に敬礼をすると転送阻害粒子をカプリコンに回収させ転移していった。

「お久しぶりです、ヒジリ様。少々待たせてしまって申し訳ありません。アップデートや微調整に時間がかかりまして・・・。それにしても正宗様が大破する前に整備申請用のバックアップデータをとってくれていなければ、私は幾らか記憶を失うところでした」

 地球で新しく生まれ変わったカプリコンがヒジリに感謝を述べる。

「ああ、それは運が良かった。君がいなければもう少し解決が遅れたかもしれない。来てくれて助かったよ」

 ブツブツと独り言のように喋る父を見て、例の隠れ家と話をしていると理解はしているがヤイバには奇妙に見える。

「父さん、お話中悪いのですが生き返らせることが出来る者を生き返らせて貰えませんか?」

「そうだな。カプリコン頼む」

「解りました。しかし残念ながらワロティニス様は・・・・」

「解っている。彼女以外を頼む」

 暫く間があって、白い光が洞窟内を照らすとまずヴャーンズが蘇りムロが歓喜の声を上げる。

 ムクリと起き上がったヴャーンズはしかめっ面だった。

「老い先短い私のためにどこの間抜けが大金を支払ったのだ?・・・おや?陛下!という事はこれは・・・神の奇跡か!あぁ!ムロ!」

 両手を広げハグを待つ血塗れのヴャーンズを、ムロは嫌がる事もなく嬉しそうに抱きしめた。

「良かった!ヴャーンズさん!」

 抱き合う二人を見てヤイバの顔は綻ぶ。

(あの二人は本当に親子のようだ。僕達も有るべき家族の形に戻った・・・・。ワロさえいれば・・・)

「おい、ヤイバ。マサヨの意識が戻らないのだが?」

 カワーはマサヨを抱きかかえて連れてきて地面に置く。

 ヤイバは気を失っているだけだろうと思ったがどうも様子がおかしい。

「どういうことですか?」

「完璧に回復したはずだが・・・。なぜ彼女の意識は戻らない?カプリコン」

「はい・・・。それがよく判らないのです・・・。まるで魂が抜けたかのように意識が戻りません」

「魂が抜けたかのようにだと?」

 魂と聞いて、ネクロンマンサーの術も知るイグナはワンドをマサヨにかざした。そして悲しい顔をしてヒジリを見る。

「マサヨの魂はもうこの世界には無い。成仏とは違う別の理由で」

「彼は異世界人だったから、魂も異世界に戻っていったって事かね」

「多分そう。悲しまないでヤイバ」

「はい・・・」

 もうマサヨには会えないかもしれない。口も態度も悪かったがどこか憎めない彼女の魂は元の世界に戻ってしまったのだ。ここにあるのは完璧な状態を保つ生きた屍のようなものだ。

 静かにマサヨとの思い出を振り返るヤイバの隣でイグナが何かを閃いて呟いた。

「この体・・・使えるかもしれない・・・。直ぐ近くにワロティニスの魂が漂っている。その魂をこの抜け殻の体に入れれば・・・。ワロティニスは蘇る事と同じになる。でも見た目はマサヨ・・・。いい?ヤイバ、ヒジリ」

 ヤイバは父に意見を求めるように見る。

「現状、灰となった彼女を蘇らせる手段は乏しい。蘇らせてみせるとは言ったが彼女を完璧に蘇らせるとなるとかなりの時間を費やすだろう。私は今すぐに娘に会いたい。なのでどんな形であれ復活を歓迎する」

「僕も直ぐにワロに会いたい!」

「解った・・・」

 イグナは深呼吸するとワンドを上に向けて振った。暫くすると白い人影が空間から滲み出てきた。ぼんやりとワロティニスを形どったその陰は、イグナのワンドに誘われるようにマサヨの体に重なる。

 マサヨの体に入ったワロティニスはゆっくりと目を開けた。マサヨとなったワロティニスの目には涙目で此方を覗き込む兄と自信に満ちた笑顔の父がいた。

「お兄ちゃん!・・・お父さん!?」

 ワロティニスは白いリボンをピコピコとさせて驚き、二人に抱きつく。自身が復活できた嬉しさと父がいることの驚きで彼女は鼻水を垂らしながら喜ぶ。

「お父さんが帰ってきた!お母さんも絶対喜ぶよ!きっとワーワー泣きながら喜ぶよ!泣き虫だから!」

「良かったやないか、ワロちゃん。見た目はマサヨでアレやけど堪忍したってや」

「クロスケ!」

 虚無の渦に消えていったはずのクロスケが何事も無かったようにそこにいた。前から皆の輪の中にいましたが何か?と言いたそうな目をしている。

「さよならグッバイアディユーこの世界、みたいな感じでワイは虚無の渦に消えたんやけど、実は未練たらたらでこっそりと自分のデータを記録媒体に移して、渦に近づく前にプリッと尻から射出してたんや。カプリコンさんがそれを見つけて再構成してくれはった。流石は我らが癒やしの紳士。ほんま感謝やで」
 
 ヤイバは寂しそうな顔で言う。

「結局、この戦いでいなくなったのはマサヨさんだけか・・・。ワロが死んで一番激昂してたのはマサヨさんだったんだよ。魔法職なのに頭に血が昇って杖で殴り掛かるなんて彼女らしくないけど・・・あの時止めてさえいれば・・・」

「逝ってしまった者を想ってずっと悔やんでいても仕方がない。彼・・・彼女は私と初めて出会った頃とはまるで別人のように成長していた。私の印象では彼は人を思いやって行動をするような人間ではなかったのだ。きっとヤイバ達と出会って良い意味で変わっていったのだろう。そして彼からもヤイバ達は学べることはあったはずだ。彼から学んだ事を生かしてこれからを生きていくのが彼への供養となろう」

「何かマサヨから学べることなんてあったかな・・・。そういえば、将来お兄ちゃんを喜ばせられるかもしれないからって、何故かさくらんぼのヘタを舌でちょうちょ結びにする練習はさせられたけど・・・」

 マサヨの顔をしたワロティニスがそう言うと実に奇妙な感覚に襲われる。

「馬鹿!マサヨさんは灰になったワロを真っ先に蘇らせようとしたんだぞ!恩知らずな事を言うもんじゃないよ!」

「ごめんなさい・・・」

 妹のシュンとする仕草にヤイバはドキンとする。マサヨに意見すると逆ギレされる事が多かったのでこういう表情をあまり見たことが無かったからだ。中身は妹、見た目はマサヨ。

(駄目だ・・・頭が混乱する・・・)

 喜んでいいのか悲しんでいいのか判らなくなった混乱するヤイバの背中をカワーが軽く叩く。

「さぁ帰ろうか、我らが城へ。戦いの最中に情けなく泣き喚いて蹲っていた親愛なる友よ」

「うわぁ!それを言わないでくれ!あの時は呪いで心が弱ってたんだ!」

「そういうことにしといてやるよ」

「くそ!」

 ラフなオールバックをかき上げ、にやりと笑うカワーの顔はやはりどう見ても悪の副官だった。

 二人のやり取りを見たヒジリはハハハと笑い、その声は全てが解決して静かになった遺跡に響いた。
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