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禁断の箱庭と融合する前の世界(138)
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死ぬリスクがあると聞いてイッチもキャンデも心が折れそうになった。
愛する人の為、とは言ってもやはり寿命を全うする事を最優先する生物としての自分が死を拒む。
しかし、いち早く覚悟を決めたのはキャンデだった。ガラス管の薄青い培養液の中で浮く父親の姿を思い出して心を奮い立たせる。
「私、お父ちゃんを助けたいもん!やる!」
その声にイッチも後押しされたのか、キャンデに続いた。
「死ぬと限ったわけじゃないですし、僕もやります。それに未来でエリート種が増えているということは、ここで上手くいったって事ですから!」
「ではカプセルの中にお入りください。痛み等はありません。一瞬ですので直ぐに終わります」
覚悟を決めた二人はお互いの顔を見て頷くとスタスタと歩いてカプセルの中に入った。
「それでは開始します・・・終了しました」
「はやっ!」
二人の決意とは裏腹に、死のリスクが伴う遺伝子改造はあっという間だったのでマサヨシはずっこける。
扉から出てきた二人に変わった様子はない。二人とも手や足を見ながら変化はないかと探しているが何もなかった。
「なんだか期待はずれだな。緑色になって筋肉がモリモリするとか、拳から爪が生えたりするかと思ったんだけど、オフフ」
「良かった・・・。死ななかった・・・。運命の神に感謝・・・。これで僕たちは変われたのでしょうか?ちゃんと父上を納得させられるの・・・かな?」
「君の父上は能力持ちだから直ぐに解ると思うよ。さぁ、ギリスに帰ろう」
「はい!」
「うん!」
「ありがとう、アリエスさん!」
「出来れば少しの間、二人の経過を見たかったのですが・・・。修復用ナノマシンの供給をありがとうございました、ヤイバ様。皆様も道中が平穏でありますように」
一同が別れの挨拶を終えると、アリエスは皆を絶望平野のクレーターまで転移した。
「それではさようならです。数世紀後にお会い出来る事を願っています、未来からの皆様」
それを最後に、アリエスは眠りについたのか声は聞こえなくなってしまった。
マサヨシはポツリと呟く。
「未来で会ってないから、その願いは叶わないけどな・・・」
「それにしても意外と簡単でしたね。死ぬ可能性があると言われた時は驚きましたが、二人が無事で本当に良かった」
「ほんとねぇ。一瞬だったから冷や冷やする暇は無かったけどぉ」
「これも皆様のお陰です。本当になんとお礼を言っていいのやら・・・」
「おいおい、まだ旅は終わってねぇぞ。遠足はお家に着くまでが遠足だろ?ところでヤイバ。その背中のはち切れそうなリュックの中身はどうすんだ?折角だしゴデの街で派手に使っていこうぜ。どうせ樹族国じゃ使えないんだしよ」
「私もさんせ~い。そのお金で買い物した~い」
ワロティニスが手を上げて、飛び跳ねる。
「でも、二人を早くギリスに送らないと・・・」
「どの道、もう数時間で日が暮れますし、宿屋を探さないといけないから問題無いですよ?ね、キャンデ」
「うん。お父ちゃんが助かるのは間違いないしね!」
悩みの無くなった二人の表情は明るかった。途端に空気がワッ!と軽くなる。
皆してヤイバが下ろしたチタン硬貨の詰まったリュックを囲んだ。
「では公平に硬貨を配りますね」
「おうよ」
「でもゴデの街の貧民街は避けたほうがいいかもねぇ。スリやならず者が多いから」
粘っこくてセクシーな鼻声のフランが危険を忠告しても危険な感じはしないが、一同は頷いた。
ワロティニスは兄の腕に抱き着く。
「過去の世界で買い物なんて不思議な感じがする!お兄ちゃん!買い物に付き合ってね?」
「ああ、勿論だよワロ(おほぉ!ワロちゃんとデートぉ!)」
「僕も一緒するよ」
カワーが兄妹の会話に入ってくる。
ヤイバは内心では下唇を噛んで白目を剥き、空気の読めない友人に怒りの念を送った。
(二人きりのデートの邪魔をするんじゃない!)
と、念を送ったが果たして友人に届いただろうか?
「あら、だめよぉ。カワー君は私達と来てくれないと。こっちじゃ私達奴隷なんだから、オーガの引率無しだと襲われるかもしれないじゃない・・・」
「(ナイス!フランさん!)頼めるかい?カワー。親友の君なら安心して皆を任せられるよ」
「親・・友・・・・。フ、フン!君がそこまで頼むのなら聞いてやっても良いが?貸しだからな!」
二人のやり取りを見て、カワーはチョロイなとマサヨシは心の中のノートに書き込むと言った。
「俺は単独で行動させてもらいます」
「どうせ変な所、行くんでしょ!マサヨシはスケベだから!」
「おいぃ!君ぃ!小さな子供の前でそういう事言っちゃいかんよ!おじちゃんはね、ワロちゃん。日頃のストレスを発散しにだねぇ・・・。まぁいいや。じゃあ街について二時間後に富裕層街の南側の門前で集合な?宿屋はヤイバに任す」
「はーい!」
分けてもらったチタン硬貨の袋はズシリと重い。イッチやキャンデに限っては持っただけでフラフラするほどだった。
「私、こんなにお金を持ったこと無いー。何でも買えるなんて夢みたい!」
キャンデは飛び跳ねて喜ぼうとしたが、袋が重すぎて地面から足が浮かなかった。それを見たヤイバは一旦お金を預かるとキャンデを抱き上げてゴデの街を目指した。
絶望平野が恐ろしい場所ではないと解ったので、一同はゴブリン谷を左手に見下ろしながら進んでいく。
谷を見下ろす崖には誰が付けたのか、太い丸太の柵が谷の終わりまで並んでおり安全だった。
恐らくこの柵はドーラさんが設置したのだろうとヤイバは勝手に想像した。力のあるビコノカミであれば柵を設置するのは簡単だ。
「何でこいつら絶望平野に住まないんだろ。今はまだ平和なんだろ?」
暗い谷底を蠢くゴブリン達を見てマサヨシは呟く。
「谷の方が栄えてるからでしょう。この迷いやすい森に慣れたゴブリンは絶望平野で暮らしていると思いますよ。でも時折上空をワイバーンが飛んでいますし、完全に安全ってわけでも無さそうですけど」
そんな話をしているとゴブリン谷は浅くなり、ゴデの街の南門が見えてきた。
未来ではグランデモニウム王国の国民の殆どがアンデッド化し、南門でシルビィさんやシオさんがそのゾンビを相手に奮闘するとは誰も思っていないだろうなと考えながらヤイバは、門の横を通り過ぎ貧民街を迂回して東門を目指した。
東門から入ると、富裕層街の門は北側にすぐある。
門から見える中は華やかで貴族のオークやゴブリン、魔人族が店でお茶を楽しんだりしていた。
「ようこそ、帝国の方。おや、そちらは奴隷ですかな?奴隷を連れている場合は保証金が高くなりますがよろしいでしょうか?」
気の良さそうなオークの門衛が手揉みをしながら話しかけてきた。
ヤイバがお金を払おうとしたがカワーが止める。
「待て、少し様子を見ようではないか。保証金など本当は無くて、この門衛の懐に入るだけかもしれないぞ」
あまり他人を疑わないヤイバをカワーは引き止める。ヤイバは友人の助言に従って、門から一旦離れて様子を見てみた。
富裕層街に住む貴族は勿論保証金など払わずに顔パスで通れる。
しかし初めて来たような商人や旅人等は門衛に引き止められ保証金を要求されていた。奴隷のいる場合はヤイバ達と同じ事を言われているのを確認し、騙されていない事を知る。
「大丈夫みたいだな。でもありがとうカワー。僕は直ぐに他人を信じてしまうので、君みたいな親友がいてくれるととても助かるよ!」
「親・・・友・・・・。フン!これも貸しだからな!」
生まれつき悪人顔のカワーは、更に邪悪な笑みを浮かべてそう言ったので、近くにいたオークやゴブリン達は怖くなって後ずさりする。
門衛の言う額の保証金を渡すとすんなりと中へ入れてくれた。奴隷含め一人につきチタン硬貨十枚。マサヨシは驚く。
「地球だと一人百万円くらいか。皆で七百万円!ほえ~!」
「その単位は判りませんが、帰る時に返してくれますよ。富裕層街に相応しいだけの財力があるかどうかを証明するためのものですから。ただし、何か騒ぎを起こしたら戻ってこないので気をつけて下さいよ」
「マサヨシが一番騒ぎ起こしそうだもんね」
「ワロちゃん~、もっと俺を信用してよぉ~。あんまりボキを虐めるとマサヨの気持ちい所、ヤイバに教えちゃうよ?オフッオフッ!」
「あほーーー!」
「オフフフフ!」
顔を真赤にするワロティニスにポカポカと殴られながら、マサヨシは「てへへ、退散退散!」と言いながら娼館が立ち並ぶ通りへと消えていった。
「やっぱり変な所へ行くんじゃん!」
ワロティニスはそう言って石畳を踏み鳴らした。マサヨシと記憶を共有しているワロティニスは徐々に彼を身近に感じるようになっていたのだ。
石畳を踏み鳴らしたのは、如何わしい場所へと向かうマサヨシへの心配とちょっとした焼きもちの現れだということを本人は気がついていなかった。
高級ホテルで人数分の部屋を予約したヤイバはホッと一息つくと、ホテルのロビーにあるビロードの椅子に腰を掛けた。
「一人チタン硬貨二枚・・・。これでも安い方なんだろうな・・・」
「お疲れ様、お兄ちゃん。じゃあ次は私の買い物ね?」
「何を買う?ワロ」
「勿論、服だよ!」
「でも、この時代の服はレトロ過ぎて現代に戻った時に笑われやしないだろうか?」
「うん・・・皆胸元に変なフリルみたいなのがついてるしね・・・」
「ワロの服はこの時代でもあまり違和感が無いね。そのエプロンドレスはメイドさんみたいで可愛いよ」
「ほんと?お兄ちゃん、こういう服が好きなの?」
「まぁ好きか嫌いかって言われれば、好きだな」
「なんだ~。だったら、マサヨになる前にお母さんの服借りて着とけば良かった~」
「いいんだよ、ワロはワロで。お兄ちゃんはワロがどんな姿になってもワロの事が好きなんだし。・・・以前の見た目も好きだったけど、一番惹かれるのはワロの可愛らしい性格や魂なんだと思う」
「嬉しい!お兄ちゃん!」
そう言ってワロティニスは兄に抱きついてほっぺにキスをした。
「さ、一休みしたし買い物に行こうか」
「うん!」
ホテルから出て兄の腕に手を通すも腕の位置が高いのでぶら下がるような形になる。
「ぶー!やっぱり前の体のほうが良かった」
百六十センチほどしかないワロティニスと三メートルもあるヤイバでは仕方がない事である。
ヤイバはむくれる自分を抱き上げて歩き出したので、嬉しそうに兄の首に手を回した。
「マサヨになって良かった!」
ついさっき言った言葉を覆し、エヘヘと笑う妹にヤイバはキュンとする。
適当な服屋を見つけるとワロティニスは兄から飛び降りて、店頭のワゴンにある服を手に取った。
「お兄ちゃん、これどうかな?」
服の上から充てがったドレスは今のオークの流行りの服であった。胸元が大きく開いておりちょっとした動作で胸が見えかねない。
「ちょっと下品かな」
その時、ヤイバの潔癖症センサーが反応する。誰かが吐き捨てた唾が足元に飛んできたのを感知し避けた。
唾を吐き捨てた主を見ると、ヘカティニスそっくりであった。
「あだ?すまねぇど。アクビしてたら急に口の中に虫が飛び込んできたもので」
「お母さん?」
思わずワロティニスがそう言ってしまうほどそっくりなのだ。髪型こそ、おさげだが顔はほぼ同じと言える。戦士なのか軽鎧を装備しており、腰には曲刀を下げていた。
「おではまだ未婚だ。失礼な!え?お前が嫁にしてくでる?あでぃがとうございます、帝国の方」
何も言っていないヤイバの腕に女は抱きついた。
「ちょっと!お母さん!お父さんがいない時、そうやっていつもお兄ちゃんのこと狙ってたんでしょ!」
「おではお前のお母ちゃんじゃないし、結婚もしでいない!」
「お兄ちゃんから離れてよ~!」
「だめだ。この男はおでのものだ。こんなに・・・ミ・・・ミ・・・ミリキ(魅力)的な男はそうそういないかだ!」
しかし、ヤイバを狙っていたのはこの女だけでは無かった。通りに出た途端、ヤイバはオーガの女達の注目を集めていたのだ。
「おでだって、その男が欲しい!」
「アタイも!」
「私も!」
「おいも!」
「フンガー!」
色んなタイプのオーガの女が集まってきた。筋肉隆々の男のような見た目の者、鋼のように鍛えられた細身の女、ドワーフのようにずんぐりむっくりした女、オーソドックスなオーガの女といった感じの者も数名。
「おおごとになってきた!」
ヤイバは焦る。あまり騒ぎを起こし乱闘騒ぎにでもなれば保証金は返ってこない。あのお金は貧民街の孤児院に寄付するつもりなのだ。
(どうする?眠らせるか?いや、それはそれで騒ぎになる。やはりここは逃げるが勝ち)
そう言うと素早くヘカティニスそっくりな女を振りほどき、魔法を唱えた。
「【高速移動】【風の動き】!」
ブワッと風が巻き起こったかと思うと、オーガの女たちの前からヤイバとワロティニスの姿が消えていた。
「なんだ、オーガメイジか。じゃあ弱いど。解散解散!」
「がっかりだなー。見た目は最高だったのに」
「フンガー」
なんとかオーガ達を撒いたヤイバとワロティニスは直ぐ近くの建物の入り口で通りの様子を窺っていた。
すると背後から声が聞こえる。ゴブリンが手揉みをしながら話しかけてきた。
「らっしゃい!一服していったらどうですか?今ならお安くしときます」
「そうだな。お茶でも飲んでから買い物に出直そうか、ワロ」
「うん。私も喉がカラカラ」
「夏真っ盛りですからねぇ。お客さんも真っ盛りなんつってフヒヒヒ」
「???」
「さぁどうぞどうぞ!中の部屋にどうぞ。お代は鉄貨一枚です」
席チャージ料金を取る店なのかと思ったが、冷たい飲み物がすぐに飲みたかったヤイバは黙ってお金を渡すとゴブリンは毎度ありぃー!と威勢よく言って部屋まで案内してくれた。
部屋の中に入ると、テーブルの上にひょうたんとコップが置いてあった。ひょうたんは表面から少しずつ中の水を蒸発させるので、水は気化熱により冷えていた。
ワロは二つのコップに水を注ぐと、喉がカラカラだった二人は勢い良く飲む。
「ふー!美味しいねー!」
「多分、どこかで汲んできた名水なんじゃないかな」
「あれ、魔法水晶に何か映ってるよ?」
ワロティニスとヤイバがそれを覗き込むとゴブリンの男女の営みが映し出されていたのだ。
「わっーーー!なんでーーー?」
「みちゃダメだ!きっと何かの間違いで映し出されたのだろう」
ヤイバは急いで魔法水晶に触れて消し、ドキドキしながら部屋をよく観察する。
壁には豊穣の神マララーのレリーフが飾ってあった。棚には怪しげな大人の玩具が置いてある。
ヤイバは帝国図書館であらゆる知識を詰め込んでいるので段々と解ってきた。
「こ・・・ここは・・・子作りの館!」
「えーーー!」
二人に気まずい空気が流れ、お互いの鼓動が聞こえてくるんじゃないかと思えるほど心臓が高鳴った。
ワロティニスは十四歳とは言え、マサヨの体自体は十八歳くらいだ。更にマサヨシが女だった時の、ヤイバに対する淫らな妄想も共有している。
マサヨシにその話をすると、頭を抱えてヴヴヴヴ!と呻き「黒歴史だぁぁぁ!」と言っていつも逃げてしまう。
「お兄ちゃん、私ね・・・エッチな事知ってるよ・・・。マサヨシが女の子だった時、いつもお兄ちゃんを見て変な妄想してたから・・・」
「なん・・・だって?くそ・・・マサヨシさんめ!僕の可愛い妹の心を汚したな!」
「でも・・・私もそういう事はちょっぴり知っていたから・・・。友達がそういう絵草紙持ってたし・・・」
「それは・・・僕たちはそういう年頃なんだし仕方ない事だよ」
「ねぇ・・・お兄ちゃん。私達いつか結婚するんだよね?」
「勿論さ。もう少し大人になってから父さんにちゃんと話をして・・・」
「お父さんは変わり者だから何となくだけど・・・私達がお互い愛し合ってることを理解してくれそう。でもお母さんたちはどうかな・・・」
「う・・・。母上は許してくれないだろうな・・・」
「もしそうなったら・・・」
―――ドゴーン!―――
外から破壊音が聞こえてきた。
「霊山オゴソのドラゴンだぁぁ!」
逃げ惑っているであろう誰かの声にヤイバは耳を疑った。
「馬鹿な!若いドラゴン以外は無闇に人を襲ったりはしない!自分の縄張りを持つ成竜が街を襲うなんて!」
「行こう!お兄ちゃん!町の人達じゃドラゴンを倒すのは無理だよ」
ヤイバ達は子作りの館を急いで出て、音のする方へと走った。
屋根の上に口から黒煙を上げるファイアードラゴンがいた。今にも炎を吐き出しそうだ。
「【氷の壁】!」
炎を吐き出した口の前に【氷の壁】をヤイバは作り出した。
炎は氷の壁に遮られて何も焼くことは出来なかった。しかしそう簡単には溶けないヤイバの氷の壁も夏の暑さを威力に乗せた火竜の炎を前にして暫くして溶けてしまった。
「誰だ!俺様の邪魔をする奴は!」
「僕だ!ドラゴンは好んで人は襲わないはずだぞ!」
「ああ、そうさ。普段はお前ら小虫にこれっぽっちの興味もない!だがな!我々が暴れる理由は大体解っているだろう?この街に俺の宝を盗んだ盗人がいるのだ!宝を返せば大人しく帰ってやる。さもなくば犯人を見つけるまでこの街を焼き尽くすまでだ!」
ヤイバは思う。知性のあるドラゴンとこれまで対峙した時、彼らが暴れる原因を作っているのはいつも人なのだ。ドラゴンの宝を盗んだり、無理やりどこかへ連れて行ったりしない限り、彼らはいつも大人しく眠っている。
「何でこの街のものが犯人だと解った?」
「馬鹿め。我々には心を読む術が有るのを知らんのか?宝が一つ無い事に気が付き、探し回っている時にこの街の上空で我が宝の話をする者の声を聞いたのだ!しかし、我らにはお前ら虫けらの見分けなどつかん!だからこうやって纏めて焼いてあぶり出しているわけだ!」
「宝とは何だ?」
「強力な魔法を帯びたチタン製のナイフだ!」
「その宝の話をしていた者が犯人とは限らないじゃないか!」
「うるさい!そう思うならお前が犯人を探してこい!日暮れまで待ってやる」
「僕が?」
「そうだ、お前が、だ!お前は俺様の邪魔をしたからな!お前が責任を持って探してこい!」
ヤイバはふと周りを見回した。
ヘカティニスにそっくりな女は怯えながらも期待を込める様な目でこちらを見ていた。ざっと見たところ、竜殺しレベルの冒険者や戦士は今はいなさそうだ。そうそう都合よく腕利きの戦士や冒険者が街にずっと滞在しているわけもなく・・・。
(このドラゴンは被害者だ。倒すのは可能だがそれでは後味が悪い。それにこのヘカ母さんにそっくりな人はきっとワロのご先祖様か何かだ。ここで死なれたら・・・)
「いいだろう!その代わり、結果がわかるまで誰も傷つけないでくれ!」
「いいぞ、さぁ探せ」
そう言うとドラゴンは屋根の上で寝そべり、静かに眠りだした。
「とは言ったものの・・・。僕は【読心】が苦手なんだよなぁ。かなり近寄らないと他人の心の声が聞き分けられない」
さてどうやって犯人を探すかと悩んでいると、カワーがゴブリンの貴族の子供の襟首を掴んで現れた。子供は左手にはチタン製のナイフを持っている。
「ナイフを返せよ!僕は貴族だぞ!帝国の高官にも知り合いが多い貴族だぞ!」
ゴブリンの子供はジタバタと暴れる。
「まさか、その子が・・・?」
「ああ、ドラゴンが宝の話をしている時に、ナイフを掲げて仲間に自慢している馬鹿が近くにいたのだよ」
―――ズドーン!―――
竜が屋根から降りてきた。石畳がベコッと凹ませて着地すると、ドラゴンはカワーの持つナイフをクンクン匂って言った。
「これだ!・・・この小僧か?ナイフを盗んだのは!」
「そうだ!驚いたか!アホドラゴンめ!俺の雇った盗賊は優秀なんだキャらな!」
「そうか、それは良かったな。では裁きを受けてもらうぞ!」
火竜が牙を見せてゆっくりとゴブリンの子供に噛み付こうとした。勿論ヤイバはそれを黙って見過ごしはしない。
「おい!宝を返せば大人しく帰ると言っていたのに話が違うぞ!ドラゴン!」
「お前達の世界だって盗人に罰を与えるだろう。だったら俺様が罰を与えて何が悪い?」
ヤイバは言葉に詰まる。ドラゴンは何も理不尽な事は言っていない。盗みを働けば、その場で捕縛されたり、最悪殺されても文句は言えない。
「相手は子供なんだし・・・その・・・幾らか許してやってくれないか?ほら、君も謝るんだ!」
「誰が謝るかアホ!盗まれる間抜けが悪いんだろうギャ!」
「このとおりだ、賢きオーガメイジよ。小僧は反省などしていない」
「くっ!君も何でそこまで強気でいられるんだ!ゴブリンの子供!」
「教えてやる!僕が強気なわけをな!」
そう言ってゴブリンの子供はフリルの付いた袖をめくって奇妙な形のブレスレットを掲げた。
「来い!光の巨人!」
耳をつんざく雄たけびがどこからか聞こえた。
「ジョワァァ!」
何の雄叫びだろうか?空気を引き裂いて聞こえてきたその雄たけびと共に、光の粒子が街の上空に集まってくる。
眩き光の中に巨人の形が見え始め、街は人々の悲鳴で騒がしくなった。
愛する人の為、とは言ってもやはり寿命を全うする事を最優先する生物としての自分が死を拒む。
しかし、いち早く覚悟を決めたのはキャンデだった。ガラス管の薄青い培養液の中で浮く父親の姿を思い出して心を奮い立たせる。
「私、お父ちゃんを助けたいもん!やる!」
その声にイッチも後押しされたのか、キャンデに続いた。
「死ぬと限ったわけじゃないですし、僕もやります。それに未来でエリート種が増えているということは、ここで上手くいったって事ですから!」
「ではカプセルの中にお入りください。痛み等はありません。一瞬ですので直ぐに終わります」
覚悟を決めた二人はお互いの顔を見て頷くとスタスタと歩いてカプセルの中に入った。
「それでは開始します・・・終了しました」
「はやっ!」
二人の決意とは裏腹に、死のリスクが伴う遺伝子改造はあっという間だったのでマサヨシはずっこける。
扉から出てきた二人に変わった様子はない。二人とも手や足を見ながら変化はないかと探しているが何もなかった。
「なんだか期待はずれだな。緑色になって筋肉がモリモリするとか、拳から爪が生えたりするかと思ったんだけど、オフフ」
「良かった・・・。死ななかった・・・。運命の神に感謝・・・。これで僕たちは変われたのでしょうか?ちゃんと父上を納得させられるの・・・かな?」
「君の父上は能力持ちだから直ぐに解ると思うよ。さぁ、ギリスに帰ろう」
「はい!」
「うん!」
「ありがとう、アリエスさん!」
「出来れば少しの間、二人の経過を見たかったのですが・・・。修復用ナノマシンの供給をありがとうございました、ヤイバ様。皆様も道中が平穏でありますように」
一同が別れの挨拶を終えると、アリエスは皆を絶望平野のクレーターまで転移した。
「それではさようならです。数世紀後にお会い出来る事を願っています、未来からの皆様」
それを最後に、アリエスは眠りについたのか声は聞こえなくなってしまった。
マサヨシはポツリと呟く。
「未来で会ってないから、その願いは叶わないけどな・・・」
「それにしても意外と簡単でしたね。死ぬ可能性があると言われた時は驚きましたが、二人が無事で本当に良かった」
「ほんとねぇ。一瞬だったから冷や冷やする暇は無かったけどぉ」
「これも皆様のお陰です。本当になんとお礼を言っていいのやら・・・」
「おいおい、まだ旅は終わってねぇぞ。遠足はお家に着くまでが遠足だろ?ところでヤイバ。その背中のはち切れそうなリュックの中身はどうすんだ?折角だしゴデの街で派手に使っていこうぜ。どうせ樹族国じゃ使えないんだしよ」
「私もさんせ~い。そのお金で買い物した~い」
ワロティニスが手を上げて、飛び跳ねる。
「でも、二人を早くギリスに送らないと・・・」
「どの道、もう数時間で日が暮れますし、宿屋を探さないといけないから問題無いですよ?ね、キャンデ」
「うん。お父ちゃんが助かるのは間違いないしね!」
悩みの無くなった二人の表情は明るかった。途端に空気がワッ!と軽くなる。
皆してヤイバが下ろしたチタン硬貨の詰まったリュックを囲んだ。
「では公平に硬貨を配りますね」
「おうよ」
「でもゴデの街の貧民街は避けたほうがいいかもねぇ。スリやならず者が多いから」
粘っこくてセクシーな鼻声のフランが危険を忠告しても危険な感じはしないが、一同は頷いた。
ワロティニスは兄の腕に抱き着く。
「過去の世界で買い物なんて不思議な感じがする!お兄ちゃん!買い物に付き合ってね?」
「ああ、勿論だよワロ(おほぉ!ワロちゃんとデートぉ!)」
「僕も一緒するよ」
カワーが兄妹の会話に入ってくる。
ヤイバは内心では下唇を噛んで白目を剥き、空気の読めない友人に怒りの念を送った。
(二人きりのデートの邪魔をするんじゃない!)
と、念を送ったが果たして友人に届いただろうか?
「あら、だめよぉ。カワー君は私達と来てくれないと。こっちじゃ私達奴隷なんだから、オーガの引率無しだと襲われるかもしれないじゃない・・・」
「(ナイス!フランさん!)頼めるかい?カワー。親友の君なら安心して皆を任せられるよ」
「親・・友・・・・。フ、フン!君がそこまで頼むのなら聞いてやっても良いが?貸しだからな!」
二人のやり取りを見て、カワーはチョロイなとマサヨシは心の中のノートに書き込むと言った。
「俺は単独で行動させてもらいます」
「どうせ変な所、行くんでしょ!マサヨシはスケベだから!」
「おいぃ!君ぃ!小さな子供の前でそういう事言っちゃいかんよ!おじちゃんはね、ワロちゃん。日頃のストレスを発散しにだねぇ・・・。まぁいいや。じゃあ街について二時間後に富裕層街の南側の門前で集合な?宿屋はヤイバに任す」
「はーい!」
分けてもらったチタン硬貨の袋はズシリと重い。イッチやキャンデに限っては持っただけでフラフラするほどだった。
「私、こんなにお金を持ったこと無いー。何でも買えるなんて夢みたい!」
キャンデは飛び跳ねて喜ぼうとしたが、袋が重すぎて地面から足が浮かなかった。それを見たヤイバは一旦お金を預かるとキャンデを抱き上げてゴデの街を目指した。
絶望平野が恐ろしい場所ではないと解ったので、一同はゴブリン谷を左手に見下ろしながら進んでいく。
谷を見下ろす崖には誰が付けたのか、太い丸太の柵が谷の終わりまで並んでおり安全だった。
恐らくこの柵はドーラさんが設置したのだろうとヤイバは勝手に想像した。力のあるビコノカミであれば柵を設置するのは簡単だ。
「何でこいつら絶望平野に住まないんだろ。今はまだ平和なんだろ?」
暗い谷底を蠢くゴブリン達を見てマサヨシは呟く。
「谷の方が栄えてるからでしょう。この迷いやすい森に慣れたゴブリンは絶望平野で暮らしていると思いますよ。でも時折上空をワイバーンが飛んでいますし、完全に安全ってわけでも無さそうですけど」
そんな話をしているとゴブリン谷は浅くなり、ゴデの街の南門が見えてきた。
未来ではグランデモニウム王国の国民の殆どがアンデッド化し、南門でシルビィさんやシオさんがそのゾンビを相手に奮闘するとは誰も思っていないだろうなと考えながらヤイバは、門の横を通り過ぎ貧民街を迂回して東門を目指した。
東門から入ると、富裕層街の門は北側にすぐある。
門から見える中は華やかで貴族のオークやゴブリン、魔人族が店でお茶を楽しんだりしていた。
「ようこそ、帝国の方。おや、そちらは奴隷ですかな?奴隷を連れている場合は保証金が高くなりますがよろしいでしょうか?」
気の良さそうなオークの門衛が手揉みをしながら話しかけてきた。
ヤイバがお金を払おうとしたがカワーが止める。
「待て、少し様子を見ようではないか。保証金など本当は無くて、この門衛の懐に入るだけかもしれないぞ」
あまり他人を疑わないヤイバをカワーは引き止める。ヤイバは友人の助言に従って、門から一旦離れて様子を見てみた。
富裕層街に住む貴族は勿論保証金など払わずに顔パスで通れる。
しかし初めて来たような商人や旅人等は門衛に引き止められ保証金を要求されていた。奴隷のいる場合はヤイバ達と同じ事を言われているのを確認し、騙されていない事を知る。
「大丈夫みたいだな。でもありがとうカワー。僕は直ぐに他人を信じてしまうので、君みたいな親友がいてくれるととても助かるよ!」
「親・・・友・・・・。フン!これも貸しだからな!」
生まれつき悪人顔のカワーは、更に邪悪な笑みを浮かべてそう言ったので、近くにいたオークやゴブリン達は怖くなって後ずさりする。
門衛の言う額の保証金を渡すとすんなりと中へ入れてくれた。奴隷含め一人につきチタン硬貨十枚。マサヨシは驚く。
「地球だと一人百万円くらいか。皆で七百万円!ほえ~!」
「その単位は判りませんが、帰る時に返してくれますよ。富裕層街に相応しいだけの財力があるかどうかを証明するためのものですから。ただし、何か騒ぎを起こしたら戻ってこないので気をつけて下さいよ」
「マサヨシが一番騒ぎ起こしそうだもんね」
「ワロちゃん~、もっと俺を信用してよぉ~。あんまりボキを虐めるとマサヨの気持ちい所、ヤイバに教えちゃうよ?オフッオフッ!」
「あほーーー!」
「オフフフフ!」
顔を真赤にするワロティニスにポカポカと殴られながら、マサヨシは「てへへ、退散退散!」と言いながら娼館が立ち並ぶ通りへと消えていった。
「やっぱり変な所へ行くんじゃん!」
ワロティニスはそう言って石畳を踏み鳴らした。マサヨシと記憶を共有しているワロティニスは徐々に彼を身近に感じるようになっていたのだ。
石畳を踏み鳴らしたのは、如何わしい場所へと向かうマサヨシへの心配とちょっとした焼きもちの現れだということを本人は気がついていなかった。
高級ホテルで人数分の部屋を予約したヤイバはホッと一息つくと、ホテルのロビーにあるビロードの椅子に腰を掛けた。
「一人チタン硬貨二枚・・・。これでも安い方なんだろうな・・・」
「お疲れ様、お兄ちゃん。じゃあ次は私の買い物ね?」
「何を買う?ワロ」
「勿論、服だよ!」
「でも、この時代の服はレトロ過ぎて現代に戻った時に笑われやしないだろうか?」
「うん・・・皆胸元に変なフリルみたいなのがついてるしね・・・」
「ワロの服はこの時代でもあまり違和感が無いね。そのエプロンドレスはメイドさんみたいで可愛いよ」
「ほんと?お兄ちゃん、こういう服が好きなの?」
「まぁ好きか嫌いかって言われれば、好きだな」
「なんだ~。だったら、マサヨになる前にお母さんの服借りて着とけば良かった~」
「いいんだよ、ワロはワロで。お兄ちゃんはワロがどんな姿になってもワロの事が好きなんだし。・・・以前の見た目も好きだったけど、一番惹かれるのはワロの可愛らしい性格や魂なんだと思う」
「嬉しい!お兄ちゃん!」
そう言ってワロティニスは兄に抱きついてほっぺにキスをした。
「さ、一休みしたし買い物に行こうか」
「うん!」
ホテルから出て兄の腕に手を通すも腕の位置が高いのでぶら下がるような形になる。
「ぶー!やっぱり前の体のほうが良かった」
百六十センチほどしかないワロティニスと三メートルもあるヤイバでは仕方がない事である。
ヤイバはむくれる自分を抱き上げて歩き出したので、嬉しそうに兄の首に手を回した。
「マサヨになって良かった!」
ついさっき言った言葉を覆し、エヘヘと笑う妹にヤイバはキュンとする。
適当な服屋を見つけるとワロティニスは兄から飛び降りて、店頭のワゴンにある服を手に取った。
「お兄ちゃん、これどうかな?」
服の上から充てがったドレスは今のオークの流行りの服であった。胸元が大きく開いておりちょっとした動作で胸が見えかねない。
「ちょっと下品かな」
その時、ヤイバの潔癖症センサーが反応する。誰かが吐き捨てた唾が足元に飛んできたのを感知し避けた。
唾を吐き捨てた主を見ると、ヘカティニスそっくりであった。
「あだ?すまねぇど。アクビしてたら急に口の中に虫が飛び込んできたもので」
「お母さん?」
思わずワロティニスがそう言ってしまうほどそっくりなのだ。髪型こそ、おさげだが顔はほぼ同じと言える。戦士なのか軽鎧を装備しており、腰には曲刀を下げていた。
「おではまだ未婚だ。失礼な!え?お前が嫁にしてくでる?あでぃがとうございます、帝国の方」
何も言っていないヤイバの腕に女は抱きついた。
「ちょっと!お母さん!お父さんがいない時、そうやっていつもお兄ちゃんのこと狙ってたんでしょ!」
「おではお前のお母ちゃんじゃないし、結婚もしでいない!」
「お兄ちゃんから離れてよ~!」
「だめだ。この男はおでのものだ。こんなに・・・ミ・・・ミ・・・ミリキ(魅力)的な男はそうそういないかだ!」
しかし、ヤイバを狙っていたのはこの女だけでは無かった。通りに出た途端、ヤイバはオーガの女達の注目を集めていたのだ。
「おでだって、その男が欲しい!」
「アタイも!」
「私も!」
「おいも!」
「フンガー!」
色んなタイプのオーガの女が集まってきた。筋肉隆々の男のような見た目の者、鋼のように鍛えられた細身の女、ドワーフのようにずんぐりむっくりした女、オーソドックスなオーガの女といった感じの者も数名。
「おおごとになってきた!」
ヤイバは焦る。あまり騒ぎを起こし乱闘騒ぎにでもなれば保証金は返ってこない。あのお金は貧民街の孤児院に寄付するつもりなのだ。
(どうする?眠らせるか?いや、それはそれで騒ぎになる。やはりここは逃げるが勝ち)
そう言うと素早くヘカティニスそっくりな女を振りほどき、魔法を唱えた。
「【高速移動】【風の動き】!」
ブワッと風が巻き起こったかと思うと、オーガの女たちの前からヤイバとワロティニスの姿が消えていた。
「なんだ、オーガメイジか。じゃあ弱いど。解散解散!」
「がっかりだなー。見た目は最高だったのに」
「フンガー」
なんとかオーガ達を撒いたヤイバとワロティニスは直ぐ近くの建物の入り口で通りの様子を窺っていた。
すると背後から声が聞こえる。ゴブリンが手揉みをしながら話しかけてきた。
「らっしゃい!一服していったらどうですか?今ならお安くしときます」
「そうだな。お茶でも飲んでから買い物に出直そうか、ワロ」
「うん。私も喉がカラカラ」
「夏真っ盛りですからねぇ。お客さんも真っ盛りなんつってフヒヒヒ」
「???」
「さぁどうぞどうぞ!中の部屋にどうぞ。お代は鉄貨一枚です」
席チャージ料金を取る店なのかと思ったが、冷たい飲み物がすぐに飲みたかったヤイバは黙ってお金を渡すとゴブリンは毎度ありぃー!と威勢よく言って部屋まで案内してくれた。
部屋の中に入ると、テーブルの上にひょうたんとコップが置いてあった。ひょうたんは表面から少しずつ中の水を蒸発させるので、水は気化熱により冷えていた。
ワロは二つのコップに水を注ぐと、喉がカラカラだった二人は勢い良く飲む。
「ふー!美味しいねー!」
「多分、どこかで汲んできた名水なんじゃないかな」
「あれ、魔法水晶に何か映ってるよ?」
ワロティニスとヤイバがそれを覗き込むとゴブリンの男女の営みが映し出されていたのだ。
「わっーーー!なんでーーー?」
「みちゃダメだ!きっと何かの間違いで映し出されたのだろう」
ヤイバは急いで魔法水晶に触れて消し、ドキドキしながら部屋をよく観察する。
壁には豊穣の神マララーのレリーフが飾ってあった。棚には怪しげな大人の玩具が置いてある。
ヤイバは帝国図書館であらゆる知識を詰め込んでいるので段々と解ってきた。
「こ・・・ここは・・・子作りの館!」
「えーーー!」
二人に気まずい空気が流れ、お互いの鼓動が聞こえてくるんじゃないかと思えるほど心臓が高鳴った。
ワロティニスは十四歳とは言え、マサヨの体自体は十八歳くらいだ。更にマサヨシが女だった時の、ヤイバに対する淫らな妄想も共有している。
マサヨシにその話をすると、頭を抱えてヴヴヴヴ!と呻き「黒歴史だぁぁぁ!」と言っていつも逃げてしまう。
「お兄ちゃん、私ね・・・エッチな事知ってるよ・・・。マサヨシが女の子だった時、いつもお兄ちゃんを見て変な妄想してたから・・・」
「なん・・・だって?くそ・・・マサヨシさんめ!僕の可愛い妹の心を汚したな!」
「でも・・・私もそういう事はちょっぴり知っていたから・・・。友達がそういう絵草紙持ってたし・・・」
「それは・・・僕たちはそういう年頃なんだし仕方ない事だよ」
「ねぇ・・・お兄ちゃん。私達いつか結婚するんだよね?」
「勿論さ。もう少し大人になってから父さんにちゃんと話をして・・・」
「お父さんは変わり者だから何となくだけど・・・私達がお互い愛し合ってることを理解してくれそう。でもお母さんたちはどうかな・・・」
「う・・・。母上は許してくれないだろうな・・・」
「もしそうなったら・・・」
―――ドゴーン!―――
外から破壊音が聞こえてきた。
「霊山オゴソのドラゴンだぁぁ!」
逃げ惑っているであろう誰かの声にヤイバは耳を疑った。
「馬鹿な!若いドラゴン以外は無闇に人を襲ったりはしない!自分の縄張りを持つ成竜が街を襲うなんて!」
「行こう!お兄ちゃん!町の人達じゃドラゴンを倒すのは無理だよ」
ヤイバ達は子作りの館を急いで出て、音のする方へと走った。
屋根の上に口から黒煙を上げるファイアードラゴンがいた。今にも炎を吐き出しそうだ。
「【氷の壁】!」
炎を吐き出した口の前に【氷の壁】をヤイバは作り出した。
炎は氷の壁に遮られて何も焼くことは出来なかった。しかしそう簡単には溶けないヤイバの氷の壁も夏の暑さを威力に乗せた火竜の炎を前にして暫くして溶けてしまった。
「誰だ!俺様の邪魔をする奴は!」
「僕だ!ドラゴンは好んで人は襲わないはずだぞ!」
「ああ、そうさ。普段はお前ら小虫にこれっぽっちの興味もない!だがな!我々が暴れる理由は大体解っているだろう?この街に俺の宝を盗んだ盗人がいるのだ!宝を返せば大人しく帰ってやる。さもなくば犯人を見つけるまでこの街を焼き尽くすまでだ!」
ヤイバは思う。知性のあるドラゴンとこれまで対峙した時、彼らが暴れる原因を作っているのはいつも人なのだ。ドラゴンの宝を盗んだり、無理やりどこかへ連れて行ったりしない限り、彼らはいつも大人しく眠っている。
「何でこの街のものが犯人だと解った?」
「馬鹿め。我々には心を読む術が有るのを知らんのか?宝が一つ無い事に気が付き、探し回っている時にこの街の上空で我が宝の話をする者の声を聞いたのだ!しかし、我らにはお前ら虫けらの見分けなどつかん!だからこうやって纏めて焼いてあぶり出しているわけだ!」
「宝とは何だ?」
「強力な魔法を帯びたチタン製のナイフだ!」
「その宝の話をしていた者が犯人とは限らないじゃないか!」
「うるさい!そう思うならお前が犯人を探してこい!日暮れまで待ってやる」
「僕が?」
「そうだ、お前が、だ!お前は俺様の邪魔をしたからな!お前が責任を持って探してこい!」
ヤイバはふと周りを見回した。
ヘカティニスにそっくりな女は怯えながらも期待を込める様な目でこちらを見ていた。ざっと見たところ、竜殺しレベルの冒険者や戦士は今はいなさそうだ。そうそう都合よく腕利きの戦士や冒険者が街にずっと滞在しているわけもなく・・・。
(このドラゴンは被害者だ。倒すのは可能だがそれでは後味が悪い。それにこのヘカ母さんにそっくりな人はきっとワロのご先祖様か何かだ。ここで死なれたら・・・)
「いいだろう!その代わり、結果がわかるまで誰も傷つけないでくれ!」
「いいぞ、さぁ探せ」
そう言うとドラゴンは屋根の上で寝そべり、静かに眠りだした。
「とは言ったものの・・・。僕は【読心】が苦手なんだよなぁ。かなり近寄らないと他人の心の声が聞き分けられない」
さてどうやって犯人を探すかと悩んでいると、カワーがゴブリンの貴族の子供の襟首を掴んで現れた。子供は左手にはチタン製のナイフを持っている。
「ナイフを返せよ!僕は貴族だぞ!帝国の高官にも知り合いが多い貴族だぞ!」
ゴブリンの子供はジタバタと暴れる。
「まさか、その子が・・・?」
「ああ、ドラゴンが宝の話をしている時に、ナイフを掲げて仲間に自慢している馬鹿が近くにいたのだよ」
―――ズドーン!―――
竜が屋根から降りてきた。石畳がベコッと凹ませて着地すると、ドラゴンはカワーの持つナイフをクンクン匂って言った。
「これだ!・・・この小僧か?ナイフを盗んだのは!」
「そうだ!驚いたか!アホドラゴンめ!俺の雇った盗賊は優秀なんだキャらな!」
「そうか、それは良かったな。では裁きを受けてもらうぞ!」
火竜が牙を見せてゆっくりとゴブリンの子供に噛み付こうとした。勿論ヤイバはそれを黙って見過ごしはしない。
「おい!宝を返せば大人しく帰ると言っていたのに話が違うぞ!ドラゴン!」
「お前達の世界だって盗人に罰を与えるだろう。だったら俺様が罰を与えて何が悪い?」
ヤイバは言葉に詰まる。ドラゴンは何も理不尽な事は言っていない。盗みを働けば、その場で捕縛されたり、最悪殺されても文句は言えない。
「相手は子供なんだし・・・その・・・幾らか許してやってくれないか?ほら、君も謝るんだ!」
「誰が謝るかアホ!盗まれる間抜けが悪いんだろうギャ!」
「このとおりだ、賢きオーガメイジよ。小僧は反省などしていない」
「くっ!君も何でそこまで強気でいられるんだ!ゴブリンの子供!」
「教えてやる!僕が強気なわけをな!」
そう言ってゴブリンの子供はフリルの付いた袖をめくって奇妙な形のブレスレットを掲げた。
「来い!光の巨人!」
耳をつんざく雄たけびがどこからか聞こえた。
「ジョワァァ!」
何の雄叫びだろうか?空気を引き裂いて聞こえてきたその雄たけびと共に、光の粒子が街の上空に集まってくる。
眩き光の中に巨人の形が見え始め、街は人々の悲鳴で騒がしくなった。
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