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禁断の箱庭と融合する前の世界(139)
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「なにごとーっ!」
マサヨシは外がやたらと騒がしいので娼館から飛び出て辺りを窺う。
彼の首には奴隷の地走り族の娼婦が纏わり付いてキスをしていたが、ドラゴンを見て慌てて建物の中へと戻っていった。
細い目を限界まで見開いて光の正体を確かめたマサヨシは、興奮しながらヤイバの近くまで走った。
「ほえぇぇぇ!あれはヴリトラマンですわ!ハァハァ」
「知っているのですか?マサヨシさん!」
「ああ。あれがもし現実の存在ならばヒジリ達よりも遥か上をいく高次生命体。神を上回る神だ!(テレビ番組見てる限りじゃ確かそうだったはず)」
ヤイバの喉がゴクリと鳴る。
「神を上回る神・・・。じゃあもしこの場に父さんがいたとしても、どうにもならないって事ですか?」
「基本的にはそうだな。手から出る光線で消し炭にされてお終いだぜ・・・」
どことなくニホントカゲのようなヌメッとした銀色の鱗の皮膚に大きな光る眼、口は有るが動く構造には見えない。頭にそびえ立つ鶏冠が竜の翼のようであった。
「そんな・・・」
ヤイバは顔面蒼白で巨人を見た。
その顔を見て火竜は牙を見せてにやりと笑う。
「賢きオーガは心折れるのが早いな。俺様より少し大きいってだけだ。弱者は縮こまって戦いを見ているがいい」
少し大きいどころではない。ヴリトラマンは街のどの建物よりも大きいし、火竜の体高の倍はある。
ドラゴンはバッサバッサと羽ばたいて空に舞い上がると、直ぐにヴリトラマンの顔目掛けて炎を吐いた。
―――ジュアアア!―――
ヴリトラマンは急な攻撃によろめく。目を攻撃されて何も見えないのか、手当たり次第に周りをチョップし始めた。
「ふん、何が高次の存在か!もう既に危機に陥っているではないか!ドラゴンの力を思い知れ!」
今一度ドラゴンが炎を喉奥に溜めた時、巨人が放った光輪がドラゴンの羽を綺麗に切り離した。
「ぎゃあ!何ィ?もう回復したのか!くそ!」
ドラゴンに待っているのは重力に従って地面に叩きつけられて死ぬ瞬間を待つのみだった。
ドラゴンは情けない死に方に悔しさを顔に滲ませつつも目を閉じて覚悟を決めたが、そうはならなかった。
ヤイバがドラゴンに【浮遊】の魔法を掛けたからだ。ドラゴンはゆっくりと降下して優しく地面に着地する。
「大丈夫か?」
ヤイバが駆け寄るとドラゴンはじっとヤイバの顔を見た。
「お前達は力こそ全てで弱き者は捨て置くものだと思っていたが・・・なぜ敗者である俺様を助けた?」
「助けたいから助けた。それだけだ!ほらドラゴン!避けて!巨人が来た!」
「羽が無ければ俺様は土喰いトカゲとそう変わらん。助けてもらったがここまでだ」
「さっき、僕に言った言葉を忘れたのか!心を折るにはまだ早い!」
ヤイバが巨人に向けて【氷の槍】を詠唱しようとしたその時、マサヨシがドラゴンによじ登って叫んだ。
「ジョア!ジョアアア!ヘアァ!」
巨人はドラゴンを掴もうとしていた手を止め、マサヨシに反応する。
「ジョアッ!ジョイ!ジョアアア!」
会話が成り立っているのか判らないが、ヤイバはマサヨシを尊敬の目で見つめた。
「流石は星のオーガだ!高次の存在と語り合っている!」
「マサヨシって凄かったんだ!」
ワロティニスも、汗を飛び散らし手振り身振りを交えながら必死に光の巨人を説得するマサヨシを敬意の目で見つめた。
「ヘェア!ジョジョア!ジョージ!ジョージ!」
まるでオーケストラの指揮者のように、あるいは情熱を籠めて踊る異国のダンサーのようにマサヨシはドラゴンの上で動いて巨人に語り掛けた。
「日本語でオーケー!」
ヴリトラマンが急に日本語を喋りだしたのでマサヨシは驚いて鼻水を勢い良くブババと吹き出す。
「何で日本語が喋れるんだよ!」
「私は君たち日本人が生み出した存在だからな!」
「どういう事だ・・・?」
「あの子供が持つブレスレットは別世界の人々が抱く英雄を具現化して召喚する道具だからだ!」
「時代が合わないだろ・・・」
「時代は関係ない!想いは時を越えてっ!具現化する!」
「(中二臭いセリフ・・・)そうか。じゃあお前は正義のヒーローってわけだ。ヤイバ、安心しろ。彼は正義の巨人だ。話は通じる」
「本当ですか・・・?良かった・・・。ではこのドラゴンは悪いドラゴンじゃないと伝えてください。理由はカクカクシカジカ」
「解った」
ヤイバから話を聞いたマサヨシはドラゴンに非が無い事を知り、また必死になってヴリトラ語で話しかけた。
「ヘェア!ジョア!ジェアアアア!」
「ヘァア!とかもういいって」
ヴリトラマンに冷静に突っ込まれて恥ずかしくなりマサヨシは普通に日本語で話しかける。
「そのドラゴンはあんたを召喚した子供に物を盗まれて取り返しに来ただけだ。急にヴリトラマンであるあんたが現れたから敵だと思って攻撃したんだと。だから許してやってつかーさい」
状況を理解したヴリトラマンは頷くと声を上げた。
「ヘアッ!ジョアアア!!」
「お前もやってんじゃん!さっき、ヘェア!といいって自分で言ってただろ!」
光の巨人は頭を掻いて、片手で念仏を祈るようなポーズを取った。
「えへへ、すみません。じゃあ悪の根源はそこの子供なんですね?解りました。怪獣墓場まで連れていきましょう」
「連れて行かんでいい!ささっと消えろ!アホ!」
「ヘアァァァ!」
ヴリトラマンは飛び去ろうとしたが、思い出したように胸のカラータイマーをポチッと押した。
ピコンピコンと音が鳴るのを確認すると、仰々しく頷いてゆっくりと顔と手を上に向けて空へと飛び去ってしまった。
「ったくー。ノリの軽いヴリトラマンだったな・・・。こらぁ!クソガキ!お前のせいで大騒ぎになったじゃねぇか!そのブレスレットは没収だ!」
マサヨシはゴブリンの子供からブレスレットを奪うとカワーの持つナイフもぶんどった。
「おい!ドラゴン!ナイフは返すぞ!それとクソガキに成り代わって、このブレスレットをやる!迷惑かけたからな。これも貴重なマジックアイテムだろう?お前は欲しいはずだ!」
「あ!返せよー!」
ゴブリンの子供はマサヨシに飛びつこうとしたが、杖でゴンと殴って動きを止めた。
「ふ、ふん・・・。こっちは羽を失っているのだぞ!生えるのに千年はかかる。その間ずっと洞窟に引きこもっていないと駄目だ。割りが合わんな!」
「おいおい、お前はヤイバに命を救ってもらったんだろ?贅沢言い過ぎだぞ!そもそも俺達はこのクソガキとは何の関係もないんだからな!寧ろお前が俺たちに報酬を支払ってもいいんでつがぁ?」
「ぐむ。交渉の上手い豚人だな・・・。生意気で癪に障るが仕方がない。そのブレスレットで我慢してやろう。それから・・・礼を言うぞ・・・賢きオーガよ」
「どういたしまして」
ドラゴンは猫のように顔をヤイバの体に擦り付けるとノシノシと歩いて門をよじ登り森へと消えていった。
「ゴリブリン!」
髭を蓄えシルクハットを被ったゴブリンが走り寄って子供を抱き上げる。
「わぁ~父上~!こいつらが!こいつらが~!僕のブレスレットとナイフを奪ったんだぁ~!」
「なんだとぉ~!オーガ風情が生意気な~。見たところ帝国の者みたいだが所属を言えぇ!私はなぁ!帝国にも太いパイプがあるんだぞ!」
この子にしてこの親あり。事の原因が我が子だと知ってか知らずか、父親は横柄な態度でヤイバ達に詰め寄ったその時。
「おい!そのガキはお前の子か!」
今まで事の成り行きを見守っていた貴族や一般人達が、一斉に親子に詰め寄る。その中の一人が父親を見下しながら言った。
「これはこれは木っ端役人のドドメン”卿“。君の息子が大変な事をしでかしたのを知っているのかね?」
「へ?」
上位貴族に見えるオークや魔人族が拳をボキボキと鳴らしながらドドメンと呼ばれたゴブリンを取り囲んだ。
「親が子に躾をしていないのであれば、我々がその親を躾けるまでだ!覚悟しろ!」
「ヒ、ヒエェ!」
ドドメンは息子を抱えると一目散に走って逃げていった。それを皆が騒ぎながら追いかける。
その姿を見てマサヨシはウンウンと頷いた。
「これにて一件落着!ジョア!」
ギリスの高い壁が見えてきたところでヤイバは何気なくフランに話しかけた。
「ゴデでは何を買ったんですか?」
「それがね!魔法が発展途上なせいか、まだまだ触媒の価値が解って無くて、安いのなんの!もう興奮しながらあれもこれも買っちゃった!これで今まで試せなかった光魔法が試せるわぁ。折角覚えても使わないんじゃ宝の持ち腐れだからぁ。でも殆どの触媒はイグナへのお土産」
「なんだ・・・僕も買えば良かった・・・」
「あら、ヤイバはあまり触媒使わないじゃない。そもそも触媒は魔法の具現化を手助けする物だってイグナが言っていたわよ。具現化に自信があれば触媒が無くても魔法効果が発動するって言ってたわぁ。ヤイバはその最たる例じゃないの」
「僕にだって苦手は有りますよ。【読心】なんていつまでたっても得意になりません。だから触媒の力を借りて練習しようかと思ったのです」
「えー・・・。【読心】なんて得意になったら私、ヤイバに近づかないわぁ」
「どうしてです?」
「どうしてかしらねぇ。うふふ」
妖しい笑みを残してフランは先を歩いていく。その理由が、彼女の性癖や妄想癖にあると見当がついていたヤイバは顔を赤くして、他のメンバーは何を買ったのかを見る。大事そうにリュックを抱いているキャンデにも何を買ったのか聞いてみた。
彼女はリュックを前に持ってきて中を探ってゴソゴソすると、数個のマジックアイテムを見せてくれた。
「これはね、女の人が魅力的に見えるネックレス。こっちはね、透視眼鏡。これは一日一回、惚れ薬を生成するフラスコ」
「何だか暇を持て余す貴族が好みそうなアイテムだね」
「うん!店のオークのおじちゃんに手持ちのお金を見せたら、買える範囲で一番いいのを選んでくれたの。ネックレスや遠眼鏡は樹族国でも良い値段で売れるって。フラスコだけは持っといて、薬液が溜まったらひょうたんにでも入れて貴族街に売りに行けだってさ」
「ハッ!僕は止めたんだけどね。どうせぼったくられるからって」
皆の護衛をしていたカワーはそう言って腕を組んでそっぽを向いた。
「どれどれ?」
そう言ってヤイバは一つ一つ魔法鑑定を始めた。
「うん、これなら適正価格だと思うよ。店主さんは誠実な方だったんだね」
「ほんと?やったーー!」
「良かったですね、キャンデ。君の父上を開放してもらったら商人街にでも住んで商売をするといいですよ」
イッチはそう言って笑顔を見せた。使命を終えたイッチの顔はどこか男らしくも見える。
「イッチ君は何を買ったのかな?」
「僕も金品に変えました・・・」
さっきまで明るかった顔が急に暗くなっていく。
「お金持ちなのにぃ?」
フランは不思議そうに聞くと、イッチは首を横に振る。
「父上は罪を犯しました。幾ら辺境伯の権限で揉み消せるとは言え、許されることではありません。だからこれまで実験で死なせた方の遺族に償いをしようと僕は思ったのです」
「まぁそれは仕方ないわな。しっかり償えよ」
マサヨシが鼻くそを穿りながら言う。
「流石は過去に罪があるマサヨシだね。鼻くそ穿りながらでも言葉に重みがあるわ」
記憶を共有するワロティニスがチクリと刺した。
「そりゃねぇよ、ワロちゃ~ん!あ、ヤイバ。ワロちゃんは耳と首が性感帯だから」
「こらーーー!マサヨシー!」
マサヨシは賑わう門前でさっと通行許可書を見せるとギリスの繁華街へ逃げていった。
「もう~、マサヨシはほっといてさっさと辺境伯に報告に行きましょ、お兄ちゃん」
ワロティニスが顔を真赤にして言うので一同はそうすることにした。
繁華街を抜けた森の中にある屋敷は相変わらず不気味なたたずまいであった。
「こう言っちゃイッチには悪いけど、いつゴーストが現れてもおかしくない感じねぇ、この館ぁ」
フランはこの館を見た当初から思っていた事を口にする。
「人が死んでますからね・・・。空気が淀んでいるのは当然だと思います」
「そうだ!対アンデッド用の結界張ってあげるわ。丁度触媒があるから試してみたいの!」
「いいんですか?ぜひお願いします。ここんところ、ポルターガイストに悩まされていましたから」
「じゃあ裏庭辺りにいるから、霊が消えたら報告宜しくね、ヤイバ」
「わかりました」
フランが裏庭へと向かったのを確認して、ヤイバ達は屋敷の中に入っていった。
中へ入ると待ちかねていたのか、髭を蓄えた樹族の老人が杖をつきながら急いで歩み寄って来た。
「余計な事は何も言わなくても良いぞ、息子よ。結果だけが大事なんじゃ」
そう言ってブラッド辺境伯は手を出した。その手は薬か何かを待っているようだった。
「いいえ、父上。手渡しできるものは何もありません。僕とキャンデが父上の望んだ結果なのですから」
「なんじゃと!」
そう言うとブラッドはじっと息子とキャンデを見つめた。
「おお・・・おおおお!素晴らしい!何より血がある程度以上薄まることが無いのが驚きじゃ。誰と結婚しようが一定の確率でエリート種が生まれる!でかした!これで魔物や敵国の脅威を減らすことができる・・・。やった・・・やったぞメリッサ!あの世で見ているか!・・・グッウゥ!」
ブラッド辺境伯は喜んでいたかと思うと突然胸を抑えて苦しみだした。
―――おまえだけ・・・幸せになろうなんて虫が良すぎるぞ―――
―――そうだ!我々から奪った人生を返せ!―――
―――俺には妻も子供もいたんだ!今頃ひもじい思いをしてるだろう!なのにお前は―――
無限とも言える数のゴーストが屋敷の壁や地下や天井から現れ、ブラッド辺境伯に触ると少しずつ生命力を削り出した。
「辺境伯!」
ヤイバは咄嗟に辺境伯の前に立ったが、対ゴースト用の光魔法は少なかった。
「【消滅】!」
一瞬、部屋中のゴーストを消滅させたと思ったが、新たに悪霊は湧き出てくる。
ヤイバは気を失ったブラッドを抱きかかえて、体に入り込もうとする悪霊達を躱しながら叫ぶ。
「これでは限がない!誰かフランさんを呼びに行ってくれ!」
「はい!」
イッチはキャンデと共に裏庭まで走った。大声を上げてフランを探したがいない。
まるで結界の儀式の途中で掻き消えたかのように、地面に触媒が散乱していた。
「そんな・・・フランさんがいない・・・!」
「フランお姉ちゃんは悪霊に連れ去られたの?」
イッチはキャンデの言葉に答える事も無く顔面蒼白になり、ただ無言でその場に立ち尽くすしかなかった。
「一体、どれだけ実験で人を殺したのかね?辺境伯は!」
カワーはぶつくさ言いながら、名剣ナマクラを振る。剣に当たったゴーストは次々と消滅していった。
「ハッ!腐っても魔法武器だな!」
魔法武器は実体を持たないアンデッドにも有効だ。逆を言えば実体を持たないアンデッドには銀の武器か祝福された武器か魔法武器しか効かない。
ヤイバがゴデの街で買った武器は、普通のバトルハンマーなのでゴーストには効かなかった。なので武器に光の魔法を付与する。
ついでにワロティニスの持つ杖にも付与した。格闘能力の高い召喚士である彼女は杖を器用に棍のように振り回して、ゴーストを撃退している。
「この数は尋常じゃない。恐らくはここで死んでいった人の恨みが呼び水となって周辺の悪霊を集めたのだろう。それにしてもイッチ君達は遅いな・・・。よし、皆!裏庭まで走るぞ!カワー!先行してくれ」
「了解。次期団長」
「こんな時まで皮肉はよせ!」
余裕のないヤイバを見て器の差を見せつけるようにカワーはハッ!と笑ってみせる。いつもの強気で傲慢な態度で剣を振りゴースト達を牽制すると先頭を走りだした。
聖職者が使う祝福された武器と違って魔法武器は死者を成仏することはない。魂ごと消し去ってしまうのだ。
消滅させられる事を知っているのかゴースト達は容易には飛びかかってこなくなった。
しかし、屋敷から出ようとする生者を逃したくはないのか館の扉を勢い良く閉める。
「エリートを舐めるな!」
カワーは扉に体当りすると、蝶番が軋んで壊れ扉は弾け飛んだ。
「ぎゃー!危ねぇ!」
飛んでくる扉をギリギリで避けて、繁華街に行っていたマサヨシが玄関先に現れた。
「どこに行っていたんですか!マサヨシさん!今、屋敷の中がゴーストだらけで大変なんです!」
「なんですとー!」
「取り敢えず、フランさんのいる裏庭へ走りましょう!」
「うい!」
ゴーストたちは陽の光を嫌って屋敷からは出てこない。が、窓辺にびっしりと張り付いていた。白い顔に負の感情を浮かばせてこちらを見つめている。
(きめぇ!田舎の道端に落ちていたビニ本をめくったらゴキブリがびっしりといた時並にきめぇ!)
マサヨシは余計な事を考えてしまい、鳥肌が立ってしまった。鳥肌の立った腕を摩りながらブラッド辺境伯の容体が悪化している事をヤイバに伝える。
「何かハァハァ言ってね?おじいさん」
ヤイバはすぐさまブラッド辺境伯の状態を確かめる。
「虫の息だな。早くフランさんに回復してもらわないと・・・」
容赦なくゴーストに生命力を吸われた手の中の老人は意識はなく呼吸も浅い。
「イッチ君!キャンデ!フランさんは?」
裏庭に立ち尽くす二人にヤイバは声を掛けると、二人は困惑した顔で振り返った。
「・・・ヤイバさん!それが・・・」
「私達が来た時にはもういなかったの!」
窓からこちらを見る悪霊と同じくら青い顔をしたイッチとキャンデがフランを心配して辺りを探し回る。
儀式の途中に掻き消えたかのように触媒を残して、フランはいなくなったように見える。
ヤイバは辺りに何かしら失踪の痕跡はないかと探したが何も見当たらない。
マサヨシも周辺を探しているが、彼は奇妙なサングラスを掛けてしきりに何もない空間を探していた。
星のオーガはノーム同様、おかしな行動をするという認識なのでヤイバはあまり気にはしていない。
「フランさんの事も気になりますが・・・夜が来る前にゴースト達を何とかしないと・・・。マサヨシさん、ウメボシさんを召喚してゴーストを何とか出来ませんか?」
茂みのあちこちを探るマサヨシは上の空で答える。
「ウメボシはこの時代にいないだろ。召喚できても他の天使だと思うぞ。唯の天使だったら精々十体ぐらいしか成仏出来ないでつ」
もう間もなく日が暮れる。裏庭は夕日に照らされて赤い。悪霊たちはもうすぐ自分たちの時間が訪れるのを喜んでいる。
―――もうすぐだ・・・。もうすぐアイツを我らの仲間に出来る―――
窓を引っ掻いてキィキィと音をさせて、目のない眼窩が恨みのあるブラッドを見つめていた。
「参ったな・・・」
困り果てて散乱する触媒を見て、無茶振りだなと思いつつもヤイバは提案してみた。
「イッチ君は錬金術師だよね?もしかしたらそこに散らばる触媒の意味が解るんじゃないかな?僕はメイジなので祈りの術は全く判らないんだ。そこの小さな祭壇に見立てた石の上に触媒をどの位置に置くか推測は出来ないだろうか?」
「多分、解ると思いますが・・・。僕には聖騎士様のような祈りは無理ですよ?」
「うん・・・正直言いうと何も策がないんだ。やるだけやってみよう・・・」
「フン、珍しいな?天才のヤイバ殿が何も思いつかないなんて」
「お兄ちゃんだって何も思いつかない時ぐらいあるわよ!カワーも何か考えたらいいじゃん!秀才なんでしょ?」
「ムッ!」
そう言われてカワーも考えるが、ヤイバにしても自分にしても、祈りは専門外なのでこればかりはどうしようもなかった。
そうこうする間にも日はゆっくりと地平線の彼方へ沈み、屋敷の中の幽霊たちは活性化して激しく動いている。
カワーは代々家に伝わる癒やしのペンダントを取り出してブラッド辺境伯を癒やしていると、イッチが出来たと言った。
「多分これで合っていると思います。鳥の羽は北の方角と天界を意味します。ウンディーネの水玉は南と浄化を。勾玉は東と範囲を意味し、聖なるトレントの手は西と囲うという意味があります」
「よし、では皆で祈ってみよう。悪霊が浄化して次のステップへ行けますようにと。イグナ母さんが言っていたんだ。人の強い想いはマナを介して実現するって。だったら僕らにだって聖職者のような祈りが出来るんじゃないか?例え一人では小さな祈りでも複数いれば何とかなるかもしれない」
皆が祈ろうとした時、マサヨシは叫んだ。
「あった!やっぱり図書館の伝承通りあった!」
マサヨシがサングラスをクイクイとさせながら屋敷の角辺りを見つめており、ヤイバはもしやと思って【魔法探知】でマサヨシの視線の先を見た。
そこにはマナの吹き溜まりのような大きな渦があり、その渦の穴の向こう側にフランがキョロキョロとしている姿がある。
「これってもしかして!」
「そう。もしかしなくてもこれがそう。恐らく帝国に有る三面鏡に頼らなくて済む」
魔法の使えないカワーや、何の話をしているのか判らないイッチ達はキョトンとしている。
ヤイバは直ぐにでも除霊を済ませてあの渦の中に飛び込みたかった。不安定そうに見えるあの渦はいつ消えてしまうか判らない。
「とにかく除霊を急ごう」
一同は一心不乱に祈ったが、やはり聖職者がやるような効果は得られなかった。日が沈むに連れて屋敷の中の悪霊たちは活発になり、今にも外に出てきそうだ。
「日が沈む・・・」
ヤイバがそう言うと森の向こう側で太陽が静かに消えていった。
悪霊は館から滲み出てきてヤイバ達を襲おうとしたが石の祭壇が結界を作っているのか、弾かれて悔しそうな顔をしている。
「このままじゃ、渦までの道が確保出来ない」
「渦?渦とは何だ?ヤイバ」
「僕たちをこの時代に送り込んだ謎の渦があそこの角にあるんだ。フランさんは知らないうちにあの渦に触れて元の時代に帰ったんだと思う」
「それで何もない空間をマサヨシ殿は探っていたのか。何故渦のことに気がついたんだ?」
カワーは時折、結界を突破しそうな悪霊に向けて名剣ナマクラを叩きつけながら聞いた。
マサヨシはサングラスを外して伸びたシャツの襟に引っかけながらカワーの質問に答えた。
「現代のギリスで俺達を吸い込んだ渦は異世界の魔物が出て来る霧と同じで、マナが関係しているんじゃないかと思って街の図書館で調べてたんよ。そしたら時間旅行をした『ほら吹きバードとメイジ』の話を見つけてな」
カワ―はフンと鼻を鳴らして馬鹿にする。
「まさか、お伽話から何かしらのヒントを得たのか?」
「ああ。この話の中の二人は俺達同様、いきなり時間移動をしてしまった。毎日少しずつ移動する元凶となった渦を見つけたメイジが相棒のバードを連れて元の時代に帰ろうとしたんだけど、結局戻ってきたのはメイジだけだったって話なんだ。だから俺はずっとこの魔法を探知するサングラスで渦を探してたわけ」
「何でメイジは相棒のバードを連れ帰れなかったんですか?」
ヤイバは絶え間なく結界に体当たりをしてくる悪霊を警戒しながら聞いた。
「そりゃヤイバ。見ての通り渦が不安定だったからさ。メイジが渦に飛び込んだ瞬間、渦が消えてしまったっていう悲しい話よ。残されたバードが書いた本なんだろう」
それを聞いたイッチは焦りだした。
「じゃあここでこんな事をしている暇は無いじゃないですか!」
「でも、これを放置して帰るなんて後味が悪いよ、イッチ君」
「何を言っているんですか!未来じゃエリート種がいっぱいいるんでしょ?ということはきっと貴方がたが帰っても僕たちは悪霊に負けなかったって事ですよ!」
「そうかもな~。どうもこの時間軸は固定されている気がする。例えどういう展開になろうと未来でエリート種がギリスに溢れるのは変わらないのかもしれないぞ。結局俺たちは出来レースの上で夢を見ているようなもんかもね」
「そんな確証がどこにあるというのです?マサヨシさん!もし未来が変わっていたら?」
「そん時はそん時だ。腹をくくれヤイバ。このままこいつらを助けて渦が消えるのを待つか、こいつらを見捨てて元の時代に帰るかでつ」
「でも・・・」
迷うヤイバを見てマサヨシは真剣な顔で決断を迫った。
「お前の優しさは場合によっては最悪の選択肢を選ぶことになるかもしれないぞ。時に心を鬼にして自分の事を優先するのも大切だかんな!」
マサヨシの言葉にヤイバは納得していないのか尚も食い下がろうとしていた。
二人の間に少し険悪なムードが漂っているように見えたイッチは心に巣食う不安を一蹴して覚悟を決めた。
「僕たちはもうエリート種なんです。心配せずに行って下さい。何から何まで貴方がたに頼っていては未来は切り開けない気がします。それにこれは僕の一族が起こした不始末。だったらその一族である僕が後始末をするのは当然なんです。さぁ行って下さい!」
覚悟を決めたイッチの気持ちを汲んだのか、ヤイバはクソ!と呻いた後頷いた。
そしてメイジが使えるあらゆる援護魔法をイッチとキャンデに唱えるとゴソゴソとベルトの辺りを探った。
「これは黒竜の牙で出来た刺突ダガーです。アンデッドには効果は薄いと思いますが、一応魔法を帯びています。武器がないよりはマシ程度ですが、これで何とか生き延びて下さい」
「ありがとう、ヤイバさん」
「キャンデも絶対生き延びるんだよ!」
「うん、あのね。私なんとか出来そうな気がするの!」
キャンデは絶望的な状況の中でニッコリと笑った。
それはヤイバ達に負い目を与えない演技かもしれないし、本当に自信があるのかもしれない。しかし今はそれを聞く時間は無かった。渦が霞みだしたからだ。
「行くぞ、ヤイバ!」
マサヨシが天使を召喚して道を塞ぐ悪霊達を浄化する。
「あと一回ぐらいしか召喚出来ねぇから急げよ皆!」
ヤイバを先頭にしてワロティニス、マサヨシが続き、殿はカワーが受け持った。
結界から出たヤイバ達を悪霊は喜々として襲いかかる。
もう一度マサヨシが天使を召喚して近づく悪霊を浄化している隙に、ヤイバは愛しいワロティニスを渦を真っ先に飛び込ませ、次にマサヨシを飛び込ませた。その間にも渦は霞んでいく。
「カワー!早く入れ!」
「僕には魔法の武器が有るから最後でいい。先に行けヤイバ!直ぐに追う!」
ヤイバは頷くと渦に飛び込んだ。
その刹那、世界は昼間になり空に浮かぶ太陽の光が目に飛び込んでくる。それは夢心地で体に力が入らない不思議な感覚だった。
ヤイバは渦を通る時に気絶したことを知らない。この渦がそういう特質なのかは判らないが、通った者は誰だろうが気絶する。
渦から飛び出てくるやいなや手足の力がなくなって気絶する皆を、フランは絶妙なタイミングで回復していき、成るべく意識を断絶させないようにしていた。
崩れ落ちそうになった体を踏ん張って体勢を整え、ヤイバはフランに聞く。
「カワーは?」
「まだよ!渦の向こう側で悪霊と戦ってるわぁ!」
「急げ!カワー!」
「ハッ!流石のエリートである僕もこの数の悪霊に纏わりつかれると動けないようだな。どうやらここまでのようだ・・・」
必死に名剣ナマクラを振り回すカワーだが、無限とも思えるゴーストに少しずつ体力を奪われていく。
それでも彼は楽しそうに剣を振り回して悪霊を消滅させていった。
「悪いがヤイバ。父上と母上に僕は立派に戦って散ったと伝えてくれ。それから・・・学生時代に誰とも友達を作ろうともしなかった僕に話しかけてくれてありがとう。僕は凄く嬉しかったのだよ。君はいつでも嫌味な僕を皆と同じように扱ってくれたからね。そしてついには親友とまで呼んでくれる間柄になった。ありがとう、ヤイバ。本当に嬉しかったよ!そして・・・さようならだ!我が一族と親友に祝福あれ!」
霞んだ渦の中で必死に戦うカワーの姿が段々と小さくなっていく。渦が縮んでいるのだ。
「カワー!」
涙で目が霞むヤイバの瞳の中で渦は小さな点となっていった・・・・。
マサヨシは外がやたらと騒がしいので娼館から飛び出て辺りを窺う。
彼の首には奴隷の地走り族の娼婦が纏わり付いてキスをしていたが、ドラゴンを見て慌てて建物の中へと戻っていった。
細い目を限界まで見開いて光の正体を確かめたマサヨシは、興奮しながらヤイバの近くまで走った。
「ほえぇぇぇ!あれはヴリトラマンですわ!ハァハァ」
「知っているのですか?マサヨシさん!」
「ああ。あれがもし現実の存在ならばヒジリ達よりも遥か上をいく高次生命体。神を上回る神だ!(テレビ番組見てる限りじゃ確かそうだったはず)」
ヤイバの喉がゴクリと鳴る。
「神を上回る神・・・。じゃあもしこの場に父さんがいたとしても、どうにもならないって事ですか?」
「基本的にはそうだな。手から出る光線で消し炭にされてお終いだぜ・・・」
どことなくニホントカゲのようなヌメッとした銀色の鱗の皮膚に大きな光る眼、口は有るが動く構造には見えない。頭にそびえ立つ鶏冠が竜の翼のようであった。
「そんな・・・」
ヤイバは顔面蒼白で巨人を見た。
その顔を見て火竜は牙を見せてにやりと笑う。
「賢きオーガは心折れるのが早いな。俺様より少し大きいってだけだ。弱者は縮こまって戦いを見ているがいい」
少し大きいどころではない。ヴリトラマンは街のどの建物よりも大きいし、火竜の体高の倍はある。
ドラゴンはバッサバッサと羽ばたいて空に舞い上がると、直ぐにヴリトラマンの顔目掛けて炎を吐いた。
―――ジュアアア!―――
ヴリトラマンは急な攻撃によろめく。目を攻撃されて何も見えないのか、手当たり次第に周りをチョップし始めた。
「ふん、何が高次の存在か!もう既に危機に陥っているではないか!ドラゴンの力を思い知れ!」
今一度ドラゴンが炎を喉奥に溜めた時、巨人が放った光輪がドラゴンの羽を綺麗に切り離した。
「ぎゃあ!何ィ?もう回復したのか!くそ!」
ドラゴンに待っているのは重力に従って地面に叩きつけられて死ぬ瞬間を待つのみだった。
ドラゴンは情けない死に方に悔しさを顔に滲ませつつも目を閉じて覚悟を決めたが、そうはならなかった。
ヤイバがドラゴンに【浮遊】の魔法を掛けたからだ。ドラゴンはゆっくりと降下して優しく地面に着地する。
「大丈夫か?」
ヤイバが駆け寄るとドラゴンはじっとヤイバの顔を見た。
「お前達は力こそ全てで弱き者は捨て置くものだと思っていたが・・・なぜ敗者である俺様を助けた?」
「助けたいから助けた。それだけだ!ほらドラゴン!避けて!巨人が来た!」
「羽が無ければ俺様は土喰いトカゲとそう変わらん。助けてもらったがここまでだ」
「さっき、僕に言った言葉を忘れたのか!心を折るにはまだ早い!」
ヤイバが巨人に向けて【氷の槍】を詠唱しようとしたその時、マサヨシがドラゴンによじ登って叫んだ。
「ジョア!ジョアアア!ヘアァ!」
巨人はドラゴンを掴もうとしていた手を止め、マサヨシに反応する。
「ジョアッ!ジョイ!ジョアアア!」
会話が成り立っているのか判らないが、ヤイバはマサヨシを尊敬の目で見つめた。
「流石は星のオーガだ!高次の存在と語り合っている!」
「マサヨシって凄かったんだ!」
ワロティニスも、汗を飛び散らし手振り身振りを交えながら必死に光の巨人を説得するマサヨシを敬意の目で見つめた。
「ヘェア!ジョジョア!ジョージ!ジョージ!」
まるでオーケストラの指揮者のように、あるいは情熱を籠めて踊る異国のダンサーのようにマサヨシはドラゴンの上で動いて巨人に語り掛けた。
「日本語でオーケー!」
ヴリトラマンが急に日本語を喋りだしたのでマサヨシは驚いて鼻水を勢い良くブババと吹き出す。
「何で日本語が喋れるんだよ!」
「私は君たち日本人が生み出した存在だからな!」
「どういう事だ・・・?」
「あの子供が持つブレスレットは別世界の人々が抱く英雄を具現化して召喚する道具だからだ!」
「時代が合わないだろ・・・」
「時代は関係ない!想いは時を越えてっ!具現化する!」
「(中二臭いセリフ・・・)そうか。じゃあお前は正義のヒーローってわけだ。ヤイバ、安心しろ。彼は正義の巨人だ。話は通じる」
「本当ですか・・・?良かった・・・。ではこのドラゴンは悪いドラゴンじゃないと伝えてください。理由はカクカクシカジカ」
「解った」
ヤイバから話を聞いたマサヨシはドラゴンに非が無い事を知り、また必死になってヴリトラ語で話しかけた。
「ヘェア!ジョア!ジェアアアア!」
「ヘァア!とかもういいって」
ヴリトラマンに冷静に突っ込まれて恥ずかしくなりマサヨシは普通に日本語で話しかける。
「そのドラゴンはあんたを召喚した子供に物を盗まれて取り返しに来ただけだ。急にヴリトラマンであるあんたが現れたから敵だと思って攻撃したんだと。だから許してやってつかーさい」
状況を理解したヴリトラマンは頷くと声を上げた。
「ヘアッ!ジョアアア!!」
「お前もやってんじゃん!さっき、ヘェア!といいって自分で言ってただろ!」
光の巨人は頭を掻いて、片手で念仏を祈るようなポーズを取った。
「えへへ、すみません。じゃあ悪の根源はそこの子供なんですね?解りました。怪獣墓場まで連れていきましょう」
「連れて行かんでいい!ささっと消えろ!アホ!」
「ヘアァァァ!」
ヴリトラマンは飛び去ろうとしたが、思い出したように胸のカラータイマーをポチッと押した。
ピコンピコンと音が鳴るのを確認すると、仰々しく頷いてゆっくりと顔と手を上に向けて空へと飛び去ってしまった。
「ったくー。ノリの軽いヴリトラマンだったな・・・。こらぁ!クソガキ!お前のせいで大騒ぎになったじゃねぇか!そのブレスレットは没収だ!」
マサヨシはゴブリンの子供からブレスレットを奪うとカワーの持つナイフもぶんどった。
「おい!ドラゴン!ナイフは返すぞ!それとクソガキに成り代わって、このブレスレットをやる!迷惑かけたからな。これも貴重なマジックアイテムだろう?お前は欲しいはずだ!」
「あ!返せよー!」
ゴブリンの子供はマサヨシに飛びつこうとしたが、杖でゴンと殴って動きを止めた。
「ふ、ふん・・・。こっちは羽を失っているのだぞ!生えるのに千年はかかる。その間ずっと洞窟に引きこもっていないと駄目だ。割りが合わんな!」
「おいおい、お前はヤイバに命を救ってもらったんだろ?贅沢言い過ぎだぞ!そもそも俺達はこのクソガキとは何の関係もないんだからな!寧ろお前が俺たちに報酬を支払ってもいいんでつがぁ?」
「ぐむ。交渉の上手い豚人だな・・・。生意気で癪に障るが仕方がない。そのブレスレットで我慢してやろう。それから・・・礼を言うぞ・・・賢きオーガよ」
「どういたしまして」
ドラゴンは猫のように顔をヤイバの体に擦り付けるとノシノシと歩いて門をよじ登り森へと消えていった。
「ゴリブリン!」
髭を蓄えシルクハットを被ったゴブリンが走り寄って子供を抱き上げる。
「わぁ~父上~!こいつらが!こいつらが~!僕のブレスレットとナイフを奪ったんだぁ~!」
「なんだとぉ~!オーガ風情が生意気な~。見たところ帝国の者みたいだが所属を言えぇ!私はなぁ!帝国にも太いパイプがあるんだぞ!」
この子にしてこの親あり。事の原因が我が子だと知ってか知らずか、父親は横柄な態度でヤイバ達に詰め寄ったその時。
「おい!そのガキはお前の子か!」
今まで事の成り行きを見守っていた貴族や一般人達が、一斉に親子に詰め寄る。その中の一人が父親を見下しながら言った。
「これはこれは木っ端役人のドドメン”卿“。君の息子が大変な事をしでかしたのを知っているのかね?」
「へ?」
上位貴族に見えるオークや魔人族が拳をボキボキと鳴らしながらドドメンと呼ばれたゴブリンを取り囲んだ。
「親が子に躾をしていないのであれば、我々がその親を躾けるまでだ!覚悟しろ!」
「ヒ、ヒエェ!」
ドドメンは息子を抱えると一目散に走って逃げていった。それを皆が騒ぎながら追いかける。
その姿を見てマサヨシはウンウンと頷いた。
「これにて一件落着!ジョア!」
ギリスの高い壁が見えてきたところでヤイバは何気なくフランに話しかけた。
「ゴデでは何を買ったんですか?」
「それがね!魔法が発展途上なせいか、まだまだ触媒の価値が解って無くて、安いのなんの!もう興奮しながらあれもこれも買っちゃった!これで今まで試せなかった光魔法が試せるわぁ。折角覚えても使わないんじゃ宝の持ち腐れだからぁ。でも殆どの触媒はイグナへのお土産」
「なんだ・・・僕も買えば良かった・・・」
「あら、ヤイバはあまり触媒使わないじゃない。そもそも触媒は魔法の具現化を手助けする物だってイグナが言っていたわよ。具現化に自信があれば触媒が無くても魔法効果が発動するって言ってたわぁ。ヤイバはその最たる例じゃないの」
「僕にだって苦手は有りますよ。【読心】なんていつまでたっても得意になりません。だから触媒の力を借りて練習しようかと思ったのです」
「えー・・・。【読心】なんて得意になったら私、ヤイバに近づかないわぁ」
「どうしてです?」
「どうしてかしらねぇ。うふふ」
妖しい笑みを残してフランは先を歩いていく。その理由が、彼女の性癖や妄想癖にあると見当がついていたヤイバは顔を赤くして、他のメンバーは何を買ったのかを見る。大事そうにリュックを抱いているキャンデにも何を買ったのか聞いてみた。
彼女はリュックを前に持ってきて中を探ってゴソゴソすると、数個のマジックアイテムを見せてくれた。
「これはね、女の人が魅力的に見えるネックレス。こっちはね、透視眼鏡。これは一日一回、惚れ薬を生成するフラスコ」
「何だか暇を持て余す貴族が好みそうなアイテムだね」
「うん!店のオークのおじちゃんに手持ちのお金を見せたら、買える範囲で一番いいのを選んでくれたの。ネックレスや遠眼鏡は樹族国でも良い値段で売れるって。フラスコだけは持っといて、薬液が溜まったらひょうたんにでも入れて貴族街に売りに行けだってさ」
「ハッ!僕は止めたんだけどね。どうせぼったくられるからって」
皆の護衛をしていたカワーはそう言って腕を組んでそっぽを向いた。
「どれどれ?」
そう言ってヤイバは一つ一つ魔法鑑定を始めた。
「うん、これなら適正価格だと思うよ。店主さんは誠実な方だったんだね」
「ほんと?やったーー!」
「良かったですね、キャンデ。君の父上を開放してもらったら商人街にでも住んで商売をするといいですよ」
イッチはそう言って笑顔を見せた。使命を終えたイッチの顔はどこか男らしくも見える。
「イッチ君は何を買ったのかな?」
「僕も金品に変えました・・・」
さっきまで明るかった顔が急に暗くなっていく。
「お金持ちなのにぃ?」
フランは不思議そうに聞くと、イッチは首を横に振る。
「父上は罪を犯しました。幾ら辺境伯の権限で揉み消せるとは言え、許されることではありません。だからこれまで実験で死なせた方の遺族に償いをしようと僕は思ったのです」
「まぁそれは仕方ないわな。しっかり償えよ」
マサヨシが鼻くそを穿りながら言う。
「流石は過去に罪があるマサヨシだね。鼻くそ穿りながらでも言葉に重みがあるわ」
記憶を共有するワロティニスがチクリと刺した。
「そりゃねぇよ、ワロちゃ~ん!あ、ヤイバ。ワロちゃんは耳と首が性感帯だから」
「こらーーー!マサヨシー!」
マサヨシは賑わう門前でさっと通行許可書を見せるとギリスの繁華街へ逃げていった。
「もう~、マサヨシはほっといてさっさと辺境伯に報告に行きましょ、お兄ちゃん」
ワロティニスが顔を真赤にして言うので一同はそうすることにした。
繁華街を抜けた森の中にある屋敷は相変わらず不気味なたたずまいであった。
「こう言っちゃイッチには悪いけど、いつゴーストが現れてもおかしくない感じねぇ、この館ぁ」
フランはこの館を見た当初から思っていた事を口にする。
「人が死んでますからね・・・。空気が淀んでいるのは当然だと思います」
「そうだ!対アンデッド用の結界張ってあげるわ。丁度触媒があるから試してみたいの!」
「いいんですか?ぜひお願いします。ここんところ、ポルターガイストに悩まされていましたから」
「じゃあ裏庭辺りにいるから、霊が消えたら報告宜しくね、ヤイバ」
「わかりました」
フランが裏庭へと向かったのを確認して、ヤイバ達は屋敷の中に入っていった。
中へ入ると待ちかねていたのか、髭を蓄えた樹族の老人が杖をつきながら急いで歩み寄って来た。
「余計な事は何も言わなくても良いぞ、息子よ。結果だけが大事なんじゃ」
そう言ってブラッド辺境伯は手を出した。その手は薬か何かを待っているようだった。
「いいえ、父上。手渡しできるものは何もありません。僕とキャンデが父上の望んだ結果なのですから」
「なんじゃと!」
そう言うとブラッドはじっと息子とキャンデを見つめた。
「おお・・・おおおお!素晴らしい!何より血がある程度以上薄まることが無いのが驚きじゃ。誰と結婚しようが一定の確率でエリート種が生まれる!でかした!これで魔物や敵国の脅威を減らすことができる・・・。やった・・・やったぞメリッサ!あの世で見ているか!・・・グッウゥ!」
ブラッド辺境伯は喜んでいたかと思うと突然胸を抑えて苦しみだした。
―――おまえだけ・・・幸せになろうなんて虫が良すぎるぞ―――
―――そうだ!我々から奪った人生を返せ!―――
―――俺には妻も子供もいたんだ!今頃ひもじい思いをしてるだろう!なのにお前は―――
無限とも言える数のゴーストが屋敷の壁や地下や天井から現れ、ブラッド辺境伯に触ると少しずつ生命力を削り出した。
「辺境伯!」
ヤイバは咄嗟に辺境伯の前に立ったが、対ゴースト用の光魔法は少なかった。
「【消滅】!」
一瞬、部屋中のゴーストを消滅させたと思ったが、新たに悪霊は湧き出てくる。
ヤイバは気を失ったブラッドを抱きかかえて、体に入り込もうとする悪霊達を躱しながら叫ぶ。
「これでは限がない!誰かフランさんを呼びに行ってくれ!」
「はい!」
イッチはキャンデと共に裏庭まで走った。大声を上げてフランを探したがいない。
まるで結界の儀式の途中で掻き消えたかのように、地面に触媒が散乱していた。
「そんな・・・フランさんがいない・・・!」
「フランお姉ちゃんは悪霊に連れ去られたの?」
イッチはキャンデの言葉に答える事も無く顔面蒼白になり、ただ無言でその場に立ち尽くすしかなかった。
「一体、どれだけ実験で人を殺したのかね?辺境伯は!」
カワーはぶつくさ言いながら、名剣ナマクラを振る。剣に当たったゴーストは次々と消滅していった。
「ハッ!腐っても魔法武器だな!」
魔法武器は実体を持たないアンデッドにも有効だ。逆を言えば実体を持たないアンデッドには銀の武器か祝福された武器か魔法武器しか効かない。
ヤイバがゴデの街で買った武器は、普通のバトルハンマーなのでゴーストには効かなかった。なので武器に光の魔法を付与する。
ついでにワロティニスの持つ杖にも付与した。格闘能力の高い召喚士である彼女は杖を器用に棍のように振り回して、ゴーストを撃退している。
「この数は尋常じゃない。恐らくはここで死んでいった人の恨みが呼び水となって周辺の悪霊を集めたのだろう。それにしてもイッチ君達は遅いな・・・。よし、皆!裏庭まで走るぞ!カワー!先行してくれ」
「了解。次期団長」
「こんな時まで皮肉はよせ!」
余裕のないヤイバを見て器の差を見せつけるようにカワーはハッ!と笑ってみせる。いつもの強気で傲慢な態度で剣を振りゴースト達を牽制すると先頭を走りだした。
聖職者が使う祝福された武器と違って魔法武器は死者を成仏することはない。魂ごと消し去ってしまうのだ。
消滅させられる事を知っているのかゴースト達は容易には飛びかかってこなくなった。
しかし、屋敷から出ようとする生者を逃したくはないのか館の扉を勢い良く閉める。
「エリートを舐めるな!」
カワーは扉に体当りすると、蝶番が軋んで壊れ扉は弾け飛んだ。
「ぎゃー!危ねぇ!」
飛んでくる扉をギリギリで避けて、繁華街に行っていたマサヨシが玄関先に現れた。
「どこに行っていたんですか!マサヨシさん!今、屋敷の中がゴーストだらけで大変なんです!」
「なんですとー!」
「取り敢えず、フランさんのいる裏庭へ走りましょう!」
「うい!」
ゴーストたちは陽の光を嫌って屋敷からは出てこない。が、窓辺にびっしりと張り付いていた。白い顔に負の感情を浮かばせてこちらを見つめている。
(きめぇ!田舎の道端に落ちていたビニ本をめくったらゴキブリがびっしりといた時並にきめぇ!)
マサヨシは余計な事を考えてしまい、鳥肌が立ってしまった。鳥肌の立った腕を摩りながらブラッド辺境伯の容体が悪化している事をヤイバに伝える。
「何かハァハァ言ってね?おじいさん」
ヤイバはすぐさまブラッド辺境伯の状態を確かめる。
「虫の息だな。早くフランさんに回復してもらわないと・・・」
容赦なくゴーストに生命力を吸われた手の中の老人は意識はなく呼吸も浅い。
「イッチ君!キャンデ!フランさんは?」
裏庭に立ち尽くす二人にヤイバは声を掛けると、二人は困惑した顔で振り返った。
「・・・ヤイバさん!それが・・・」
「私達が来た時にはもういなかったの!」
窓からこちらを見る悪霊と同じくら青い顔をしたイッチとキャンデがフランを心配して辺りを探し回る。
儀式の途中に掻き消えたかのように触媒を残して、フランはいなくなったように見える。
ヤイバは辺りに何かしら失踪の痕跡はないかと探したが何も見当たらない。
マサヨシも周辺を探しているが、彼は奇妙なサングラスを掛けてしきりに何もない空間を探していた。
星のオーガはノーム同様、おかしな行動をするという認識なのでヤイバはあまり気にはしていない。
「フランさんの事も気になりますが・・・夜が来る前にゴースト達を何とかしないと・・・。マサヨシさん、ウメボシさんを召喚してゴーストを何とか出来ませんか?」
茂みのあちこちを探るマサヨシは上の空で答える。
「ウメボシはこの時代にいないだろ。召喚できても他の天使だと思うぞ。唯の天使だったら精々十体ぐらいしか成仏出来ないでつ」
もう間もなく日が暮れる。裏庭は夕日に照らされて赤い。悪霊たちはもうすぐ自分たちの時間が訪れるのを喜んでいる。
―――もうすぐだ・・・。もうすぐアイツを我らの仲間に出来る―――
窓を引っ掻いてキィキィと音をさせて、目のない眼窩が恨みのあるブラッドを見つめていた。
「参ったな・・・」
困り果てて散乱する触媒を見て、無茶振りだなと思いつつもヤイバは提案してみた。
「イッチ君は錬金術師だよね?もしかしたらそこに散らばる触媒の意味が解るんじゃないかな?僕はメイジなので祈りの術は全く判らないんだ。そこの小さな祭壇に見立てた石の上に触媒をどの位置に置くか推測は出来ないだろうか?」
「多分、解ると思いますが・・・。僕には聖騎士様のような祈りは無理ですよ?」
「うん・・・正直言いうと何も策がないんだ。やるだけやってみよう・・・」
「フン、珍しいな?天才のヤイバ殿が何も思いつかないなんて」
「お兄ちゃんだって何も思いつかない時ぐらいあるわよ!カワーも何か考えたらいいじゃん!秀才なんでしょ?」
「ムッ!」
そう言われてカワーも考えるが、ヤイバにしても自分にしても、祈りは専門外なのでこればかりはどうしようもなかった。
そうこうする間にも日はゆっくりと地平線の彼方へ沈み、屋敷の中の幽霊たちは活性化して激しく動いている。
カワーは代々家に伝わる癒やしのペンダントを取り出してブラッド辺境伯を癒やしていると、イッチが出来たと言った。
「多分これで合っていると思います。鳥の羽は北の方角と天界を意味します。ウンディーネの水玉は南と浄化を。勾玉は東と範囲を意味し、聖なるトレントの手は西と囲うという意味があります」
「よし、では皆で祈ってみよう。悪霊が浄化して次のステップへ行けますようにと。イグナ母さんが言っていたんだ。人の強い想いはマナを介して実現するって。だったら僕らにだって聖職者のような祈りが出来るんじゃないか?例え一人では小さな祈りでも複数いれば何とかなるかもしれない」
皆が祈ろうとした時、マサヨシは叫んだ。
「あった!やっぱり図書館の伝承通りあった!」
マサヨシがサングラスをクイクイとさせながら屋敷の角辺りを見つめており、ヤイバはもしやと思って【魔法探知】でマサヨシの視線の先を見た。
そこにはマナの吹き溜まりのような大きな渦があり、その渦の穴の向こう側にフランがキョロキョロとしている姿がある。
「これってもしかして!」
「そう。もしかしなくてもこれがそう。恐らく帝国に有る三面鏡に頼らなくて済む」
魔法の使えないカワーや、何の話をしているのか判らないイッチ達はキョトンとしている。
ヤイバは直ぐにでも除霊を済ませてあの渦の中に飛び込みたかった。不安定そうに見えるあの渦はいつ消えてしまうか判らない。
「とにかく除霊を急ごう」
一同は一心不乱に祈ったが、やはり聖職者がやるような効果は得られなかった。日が沈むに連れて屋敷の中の悪霊たちは活発になり、今にも外に出てきそうだ。
「日が沈む・・・」
ヤイバがそう言うと森の向こう側で太陽が静かに消えていった。
悪霊は館から滲み出てきてヤイバ達を襲おうとしたが石の祭壇が結界を作っているのか、弾かれて悔しそうな顔をしている。
「このままじゃ、渦までの道が確保出来ない」
「渦?渦とは何だ?ヤイバ」
「僕たちをこの時代に送り込んだ謎の渦があそこの角にあるんだ。フランさんは知らないうちにあの渦に触れて元の時代に帰ったんだと思う」
「それで何もない空間をマサヨシ殿は探っていたのか。何故渦のことに気がついたんだ?」
カワーは時折、結界を突破しそうな悪霊に向けて名剣ナマクラを叩きつけながら聞いた。
マサヨシはサングラスを外して伸びたシャツの襟に引っかけながらカワーの質問に答えた。
「現代のギリスで俺達を吸い込んだ渦は異世界の魔物が出て来る霧と同じで、マナが関係しているんじゃないかと思って街の図書館で調べてたんよ。そしたら時間旅行をした『ほら吹きバードとメイジ』の話を見つけてな」
カワ―はフンと鼻を鳴らして馬鹿にする。
「まさか、お伽話から何かしらのヒントを得たのか?」
「ああ。この話の中の二人は俺達同様、いきなり時間移動をしてしまった。毎日少しずつ移動する元凶となった渦を見つけたメイジが相棒のバードを連れて元の時代に帰ろうとしたんだけど、結局戻ってきたのはメイジだけだったって話なんだ。だから俺はずっとこの魔法を探知するサングラスで渦を探してたわけ」
「何でメイジは相棒のバードを連れ帰れなかったんですか?」
ヤイバは絶え間なく結界に体当たりをしてくる悪霊を警戒しながら聞いた。
「そりゃヤイバ。見ての通り渦が不安定だったからさ。メイジが渦に飛び込んだ瞬間、渦が消えてしまったっていう悲しい話よ。残されたバードが書いた本なんだろう」
それを聞いたイッチは焦りだした。
「じゃあここでこんな事をしている暇は無いじゃないですか!」
「でも、これを放置して帰るなんて後味が悪いよ、イッチ君」
「何を言っているんですか!未来じゃエリート種がいっぱいいるんでしょ?ということはきっと貴方がたが帰っても僕たちは悪霊に負けなかったって事ですよ!」
「そうかもな~。どうもこの時間軸は固定されている気がする。例えどういう展開になろうと未来でエリート種がギリスに溢れるのは変わらないのかもしれないぞ。結局俺たちは出来レースの上で夢を見ているようなもんかもね」
「そんな確証がどこにあるというのです?マサヨシさん!もし未来が変わっていたら?」
「そん時はそん時だ。腹をくくれヤイバ。このままこいつらを助けて渦が消えるのを待つか、こいつらを見捨てて元の時代に帰るかでつ」
「でも・・・」
迷うヤイバを見てマサヨシは真剣な顔で決断を迫った。
「お前の優しさは場合によっては最悪の選択肢を選ぶことになるかもしれないぞ。時に心を鬼にして自分の事を優先するのも大切だかんな!」
マサヨシの言葉にヤイバは納得していないのか尚も食い下がろうとしていた。
二人の間に少し険悪なムードが漂っているように見えたイッチは心に巣食う不安を一蹴して覚悟を決めた。
「僕たちはもうエリート種なんです。心配せずに行って下さい。何から何まで貴方がたに頼っていては未来は切り開けない気がします。それにこれは僕の一族が起こした不始末。だったらその一族である僕が後始末をするのは当然なんです。さぁ行って下さい!」
覚悟を決めたイッチの気持ちを汲んだのか、ヤイバはクソ!と呻いた後頷いた。
そしてメイジが使えるあらゆる援護魔法をイッチとキャンデに唱えるとゴソゴソとベルトの辺りを探った。
「これは黒竜の牙で出来た刺突ダガーです。アンデッドには効果は薄いと思いますが、一応魔法を帯びています。武器がないよりはマシ程度ですが、これで何とか生き延びて下さい」
「ありがとう、ヤイバさん」
「キャンデも絶対生き延びるんだよ!」
「うん、あのね。私なんとか出来そうな気がするの!」
キャンデは絶望的な状況の中でニッコリと笑った。
それはヤイバ達に負い目を与えない演技かもしれないし、本当に自信があるのかもしれない。しかし今はそれを聞く時間は無かった。渦が霞みだしたからだ。
「行くぞ、ヤイバ!」
マサヨシが天使を召喚して道を塞ぐ悪霊達を浄化する。
「あと一回ぐらいしか召喚出来ねぇから急げよ皆!」
ヤイバを先頭にしてワロティニス、マサヨシが続き、殿はカワーが受け持った。
結界から出たヤイバ達を悪霊は喜々として襲いかかる。
もう一度マサヨシが天使を召喚して近づく悪霊を浄化している隙に、ヤイバは愛しいワロティニスを渦を真っ先に飛び込ませ、次にマサヨシを飛び込ませた。その間にも渦は霞んでいく。
「カワー!早く入れ!」
「僕には魔法の武器が有るから最後でいい。先に行けヤイバ!直ぐに追う!」
ヤイバは頷くと渦に飛び込んだ。
その刹那、世界は昼間になり空に浮かぶ太陽の光が目に飛び込んでくる。それは夢心地で体に力が入らない不思議な感覚だった。
ヤイバは渦を通る時に気絶したことを知らない。この渦がそういう特質なのかは判らないが、通った者は誰だろうが気絶する。
渦から飛び出てくるやいなや手足の力がなくなって気絶する皆を、フランは絶妙なタイミングで回復していき、成るべく意識を断絶させないようにしていた。
崩れ落ちそうになった体を踏ん張って体勢を整え、ヤイバはフランに聞く。
「カワーは?」
「まだよ!渦の向こう側で悪霊と戦ってるわぁ!」
「急げ!カワー!」
「ハッ!流石のエリートである僕もこの数の悪霊に纏わりつかれると動けないようだな。どうやらここまでのようだ・・・」
必死に名剣ナマクラを振り回すカワーだが、無限とも思えるゴーストに少しずつ体力を奪われていく。
それでも彼は楽しそうに剣を振り回して悪霊を消滅させていった。
「悪いがヤイバ。父上と母上に僕は立派に戦って散ったと伝えてくれ。それから・・・学生時代に誰とも友達を作ろうともしなかった僕に話しかけてくれてありがとう。僕は凄く嬉しかったのだよ。君はいつでも嫌味な僕を皆と同じように扱ってくれたからね。そしてついには親友とまで呼んでくれる間柄になった。ありがとう、ヤイバ。本当に嬉しかったよ!そして・・・さようならだ!我が一族と親友に祝福あれ!」
霞んだ渦の中で必死に戦うカワーの姿が段々と小さくなっていく。渦が縮んでいるのだ。
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「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
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