未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(149)

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 「貴方が何者であれ、修道院に来たからには優遇はしません」

 顔に深い皺を刻んだ修道院長のマルダはルビーに会うなりそうピシャリと言い捨てた。

 ルビーは貴族としてのいつもの癖で、馬車のタラップから降りるのに誰かが手を貸すのを待っていたのだ。

 ざっくばらんで明け透けな性格とは言え、身に染み付いたお嬢様の振る舞いは直ぐには変えられない。

「失礼しました」

 ルビーはタラップを素早く降りるとスカートを軽く持ち上げて自己紹介をした。

「私はウォール家の長女ルビーです。暫くの間、お世話になります」

「はい。私は修道院長のマルダ・マーダ。貴方の身分やここに来た経緯など関係なく、皆と修道院で規則正しい生活を送ってもらう事になります。では貴方のお部屋へ案内致しましょう」

 そう言って院長は足早に修道院の中へ入っていく。ルビーは急いで彼女を追いかけた。

 中へ入ると皆何かしら訳ありな雰囲気を持つ樹族や地走り族、獣人の女ばかりで縫物の作業をしている。

「食べる分のお金は自分で稼いでもらうのが我が修道院のモットーなのです。編み物や庭の野菜の世話、バザーの為の買い出し、色々な事を経験してもらいます。来たるべき時が来るまでの間、貴方はここの修道女だという事を忘れずに」

「はい」

「では部屋に荷物を置いたら皆に紹介しますので、広間へ」

「はい」

 家族には修道院に興味があると強がってみたものの、やはりいつもと違う生活にルビーは不安を感じずにはいられなかった。

小さな部屋は二人部屋で二段ベッドがあり、宛がわれたベッドの二段目に歯ブラシや下着などが入ったカバンを置くと部屋から出て、広間へと向かう。

(ヤイバが早く犯人を見つけてくれるといいな・・・)

 ルビーは少し元気なく俯くと神の子ヤイバの捜査が早く終わる事を願った。




 ルビーの願いとは裏腹にヤイバとマーは捜査の為に訪れようとした王族の館の手前の森で暗殺者に足止めをされていた。

 真っ先御者が狙われ、走行する馬車から勢いよく転げ落ちる。

 ヤイバとマーは制御を失った馬車から飛び降りると、直ぐに御者の元へ行き傷の具合を確かめた。

「何とか敵の火球はレジストしたようですが、落下時の衝撃で肩の骨を折ったように見えます」

「癒し手はニイク邸にでも行かないといないだろう」

「隊長はその方を守ってやってください」

「解った」

 姿を現さない暗殺者達に対して、ヤイバは【魔法探知】で探る。すると魔法の武器や防具を付けた者の姿が草の茂みに浮かび上がる。

「見つけた!」

 ワンドや杖の代用品であるブレスレットを敵に向けるとヤイバは詠唱を開始した。

「【麻痺の雲】!」

 師匠であるイグナが得意とする闇魔法はヤイバも得意である。

 呆気ない程に暗殺者達はバタバタと倒れていった。

 樹族は闇の魔法を禁忌と見なして触れようともしないせいか、対抗策に乏しく抵抗力があまりない。

 ヤイバは暗殺者の顔を確認するために近づいて緑色の覆面を剥がした。

「オーガメイジ如きが・・・」

 どこにでも居そうな樹族の貴族は痺れた体をくねらせて、何とか立ち上がろうとするも麻痺の効果がそれを許さなかった。

「お前たちが永遠の緑葉か?」

「そうだ!!お前たち亜人達はこの国から出て行け!この国にオーガやゴブリンやオークは要らない!地走り族も獣人もだ!」

「何故王族を殺した?」

「見せしめ以外に何がある?今の王族は腰抜けだ!闇側である帝国に媚びへつらい、闇側の者と交流している。もう何年もだ!だから俺たちは腰抜けどもを殺す!まずは王から遠い王族を殺し、徐々に王へと近づく。じわじわと忍び寄る恐怖に奴らは震えて眠る事になるだろう!」

「お前たちを支援している者がいるはずだ。でなければこんな組織的で大胆な活動が出来るはずがない!答えろ!」

「支援者などいない!偉大なる樹族の神に従っているまでだ!我々は同胞の為にいつでも礎になる覚悟はあるのだ!さぁ!さっさと殺せ!」

 馬の嘶きと共に騎乗した複数の騎士が走って来る。

 王族の館を尋ねる途中のワンドリッターとその部下だった。

「グリーンブライト卿!どうなされた?」

 ソラス・ワンドリッターにグリーンブライトと呼ばれた樹族はニヤリと笑うとヤイバを指さした。

「神の子ヤイバ様がご乱心なされた」

「謀る気か!お前は永遠の緑葉の一員だろう!」

 ヤイバは手を薙ぎ払って怒りを露わにする。

「ヤイバ様はそう言っていきなり襲い掛かって来たのだ。我が永遠の緑葉の一員だと難癖をつけてな!我々は王の命令でニイク邸に書簡を届ける途中であった」

 そう言ってグリーンブライトは懐から何とか羊皮紙の筒を見せた。

「幾ら神の子ヤイバ殿でも、これは捨て置けない話ですな。功を焦るばかりに罪もない者を犯人に仕立て上げようとは・・・。大人しく捕まって頂けば痛い目を見ずに済みますぞ?」

 そう言ってワンドを懐から取り出すワンドリッターに「ハッ!」とマーが鼻で笑う。

「最初からこうなるよう仕組んでいたのだろう?下らん茶番だ。如何にも浅はかで頭でっかちな樹族の考えそうな事だな!」

「オーガ如きが!」

 図星を突かれたワンドリッターは顔を真っ赤にして怒り、ワンドをサッとマーに向ける。

(隊長の挑発は何故か効果が高い。大したことは言っていないはずなんだがな・・・。声質のせいか?)

 ヤイバは戦場で敵をあっさりと挑発して判断力を失わせているマーを何度も見ている。挑発に乗って進軍した敵を挟撃するなどして作戦がすんなりと進むこともあった。マーとカワ―がいれば怒らない相手はいないのではないかと思うほどだ。

 マーは次に脅しをかける。

「ほう?いいのか?我らは帝国の騎士の中でも皇帝と直接話が出来る程の立場だ。手を出せばこの国がどうなるか判らん馬鹿では無かろう?」

「どの道、王には失脚して頂く。帝国が侵略してきたなら今度は帝国と戦うだけだ。手間が省けていい。お前たちはここで骸となれ!」

 怒りで本性を隠そうとしなくなったグリーンブライトの言葉にマーはいよいよ大笑いをして腹を押さえた。

「とうとう本性を現したな?自国を裏切る愚か者め!お前達のような軟弱な樹族が果たして帝国のゴブリン部隊にすら勝てるかどうか!ハーッハ!それに帝国との国力の差を考えろ!根性論でどうにかなるものではないぞ!」

「我らにはそれだけの力がある。何せ我らには樹族の神がついているのだから」

「名も無き神に何の力があろうか!」

「何とでも言え!我らの神は気安く名を呼んでいいものではないのだ。お前らの死んでしまった現人神のように即物的な利益を与える俗物ではない」
 
 樹族と言い争うマーの横でヤイバは父の名を汚された事を静かに怒り、もう問答は必要ないと感じ、もう一度【麻痺の雲】を唱え始めた。

 数々の強敵を倒してきたヤイバ相手に貴族たちが敵うはずもなく、彼らは【麻痺の雲】を吸って地面に顔を叩きつけるようにして倒れていった。

 何か懐刀でも出してくるのかと警戒していたヤイバだったが、それ以上何事もなく肩透かしを食った形となった。

(謀反発言を裏側はいつものようにどこかで記録をしてくれているとありがたいのだが・・・。今回は彼らの気配を感じないな・・・。やはりこの件には関われないのか?)

「どうやら樹族の神とやらはお前らを守ってくれなかったようだな。大体、数々の二つ名を持つヤイバに真正面から戦いを挑むのは馬鹿のする事だ。よし、ヤイバ。こいつらを縛り上げてアルケディア城まで連行するぞ」

 その前に、と前置きをしてからマーは彼らの装備や服の下を探り出した。

「何をしているのですか?隊長」

「ん?こういう輩は大抵自分たちの所属を証明するための何かをこっそりと持っているものさ。それが彼ら自身の永遠の緑葉としての証拠になるだろ。後で捨てられたりしたら困るしな」

 間もなくして彼らの懐から、木のマークがついた転移石が見つかった。

「この転移石がそうだな。こんな高価な物を何個も買えるという事は、こいつらのボスは相当な金持ちだと推測ができる。よし、縛り上げたか?これより馬に乗せて市中引き回しの刑といくぞ!ハッハ!」




 バガ兄弟は自分たちを襲った騎士の入っていった館へと難なく侵入していた。

 兄弟の隠遁術を極めた証なのか、彼らの姿は見えているのに館の者は誰一人として侵入に気づかない。

「新緑はいつまでも」

 騎士はとある部屋の前で合言葉を言うと、ドアを開けて中に入った。

 目の前で直ぐに閉まった扉に兄弟は躊躇する。

 合言葉を言わないと恐らく呪文が発動したり呪いが発動する仕組みの扉だと知っているからだ。これまでに何度もこの手の扉には手こずらされた経験がある。

 声を発したり、攻撃を仕掛けたりすれば隠遁の術は解ける。なので迂闊に合言葉を言う事はできない。

 もう少し状況が有利になるような情報が欲しい兄弟は壁に耳を当てて部屋の中の会話に集中した。

「カルト教団”神罰“の残党を始末してまいりました」

 そう報告する騎士に館の主らしき男は声に失望を滲ませていた。

「へぇ・・・、そう?じゃあドアの向こうで聞き耳を立てている者は何者だい?」

「えっ?」

 騎士はバガー兄弟が待ち構えるドアまで走ってきて勢い良く開けた。

「兄者、こいつは馬鹿だな」

「そうだな、弟者」

 ドアを開けたと同時に兄弟のダガーが時間差で騎士の喉を切り裂いた。

 同じ場所を二回斬られた騎士はゴボゴボと血の泡を喉から吹いて絶命するとドアストッパーのようにして横たわった。

 幸い、召使等が通らない通路なのか誰にも騒がれることは無かった。

「探したぞ、お前」

 兄の三白眼が目の前の貴族を睨めつける。

「探したって言われてもね・・・。僕は君たちの事など知らない」

 テーブルに肘をついて頬杖をつく樹族は頼りない顔で笑う。

「お前は我らが兄弟を屠り尽くした。故に”神罰“の掟によりお前の命をもらうぞ。アンドラス」

「どうして君たちは私が街で魔法院復活の署名活動をしている時に襲ってこなかったのだい?変装を見抜いていたのだろう?」

「お前の部下が見張っていただろう?どこかで」

「いいや?一人だったが?もしかしたら裏側がたまたまあの場にいたのかもね」

「では思い違いだったか。ここでお前を殺せば何も問題はない」

「僕を殺す事が出来るかなぁ?チャビン老師程ではなくともそれなりに魔法の術には長けているつもりだけど」

「この距離ではお前の詠唱は間に合わない」

「どうかな?」

 オークの兄弟が立つ床でいきなり魔法陣が輝き出した。魔法のトラップだ。

 しかし、二人は慌てること無くそれを瞬時に前方に跳んで避け、その勢いのまま左右からアンドラスをダガーで攻撃した。

 ダガーは的確に急所を狙った。兄は頸動脈を、弟は心臓を。

 暗殺者が長く生き残るのは稀だが、このオークの兄弟は何十年も生き抜いてきた手練れである。その手練をもってしても、アンドラスを仕留めることは叶わなかった。

 彼は霧のように消えてしまったからだ。

 兄は弟に言う。

「何故か判らないが弟者よ・・・・お前が憎い」

「それは奇遇だな、兄者。俺もだ。感情を久しぶりに持った気がする」

 無表情のまま二人はダガーでお互いに斬りかかった。

 ダガーが火花を散らすと二人は我に返る。

「何故我らは戦っている?」

「判らない、兄者」

 クククと笑ってアンドラスがふわりと何もない所から現れた。

 現れてからの彼の雰囲気がガラリと変わった事に兄弟は不審に思い警戒する。

「僕はね、人々に簡単に不和の種を植え付けることが出来る。君たちは今、互いを憎く思っただろう?」

「おかしいな、兄者。我らに精神魔法は効き難いはず」

「ああ、我らに精神魔法はほぼ効かない。そのように育て上げられた」

 兄は不思議そうにアンドラスを見つめる。魔法を唱えたような形跡はない。

「先程の魔法トラップは回避したはずだな?弟者」

「確かに回避したぞ、兄者」

 アンドラスは更に大きく笑う。

「お前達の世界ではあれが魔法の罠に見えるのか。あの魔法陣こそが魔法が発動した証。もうお前達に勝ちはない」

「次は抗ってみせるぞ、アンドラス」

 兄の感情のない声がそう言う。

「出来るものならばどうぞ。さぁ兄弟で殺し合え」

 バガー兄弟は先程と同じように兄と弟でダガーを交えた。

 今度はダガーの火花程度では互いの憎しみを振り払うことは出来なかった。

 火花が散る中でアンドラスはゆっくりと椅子に座って戦いを見ている。時折コップの水を飲み、小さなチョコレートを口に含む。まるで街に来たサーカスでも見ているかのように兄弟の戦いを観戦していた。

 暫く攻撃の応酬を繰り返した後、バガー兄弟の兄はいつもの様に感情のない声で言った。

「抗えたぞ、弟者」

 抗えた、と言った兄は確かにそうだった。戦いの最中、差も当然のようにダガーを鞘に納めたからだ。

 兄の精一杯の抵抗が、ダガーを鞘に収めるという動作だった。

 これにはアンドラスも驚きの表情を見せ、立ち上がるとブラボーと大声で拍手をしだした。

―――トスッ―――

「あ・・・抗えなかった・・・兄者」

 ダガーが兄の胸に抵抗なく刺さる。

「それは仕方が・・・無いな・・・弟者・・・。生き延びろ・・・」

「わかった・・・・」

 バガー兄弟の兄はついに何十年と続いた暗殺者としての生涯に幕を閉じてしまった。自分の生涯に終わりをもたらした弟にもたれかかるように倒れると静になる。

「おや、弟の勝ちですか。僕は兄に掛けていたんだけどな。つまらないね・・・。お前も自害しろ!」

 そう命令すると弟の持つダガーはゆっくりと自身の喉を切り裂こうと動く。

 アンドラスは手を擦り合わせてその瞬間を待ちわびていた。

「早く血の花を咲かせて下さい、弟さん。おや?えらく抵抗しますね?」

 弟の震える手があと少しで首に刃を突き立てようとしたその時・・・。

「待て」

 ブゥゥンと音がして突然室内に仮面のオーガが現れた。

「なんだ、貴方ですか。しつこいですね。撒いたはずですよ?」

 ヒジリはオークの背後から自害しようとするその手を止めた。

 無表情だったオークの暗殺者の目に感情が浮ぶ。

 ポトリポトリと涙を零し始めたのだ。生まれてからずっと感情を押し殺して生きてきた弟は、唯一の肉親を殺してしまった後悔と悲しみに震えだす。

「兄者が死んだ・・・。兄者が・・・。兄者は本当の兄だったんだ・・・。お・・・俺が殺してしまった・・・俺がぁ!」

 悲しみを噛み殺すような顔でオークはヒジリに振り向くと嗚咽を漏らしながら言った。

「・・・お前はアンドラスの仲間じゃないのだろう?頼む・・・仇を取ってくれ。ひ、人を沢山殺めてきた暗殺者の俺が初対面のお前にこんな事を頼める義理も貸しも無い事は解っている!でも頼む、兄者の仇をとってくれ・・・。お願いだ・・・お願いだァーーーー!!!」

 ヒジリは弟の手からダガーをもぎ取ると開いていた窓の外へと捨てた。そして震えるオークを少し抱きしめて囁いた。

「ああ・・・君の強い想いは届いた」

「はぁ?何を言っているのだい?お前は今からそのオークと殺し合いを始めるのだが?」

 床には先程バガ兄弟を争わせたものと同じ魔法陣がまた激しく光り、不敵に笑うアンドラスの顔を照す。

「人の心を持て遊ぶお前は許すことが出来んな。灰となって散れ」

 ヒジリは冷たい声でそう言い放つと、電撃グローブをバチンと叩き合わせてアンドラスを倒すべく構えた。



 
 同士討ちにしようとしたが、幾ら魔法を発動させてもバガー兄弟の弟は動こうとしなかった。疲れてぐったりと床に座り込む彼を見て、アンドラスは舌打ちをする。

 その顔面へ、オーガのパンチがブンと唸りを上げて跳んできた。

 それをアンドラスは何とか回避すると、大きく後方に飛び退く。

(ば、馬鹿な。この僕に余裕がないだと?こちらは補助魔法で身体能力を大幅に強化しているのだぞ?アンドラス、もっと力をよこせ!)

 アンドラス本人がアンドラスに語りかけているのか、それとも別の誰かがいるのか、彼の頭の中にいる何者かは、この星に無限に溢れるマナを吸収し魔法の効果を発動する。

 体のいたる所で魔法陣が浮かび上がると、筋肉はギリギリと引き締まり、動体視力や脳の情報処理速度も上がった。

 しかし、それでも仮面のオーガはこちらが辛うじて見切れる速さで攻撃を繰り出してくる。

 その一撃はとてつもなく速く重い。

 パンチの風圧だけで体を持っていかれそうになり、バランスを保ちながら回避するのは至難の業であった。

 攻撃をかわしながらアンドラスは徐々に後悔をし始める。

(何者だ、この男は・・・・。先程から何度も発動させている魔法が効いていないだと?しかもこのオーガは戦いながら相手の行動パターンを見極めている!)

 アーモンド型の目がアンドラスの速さに順応していくたびに攻撃速度は上がっていくのだ。

 そしてとうとうアンドラスのブーストされた回避能力にも限界が見えてきた。オーガの攻撃が掠ったからだ。

 パンチが少し頬を掠っただけでマナをごっそりと奪っていき、電撃は皮膚を激しく焼く。一番厄介なのが彼の攻撃で自身にかかっている補助魔法を全て消されてしまった事だ。

 アンドラスはそうなる仕組みが全く理解できず混乱し、次の攻撃が来る前にゴキブリのように這いずってテーブルの下に隠れた。

(こんな化け物がいるとは・・・。僕はここで神になる予定だったのに。困ったなぁ・・・。そうだ!・・・・迷わず逃げよう!)

(逃げるのかい?アンドラス。僕の望みはまだ叶っていないけど?)

 アンドラスの中のもう一人が話しかけてくる。

(ここで負ければ、どの道君は終わりさ。君の望みを叶えるために、ここで踏ん張る意味なんてないのだから)

 残り僅かなマナを使ってアンドラスは【姿隠し】で消えてしまった。

「逃げても無駄だと言っておく。次に現れた瞬間、君の居場所が私には解るのだからな」

「嘘だね!そんな事が出来るのは僕がなろうとしている神だけだ!さようなら、仮面のオーガ。今度会う時、敵は僕だけじゃないぞ!」

 ヒジリは暫くアンドラスの不意打ちを警戒したがその気配は無かった。

「逃げたか・・・」

「きゃあ!」

 召使いが騒ぎに気が付いて駆けつけ、騎士の死体に怯えている。

「行くぞ、オーク。私はまだ君の願いを聞き届けてはいない」

 ヒジリは暗殺者の弟を抱きかかえると一階の窓を突き破って庭に出た。

 疲労と兄を失った悲しみでぐったりとする弟は遠くなっていく兄の亡骸を悲しそうに見つめていた。

「兄者・・・」

 弟を生き残らせようと敵の精神支配に抗った兄は床の上で仰向けに倒れ、顔は部屋の入り口を向いていた。

「最後に顔が見たかった・・・。兄者」





 アルケディアの通りを、オーガを先頭に一列に繋がれた馬がゾロゾロと歩いている。馬の上には後ろ手に縛られた騎士や貴族がぐったりとして乗っている。

 人々はこの異様な光景に何事かと集まる。

「彼らは謀反者であーる!国を裏切り、国王暗殺を企てた恐ろしい悪の一味なのであーる!」

 マーの奇妙な喋り方にヤイバは困惑する。

「何ですか、その特撮ドラマのナレーションみたいな説明は・・・隊長・・・」

「民衆に解りやすく演出しているだけだ」

 面識があるのか、野次馬の中の富豪の地走り族が大声でワンドリッターとグリーンブライトを指輪だらけの指で指した。

「あれはワンドリッター卿とグリーンブライト卿だ!」

「なんだって?名前だけは聞いた事がある。そこそこ有名な貴族じゃないか」

「ヤイバ様、本当に彼らが?」

 マーの説明だけでは信じられないといった顔で、巡回中の騎士が話しかけてきた。

「ええ、確かに彼の口から国の転覆を企てる言葉を聞きました。後はシュラス陛下が判断してくれるでしょう」

「神の子ヤイバ様が言うならそうなのでしょう。それにしても・・・恥知らずめ!さっさと法の裁きを受けろ!」

 ペッと唾がグリーンブライトの特徴のない顔に飛ぶ。

(我らには樹族の神が付いている。この程度の屈辱では心は折れんぞ、運命の神よ)

 頭に直撃はしなかったが、誰かが罵倒しながら投げた石がワンドリッターのソバージュの黒髪を掠める。

(直ぐに我らの神が助けてくれよう。今は耐える時か・・・)

「皆さん、物を投げないで下さい!」

 ヤイバは段々とエスカレートする群衆に向かってそう言うとスキルでワンドリッター達を守った。

 いよいよ城の門が見えてきた。

 自分たちには神がついていると信じる謀反者達であったが、心の僅かな部分に不安はあった。

 神が助けに来なければ自分たちは斬首刑くらいにはなるだろうか?一族はどうなるのか?

 アルケディア城の巨大な門は謀反者の不安を駆り立てる。
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