348 / 373
禁断の箱庭と融合する前の世界(152)
しおりを挟む
棘の付いた大きな鉄球は正確にゴールキを狙う。
しかしゴールキはよろよろしながらも何とかそれを避けて息巻いた。
「相変わらず単純な攻撃じゃな、ムダンよ」
「骨と皮だけになったお前に少し手加減をしているだけだわい」
時折、サキュバスに抗う騎士の流れ魔法がゴールキを襲う。
すかさずマサヨシがそれを身に受けて無効化するが、ムダンの投げた鉄球が我が身に迫って来るとヒィと情けなく悲鳴をあげて、盗賊スキルを発動させた。
「あぶねー!盗賊から見切りスキルを教えてもらっておいて良かったわー」
酒場で酒を一杯奢ったお返しに教えてもらった盗賊スキルは今ここで初めて役に立った。
「最初から覚えていた分身だったら薙ぎ払われて当たってたな・・・」
「邪魔だ!すっこんでろ、マサヨシ!」
ゴールキの手に押しのけられて、マサヨシはつんのめる。
「くそったれが!誰の為に命張ってると思ってんだよ!」
しかし当の本人は聞いていない。
ムダンとの攻防に目を輝かせている。クロスケに一時的に老化の影響を抑えてもらっている体は軽く、足腰も全盛期とまではいかなくともムダンとの戦いには十分な動きだった。
ぶつくさと文句を言うマサヨシの後方で傭兵のゴブリン達が騒ぎ出した。
「ギャギャ!魔法がくるぞーー!」
「んな、あほな!あいつら仲間共々一掃するつもりかよ!」
辺り一面を小さな火球が焼いていく。空から雨のように降り落ちる無数の火の玉を避けるのはほぼ不可能だった。
ムダンは大量に降ってくる小火球に身を焼かれながらも、耐えて味方のいる国境砦に向かって叫んだ。
「どういうことだ!トチ狂ったか!コーワゴールド!広範囲の遠隔魔法は開戦時に一発だけという話だったろうが!ああ、可愛いワシの部下達までもが・・・」
しかし遥か後方にいるコーワゴールドに聞こえるはずもなく、味方に裏切られたという憤りと炎が身を焼く。
炎のまわりは早く、彼は苦痛で気絶してしまった。
ムダンと共に戦場の真ん中まで出ていた樹族の騎士達も傭兵ゴブリン達も同じ様に燃えている。
「ゴールキの爺ぃ!下がれ!さっさと後退しないと、そこのムダンみたいになるぞ!」
雨あられの様に降ってくる火球からゴールキを庇ってマサヨシは退避を促した。
しかし、ゴールキは動こうとはせず、燃えゆくライバルを愕然として見つめるだけだった。
「くそったれが!」
マサヨシはムダンに触れると彼の体を焼く魔法効果を消す。しかし既に燃えている服などの炎は消せない。手ではたいたり、腰の水袋の水をかけて火を消すとゴールキに「担いで逃げろ」と叫んだ。
ゴールキは言われた通りに気絶したムダンを担ぐと、マサヨシを心配した。
「お前はどうすんだ!」
「いいから行けよ、爺!邪魔なんだよ!さっさと行け!」
異世界の地球から来た地球人は、ありったけのマナをその身に宿しある人物を思い浮かべた。
「いでよ!ウメボシ!」
一瞬世界に音が無くなり、時が止まった様な錯覚をマサヨシは起こす。
体が燃える熱さと苦痛の中、地面に体を擦りつけて火を消そうとジタバタとのたうち回るゴブリンは妻や子供の事を思う。
(もう一回母ちゃんを抱きたキャった。子供がもう一人欲しキャった・・・)
赤くなった鎧の熱が肌を焼く若い樹族の騎士は現状の理不尽さに嘆いた。
「不名誉なり!味方に撃たれ倒れるとは!あぁ、愛しい我が君よ・・・」
火に焼かれ地面に仰向けに倒れた戦場の戦士たちは見た。今にも雨が降りそうだった曇り空から薄明光線が降り注ぐのを。
「あれは・・・天使様だ・・・」
誰かが焼ける唇でそう言った。
薄明光線から天使の羽が降り注いだかと思うと、光る羽は人の形を成す。
帝国軍の制服に似た服を着る、ポニーテールを揺らす天使は、悲しそうな目をして戦場を見廻す。
そしてゆっくりと手を上げると、あたり一面の炎が消え光の柱があちこちで立った。
光の柱の下では火傷で瀕死だった騎士や傭兵たちが無傷の状態まで癒やされて意識を取り戻していく。
ウメボシは全員が回復したことを確認するとニッコリと笑って消えていった。
ゴールキに背負われたムダンも意識を取り戻し、現状を察してポツリとゴールキに礼を言う。
「助けてくれたのか・・・。敵に助けられるなぞ、末代までの恥。しかし・・・例を言うぞゴールキ」
「ワシは何もしとらんわい。フン!」
門から地走り族の伝令が大声で叫びながら走ってくる。
「コーワゴールド様が討ち死にー!」
ムダンは驚いてい体から力が抜け、ステンと地面に落ちた。
「なんじゃと・・・!誰にやられた?」
「それが・・・よくは見えなかったのですがオークの暗殺者に・・・」
マサヨシが美少女アニメキャラの描かれたTシャツに付いた灰をはたき落としながら言う。
「コジーだな。良かったじゃねぇか、ムダン。コーワゴールドとやらはお前らを裏切ったんだろ?」
「うむ・・・。しかし、気の優しいあ奴がまさか・・・」
「まぁ人の心はコロコロ変わるもんさ。気にしても仕方ねぇって。それにほっといたらまたあの強力な魔法を撃ってきてただろうし」
気まずそうな顔でゴールキはムダンを見る。
「で、どうすんだ?ムダン・・・」
「折角お前の息の根を止めるチャンスだったのに、水を差された形になったわ」
「お?今からでも決着をつけてもいいが?」
「止めろ、爺共」
マサヨシが鋭い目をもっと鋭くして二人を睨む。
「煩い、豚人じゃな。お前が飼っているのかゴールキ」
「うんにゃ。この豚人は一応星のオーガじゃぞ?」
「な、なんと!ご無礼をお許し下さい!」
ムダンは慌ててゴールキの背中から降りると、跪いて胸から木の形をした銀のペンダントを出して祈った。
そんなライバルをゴールキは苦い顔をして見る。
「相変わらず信心深いな、お前は」
マサヨシはいい気になってホッホッホと笑った。
「これ、そこなもの。苦しゅうない。楽にせい。朕は神なり。投降せよ」
「ハハァー!」
ムダンは跪いたまま頭を下げた。
丸っきり白けてしまったゴールキはハァ~と長い溜息をついて肩をすくめ歩きだす。
「アホくさ!ワシはゴデの街に帰るぞ。しょうもない引退戦じゃったわ!」
そんなゴールキの背中を見てマサヨシはホッとする。
(しょうもなくていいんだよ。変にドラマチックな事が起きたりしたら俺はヤイバに向ける顔がねぇ。引退後は穏やかに命を全うしてくれや、爺さん)
気がつくと自分の周りで祈る樹族達を見てマサヨシは優しい笑顔で頷くと、ゴールキの後を追った。
樹族の騎士達に取って砦の戦士は悪夢でしかなかった。
長年の鍛錬と成長の速さ、魔法の武器防具の更新を繰り返して化物と化したオーガ達に全く打つ手が無いのだ。
「怯むな!砦の戦士の中にも新米はいる!そいつを狙って数を減らせ!」
シルビィの指示が飛ぶが、オーガの手練と新米の区別はつき難い。それほど、全体のレベルが高いのだ。
素早く激しく動く巨人たちは次々と拳や鈍器で騎士を気絶させていった。
「殺さないのか?くそ!舐められたものだ!こうなることは予想していたが・・・ここまで手も足も出ないとは・・・」
バリケードの向こうで狼狽するシルビィとは対照的に、戦場でスカーは退屈そうな顔をしてベンキにぼやいた。
「つまんねぇな・・・ベンキ」
「ああ、俺達は強くなりすぎた・・・」
歩くマジックアイテムと化したオーガ達には魔法が効きづらい。並のメイジでは歯が立たない域まで彼等は達してしまったのだ。
「短命種の成長率は侮れんな・・・。ヌリ!暫くオーガ達の注意を引きつけておいてくれ!」
「・・・」
「返事ぐらいしろ!」
ヌリは黙って前線に出る。鉄騎士のような大鎧を来ており、その姿は小さな鉄騎士のようにも見える。
「おいでなすった!あれが鉄壁のヌリか。先行のオーク部隊があのメイジには手も脚も出なかったそうだぜ?」
「かつてのヒジリ軍曹のようだな。あの小型のイービルアイに気をつけろ」
砦の戦士たちが一斉にヌリに襲いかかる。
が、攻撃は尽く弾かれ更に回転するイービルアイからは【魔法の矢】が次々と発射された。
防具の魔法防御を無視して貫通してくるビームは戦士たちの脚を次々と貫いていった。
「ぐわ!」
「ぬぅ!」
新米の戦士たちは苦痛に声を上げて、痛みに耐えながら後方に飛び退る。
ドォスンやベンキ、スカーは回避して無事だったが、それ以外の戦士は戦闘が難しくなってしまった。
「くそったれめ!ウメボシモドキの攻撃一回で新米たちが戦闘不能になるとは・・・」
スカーは口の中に入った砂埃をペッと吐いてコウメを睨む。
「怪我をしたものはシャーマンかドルイドのいる所まで下がで!」
ドォスンが大声でそう言うと、騎士たちが追撃を仕掛けてきた。
「砦の戦士達は弱ってるぞ!強化魔法を掛けた俺達の肉弾戦でもやれるはずだ!」
樹族国騎士団の団長らしき男が部下を鼓舞する。
オオオ!と雄叫びを上げて樹族達は走ってくる。その騎士たちの前に、ワロティニスの召喚した大きなデスワームが地面を割って現れた。
「今のうちだよ!けが人は下がって!」
騎士たちが躊躇している間に、若いオーガ達はシャーマン部隊のいる後方まで下がっていった。
威嚇をしていたデスワームだが、突然頭をクロスボウの矢に貫かれ沈んだ。
更に矢はワロにも飛んできたがスカーはそれを掴んで折った。
「どこかでレンジャーかスカウトが俺たちを狙ってるぜ!気をつけろ!」
「うん!」
数は多くはないが、複数のレンジャーたちが潜んでいる気配は感じ取れた。
「虎視眈々と獲物を狙う気配・・・。こりゃあ冒険者だな。厄介な・・・」
冒険者は騎士のように規則だった動きをしない。臨機応変に予測不可能な攻撃をしてくる。
砦の戦士の中でも中堅どころのギャラモンはシャーマンに傷を癒やしてもらうとすぐに前線に復帰してきた。
「だったらよ!俺が冒険者の糞どもを見つけてくるよ!」
力自慢で生まれつき傷の治りが早いギャラモンは多少のことなら無理が通る。そのせいか無鉄砲な所があり、自信満々に何者かの気配がする森の方へと走り出した。
「森に怪しい気配がする!」
「馬鹿!迂闊だど!」
ドォスンの忠告虚しく、彼が走った先には魔法トラップが配置されていた。
ボワッと煙が上がってギャラモンは昏倒の煙を吸いこんでしまい失神して倒れた。
「シシシシシシ!」
森から、ガラガラとした笑い声が聞こえてくる。
ドォスンがよく知っている声だ。
「いるな?どこだ?コロリン!」
「コロネだよっ!」
コロネのわざとらしい潜み方は、挑発と同じ効果がある。敵を罠に引き寄せるには最適なのだ。敵を自分の力で見つけたと思っていたギャラモンはコロネの策にまんまとはまってしまったのだ。
「矢で止めを刺される前にギャラモンを回収しなくてはならないが・・・。迂闊に近寄れないぞ、相手がコロネなら」
冒険者の厄介な部分を集約したような存在であるコロネは、あの手この手を使い二重三重に罠を張る名人だ。
「コロネは先読みが上手い。あいつが脳内で予想した事は殆ど的中したど」
長年共に冒険をしてきたからこそ、ドォスンにはよく解るのだ。
「おーい!ドォスン!諦めて引き返せよ~!」
「あれも挑発だ。味方だと頼もしかったが敵になると嫌な奴だど」
ドォスンはガッハッハと笑った。
「笑い事じゃねぇだろ。ギャラモンはどうするよ?」
オーガの中でも珍しく弱者に優しいスカーは、そわそわとして落ち着かない。
「終わりだろ。迂闊で弱いからああなった」
ベンキは美しい顔で冷たく言い放った。
「ったくよぉ!おめぇのそういうところは嫌いだわ。ヒジリなら絶対助けてるぜ!」
「でも、あのまま放置しているのも誘いなんだろう。もしお前が助けに行けば同じ目に合うのは確実だ」
「ぐぅ・・・」
「ギャラモンは放置だ。いいな?スカー。あの森に近づく意味は今の俺らにはない。作戦を遂行するならあの森は無視して市街地に向かうぞ。騎士達と戦え」
ベンキの言葉は正論に思えた。あの森は重要ではない。砦の戦士たちはこのまま首都に入り、城までの道を確保出来ればいいのだ。
「それは違うよ、ベンキ。あの森を無視して進むと必ずコロネさんが退路を塞ぐ。そして次に来る帝国軍の邪魔するはずだよ!」
ワロはそう言って大量のインプ達を召喚した。
「ごめん、インプ達!魔法の罠にかかって!」
「アラホラサッサー!」
インプ達は敬礼をすると、飛ばずに森ヘ向かって次々と走っていく。
そして色んなタイプの罠に掛かると悲鳴を上げて消えていった。
「あ!ズルイぞ!ワロちゃん!折角仕掛けた罠なのに!」
どら声が悔しがる。罠に掛からなかったインプ達はギャラモンを掴むと羽でパタパタと飛んで主の元へと運んできた。
そのままワロティニスは畳ムカデに彼を乗せて後方まで運ぼうとしたが、そうはさせまいと一斉に冒険者たちのボウガンの矢が飛んでくる。
スカーとベンキがそれを叩き折って邪魔をする。
「ちっくしょー!為す術なし!私たちは撤退するよ!シルビィのおばちゃん!」
魔法のアイテムを使っているのか大きなどら声が森から聞こえ、都市の入り口でバリケードを構えるシルビィの耳に届いた。
「・・・。仕方あるまい!これより市街戦に移る。王国軍は次のバリケードまで撤退せよ!」
組織だった騎士の行動は速やかだった。気絶した仲間を肩で支えると風の如く後退していったのだ。
「ヒュー!流石は騎士だな。集団での動きは速い。俺たちも見習いたいもんだ」
「先を急ごう。帝国軍の斥候から作戦遂行の催促が来ている」
ベンキはソワソワするゴブリンの伝令に手渡された羊皮紙を懐に入れると、先程まで騎士たちが守っていたバリケードまで進んだ。
―――ボム!―――
煙が広がる。バリケード付近に大きな魔法陣が浮かび大規模な魔法トラップが発動した。
「くそ!やられた!コロネめ!おで達は最後まで警戒するべきだったんだど・・・」
「ワロはどこだ?」
ゴホゴホと咳をしながらベンキはワロを探す。幸い彼女は後方にいて罠には引っかかっていなかった。
駆け寄ろうとするワロティニスに来るなとスカーは叫ぶ。罠がまだ残っている可能性があるからだ。
「ワロ!ギャラモンとシャーマン達を連れて撤退しろ!そして帝国軍に報告してくれ!俺達は失敗したと!」
煙を吸ってしまった砦の戦士たちは次々と倒れていく。コロネは何処でこのトラップを手にれたのか、強力な昏倒の煙は百戦錬磨のオーガ達でも防ぎようがなかった。
撤退したと思われていたシルビィ達は直ぐに引き返してきて、煙の消えた魔法陣の上に寝転がるオーガ達を次々と捕縛していった。
「待ってて!皆!直ぐにお兄ちゃんを呼んでくるから!」
ワロティニスは泣きそうな顔で、追撃をしてくる樹族たちにインプをけしかけると、ギャラモンの乗る畳ムカデに乗って兄のいる陣地へと向かった。
「常勝無敗の砦の戦士達がほぼ全滅ですと?」
ワロティニスの報告を聞いて、ナンベルはおふざけ無しで驚いた。
「敵の傭兵部隊にコロネさんがいたよ・・・。あの人、罠に誘うのが上手くて・・・。私達が油断してたってのもあるけど・・・」
「コロネちゃんって、そんなに手強かったのですか・・・。いつも鼻糞を穿りながらドォスンと宝探しをしているイメージしか無かったけど・・・」
妹が戦争に加わった事を知って急遽野営地まで詳細を聞きに来たイグナは言う。
「あの子は経験値だけで言うと姉妹の中で一番かも知れない。一年の殆どを冒険に費やし、死線を何度もくぐり抜けてきたから・・・」
ヒジリは自分が神だった頃、空から彼女を見る事が何度かあった。
「私が上に居た頃、何度かコロネを見る機会があった。彼女は生への執着心が強く、その強い想いはマナを動かし事象の確率に大きく影響を与えていた。運命の女神がいるとすれば、彼女がそうかも知れない」
「子爵であるタスネお姉ちゃんはともかく、コロネは今回の戦争には参加しないと思っていた。私やフランお姉ちゃんのように」
イグナの言葉にヤイバはいつもやる癖で眼鏡の位置を直し、考えながら言った。
「もしかしたら、コロネさんも種を植え付けられているのではないですか?」
「一介の冒険者に貴重な種を植え付けるかね?」
「無くはない可能性として考えるべきです、父さん。僕もアンドラスなら周りへの影響力が大きい人に植え付けますが・・・」
ヤイバの心配を聞いてイグナは疑問を呈す。
「私が魔具師に関する書物を読んだ限りでは、アイテムは自分の魔力の三分の一しか作れない。普通なら最大でも六つ。貴重な魔法の種を一介の冒険者に植え付けるとは思えない」
確かに、と頷いてイグナの考えにヤイバは賛同する。
「シュラス王、リューロック卿は確実に植え付けられているでしょう。国の政治を司る要人にも植え付けているでしょうし。コジー君の報告ではコーワゴールド卿も様子がおかしかったそうですし、彼も植え付けられていたと思われまス。しかしコーワゴールド卿が死んだ事で再び、マジックアイテムの空きが出来た。それにしても、なぜムダンさんは種を植え付けられなかったのでしょうカねぇ?」
天幕の中で行われる会議の場に何故か参加させられたムダンは、居心地悪そうにしていたが、皇帝の質問に咳払いをして答えた。
「ワシは指揮官なのに一人で突っ走るからな。それに我が軍とコーワゴールドの軍は一緒にいることが多かったので作戦や大まかな動きの指示はいつもコーワゴールドに任しておったんじゃ」
「なるほど・・・。貴方は影響力があまり無かったというわけですな?キュキュ」
ナンベルの意地悪な返しにムダンは再び居心地悪そうに黙り、髭を弄りながら目を閉じた。
ヒジリは腕を組んでコロネの事を考える。
「コロネが自らの意思で参加したのなら・・・。イグナ、最悪の事態を想定しておいてくれたまえ」
イグナはヒジリの言葉に驚き、不安そうな顔で夫を見つめた。
「そう不安がるな。もしかしたらコロネも考えあって行動しているのかもしれないしな。だが最悪の事態を想定しておく覚悟は必要だ」
「うん・・・」
砦の戦士たちは暗くジメジメした地下牢に連れてこられていた。時折襲ってくる人食いゴキブリを踏み潰し、騎士の後ろを歩く。
スカーは猫なで声で騎士の護衛として同伴するコロネに声をかける。
「コロネちゃん、この魔法の拘束具解いてよ。歩きにくくて仕方ねぇや」
「黙って歩きな」
「ヒュー!冷たいコロネちゃんも可愛いねぇ」
「ぶっ殺すぞ。私はな、こう見えても愛国心は人一倍強いんだ。幾ら知り合いでも侵略者に対しては容赦しないからな」
「おお、こわ」
コロネの顔は見えないが、小さな背中からは冷たい雰囲気が漂っていた。
(本気で怒ってるな、こりゃ。そうでなけりゃとんでもねえ女優だ)
スカーは肩を竦めて黙った。
「コロネさん!助けに来てくれたの?」
地下牢の何処からかまだあどけなさが残る女の声が聞こえてくる。
「ん~なわけないだろ。あんたはシルビィのオバちゃんが謀反を起こさないようにするための人質なんだよ」
「そんな・・・・。おかしいよ!こんなの絶対おかしいよ!この国はどうしちゃったの!ねぇ!コロネさんまで!貴方だってそう思っているのでしょう?」
ルビーは騎士に同意を求めたが、騎士は少し戸惑った顔をしただけで何も言わなかった。
「ムリムリ、お嬢ちゃん。騎士様ってのは上の命令には逆らえないんだから。お嬢ちゃんだって騎士だろ?」
一分も黙っていられないスカーがルビーに話しかける。
「誰?」
「砦の戦士のスカーだ。ヒジリの父ちゃんを見送る会で顔ぐらいは見たはずだぜ?」
「ごめんなさい、あまり憶えてない・・・」
「こんな色男を見てなかったなんて、そりゃねえぜ」
コロネがチッ!と舌打ちをした。
「さっさと牢屋に入りな。オーガども!」
騎士が背の高い種族用の牢屋の扉を開けて待っていたが、オーガ達が中々入ろうとしないので痺れを切らしてコロネは冷たく入るよう促した。
「へいへい」
大部屋にオーガ達が入っていくと騎士は警告する。
「脱走とか余計な事は考えない事だな。一応食事は出すが、一日芋粥一杯だけだ」
「おいおいおい!俺らは大飯ぐらいのオーガだぞ?腹減って凶暴化したらどうすんだよ」
「知るか。ゴキブリでも食ってろ」
冷たく暗い地下牢にオーガ達とルビーを残して騎士とコロネは地下牢から出ていった。
市街に攻め入ろうとした帝国の傭兵たちを撃退したコロネを魔法水晶で見たアンドラスはサヴェリフェ家の末妹を、見てほほぅと感心し玉座に座った。
「あのコロネとかいう冒険者、中々使えるじゃないかアンドラス」
「まだ種は余ってるよ?使うかい?」
「いやいい。そこまでの重要人物ではないしね」
「情報によればサヴェリフェ家はウォール家と親しい間柄だぞ、いいのか?」
「そのウォール家があのザマなんだ。問題ないさ」
「それもそうか。こっちにはまだ吸魔鬼部隊があるしな」
帝国軍が砦の戦士が捉えられたバリケード前まで来ると王国軍とシルビィ隊が待ち構えていた。
「交わす言葉はないぞ!さっさとかかって来い!」
ヤイバはシルビィの焦りを感じとった。
「シルビィさんの常に芯の通った威厳ある態度は何処に行った?」
独り言を隣で聞いたカワーはそれに答える。
「帝国軍が来たんだ。圧倒的な軍事力を前にして怯えているのだろう」
アルケディアまでの街道は黒や青の鎧を着る帝国軍で埋め尽くされている。街道沿いの村や町で抵抗が無いか見張れる余裕があるほどだ。
それに比べ王国軍と近衛兵独立部隊は一摘みの米のように少なかった。
「何とかしないと・・・せめて・・・シルビィさんだけでも・・・」
焦りが汗を吹き出させ、鎧の中で熱が篭もる。
「彼女だって覚悟の上だ、ヤイバ。シルビィ殿は手加減が容易に出来る相手ではないぞ」
「解っている。でも帝国軍の数で押し切られれば、彼女たちは象の大群に踏み潰される蟻みたいなものだ。何とかして彼女だけでも助けないと・・・」
「いいか、シルビィ殿の魔法防御力はお前ほどではないにしても、かなりのものだ。先行した傭兵の話では、こちらの魔法防御を貫通させる珍しいスキルを持っている。油断はできない」
「では何故砦の戦士はそれで狙われなかった?」
「こっちの傭兵部隊は砦の戦士だけじゃないからな」
二人の会話に割り込むようにして、隊の前に立つマー隊長が指示を出す。
「最初に召喚士達が罠の有無を確かめるために、魔物を敵陣に放つ。罠が無ければ突撃、あれば引き続き召喚士に任せる。ヤイバ、罠は見えるか?」
「見えませんが、巧妙に隠されている可能性が大きいです」
「よし。では暫く隊は待機だ」
バリケード前には不自然な場所が多く、先の戦いで生き残った傭兵たちは警戒して怪しい場所に小石を投げたりしている。
「召喚士隊、召喚始めぇ!」
後方で帝国魔法騎士団団長のメロ・アマイの可愛らしい声が聞こえた。
魔人族の召喚師達が一斉に召喚魔法を発動させると、魔物たちが一斉にバリケードに向かって走り出した。
―――ドドーーン!―――
案の定、罠は作動しバリケード前に爆発が起こる。
魔物たちは次々と消えて自分たちの世界に帰っていく。
「やはりか。陛下は暫く様子を見ろと指示を出された。このまま待機!」
マーは伝令からの伝達を聞いてそう指示を出したが、ヤイバの魔法探知は伝令の変装を見破っていた。
「ネコキャットさん、前にも言ったでしょう。魔法アイテムで変装するのは止めろと・・・【捕縛】!」
魔法のロープが突然現れてゴブリンの伝令を縛った。
「何をしている?ヤイバ。その伝令は・・・まさか、スパイか?」
マーはハッとして叫んだ。
「マー隊は盾を構えよ!魔法に備え!」
街道脇の森に突然現れたシオが率いるメイジの集団が範囲魔法を放った。
彼等はありったけの【大火球】や【業火】で帝国軍を焼くと、転移のトラップを利用してどこかへ消えてしまった。
奇襲に対して心構えの出来ていなかった魔法範囲内の帝国軍はレジストが出来ず、大やけどを負って倒れていく。
咄嗟に【氷の壁】で隊を守ったヤイバは、周りの惨状に苦い顔をした。
「シオさんは躊躇なく僕を攻撃した・・・。あれは本気で殺す顔だった・・・。戦争だから当たり前だけど・・・。でも・・・」
「感傷に浸る時間はないぞ、ヤイバ。バリケードの方からシルビィ隊がやってくる!」
親友の警戒する声にヤイバはハッとして盾を構えた。
大量の負傷兵で埋め尽くされ混乱する街道で帝国軍の足並みは乱れていた。シルビィ達はこの隙に少しでも敵を削るつもりなのだ。
「誰かその伝令を見張っていてくれ!」
ヤイバはシオの魔法にレジストしたゴブリンの傭兵にネコキャットを引き渡し、シルビィ隊を迎え撃った。
「シルビィさん!」
ヤイバはシルビィのメイスを大盾で防ぐと説得を試みる。
「貴方だって気づいているのでしょう?シュラス王や貴方の父上がおかしいことに!」
「・・・」
「どうして喋ってくれないのですか!」
「ここは戦場だぞ!ヤイバ!敵と交わす言葉はない!」
「アンドラスという男が樹族国の中枢に潜り込み、要人を支配しているのですよ!」
「・・・だとしても、私は騎士だ!国の決定には逆らえない!」
「嘘だ!貴方は正しくない事には我慢ならない人なのに!」
「黙れ!ここは戦場だと言ったぞ!【粉砕の焔】!」
シルビィはメイスを腰につけると、魔法の構えを取った。力の入った両手が何かを潰すかのようなその構えでヤイバの骨が軋みだした。
「うあぁぁぁ!」
苦痛に悲鳴を上げ、魔法の抵抗をしつつもヤイバは大盾を地面に突き刺した。
「シルビィさん・・・」
ゆっくりと近づいて来て自分を抱きしめる神の子にシルビィは戸惑う。
「僕は今、見ましたよ、シルビィさんの心の中を・・・」
「見るな!見るなぁ!」
ヤイバが見たイメージは、牢屋の中で必死に人食いゴキブリと戦うルビーの姿だったのだ。
「ハァハァ・・・。人質がいては逆らえませんよね・・・。投降して下さい・・。もしルビーに何かあっても父さんが何とかしてくれますから・・・。ウググ!」
抱きしめられてシルビィは涙をこぼした。
「娘が・・・娘が不憫な目に・・・。それにシオまでおかしくなってしまった!私はどうすればいいのか判らなかったんだ・・・。家族を持つことでこんなに心が弱くなるとは思わなかったのだ・・・」
シルビィはヤイバの腕の中で力を抜いて魔法を解いた。
「聞け!樹族国の騎士達!大将を捕縛した!無用な殺しは我々も望まない!投降しろ!」
近くで敵の騎士たちからヤイバを守っていたマーが大声で叫ぶ。
ヤイバに捕らえられたシルビィを見た騎士たちはメイスと盾を放り投げて、捕虜になる意志を示した。薄々シュラス王がおかしい事に気がついていた彼らは、信仰の対象である神の子に我が身を預けることにしたのだ。
「騎士のくせに情けないなぁ!」
どこからかどら声が聞こえてきたかと思うと、ビュッ!と短矢がヤイバ目掛けて飛んでくる。
それをカワーは大盾で防ぎ、矢の飛んできた方を見ると少し離れた見張り台の上に小さな人影が見えた。
「私はまだ負けてないしな!行くよ、冒険者の皆!」
ワァァ!と雄叫びを上げて幾多もの死線をくぐり抜けてきた、目の座った冒険者たちが押し寄せて来る。
「どうして・・・どうしてそこまで抗おうとするんだ・・・。コロネさん!樹族国の異変に何故目をつぶるのです!」
ヤイバの問いかけは虚しく冒険者の雄叫びに消える。
―――ガァァァァ!―――
その冒険者の雄叫びを掻き消すような獣の声が上空に響き、鈍く金色に輝く若い竜が現れた。
しかしゴールキはよろよろしながらも何とかそれを避けて息巻いた。
「相変わらず単純な攻撃じゃな、ムダンよ」
「骨と皮だけになったお前に少し手加減をしているだけだわい」
時折、サキュバスに抗う騎士の流れ魔法がゴールキを襲う。
すかさずマサヨシがそれを身に受けて無効化するが、ムダンの投げた鉄球が我が身に迫って来るとヒィと情けなく悲鳴をあげて、盗賊スキルを発動させた。
「あぶねー!盗賊から見切りスキルを教えてもらっておいて良かったわー」
酒場で酒を一杯奢ったお返しに教えてもらった盗賊スキルは今ここで初めて役に立った。
「最初から覚えていた分身だったら薙ぎ払われて当たってたな・・・」
「邪魔だ!すっこんでろ、マサヨシ!」
ゴールキの手に押しのけられて、マサヨシはつんのめる。
「くそったれが!誰の為に命張ってると思ってんだよ!」
しかし当の本人は聞いていない。
ムダンとの攻防に目を輝かせている。クロスケに一時的に老化の影響を抑えてもらっている体は軽く、足腰も全盛期とまではいかなくともムダンとの戦いには十分な動きだった。
ぶつくさと文句を言うマサヨシの後方で傭兵のゴブリン達が騒ぎ出した。
「ギャギャ!魔法がくるぞーー!」
「んな、あほな!あいつら仲間共々一掃するつもりかよ!」
辺り一面を小さな火球が焼いていく。空から雨のように降り落ちる無数の火の玉を避けるのはほぼ不可能だった。
ムダンは大量に降ってくる小火球に身を焼かれながらも、耐えて味方のいる国境砦に向かって叫んだ。
「どういうことだ!トチ狂ったか!コーワゴールド!広範囲の遠隔魔法は開戦時に一発だけという話だったろうが!ああ、可愛いワシの部下達までもが・・・」
しかし遥か後方にいるコーワゴールドに聞こえるはずもなく、味方に裏切られたという憤りと炎が身を焼く。
炎のまわりは早く、彼は苦痛で気絶してしまった。
ムダンと共に戦場の真ん中まで出ていた樹族の騎士達も傭兵ゴブリン達も同じ様に燃えている。
「ゴールキの爺ぃ!下がれ!さっさと後退しないと、そこのムダンみたいになるぞ!」
雨あられの様に降ってくる火球からゴールキを庇ってマサヨシは退避を促した。
しかし、ゴールキは動こうとはせず、燃えゆくライバルを愕然として見つめるだけだった。
「くそったれが!」
マサヨシはムダンに触れると彼の体を焼く魔法効果を消す。しかし既に燃えている服などの炎は消せない。手ではたいたり、腰の水袋の水をかけて火を消すとゴールキに「担いで逃げろ」と叫んだ。
ゴールキは言われた通りに気絶したムダンを担ぐと、マサヨシを心配した。
「お前はどうすんだ!」
「いいから行けよ、爺!邪魔なんだよ!さっさと行け!」
異世界の地球から来た地球人は、ありったけのマナをその身に宿しある人物を思い浮かべた。
「いでよ!ウメボシ!」
一瞬世界に音が無くなり、時が止まった様な錯覚をマサヨシは起こす。
体が燃える熱さと苦痛の中、地面に体を擦りつけて火を消そうとジタバタとのたうち回るゴブリンは妻や子供の事を思う。
(もう一回母ちゃんを抱きたキャった。子供がもう一人欲しキャった・・・)
赤くなった鎧の熱が肌を焼く若い樹族の騎士は現状の理不尽さに嘆いた。
「不名誉なり!味方に撃たれ倒れるとは!あぁ、愛しい我が君よ・・・」
火に焼かれ地面に仰向けに倒れた戦場の戦士たちは見た。今にも雨が降りそうだった曇り空から薄明光線が降り注ぐのを。
「あれは・・・天使様だ・・・」
誰かが焼ける唇でそう言った。
薄明光線から天使の羽が降り注いだかと思うと、光る羽は人の形を成す。
帝国軍の制服に似た服を着る、ポニーテールを揺らす天使は、悲しそうな目をして戦場を見廻す。
そしてゆっくりと手を上げると、あたり一面の炎が消え光の柱があちこちで立った。
光の柱の下では火傷で瀕死だった騎士や傭兵たちが無傷の状態まで癒やされて意識を取り戻していく。
ウメボシは全員が回復したことを確認するとニッコリと笑って消えていった。
ゴールキに背負われたムダンも意識を取り戻し、現状を察してポツリとゴールキに礼を言う。
「助けてくれたのか・・・。敵に助けられるなぞ、末代までの恥。しかし・・・例を言うぞゴールキ」
「ワシは何もしとらんわい。フン!」
門から地走り族の伝令が大声で叫びながら走ってくる。
「コーワゴールド様が討ち死にー!」
ムダンは驚いてい体から力が抜け、ステンと地面に落ちた。
「なんじゃと・・・!誰にやられた?」
「それが・・・よくは見えなかったのですがオークの暗殺者に・・・」
マサヨシが美少女アニメキャラの描かれたTシャツに付いた灰をはたき落としながら言う。
「コジーだな。良かったじゃねぇか、ムダン。コーワゴールドとやらはお前らを裏切ったんだろ?」
「うむ・・・。しかし、気の優しいあ奴がまさか・・・」
「まぁ人の心はコロコロ変わるもんさ。気にしても仕方ねぇって。それにほっといたらまたあの強力な魔法を撃ってきてただろうし」
気まずそうな顔でゴールキはムダンを見る。
「で、どうすんだ?ムダン・・・」
「折角お前の息の根を止めるチャンスだったのに、水を差された形になったわ」
「お?今からでも決着をつけてもいいが?」
「止めろ、爺共」
マサヨシが鋭い目をもっと鋭くして二人を睨む。
「煩い、豚人じゃな。お前が飼っているのかゴールキ」
「うんにゃ。この豚人は一応星のオーガじゃぞ?」
「な、なんと!ご無礼をお許し下さい!」
ムダンは慌ててゴールキの背中から降りると、跪いて胸から木の形をした銀のペンダントを出して祈った。
そんなライバルをゴールキは苦い顔をして見る。
「相変わらず信心深いな、お前は」
マサヨシはいい気になってホッホッホと笑った。
「これ、そこなもの。苦しゅうない。楽にせい。朕は神なり。投降せよ」
「ハハァー!」
ムダンは跪いたまま頭を下げた。
丸っきり白けてしまったゴールキはハァ~と長い溜息をついて肩をすくめ歩きだす。
「アホくさ!ワシはゴデの街に帰るぞ。しょうもない引退戦じゃったわ!」
そんなゴールキの背中を見てマサヨシはホッとする。
(しょうもなくていいんだよ。変にドラマチックな事が起きたりしたら俺はヤイバに向ける顔がねぇ。引退後は穏やかに命を全うしてくれや、爺さん)
気がつくと自分の周りで祈る樹族達を見てマサヨシは優しい笑顔で頷くと、ゴールキの後を追った。
樹族の騎士達に取って砦の戦士は悪夢でしかなかった。
長年の鍛錬と成長の速さ、魔法の武器防具の更新を繰り返して化物と化したオーガ達に全く打つ手が無いのだ。
「怯むな!砦の戦士の中にも新米はいる!そいつを狙って数を減らせ!」
シルビィの指示が飛ぶが、オーガの手練と新米の区別はつき難い。それほど、全体のレベルが高いのだ。
素早く激しく動く巨人たちは次々と拳や鈍器で騎士を気絶させていった。
「殺さないのか?くそ!舐められたものだ!こうなることは予想していたが・・・ここまで手も足も出ないとは・・・」
バリケードの向こうで狼狽するシルビィとは対照的に、戦場でスカーは退屈そうな顔をしてベンキにぼやいた。
「つまんねぇな・・・ベンキ」
「ああ、俺達は強くなりすぎた・・・」
歩くマジックアイテムと化したオーガ達には魔法が効きづらい。並のメイジでは歯が立たない域まで彼等は達してしまったのだ。
「短命種の成長率は侮れんな・・・。ヌリ!暫くオーガ達の注意を引きつけておいてくれ!」
「・・・」
「返事ぐらいしろ!」
ヌリは黙って前線に出る。鉄騎士のような大鎧を来ており、その姿は小さな鉄騎士のようにも見える。
「おいでなすった!あれが鉄壁のヌリか。先行のオーク部隊があのメイジには手も脚も出なかったそうだぜ?」
「かつてのヒジリ軍曹のようだな。あの小型のイービルアイに気をつけろ」
砦の戦士たちが一斉にヌリに襲いかかる。
が、攻撃は尽く弾かれ更に回転するイービルアイからは【魔法の矢】が次々と発射された。
防具の魔法防御を無視して貫通してくるビームは戦士たちの脚を次々と貫いていった。
「ぐわ!」
「ぬぅ!」
新米の戦士たちは苦痛に声を上げて、痛みに耐えながら後方に飛び退る。
ドォスンやベンキ、スカーは回避して無事だったが、それ以外の戦士は戦闘が難しくなってしまった。
「くそったれめ!ウメボシモドキの攻撃一回で新米たちが戦闘不能になるとは・・・」
スカーは口の中に入った砂埃をペッと吐いてコウメを睨む。
「怪我をしたものはシャーマンかドルイドのいる所まで下がで!」
ドォスンが大声でそう言うと、騎士たちが追撃を仕掛けてきた。
「砦の戦士達は弱ってるぞ!強化魔法を掛けた俺達の肉弾戦でもやれるはずだ!」
樹族国騎士団の団長らしき男が部下を鼓舞する。
オオオ!と雄叫びを上げて樹族達は走ってくる。その騎士たちの前に、ワロティニスの召喚した大きなデスワームが地面を割って現れた。
「今のうちだよ!けが人は下がって!」
騎士たちが躊躇している間に、若いオーガ達はシャーマン部隊のいる後方まで下がっていった。
威嚇をしていたデスワームだが、突然頭をクロスボウの矢に貫かれ沈んだ。
更に矢はワロにも飛んできたがスカーはそれを掴んで折った。
「どこかでレンジャーかスカウトが俺たちを狙ってるぜ!気をつけろ!」
「うん!」
数は多くはないが、複数のレンジャーたちが潜んでいる気配は感じ取れた。
「虎視眈々と獲物を狙う気配・・・。こりゃあ冒険者だな。厄介な・・・」
冒険者は騎士のように規則だった動きをしない。臨機応変に予測不可能な攻撃をしてくる。
砦の戦士の中でも中堅どころのギャラモンはシャーマンに傷を癒やしてもらうとすぐに前線に復帰してきた。
「だったらよ!俺が冒険者の糞どもを見つけてくるよ!」
力自慢で生まれつき傷の治りが早いギャラモンは多少のことなら無理が通る。そのせいか無鉄砲な所があり、自信満々に何者かの気配がする森の方へと走り出した。
「森に怪しい気配がする!」
「馬鹿!迂闊だど!」
ドォスンの忠告虚しく、彼が走った先には魔法トラップが配置されていた。
ボワッと煙が上がってギャラモンは昏倒の煙を吸いこんでしまい失神して倒れた。
「シシシシシシ!」
森から、ガラガラとした笑い声が聞こえてくる。
ドォスンがよく知っている声だ。
「いるな?どこだ?コロリン!」
「コロネだよっ!」
コロネのわざとらしい潜み方は、挑発と同じ効果がある。敵を罠に引き寄せるには最適なのだ。敵を自分の力で見つけたと思っていたギャラモンはコロネの策にまんまとはまってしまったのだ。
「矢で止めを刺される前にギャラモンを回収しなくてはならないが・・・。迂闊に近寄れないぞ、相手がコロネなら」
冒険者の厄介な部分を集約したような存在であるコロネは、あの手この手を使い二重三重に罠を張る名人だ。
「コロネは先読みが上手い。あいつが脳内で予想した事は殆ど的中したど」
長年共に冒険をしてきたからこそ、ドォスンにはよく解るのだ。
「おーい!ドォスン!諦めて引き返せよ~!」
「あれも挑発だ。味方だと頼もしかったが敵になると嫌な奴だど」
ドォスンはガッハッハと笑った。
「笑い事じゃねぇだろ。ギャラモンはどうするよ?」
オーガの中でも珍しく弱者に優しいスカーは、そわそわとして落ち着かない。
「終わりだろ。迂闊で弱いからああなった」
ベンキは美しい顔で冷たく言い放った。
「ったくよぉ!おめぇのそういうところは嫌いだわ。ヒジリなら絶対助けてるぜ!」
「でも、あのまま放置しているのも誘いなんだろう。もしお前が助けに行けば同じ目に合うのは確実だ」
「ぐぅ・・・」
「ギャラモンは放置だ。いいな?スカー。あの森に近づく意味は今の俺らにはない。作戦を遂行するならあの森は無視して市街地に向かうぞ。騎士達と戦え」
ベンキの言葉は正論に思えた。あの森は重要ではない。砦の戦士たちはこのまま首都に入り、城までの道を確保出来ればいいのだ。
「それは違うよ、ベンキ。あの森を無視して進むと必ずコロネさんが退路を塞ぐ。そして次に来る帝国軍の邪魔するはずだよ!」
ワロはそう言って大量のインプ達を召喚した。
「ごめん、インプ達!魔法の罠にかかって!」
「アラホラサッサー!」
インプ達は敬礼をすると、飛ばずに森ヘ向かって次々と走っていく。
そして色んなタイプの罠に掛かると悲鳴を上げて消えていった。
「あ!ズルイぞ!ワロちゃん!折角仕掛けた罠なのに!」
どら声が悔しがる。罠に掛からなかったインプ達はギャラモンを掴むと羽でパタパタと飛んで主の元へと運んできた。
そのままワロティニスは畳ムカデに彼を乗せて後方まで運ぼうとしたが、そうはさせまいと一斉に冒険者たちのボウガンの矢が飛んでくる。
スカーとベンキがそれを叩き折って邪魔をする。
「ちっくしょー!為す術なし!私たちは撤退するよ!シルビィのおばちゃん!」
魔法のアイテムを使っているのか大きなどら声が森から聞こえ、都市の入り口でバリケードを構えるシルビィの耳に届いた。
「・・・。仕方あるまい!これより市街戦に移る。王国軍は次のバリケードまで撤退せよ!」
組織だった騎士の行動は速やかだった。気絶した仲間を肩で支えると風の如く後退していったのだ。
「ヒュー!流石は騎士だな。集団での動きは速い。俺たちも見習いたいもんだ」
「先を急ごう。帝国軍の斥候から作戦遂行の催促が来ている」
ベンキはソワソワするゴブリンの伝令に手渡された羊皮紙を懐に入れると、先程まで騎士たちが守っていたバリケードまで進んだ。
―――ボム!―――
煙が広がる。バリケード付近に大きな魔法陣が浮かび大規模な魔法トラップが発動した。
「くそ!やられた!コロネめ!おで達は最後まで警戒するべきだったんだど・・・」
「ワロはどこだ?」
ゴホゴホと咳をしながらベンキはワロを探す。幸い彼女は後方にいて罠には引っかかっていなかった。
駆け寄ろうとするワロティニスに来るなとスカーは叫ぶ。罠がまだ残っている可能性があるからだ。
「ワロ!ギャラモンとシャーマン達を連れて撤退しろ!そして帝国軍に報告してくれ!俺達は失敗したと!」
煙を吸ってしまった砦の戦士たちは次々と倒れていく。コロネは何処でこのトラップを手にれたのか、強力な昏倒の煙は百戦錬磨のオーガ達でも防ぎようがなかった。
撤退したと思われていたシルビィ達は直ぐに引き返してきて、煙の消えた魔法陣の上に寝転がるオーガ達を次々と捕縛していった。
「待ってて!皆!直ぐにお兄ちゃんを呼んでくるから!」
ワロティニスは泣きそうな顔で、追撃をしてくる樹族たちにインプをけしかけると、ギャラモンの乗る畳ムカデに乗って兄のいる陣地へと向かった。
「常勝無敗の砦の戦士達がほぼ全滅ですと?」
ワロティニスの報告を聞いて、ナンベルはおふざけ無しで驚いた。
「敵の傭兵部隊にコロネさんがいたよ・・・。あの人、罠に誘うのが上手くて・・・。私達が油断してたってのもあるけど・・・」
「コロネちゃんって、そんなに手強かったのですか・・・。いつも鼻糞を穿りながらドォスンと宝探しをしているイメージしか無かったけど・・・」
妹が戦争に加わった事を知って急遽野営地まで詳細を聞きに来たイグナは言う。
「あの子は経験値だけで言うと姉妹の中で一番かも知れない。一年の殆どを冒険に費やし、死線を何度もくぐり抜けてきたから・・・」
ヒジリは自分が神だった頃、空から彼女を見る事が何度かあった。
「私が上に居た頃、何度かコロネを見る機会があった。彼女は生への執着心が強く、その強い想いはマナを動かし事象の確率に大きく影響を与えていた。運命の女神がいるとすれば、彼女がそうかも知れない」
「子爵であるタスネお姉ちゃんはともかく、コロネは今回の戦争には参加しないと思っていた。私やフランお姉ちゃんのように」
イグナの言葉にヤイバはいつもやる癖で眼鏡の位置を直し、考えながら言った。
「もしかしたら、コロネさんも種を植え付けられているのではないですか?」
「一介の冒険者に貴重な種を植え付けるかね?」
「無くはない可能性として考えるべきです、父さん。僕もアンドラスなら周りへの影響力が大きい人に植え付けますが・・・」
ヤイバの心配を聞いてイグナは疑問を呈す。
「私が魔具師に関する書物を読んだ限りでは、アイテムは自分の魔力の三分の一しか作れない。普通なら最大でも六つ。貴重な魔法の種を一介の冒険者に植え付けるとは思えない」
確かに、と頷いてイグナの考えにヤイバは賛同する。
「シュラス王、リューロック卿は確実に植え付けられているでしょう。国の政治を司る要人にも植え付けているでしょうし。コジー君の報告ではコーワゴールド卿も様子がおかしかったそうですし、彼も植え付けられていたと思われまス。しかしコーワゴールド卿が死んだ事で再び、マジックアイテムの空きが出来た。それにしても、なぜムダンさんは種を植え付けられなかったのでしょうカねぇ?」
天幕の中で行われる会議の場に何故か参加させられたムダンは、居心地悪そうにしていたが、皇帝の質問に咳払いをして答えた。
「ワシは指揮官なのに一人で突っ走るからな。それに我が軍とコーワゴールドの軍は一緒にいることが多かったので作戦や大まかな動きの指示はいつもコーワゴールドに任しておったんじゃ」
「なるほど・・・。貴方は影響力があまり無かったというわけですな?キュキュ」
ナンベルの意地悪な返しにムダンは再び居心地悪そうに黙り、髭を弄りながら目を閉じた。
ヒジリは腕を組んでコロネの事を考える。
「コロネが自らの意思で参加したのなら・・・。イグナ、最悪の事態を想定しておいてくれたまえ」
イグナはヒジリの言葉に驚き、不安そうな顔で夫を見つめた。
「そう不安がるな。もしかしたらコロネも考えあって行動しているのかもしれないしな。だが最悪の事態を想定しておく覚悟は必要だ」
「うん・・・」
砦の戦士たちは暗くジメジメした地下牢に連れてこられていた。時折襲ってくる人食いゴキブリを踏み潰し、騎士の後ろを歩く。
スカーは猫なで声で騎士の護衛として同伴するコロネに声をかける。
「コロネちゃん、この魔法の拘束具解いてよ。歩きにくくて仕方ねぇや」
「黙って歩きな」
「ヒュー!冷たいコロネちゃんも可愛いねぇ」
「ぶっ殺すぞ。私はな、こう見えても愛国心は人一倍強いんだ。幾ら知り合いでも侵略者に対しては容赦しないからな」
「おお、こわ」
コロネの顔は見えないが、小さな背中からは冷たい雰囲気が漂っていた。
(本気で怒ってるな、こりゃ。そうでなけりゃとんでもねえ女優だ)
スカーは肩を竦めて黙った。
「コロネさん!助けに来てくれたの?」
地下牢の何処からかまだあどけなさが残る女の声が聞こえてくる。
「ん~なわけないだろ。あんたはシルビィのオバちゃんが謀反を起こさないようにするための人質なんだよ」
「そんな・・・・。おかしいよ!こんなの絶対おかしいよ!この国はどうしちゃったの!ねぇ!コロネさんまで!貴方だってそう思っているのでしょう?」
ルビーは騎士に同意を求めたが、騎士は少し戸惑った顔をしただけで何も言わなかった。
「ムリムリ、お嬢ちゃん。騎士様ってのは上の命令には逆らえないんだから。お嬢ちゃんだって騎士だろ?」
一分も黙っていられないスカーがルビーに話しかける。
「誰?」
「砦の戦士のスカーだ。ヒジリの父ちゃんを見送る会で顔ぐらいは見たはずだぜ?」
「ごめんなさい、あまり憶えてない・・・」
「こんな色男を見てなかったなんて、そりゃねえぜ」
コロネがチッ!と舌打ちをした。
「さっさと牢屋に入りな。オーガども!」
騎士が背の高い種族用の牢屋の扉を開けて待っていたが、オーガ達が中々入ろうとしないので痺れを切らしてコロネは冷たく入るよう促した。
「へいへい」
大部屋にオーガ達が入っていくと騎士は警告する。
「脱走とか余計な事は考えない事だな。一応食事は出すが、一日芋粥一杯だけだ」
「おいおいおい!俺らは大飯ぐらいのオーガだぞ?腹減って凶暴化したらどうすんだよ」
「知るか。ゴキブリでも食ってろ」
冷たく暗い地下牢にオーガ達とルビーを残して騎士とコロネは地下牢から出ていった。
市街に攻め入ろうとした帝国の傭兵たちを撃退したコロネを魔法水晶で見たアンドラスはサヴェリフェ家の末妹を、見てほほぅと感心し玉座に座った。
「あのコロネとかいう冒険者、中々使えるじゃないかアンドラス」
「まだ種は余ってるよ?使うかい?」
「いやいい。そこまでの重要人物ではないしね」
「情報によればサヴェリフェ家はウォール家と親しい間柄だぞ、いいのか?」
「そのウォール家があのザマなんだ。問題ないさ」
「それもそうか。こっちにはまだ吸魔鬼部隊があるしな」
帝国軍が砦の戦士が捉えられたバリケード前まで来ると王国軍とシルビィ隊が待ち構えていた。
「交わす言葉はないぞ!さっさとかかって来い!」
ヤイバはシルビィの焦りを感じとった。
「シルビィさんの常に芯の通った威厳ある態度は何処に行った?」
独り言を隣で聞いたカワーはそれに答える。
「帝国軍が来たんだ。圧倒的な軍事力を前にして怯えているのだろう」
アルケディアまでの街道は黒や青の鎧を着る帝国軍で埋め尽くされている。街道沿いの村や町で抵抗が無いか見張れる余裕があるほどだ。
それに比べ王国軍と近衛兵独立部隊は一摘みの米のように少なかった。
「何とかしないと・・・せめて・・・シルビィさんだけでも・・・」
焦りが汗を吹き出させ、鎧の中で熱が篭もる。
「彼女だって覚悟の上だ、ヤイバ。シルビィ殿は手加減が容易に出来る相手ではないぞ」
「解っている。でも帝国軍の数で押し切られれば、彼女たちは象の大群に踏み潰される蟻みたいなものだ。何とかして彼女だけでも助けないと・・・」
「いいか、シルビィ殿の魔法防御力はお前ほどではないにしても、かなりのものだ。先行した傭兵の話では、こちらの魔法防御を貫通させる珍しいスキルを持っている。油断はできない」
「では何故砦の戦士はそれで狙われなかった?」
「こっちの傭兵部隊は砦の戦士だけじゃないからな」
二人の会話に割り込むようにして、隊の前に立つマー隊長が指示を出す。
「最初に召喚士達が罠の有無を確かめるために、魔物を敵陣に放つ。罠が無ければ突撃、あれば引き続き召喚士に任せる。ヤイバ、罠は見えるか?」
「見えませんが、巧妙に隠されている可能性が大きいです」
「よし。では暫く隊は待機だ」
バリケード前には不自然な場所が多く、先の戦いで生き残った傭兵たちは警戒して怪しい場所に小石を投げたりしている。
「召喚士隊、召喚始めぇ!」
後方で帝国魔法騎士団団長のメロ・アマイの可愛らしい声が聞こえた。
魔人族の召喚師達が一斉に召喚魔法を発動させると、魔物たちが一斉にバリケードに向かって走り出した。
―――ドドーーン!―――
案の定、罠は作動しバリケード前に爆発が起こる。
魔物たちは次々と消えて自分たちの世界に帰っていく。
「やはりか。陛下は暫く様子を見ろと指示を出された。このまま待機!」
マーは伝令からの伝達を聞いてそう指示を出したが、ヤイバの魔法探知は伝令の変装を見破っていた。
「ネコキャットさん、前にも言ったでしょう。魔法アイテムで変装するのは止めろと・・・【捕縛】!」
魔法のロープが突然現れてゴブリンの伝令を縛った。
「何をしている?ヤイバ。その伝令は・・・まさか、スパイか?」
マーはハッとして叫んだ。
「マー隊は盾を構えよ!魔法に備え!」
街道脇の森に突然現れたシオが率いるメイジの集団が範囲魔法を放った。
彼等はありったけの【大火球】や【業火】で帝国軍を焼くと、転移のトラップを利用してどこかへ消えてしまった。
奇襲に対して心構えの出来ていなかった魔法範囲内の帝国軍はレジストが出来ず、大やけどを負って倒れていく。
咄嗟に【氷の壁】で隊を守ったヤイバは、周りの惨状に苦い顔をした。
「シオさんは躊躇なく僕を攻撃した・・・。あれは本気で殺す顔だった・・・。戦争だから当たり前だけど・・・。でも・・・」
「感傷に浸る時間はないぞ、ヤイバ。バリケードの方からシルビィ隊がやってくる!」
親友の警戒する声にヤイバはハッとして盾を構えた。
大量の負傷兵で埋め尽くされ混乱する街道で帝国軍の足並みは乱れていた。シルビィ達はこの隙に少しでも敵を削るつもりなのだ。
「誰かその伝令を見張っていてくれ!」
ヤイバはシオの魔法にレジストしたゴブリンの傭兵にネコキャットを引き渡し、シルビィ隊を迎え撃った。
「シルビィさん!」
ヤイバはシルビィのメイスを大盾で防ぐと説得を試みる。
「貴方だって気づいているのでしょう?シュラス王や貴方の父上がおかしいことに!」
「・・・」
「どうして喋ってくれないのですか!」
「ここは戦場だぞ!ヤイバ!敵と交わす言葉はない!」
「アンドラスという男が樹族国の中枢に潜り込み、要人を支配しているのですよ!」
「・・・だとしても、私は騎士だ!国の決定には逆らえない!」
「嘘だ!貴方は正しくない事には我慢ならない人なのに!」
「黙れ!ここは戦場だと言ったぞ!【粉砕の焔】!」
シルビィはメイスを腰につけると、魔法の構えを取った。力の入った両手が何かを潰すかのようなその構えでヤイバの骨が軋みだした。
「うあぁぁぁ!」
苦痛に悲鳴を上げ、魔法の抵抗をしつつもヤイバは大盾を地面に突き刺した。
「シルビィさん・・・」
ゆっくりと近づいて来て自分を抱きしめる神の子にシルビィは戸惑う。
「僕は今、見ましたよ、シルビィさんの心の中を・・・」
「見るな!見るなぁ!」
ヤイバが見たイメージは、牢屋の中で必死に人食いゴキブリと戦うルビーの姿だったのだ。
「ハァハァ・・・。人質がいては逆らえませんよね・・・。投降して下さい・・。もしルビーに何かあっても父さんが何とかしてくれますから・・・。ウググ!」
抱きしめられてシルビィは涙をこぼした。
「娘が・・・娘が不憫な目に・・・。それにシオまでおかしくなってしまった!私はどうすればいいのか判らなかったんだ・・・。家族を持つことでこんなに心が弱くなるとは思わなかったのだ・・・」
シルビィはヤイバの腕の中で力を抜いて魔法を解いた。
「聞け!樹族国の騎士達!大将を捕縛した!無用な殺しは我々も望まない!投降しろ!」
近くで敵の騎士たちからヤイバを守っていたマーが大声で叫ぶ。
ヤイバに捕らえられたシルビィを見た騎士たちはメイスと盾を放り投げて、捕虜になる意志を示した。薄々シュラス王がおかしい事に気がついていた彼らは、信仰の対象である神の子に我が身を預けることにしたのだ。
「騎士のくせに情けないなぁ!」
どこからかどら声が聞こえてきたかと思うと、ビュッ!と短矢がヤイバ目掛けて飛んでくる。
それをカワーは大盾で防ぎ、矢の飛んできた方を見ると少し離れた見張り台の上に小さな人影が見えた。
「私はまだ負けてないしな!行くよ、冒険者の皆!」
ワァァ!と雄叫びを上げて幾多もの死線をくぐり抜けてきた、目の座った冒険者たちが押し寄せて来る。
「どうして・・・どうしてそこまで抗おうとするんだ・・・。コロネさん!樹族国の異変に何故目をつぶるのです!」
ヤイバの問いかけは虚しく冒険者の雄叫びに消える。
―――ガァァァァ!―――
その冒険者の雄叫びを掻き消すような獣の声が上空に響き、鈍く金色に輝く若い竜が現れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる