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禁断の箱庭と融合する前の世界(157)
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戦場で帝国軍と対峙したグリーンブライトが率いる軍団は、シルビィやムダンの説得を一切聞こうとしなかった。
彼女達の呼びかけを無視して貴族たちの軍団を煽り、鼓舞することに専念していた。
「帝国は王が死んだと言うが、死体を示そうとしない!証拠がないのだ!ここまでして嘘を通すという事は、敵は追い詰められているということだ!私には!我ら樹族の神が既に時の声を上げているように聞こえている!今が好機なのだ!」
ワァァ!と湧き上がる貴族たちの中に、僅かに存在する樹族以外の貴族である獣人や地走り族の顔はない。
「グリーンブライトめ!」
シルビィは怒り、近くにあった飲水用の樽に蹴りを入れる。
「樹族至上主義に踊らされた貴族は結構いるのですねぇ。何か一つの考えに凝り固まるのは危険極まりないですよぉ。一辺倒の考えで全てを通そうとすると必ず矛盾が発生します。矛盾が発生したら、その矛盾を通すために誰かが無理をしなくていけません。そのしわ寄せは歪となってじわじわと膨らんでいき、最後にはどうしようも無くなり自滅するか、爆発してより悪い方向に向かうか。それが彼等には判らないのですかねぇ?キュッキュッキュ」
「全くその通りです、ナンベル皇帝陛下」
シルビィは道化師皇帝に同意し、何気なく周りを見渡し異様な男がいる事に気がつく。
「なんだ?戦場に裸のオーガがいるではないか・・・。座り込んで何かを弄っているな。怪しい・・・」
シルビィがオーガの背中から近づいて正体を確認すると、それはライジンの姿をするヒジリであった。
あぐらをかいて見たこともない道具でコウメを弄っている。
「ここをこうして・・・。よし!」
ヌリが討たれた後にオーバーヒートして地面に転がっていたコウメを見つけたヒジリが直していたのだ。
「最初からこの装置を付けておくべきだった」
「ピピピ!おはようございます、大マスター」
シルビィはパンツ一枚のヒジリの背中にぴっとりと寄り添う。
「戦場で裸とは豪気ではないか、ダーリン。私を誘っているのか?」
「おっと、そうだったな・・・。蒸着!」
ヒジリがそう言うと、いつもの黒いパワードスーツが彼を覆う。何故か頭にはヘルメットが装着されていた。
「宇宙刑事的なヘルメットは要らないぞ、カプリコン」
(でもそのパワードスーツはそれがセットですので・・・)
「要らん」
(失礼しました・・・)
蟻か蜂のようなヘルメットがスッと消えるといつものライジンの顔が現れた。
「やってくれ、コウメ」
「はい、コウメ頑張ります!」
コウメの変化にシルビィが小さく驚く。
「あれ?コウメの声が変わっていないか?」
「ああ、ウメボシの声にして、人格はランダムに選んだものを入れておいた。私はウメボシの声が好きなのでね。更に一人称はコウメだ。その方が可愛いだろう?今までのコウメは声と性格が冷たすぎたのだ」
コウメは自分のメモリー内を探った後、空中を凝視して動きを止めた。
「マスターの再構成を開始します」
「え?」
シルビィはコウメの言葉に驚いていると、目の前で見る間に光が集まってヌリが復活した。
「ああ・・・なんてこと!神様!」
神が横にいるにも関わらずそう言って、シルビィは泣きながらフルアーマーのヌリに抱きつく。
「うぉぉぉぉ!!!」
遠くからシルビィと同じく激情型のシオがヌリを見つけて走ってきた。聖なる光の杖を投げ捨て息子にタックルするもフルアーマーのヌリはびくともしない。
「おい!お嬢ちゃん!俺を常に持っていろって言っただろ!」
しかし、シオは杖の忠告を聞かずにヌリを泣きながら撫で回している。
「兄さん!」
わぁぁ!と嬉し泣きをするルビーもやってきた。
「家族とは良いものだな」
ヒジリはニコニコと頷いてヌリの復活を喜ぶ。
「うん、私にも家族は出来る」
イグナは羨ましそうにシルビィ一家を見た後、お腹と姉の忘れ形見の卵を擦って言った。
「ああ、そうだな。去っていく命もあれば、新しく生まれてくる命もある。そうやって世界は回っていくのだ」
ヒジリはそう言ってイグナのお腹を擦り、タスネとダンティラスの残した卵を見つめた。
「だとしたら、父さんはその円環を乱す悪者という事になりますが・・・」
いつの間にか鉄騎士団の隊列から離れてやってきたヤイバが意地悪に言う。
「はは!そうかもな。私を討つかね?」
「いや、止めておきますよ。父さんの体に慣れていないアンドラスですらあんなに強かったんだ。もしあの戦いが本物の父さんを相手にする事になっていたら、僕たちは直ぐに全滅していたと思う」
「ところで隊列から離れてまで何を報告しに来たのかね?」
「その・・・父さんが神である事を明かし、彼等を説得して戦争を止めることは・・・」
「無理だな」
「でも父さんは神なんですよ?その責任があるとは思いませんか?」
「いや、責任とかそういう話ではないのだよ。彼等は私を信仰していない。それに私が神でしたと言って出ていったところで耳を傾けるだろうか?答えは否だ。中途半端に彼等を屈服させたところで不満は長く燻り続け、いつでも大きな火になりうる。時には完膚無きまでに叩きのめす、という事が必要なのだよ。力を認めさせることで続く平和もあるのだ」
「という事は・・・父さんは樹族国を帝国領にしようと考えるナンベル皇帝陛下に賛同するのですか?」
「ああ、そうなるな」
いつ話を聞いていたのか、おどけながら拍手をしてナンベルがやってきた。
「流石は大親友のヒー君。小生と同じような事を考えていたとは。お父さんの言う通りですよ、ヤイバ君。君の優しさは素晴らしいものです。樹族国に貴方のファンが沢山いるのも頷けます。ですが、その優しさは白黒ハッキリさせる時には邪魔ですし、下手すりゃ害にもなります。それにどうもあの貴族たちからは甘えのようなものを感じるのですよねぇ。どうせ同盟国だから最終的に温情を与えてくれる、歴史の長い樹族国を帝国がずっと支配するわけがない、みたいな~。キュキュ」
ヤイバはアルケディア郊外の平野で、いつでも戦いを始められるぞとこちらを睨んでいる貴族たちを見て、覚えたての【読心】を使ってみる。
確かに彼等からは本気の気迫のようなものは感じられない。樹族至上主義に賛同したというのは表向きで、この抵抗で得られる利益があるのではないかと考えて話に乗ったという者も多い。
少しでも自分たちの存在や主張をアピールして、後の交渉でもぎ取れるものはもぎ取ろうという考えなのだ。樹族至上主義のグリーンブライトだけが興奮し空回りしているようにも見える。
「確かに・・・。真剣さが無いように見えます・・・。これから命のやり取りをするのにヘラヘラ笑っている者もいますね・・・。わかりました。僕は一時、情けや優しさを捨てることにします」
「そ、それは構いませんが、ヤイバ君は極端な所がありますから幾らか手加減するのですよ?キュキュ」
「さて、睨み合いはこの辺でいいだろう。そろそろ戦いの合図を出してはどうかね?ナンベル皇帝陛下」
ヒジリは立ち上がると電撃グローブをバチンと叩き合わせて気合を入れた。
ヤイバは周囲の騎士を含め広範囲の補助魔法をかけている。
「ところでヤイバ・・・」
ヒジリがヤイバの肩を触った。その途端にヤイバの補助魔法が全て効果を失う。
「あっ!父さん!触ったら魔法効果が・・・・」
「おっとすまない。実はな、イグナに子供が出来たのだ。お前に新しい弟か妹が出来るぞ」
「じゃあ、さっさとこの戦いを終わらせてお祝いをしましょう。僕はマサヨシさんの世界で食べた”くれーぷ”が食べたいです。父さん、作ってくださいよ」
「いいだろう。お安い御用だ。五分だな。五分でこの戦いを終わらせるぞ」
「はい!」
ナンベルが戦いの合図を出すと、世界最強の親子は戦場に真っ先に飛び出していった。
ライジンと共に先んじて敵陣に飛び込んだヤイバに、マーは驚く。
「隊で動くようにとあれほど命令したのに・・・」
自分のもとに愛しい部下がいない事にマーは不貞腐れたのだ。
皇帝であるにも関わらず、雑多な兵の如く軍の行進に当たり前のように紛れているナンベルがそれを聞いて飄々と答えた。
「あ、ヤイバ君なら構いません。ライジンが近くにいますし」
全幅の信頼をライジンに寄せる皇帝の言葉通り、ヤイバは彼の魔法無効化によって守られていた。
他のエリートオーガよりも幾らか魔法を無効化でき、耐性があると言っても大勢から集中砲火を喰らえば幾ら神の子でも少しずつダメージを受けるし、当たり前だが蓄積すれば致命傷にもなる。
なのでヒジリはマナを可視化出来る仮面で魔法を察知しヤイバの周辺を忙しなく移動して守る。
その間に”動く魔法要塞“或いは”歩く魔法砲台“と呼ばれるヤイバは範囲攻撃魔法を次々と撃っていき敵を沈めていった。
接近戦を挑んで来る者には容赦なくヒジリの電撃パンチが飛ぶ。
「なんだ、あの神の子を守るオーガメイジは!折角ヤイバを倒すチャンスだというのに!」
「聞いたことがあるぞ、帝国にヒジリを真似するオーガがいると。あれがそうだ。仮面のオーガ、ライジンだ」
「ふん、どうせ紛い物だ。構わず攻撃を続けろ!」
士官たちはそう言って指示を出すが、とてつもない速さで兵が戦闘不能になっていく現実は無視出来なかった。何か対抗策を、と考えるも二人の後からやってきた帝国軍に直ぐに包囲されてしまった。
グリーンブライトはスーが撃った大矢に貫かれ、体に大きな穴を開けて早々に戦死する。
負け戦にしても、それなりに爪痕を残して威厳を保ったまま戦後交渉に望むつもりだった貴族たちは目論見が外れ散り散りになって逃げ始めた。
「おいおい、貴族様が逃げるなんて有りか?一応騎士でもあるんだろ?」
スカーは出番が無くて退屈そうにしてそう言うとベンキがそれに答えた。
「元々戦力差は有ったし、化物親子が暴れているのだ。逃げるのは賢い選択だといえる」
徐々に砦の戦士や鉄騎士団のオーガ達が戦場のあちこちで勝利のダンスをドタドタと踊りだす。勝ち戦である事を確信したのだ。
「ま~たこれですか。全くオーガ達のダンスはこれしかないのですかねぇ?キュキュ」
そういうナンベルもオーガ達の真似をして踊っている。
戦闘不能となった樹族騎士たちの山の中でヒジリは皇帝に手を振って叫んだ。
「勝どきを!ナンベル皇帝陛下」
「かしこまり~!はーい!皆さ~ん!我らの勝ちですよぉ~!」
何とも拍子抜けする勝どきだったが、うぉぉぉ!と帝国軍が叫んでオーガダンスは一層激しくなる。
ヤイバはそれを見て感慨深そうにこれまでを振り返った。
「それにしても・・・。この戦争の発端は誰かに憑依していないと存在できない悪魔の野望からなんですよね・・・。彼の使う魔法アイテムは強力でしたが魔法効果はありふれたものばかりだった。邪神のような絶対的な力があるわけでもないのに、こんな大事になって僕は驚いています」
「力なき者でもやり方によっては強くもなる。今回我々は後手に回ったり、油断したり、情報が足りなかったりした為、こういう結果になったのだ・・・。そのせいで主殿は・・・タスネとダンティラスは帰らぬ人となった」
再び湧き上がる怒りと悲しみを飲み込み、ヒジリは影のように背後に経つバガー兄弟の弟、コジーに目をやった。
「何かね?オークのコジー」
「星のオーガ様・・・。兄の仇を討って頂き感謝します」
「何故私をそう呼ぶ。私はただのオーガ、ライジンだ」
「俺は貴方の中に・・・、信仰し仕えると決めた神の姿を見たのです。例え貴方がライジンでも俺は貴方の中の神性を信じます。もし貴方が俺の力を必要とする時は呼んでください。いつでも飛んで参ります。それでは俺は兄の亡骸を探しに貴族の館に向かいたいと思います。さようなら」
そう言い残すと影は消えた。
「行かせていいんですか?彼は暗殺集団”神罰“の生き残りなんですよ?」
「なぜそんな情報を知っている?」
「彼の心を魔法で読みました。彼は心を読まれても隠そうとはしませんでした」
「そうか・・・。バガー兄弟は優秀な暗殺者だったのだろう。彼は兄を失うまでは人の痛みが判らなかったように思う。暗殺者というものは感情を殺して任務を遂行するものだろう?なのに彼は兄の死で酷くショックを受けていた。今回の件で少しは人間性を取り戻したのではないかな。もう無用な殺しはしないだろう・・・。まぁ何の確証もないがね」
「たった一人の悪魔とメイジのせいで彼は兄を失い、父さんやサヴェリフェ家の姉妹はタスネさんを失い・・・。戦争は沢山の騎士を死なせて・・・。樹族国の王族や貴族は壊滅状態・・・」
「マナは必ずしも人を幸せにはしないようだな。願いを叶えもするが頻繁にトラブルや災厄を起こしている。いっそ地球・・・星の国のようなマナが少ないほうが人々は幸せなのかもしれん」
マナが無ければタスネは死ななかったはずだ、とまたヒジリは悔やみだした。
「後から後からじわじわと悲しみや寂しさはやってくる。祖父や祖母が亡くなった時のように・・・。いつも遅れてやって来るのだ、悲しみは・・・。君に会いたいな、主殿・・・」
戦場の喧騒が一瞬静かになった気がする。その刹那の静寂にヒジリは親しい者の声を聞いた。
―――短命種の命は火花の如し。聖下とはそのうち会えるのである―――
―――ヒジリまた会おうね!大好きだったよ!―――
「父さん?」
白昼夢は息子の呼ぶ声でかき消され、ヒジリは我に返る。
「ああ、私がそちらに行くまで記憶の太陽には飛び込まないでくれよ、主殿、ダンティラス」
何の話をしているのか判らないといった顔をするヤイバは、悲しく微笑む父を不思議そうに見つめるのだった。
サヴェリフェ家の庭に急遽作られたタスネとダンティラスの墓の前で、悲しそうに項垂れるサヴェリフェ姉妹と父を離れたところでヤイバとワロティニスは見ていた。
「コロネさん、泣いてるね、お兄ちゃん・・・」
「コロネさんがあんなに泣いているところ、僕も初めて見たよ」
「私たちにしてみればタスネさんって遠い親戚のおばちゃん程度の間柄だったけど、お父さん達にしてみればとても近しい存在だものね」
「僕はタスネさんに命を助けてもらっておいて、こんな事を言うのは軽薄かもしれないけど、彼女の死が実感できていないというか・・・。なんでだろう・・・」
一緒について来たマサヨシが解らなくもないという顔をした。
「あまり関わりがなかったならそんなもんじゃね?俺だって子供ころはよく会ってたけど、大きくなるに連れて疎遠になった親戚がいればそんな反応するわ。例え命を助けてくれたとしてもな。それにお前は若いんだしよ、本能的に振り返るよりも前に進もうとするからじゃね?振り返るのは歳をとってからするもんだ」
「そういうものなのですか・・・」
マサヨシがここにいるのは、墓に向かって謝罪をする為だった。
暇つぶしでエポ村の若者達を煽り、たぶらかした中に当時タスネが思いを寄せていたホッフはいた。
それが原因で既に貴族であったタスネは苦悩する事になったのである。彼女はその事でずっとマサヨシを憎んでいた。最終的に許しはしたが、マサヨシは誠意ある謝罪はついぞしてなかったように思う。
「すまんこ・・・。いや・・・あの時は酷い事をしてごめんよ、タスネちゃん」
マサヨシはそう謝罪して座っている椅子のお尻の位置を変えヒジリ達をぼんやりと眺めた。
仁王立ちして碧眼から大粒の涙を流すコロネをヒジリは優しく撫でている。
「お姉ちゃんはっ!ヒック!絶対私達より先に死なないって思ってたのに!吸魔鬼だよ!永遠に生きられる吸魔鬼なんだから!私はお姉ちゃんに看取られながら死ぬと思ってたのに!なんで先に逝っちゃうんだよ!」
姉妹の中でタスネと一番仲の良かったコロネは、その言葉がヒジリを責めているとは知らず喚いた。
「すまない・・・コロネ。私がしっかりしていれば・・・」
「そうだよ!ヒジリは神様なんだから本気を出して戦争を止めていればお姉ちゃんは死ななかったんだ!何がライジンとして生きるだ馬鹿!生き返らせろよ!タスネお姉ちゃんを生き返らせろよ!」
コロネはヒジリの腹を何度も殴るが手応えはなく、気の抜ける音がするだけであった。
「止めなさい!コロネ!神様でも出来る事と出来ない事があるのよ!」
コロネと同じ碧眼の姉が妹を止めながらヒジリに聞く。
「ヒジリぃ、二人の抜け殻から生き返らせる事はできないのかしらぁ?」
フランの質問に言葉を詰まらせるヒジリの代わりに、姉の忘れ形見である卵を大事に抱え持つイグナは答える。
「私もそう思ったのだけど、宿主の体の重要な部分は寄生生物の支配を受けており、全ての情報が吸魔鬼の核に詰まっている。なのでこの遺体を復活させても肉の塊にしかならない。高位の蘇生魔法で情報を補完して復活させることも出来るけど、その場合は吸魔鬼でもないし別人のようになる可能性もある・・・」
フランは悲しそうに溜息をつく。
「そっか・・・じゃあやめておくわぁ・・・。それに今思い出したけど、生前の肉体と復活後の肉体情報に大きな差があると別人の魂が入ってきやすいって・・・。そうなった場合、悲惨な結果が待っている可能性が高いわねぇ・・・」
「諦めるのかよ!お姉ちゃんたちは!」
グシグシと目を擦るコロネに、普段はおっとりしているフランは厳しく諭した。
「現実を受け入れなさい、コロネ。タスネお姉ちゃんは死んだの。でも立派なことをして死んでいったのだから誇りに思わないと!人質になったルビーの為に神であるヒジリと戦おうとしてたのよ?私なら怖くて逃げてるわぁ。それにヒジリとヤイバを助けたなんてとても偉大な事じゃない!泣いてちゃお姉ちゃんも浮かばれないわ」
涙を拭いたはずのコロネの目からまた涙が零れ落ちる。
「ちくしょう!・・・ちくしょう!でもさ・・・いくら誇りに思ってもさ、タスネお姉ちゃんはもう英雄子爵じゃないし・・・私達以外の誰がお姉ちゃんを誇りに思ってくれるの?樹族国は帝国の属国になったから貴族制度は廃止になっちゃったじゃん」
妹の言葉にイグナは卵を撫でながら静かに答えた。
「貴族かどうかは関係ない。お姉ちゃんもダンティラスも褒めてもらいたくてヒジリとヤイバを助けたわけじゃない。それにほら・・・」
ヒジリとドワイトの銅像がある庭には、いつ誰が作ったのか不格好で大きな藁人形の夫婦の像があり、元領民たちがその藁人形に献花しに来ていた。
「お姉ちゃん達は、領民に慕われてた。もう貴族ではないのに、それでもこうやって追悼してくれる人達がいる」
「藁人形では風雨に耐えられまい。あそこに二人の銅像も建てよう・・・。私が作る」
主を失い悲しみに暮れるバクバクがそうしてくれと少し離れた場所でヒジリに鳴く。
あまり喋らないアラクネのレディは珍しく口を開いた。
「銅像があれば少しは心が癒やされる・・・」
二匹はタスネの死で契約が消滅したにも関わらず野に帰ろうとはしなかった。
「ああ、本物と見間違えるような物を作ってみせるさ」
ヒジリは徐ろに空を見上げた。
冬の近い空は澄んで晴れ渡っており、それは心配症のタスネが時折見せるカラッとした笑顔のようであった。
彼女達の呼びかけを無視して貴族たちの軍団を煽り、鼓舞することに専念していた。
「帝国は王が死んだと言うが、死体を示そうとしない!証拠がないのだ!ここまでして嘘を通すという事は、敵は追い詰められているということだ!私には!我ら樹族の神が既に時の声を上げているように聞こえている!今が好機なのだ!」
ワァァ!と湧き上がる貴族たちの中に、僅かに存在する樹族以外の貴族である獣人や地走り族の顔はない。
「グリーンブライトめ!」
シルビィは怒り、近くにあった飲水用の樽に蹴りを入れる。
「樹族至上主義に踊らされた貴族は結構いるのですねぇ。何か一つの考えに凝り固まるのは危険極まりないですよぉ。一辺倒の考えで全てを通そうとすると必ず矛盾が発生します。矛盾が発生したら、その矛盾を通すために誰かが無理をしなくていけません。そのしわ寄せは歪となってじわじわと膨らんでいき、最後にはどうしようも無くなり自滅するか、爆発してより悪い方向に向かうか。それが彼等には判らないのですかねぇ?キュッキュッキュ」
「全くその通りです、ナンベル皇帝陛下」
シルビィは道化師皇帝に同意し、何気なく周りを見渡し異様な男がいる事に気がつく。
「なんだ?戦場に裸のオーガがいるではないか・・・。座り込んで何かを弄っているな。怪しい・・・」
シルビィがオーガの背中から近づいて正体を確認すると、それはライジンの姿をするヒジリであった。
あぐらをかいて見たこともない道具でコウメを弄っている。
「ここをこうして・・・。よし!」
ヌリが討たれた後にオーバーヒートして地面に転がっていたコウメを見つけたヒジリが直していたのだ。
「最初からこの装置を付けておくべきだった」
「ピピピ!おはようございます、大マスター」
シルビィはパンツ一枚のヒジリの背中にぴっとりと寄り添う。
「戦場で裸とは豪気ではないか、ダーリン。私を誘っているのか?」
「おっと、そうだったな・・・。蒸着!」
ヒジリがそう言うと、いつもの黒いパワードスーツが彼を覆う。何故か頭にはヘルメットが装着されていた。
「宇宙刑事的なヘルメットは要らないぞ、カプリコン」
(でもそのパワードスーツはそれがセットですので・・・)
「要らん」
(失礼しました・・・)
蟻か蜂のようなヘルメットがスッと消えるといつものライジンの顔が現れた。
「やってくれ、コウメ」
「はい、コウメ頑張ります!」
コウメの変化にシルビィが小さく驚く。
「あれ?コウメの声が変わっていないか?」
「ああ、ウメボシの声にして、人格はランダムに選んだものを入れておいた。私はウメボシの声が好きなのでね。更に一人称はコウメだ。その方が可愛いだろう?今までのコウメは声と性格が冷たすぎたのだ」
コウメは自分のメモリー内を探った後、空中を凝視して動きを止めた。
「マスターの再構成を開始します」
「え?」
シルビィはコウメの言葉に驚いていると、目の前で見る間に光が集まってヌリが復活した。
「ああ・・・なんてこと!神様!」
神が横にいるにも関わらずそう言って、シルビィは泣きながらフルアーマーのヌリに抱きつく。
「うぉぉぉぉ!!!」
遠くからシルビィと同じく激情型のシオがヌリを見つけて走ってきた。聖なる光の杖を投げ捨て息子にタックルするもフルアーマーのヌリはびくともしない。
「おい!お嬢ちゃん!俺を常に持っていろって言っただろ!」
しかし、シオは杖の忠告を聞かずにヌリを泣きながら撫で回している。
「兄さん!」
わぁぁ!と嬉し泣きをするルビーもやってきた。
「家族とは良いものだな」
ヒジリはニコニコと頷いてヌリの復活を喜ぶ。
「うん、私にも家族は出来る」
イグナは羨ましそうにシルビィ一家を見た後、お腹と姉の忘れ形見の卵を擦って言った。
「ああ、そうだな。去っていく命もあれば、新しく生まれてくる命もある。そうやって世界は回っていくのだ」
ヒジリはそう言ってイグナのお腹を擦り、タスネとダンティラスの残した卵を見つめた。
「だとしたら、父さんはその円環を乱す悪者という事になりますが・・・」
いつの間にか鉄騎士団の隊列から離れてやってきたヤイバが意地悪に言う。
「はは!そうかもな。私を討つかね?」
「いや、止めておきますよ。父さんの体に慣れていないアンドラスですらあんなに強かったんだ。もしあの戦いが本物の父さんを相手にする事になっていたら、僕たちは直ぐに全滅していたと思う」
「ところで隊列から離れてまで何を報告しに来たのかね?」
「その・・・父さんが神である事を明かし、彼等を説得して戦争を止めることは・・・」
「無理だな」
「でも父さんは神なんですよ?その責任があるとは思いませんか?」
「いや、責任とかそういう話ではないのだよ。彼等は私を信仰していない。それに私が神でしたと言って出ていったところで耳を傾けるだろうか?答えは否だ。中途半端に彼等を屈服させたところで不満は長く燻り続け、いつでも大きな火になりうる。時には完膚無きまでに叩きのめす、という事が必要なのだよ。力を認めさせることで続く平和もあるのだ」
「という事は・・・父さんは樹族国を帝国領にしようと考えるナンベル皇帝陛下に賛同するのですか?」
「ああ、そうなるな」
いつ話を聞いていたのか、おどけながら拍手をしてナンベルがやってきた。
「流石は大親友のヒー君。小生と同じような事を考えていたとは。お父さんの言う通りですよ、ヤイバ君。君の優しさは素晴らしいものです。樹族国に貴方のファンが沢山いるのも頷けます。ですが、その優しさは白黒ハッキリさせる時には邪魔ですし、下手すりゃ害にもなります。それにどうもあの貴族たちからは甘えのようなものを感じるのですよねぇ。どうせ同盟国だから最終的に温情を与えてくれる、歴史の長い樹族国を帝国がずっと支配するわけがない、みたいな~。キュキュ」
ヤイバはアルケディア郊外の平野で、いつでも戦いを始められるぞとこちらを睨んでいる貴族たちを見て、覚えたての【読心】を使ってみる。
確かに彼等からは本気の気迫のようなものは感じられない。樹族至上主義に賛同したというのは表向きで、この抵抗で得られる利益があるのではないかと考えて話に乗ったという者も多い。
少しでも自分たちの存在や主張をアピールして、後の交渉でもぎ取れるものはもぎ取ろうという考えなのだ。樹族至上主義のグリーンブライトだけが興奮し空回りしているようにも見える。
「確かに・・・。真剣さが無いように見えます・・・。これから命のやり取りをするのにヘラヘラ笑っている者もいますね・・・。わかりました。僕は一時、情けや優しさを捨てることにします」
「そ、それは構いませんが、ヤイバ君は極端な所がありますから幾らか手加減するのですよ?キュキュ」
「さて、睨み合いはこの辺でいいだろう。そろそろ戦いの合図を出してはどうかね?ナンベル皇帝陛下」
ヒジリは立ち上がると電撃グローブをバチンと叩き合わせて気合を入れた。
ヤイバは周囲の騎士を含め広範囲の補助魔法をかけている。
「ところでヤイバ・・・」
ヒジリがヤイバの肩を触った。その途端にヤイバの補助魔法が全て効果を失う。
「あっ!父さん!触ったら魔法効果が・・・・」
「おっとすまない。実はな、イグナに子供が出来たのだ。お前に新しい弟か妹が出来るぞ」
「じゃあ、さっさとこの戦いを終わらせてお祝いをしましょう。僕はマサヨシさんの世界で食べた”くれーぷ”が食べたいです。父さん、作ってくださいよ」
「いいだろう。お安い御用だ。五分だな。五分でこの戦いを終わらせるぞ」
「はい!」
ナンベルが戦いの合図を出すと、世界最強の親子は戦場に真っ先に飛び出していった。
ライジンと共に先んじて敵陣に飛び込んだヤイバに、マーは驚く。
「隊で動くようにとあれほど命令したのに・・・」
自分のもとに愛しい部下がいない事にマーは不貞腐れたのだ。
皇帝であるにも関わらず、雑多な兵の如く軍の行進に当たり前のように紛れているナンベルがそれを聞いて飄々と答えた。
「あ、ヤイバ君なら構いません。ライジンが近くにいますし」
全幅の信頼をライジンに寄せる皇帝の言葉通り、ヤイバは彼の魔法無効化によって守られていた。
他のエリートオーガよりも幾らか魔法を無効化でき、耐性があると言っても大勢から集中砲火を喰らえば幾ら神の子でも少しずつダメージを受けるし、当たり前だが蓄積すれば致命傷にもなる。
なのでヒジリはマナを可視化出来る仮面で魔法を察知しヤイバの周辺を忙しなく移動して守る。
その間に”動く魔法要塞“或いは”歩く魔法砲台“と呼ばれるヤイバは範囲攻撃魔法を次々と撃っていき敵を沈めていった。
接近戦を挑んで来る者には容赦なくヒジリの電撃パンチが飛ぶ。
「なんだ、あの神の子を守るオーガメイジは!折角ヤイバを倒すチャンスだというのに!」
「聞いたことがあるぞ、帝国にヒジリを真似するオーガがいると。あれがそうだ。仮面のオーガ、ライジンだ」
「ふん、どうせ紛い物だ。構わず攻撃を続けろ!」
士官たちはそう言って指示を出すが、とてつもない速さで兵が戦闘不能になっていく現実は無視出来なかった。何か対抗策を、と考えるも二人の後からやってきた帝国軍に直ぐに包囲されてしまった。
グリーンブライトはスーが撃った大矢に貫かれ、体に大きな穴を開けて早々に戦死する。
負け戦にしても、それなりに爪痕を残して威厳を保ったまま戦後交渉に望むつもりだった貴族たちは目論見が外れ散り散りになって逃げ始めた。
「おいおい、貴族様が逃げるなんて有りか?一応騎士でもあるんだろ?」
スカーは出番が無くて退屈そうにしてそう言うとベンキがそれに答えた。
「元々戦力差は有ったし、化物親子が暴れているのだ。逃げるのは賢い選択だといえる」
徐々に砦の戦士や鉄騎士団のオーガ達が戦場のあちこちで勝利のダンスをドタドタと踊りだす。勝ち戦である事を確信したのだ。
「ま~たこれですか。全くオーガ達のダンスはこれしかないのですかねぇ?キュキュ」
そういうナンベルもオーガ達の真似をして踊っている。
戦闘不能となった樹族騎士たちの山の中でヒジリは皇帝に手を振って叫んだ。
「勝どきを!ナンベル皇帝陛下」
「かしこまり~!はーい!皆さ~ん!我らの勝ちですよぉ~!」
何とも拍子抜けする勝どきだったが、うぉぉぉ!と帝国軍が叫んでオーガダンスは一層激しくなる。
ヤイバはそれを見て感慨深そうにこれまでを振り返った。
「それにしても・・・。この戦争の発端は誰かに憑依していないと存在できない悪魔の野望からなんですよね・・・。彼の使う魔法アイテムは強力でしたが魔法効果はありふれたものばかりだった。邪神のような絶対的な力があるわけでもないのに、こんな大事になって僕は驚いています」
「力なき者でもやり方によっては強くもなる。今回我々は後手に回ったり、油断したり、情報が足りなかったりした為、こういう結果になったのだ・・・。そのせいで主殿は・・・タスネとダンティラスは帰らぬ人となった」
再び湧き上がる怒りと悲しみを飲み込み、ヒジリは影のように背後に経つバガー兄弟の弟、コジーに目をやった。
「何かね?オークのコジー」
「星のオーガ様・・・。兄の仇を討って頂き感謝します」
「何故私をそう呼ぶ。私はただのオーガ、ライジンだ」
「俺は貴方の中に・・・、信仰し仕えると決めた神の姿を見たのです。例え貴方がライジンでも俺は貴方の中の神性を信じます。もし貴方が俺の力を必要とする時は呼んでください。いつでも飛んで参ります。それでは俺は兄の亡骸を探しに貴族の館に向かいたいと思います。さようなら」
そう言い残すと影は消えた。
「行かせていいんですか?彼は暗殺集団”神罰“の生き残りなんですよ?」
「なぜそんな情報を知っている?」
「彼の心を魔法で読みました。彼は心を読まれても隠そうとはしませんでした」
「そうか・・・。バガー兄弟は優秀な暗殺者だったのだろう。彼は兄を失うまでは人の痛みが判らなかったように思う。暗殺者というものは感情を殺して任務を遂行するものだろう?なのに彼は兄の死で酷くショックを受けていた。今回の件で少しは人間性を取り戻したのではないかな。もう無用な殺しはしないだろう・・・。まぁ何の確証もないがね」
「たった一人の悪魔とメイジのせいで彼は兄を失い、父さんやサヴェリフェ家の姉妹はタスネさんを失い・・・。戦争は沢山の騎士を死なせて・・・。樹族国の王族や貴族は壊滅状態・・・」
「マナは必ずしも人を幸せにはしないようだな。願いを叶えもするが頻繁にトラブルや災厄を起こしている。いっそ地球・・・星の国のようなマナが少ないほうが人々は幸せなのかもしれん」
マナが無ければタスネは死ななかったはずだ、とまたヒジリは悔やみだした。
「後から後からじわじわと悲しみや寂しさはやってくる。祖父や祖母が亡くなった時のように・・・。いつも遅れてやって来るのだ、悲しみは・・・。君に会いたいな、主殿・・・」
戦場の喧騒が一瞬静かになった気がする。その刹那の静寂にヒジリは親しい者の声を聞いた。
―――短命種の命は火花の如し。聖下とはそのうち会えるのである―――
―――ヒジリまた会おうね!大好きだったよ!―――
「父さん?」
白昼夢は息子の呼ぶ声でかき消され、ヒジリは我に返る。
「ああ、私がそちらに行くまで記憶の太陽には飛び込まないでくれよ、主殿、ダンティラス」
何の話をしているのか判らないといった顔をするヤイバは、悲しく微笑む父を不思議そうに見つめるのだった。
サヴェリフェ家の庭に急遽作られたタスネとダンティラスの墓の前で、悲しそうに項垂れるサヴェリフェ姉妹と父を離れたところでヤイバとワロティニスは見ていた。
「コロネさん、泣いてるね、お兄ちゃん・・・」
「コロネさんがあんなに泣いているところ、僕も初めて見たよ」
「私たちにしてみればタスネさんって遠い親戚のおばちゃん程度の間柄だったけど、お父さん達にしてみればとても近しい存在だものね」
「僕はタスネさんに命を助けてもらっておいて、こんな事を言うのは軽薄かもしれないけど、彼女の死が実感できていないというか・・・。なんでだろう・・・」
一緒について来たマサヨシが解らなくもないという顔をした。
「あまり関わりがなかったならそんなもんじゃね?俺だって子供ころはよく会ってたけど、大きくなるに連れて疎遠になった親戚がいればそんな反応するわ。例え命を助けてくれたとしてもな。それにお前は若いんだしよ、本能的に振り返るよりも前に進もうとするからじゃね?振り返るのは歳をとってからするもんだ」
「そういうものなのですか・・・」
マサヨシがここにいるのは、墓に向かって謝罪をする為だった。
暇つぶしでエポ村の若者達を煽り、たぶらかした中に当時タスネが思いを寄せていたホッフはいた。
それが原因で既に貴族であったタスネは苦悩する事になったのである。彼女はその事でずっとマサヨシを憎んでいた。最終的に許しはしたが、マサヨシは誠意ある謝罪はついぞしてなかったように思う。
「すまんこ・・・。いや・・・あの時は酷い事をしてごめんよ、タスネちゃん」
マサヨシはそう謝罪して座っている椅子のお尻の位置を変えヒジリ達をぼんやりと眺めた。
仁王立ちして碧眼から大粒の涙を流すコロネをヒジリは優しく撫でている。
「お姉ちゃんはっ!ヒック!絶対私達より先に死なないって思ってたのに!吸魔鬼だよ!永遠に生きられる吸魔鬼なんだから!私はお姉ちゃんに看取られながら死ぬと思ってたのに!なんで先に逝っちゃうんだよ!」
姉妹の中でタスネと一番仲の良かったコロネは、その言葉がヒジリを責めているとは知らず喚いた。
「すまない・・・コロネ。私がしっかりしていれば・・・」
「そうだよ!ヒジリは神様なんだから本気を出して戦争を止めていればお姉ちゃんは死ななかったんだ!何がライジンとして生きるだ馬鹿!生き返らせろよ!タスネお姉ちゃんを生き返らせろよ!」
コロネはヒジリの腹を何度も殴るが手応えはなく、気の抜ける音がするだけであった。
「止めなさい!コロネ!神様でも出来る事と出来ない事があるのよ!」
コロネと同じ碧眼の姉が妹を止めながらヒジリに聞く。
「ヒジリぃ、二人の抜け殻から生き返らせる事はできないのかしらぁ?」
フランの質問に言葉を詰まらせるヒジリの代わりに、姉の忘れ形見である卵を大事に抱え持つイグナは答える。
「私もそう思ったのだけど、宿主の体の重要な部分は寄生生物の支配を受けており、全ての情報が吸魔鬼の核に詰まっている。なのでこの遺体を復活させても肉の塊にしかならない。高位の蘇生魔法で情報を補完して復活させることも出来るけど、その場合は吸魔鬼でもないし別人のようになる可能性もある・・・」
フランは悲しそうに溜息をつく。
「そっか・・・じゃあやめておくわぁ・・・。それに今思い出したけど、生前の肉体と復活後の肉体情報に大きな差があると別人の魂が入ってきやすいって・・・。そうなった場合、悲惨な結果が待っている可能性が高いわねぇ・・・」
「諦めるのかよ!お姉ちゃんたちは!」
グシグシと目を擦るコロネに、普段はおっとりしているフランは厳しく諭した。
「現実を受け入れなさい、コロネ。タスネお姉ちゃんは死んだの。でも立派なことをして死んでいったのだから誇りに思わないと!人質になったルビーの為に神であるヒジリと戦おうとしてたのよ?私なら怖くて逃げてるわぁ。それにヒジリとヤイバを助けたなんてとても偉大な事じゃない!泣いてちゃお姉ちゃんも浮かばれないわ」
涙を拭いたはずのコロネの目からまた涙が零れ落ちる。
「ちくしょう!・・・ちくしょう!でもさ・・・いくら誇りに思ってもさ、タスネお姉ちゃんはもう英雄子爵じゃないし・・・私達以外の誰がお姉ちゃんを誇りに思ってくれるの?樹族国は帝国の属国になったから貴族制度は廃止になっちゃったじゃん」
妹の言葉にイグナは卵を撫でながら静かに答えた。
「貴族かどうかは関係ない。お姉ちゃんもダンティラスも褒めてもらいたくてヒジリとヤイバを助けたわけじゃない。それにほら・・・」
ヒジリとドワイトの銅像がある庭には、いつ誰が作ったのか不格好で大きな藁人形の夫婦の像があり、元領民たちがその藁人形に献花しに来ていた。
「お姉ちゃん達は、領民に慕われてた。もう貴族ではないのに、それでもこうやって追悼してくれる人達がいる」
「藁人形では風雨に耐えられまい。あそこに二人の銅像も建てよう・・・。私が作る」
主を失い悲しみに暮れるバクバクがそうしてくれと少し離れた場所でヒジリに鳴く。
あまり喋らないアラクネのレディは珍しく口を開いた。
「銅像があれば少しは心が癒やされる・・・」
二匹はタスネの死で契約が消滅したにも関わらず野に帰ろうとはしなかった。
「ああ、本物と見間違えるような物を作ってみせるさ」
ヒジリは徐ろに空を見上げた。
冬の近い空は澄んで晴れ渡っており、それは心配症のタスネが時折見せるカラッとした笑顔のようであった。
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