未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(164)

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 何やら暗闇の中で聞き覚えのある声が聞こえる。

「父さんの声だ。おかしい。本来ならこの場所にいるのはイグナ母さんとコロネさんだけなのに」

「ところでヤイバ。鎧は着ないのか?相手はサカモト神と関わりのある人物だぞ。もしかしたら相当強いかもしれない」

「あ!着てくるのを忘れいた!鎧がないと魔法防御力が下がるのが痛い・・・」

「フハハ。だが安心したまえ」

 カワーは腰のポーチから一辺が三センチほどの黒い箱を取り出した。

「なんだ?それは。アトラの人格形成装置にも似ているけど」

「これはな、君が英雄子爵の記憶を見てオイオイ泣いてる時に僕がノームに格安で売ってもらった便利アイテムだ」

「う、うるさいなぁ・・・。誰から聞いたんだよ、その事を・・・。で、便利アイテムとは?」

 眉根に皺を寄せて睨む親友にハハハと笑ってカワーは箱を摩った。

 すると箱から帝国鉄騎士団の鎧が二着出てくる。出てくるというよりは父親の転送の時のように光の粒子となって現れたというべきか。

「これは二着とも君の鎧?いや、一着は僕の鎧じゃないか!グリフィンの紋章が付いている!一体どうして?」

「聖下の護衛で君に誘われた時に、君は制服姿のままだったからね。きっとバートラまではトラブルのない旅なんだろうとは思ったが、一応寄宿舎の鎧を持ってきておいたのさ」

 気の利く親友にヤイバは嬉しくなる。と同時に彼の持つアイテムの便利さに驚く。

「という事は魔法の袋のようにアイテムの重量を気にすることなく持ち運べる類の便利アイテムか!す、凄いじゃないか!」

 友人の羨ましそうな顔を見てカワーは仰け反って笑う。

「フハハ!いいだろう?しかも無限に物が入れられるのだぞ。しかし欠点があってね、入れたものを明確に思い出せないと二度と箱から出せなくなる。なので何を入れたかしっかりと覚えておかなければならないという面倒臭さがあるところはノームの発明品って感じだな。さぁ自由騎士殿、鎧を着たまえよ」

「ああ、ありがとう」

 ヤイバとカワーは急いで鎧を着る。鎧を着る速さを競う訓練でも二人は常に上位なので一分もしない内に装備してしまった。

 暗闇で鎧を着る二人の気配に気が付いたのか、ヒジリがじっとこっちを探るように見ていた。

「流石は父さんだ、ウメボシさんより先に僕たちを見つけたぞ」

 ガシャンガシャンと音を立てて二人はヒジリ達の前に現れるとヤイバは唐突に言う。

「すみません、ヒジリさん。今回だけは僕は貴方の敵になる可能性があります」

 ヒジリはすぐに自分をセイバーだと認識した。

「未来が変わったのかね?セイバー」

 未来が変わったというよりは後から作られた過去が変わったというべきだが、ヤイバはそれについては何も言わなかった。確実な証拠などないからだ。

 兜を脱いで黒いカトーマスクの素顔を晒すと、カワーもそれに倣った。

 カワーの顔を見たシオが咄嗟に杖を構えた。

「どう見ても悪人じゃねぇか!」

 もしこの過去の世界が未来をなぞっているのだとすれば、後の世の戦争で大いに帝国軍を苦しめる大魔法使い、シオ・ウォールはヤイバにとって脅威だった。

 冒険者としての期間が長く世界中を渡り歩いていた対アンデッド特化のメイジは僧侶としての能力も高い。何よりも彼にどんなにダメージを与えようが、聖なる光の杖が一瞬にして回復してしまうのだ。倒すとなると数々の防御魔法を貫通させて一撃殺すしかない。

 そんな彼の力を知っているはずのカワーは悪人と呼ばれて不愉快な顔をする。

「僕が悪人だって?ハッ!言ってくれる!」

 そう言って長い銀髪を手櫛で梳いてシオを睨んだ。それからヒジリの視線を受けてカワーは大仰にお辞儀をする。

「初めまして、若かりし頃の陛下。まぁ陛下は未来でも若い見た目ですが・・・。我が名はカワー・バンガー。フーリー家と肩を並べる名門の一族です」

「やぁ、カワー。初めまして。宜しく」

 そう言われてカワーの顔が喜びで綻ぶ。しかし傍から見ると何かを企んでいるかのようなニンマリとした顔にしか見えない。彼の感情の機微は親友のヤイバにしか解らないだろう。

「ダーリン、もしかして自由騎士殿はあの悪人顔のカワーとやらに操られているのではないか?」

 シルビィ・ウォールがそう言って夫同様カワーを警戒する。

 憤怒のシルビィ。一旦怒り出すと手が付けられない騎士で魔法攻撃力も高く、魔法防御を貫通させてくるスキルを持っている。接近戦でもそこそこに強い。生命力の低い樹族なのにチャビンの大岩攻撃を受けて耐え抜いたと言われている。

(というか、何でこんなに猛者が揃っているんだ・・・。イグナ母さんもいるしさ・・・)

 ヤイバとカワーにとって父親を相手するだけでもとんでもなく苦労をするのに、樹族国の英雄が二人もこの場にいるのは誤算だった。

 今の間に策を練るヤイバの耳に、シルビィの警戒は無意味だと言わんばかりにイグナが否定した。

「あの人は見た目ほど悪人じゃない。今もヒジリに名前で呼ばれた事を心の中で喜んでいた」

「はは、可愛いヤツだな」

 ヒジリは笑うと、抱いていたイグナとシルビィを地面に下ろした。

「さて、セイバー。未来の出来事を言うつもりは無いのだろう?私も聞きたくない。ではどうするかね?」

 どうするかね?と聞かれたヤイバの心は決まっていた。短期決戦。老婆だけを狙って父の未来を変えるしかない。

「事の原因はそこの老婆が・・・」

 そう独り言のように呟いてセイバーはバトルハンマーを構えた。

「僕は生まれてから十数年、父親の愛情を知らないまま育ったんだ。公園で他の子が父親と遊ぶ姿を見ては悄気げて家に帰るなんて事もあった。ですが、僕の父親は後々奇跡的に復活する事になる。それでも失われた十数年は帰ってこない。その時間を奪った原因は貴方なのですよ、ご老人。僕のいる未来では復活したはずの父親が消えた。可愛い妹たちも消えるかもしれない!貴方が神の帰還を望まなければ僕の家族は平穏だった!」

 もう一度、この場にいる面子をヤイバは見る。老婆を攻撃するにあたって、誰が一番厄介か。シオか?違う。ではシルビィか?違う。では最強である父か。違う。父は本気を出すまでの時間が長いスロースターターだ。では誰か?一番厄介なのはさっきから何も言わずにじっとこちらを見つめる一つ目。そう、ウメボシなのだ。

(ウメボシさんの防御はほぼ完璧と言える。あの不思議な障壁を出されると僕の攻撃は老婆に全く届かないだろう。虚無の力を発動させるか?いや無理だな。そもそも彼らに対して怒る要素がない。いくら怒りの精霊をコントロールできるようになったとはいえ、怒りの精霊を憑依できなければ無意味だ。じゃあどうする?)

 ヤイバは記憶の中のウメボシに関する情報を探る。

 父が復活してからヤイバはよく妹と共に父と散歩をした。

 父の話は聞いた事のない単語も多かったがどれも面白く、言葉の一つ一つを明確に覚えている。

 散歩の時に、ヤイバはウメボシの弱点を聞いた事があるのだ。完璧そうなウメボシにも弱点があるのかと。

 記憶の中の父は当然だという顔をして頷いていた。

「勿論ある。防御エネルギーが切れると充填する間、無防備になる。他には・・・。秘密のパスワードだな。それを唱えると暫くウメボシは動けなくなるのだ・・・。その言葉は・・・」

 ヤイバは【姿隠し】で消えると一気にウメボシの近くに駆け寄る。

 自分よりもヒジリや他のメンバーを守ろうとするウメボシは、まさか自分の傍にセイバーが来るとは思っていなかった。

「ごめんなさい、ウメボシさん。今は眠ってもらいます。停止パスワード!青い梅の種には青酸配糖体がある!アーモンド臭!」

「え!」

 ウメボシは驚いた後、目から光を失くして地面に落ちた。

「ウメボシ!」

 パスワードは余程親しい仲ではないと教えたりはしない。未来の自分はセイバーに教えてしまったのかと考えつつもヒジリは急いでウメボシに駆け寄る。

 駆け寄ってきたヒジリを見てセイバーは再び魔法で消えた。

(次に厄介なのはイグナ母さんだ!ウォール夫妻よりも使える魔法の種類は多い。捕縛系魔法で捕らえられたらおしまいだ)

 ヤイバは一瞬現れると、イグナに向けて【沈黙】の魔法を発動した。

(頼む!効いてくれ!)

 沈黙の魔法は何もエフェクトがないので、魔法を唱えるまで効果があったかどうかわからないという欠点がある。

 皆がヤイバの行動ばかりを気にしている間にカワーがナビににじり寄り、剣を振り上げる。

「覚悟!」

「駄目!」

 イグナはそう言って捕縛系魔法でカワーを捕えようとしたが、「駄目!」という声でさえかき消されていた。

(やった!【沈黙】の魔法がイグナ母さんに効いた!奇跡だ!)

 ヒジリがウメボシの再起動に手間取っていると背中から老婆の悲鳴が聞こえてくる。

「ひえぇぇ!ホログラムとはいえ、痛みを感じるんだよぉ!やめとくれ!」

 カワーの攻撃があと僅かというところで、その攻撃は霞のような何かによって阻まれた。

 ナビはその霞が何か解ったのか、ほっと胸を撫で下ろし感謝を述べる。

「ありがとうよ、ダンティラス坊や」

 セイバー達が現れてから様子見の為に霞となって闇に同化していた吸魔鬼が姿を見せたのだ。

「ダンティラス?!」

 カワーは一気に後方へ跳躍して距離を取りセイバーを探して叫んだ。

「闇魔女様の話に始祖の吸魔鬼は出てこなかったはずだが?ヤイ・・・セイバー!」

 たじろぐカワーの横にセイバーは現れ、悲しい目でダンティラスを見つめる。父と自分を助けて虚無の渦に飲まれたダンティラス。遺言も無くタスネと共に死んでしまった彼を見ると心が痛む。

(僕の所為なんだ・・・。ダンティラスさんが死んだのもタスネさんが死んだのも僕の所為・・・)

 セイバーの心を読んだダンティラスであったが、彼が何のことを言っているのか理解できず、背中から触手を出して威嚇する。

「これ以上やるようであれば、吾輩も本気を出さねばならないのである」

 ナビを庇うようにして立つダンティラスの真剣な目を見て、ヤイバはバトルハンマーを構えるのを止めた。

(僕を庇って死んだダンティラスさんを攻撃するなんてできない!)

「彼はここで死ぬ運命にない。きっと僕達が来た事で過去が変わったのだろう。戻るぞ、カワー。僕達がこちらで時間を過ごせば未来でも時間は進む。何か変化があったかもしれない」

 セイバーは転移石を掲げた。

「お騒がせしてすみませんでした、皆さん」

 そう言うとヤイバは友人の肩に手を置いて転移石を掲げた。




 ヤイバとカワーは転移して戻って来て父親がアトラについてあれこれ皆と相談している姿を見てずっこける。

 まるで何事もなかったように父が腕を組んで皆と話し込んでいるので、なにかのドッキリに引っかかったのかと思ってしまう。

「父さんは、いなくなったんじゃなかったの?クロスケ」

 ゆっくりと飛んで逃げようとしたクロスケにそう聞くと、アンドロイドはばつが悪そうに振り返って誤魔化し笑いをする。

「フヒヒ、すんまへん。でもヒジリさんが消えてたんはほんまやで」

 カワーと顔を見合わせてため息をつくとヤイバは父親に近づく。

「どこ行ってたんですか?父さん。心配したんですよ」

「ん?ああ。すまないな。転送事故だ。一度データにされた後、遅れて転送される事が稀にあるのだが、どうもそれだったみたいだ」

 ヤイバは腕を組んで拗ねた。前にも似た様な事があったからだ。

「フランさんの時も結局過去に行く必要はなかったんだ。僕は変な空回りばかりしている」

「何のことかね?まぁでも心配してくれてありがとう、ヤイバ」

 そういってヒジリはヤイバの肩を抱いて頬ずりをした。

「ちょっと!僕と父さんは年齢的には二歳しか違わないのですよ!止めてください!恥ずかしい!」

 恥ずかしがりながらも、なんとなく事を大げさにしたイグナを見ると彼女はクスクスと笑って自分と父のじゃれ合いを見ている。

(もう!イグナ母さんが、青い顔して父さんが過去で死んだとか言うから!)

「父親が子に愛情を示して何が悪い。さぁカワー。君もこっちに来たまえ。抱擁をしてやろう」

「は、はいぃ!」

 カワーは緊張しながらヒジリに近づいた。

 自分より五十センチほど小さい現人神は浮いて抱擁をしてくる。

「いつもヤイバの手伝いをしてくれているのだろう?ありがとう」

「きょきょきょ恐縮です!聖下!(やったぞ!家に帰って父上と母上に自慢が出来る!神に抱擁されて感謝されたと!)」

「あ!お兄ちゃんやカワーばかりズルイ!」

 ワロティニスも父に抱擁をせがんだ。

「だったら私達も抱擁してもらわないとぉ!」

 フランやイグナも抱擁をせがむ。

 結局全員が集まって抱擁し、団子のような状態になった。

 花壇の水やりに裏庭にやって来たヘカティニスはその異様な抱擁団子の横を通り過ぎて、花壇の花に水をやりながら振り返る。

「なにやってんだ?おまえだ。解散だ解散!」

 彼女は豪快にバケツの水を皆にぶっかけた。
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