未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(165)

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「お兄ちゃーん!」

 元気なちびっこ達は桃色城前の大通りを歩いて来る兄に駆け寄る。

 久々にツィガル城から帰ってきた兄のバックパックには沢山のお土産が入っていた。

「ただいま。皆いい子にしてたかい?」

  イグナの子、ヒカリが悪気なく言う。

「うん、でもね、ポカとカイトがさっきオシッコ漏らしたよ!」

「そ、それは仕方ない事だね。まだ小さいからね。アトラも元気にしてたかい?」

 猫のような、あるいはミミズクのような髪型のアトラは無表情のまま頷く。

「元気」

 タスネとダンティラスの子なのだが、何故かイグナにそっくりな性格をしていて感情に乏しい。

「アトラには機工士のムロさんからのお土産があるよ。家に入ってからね。皆にはツィガルの美味しい焼き菓子と玩具だ!」

「わーい!」

 ヒカリ達はお土産がお菓子だと知って飛び跳ねながら桃色城の入り口へと入っていった。

 ポカティニスとカイトも姉たちについて行こうとしたが、兄の手がニューっと伸びてきた。

「グハハ!逃さないぞ、二人共!お前たちはお兄ちゃんに抱っこされてしまう運命なのだ!」

 ヤイバは二人を抱えて頬ずりをするとぷにぷにしたほっぺにキスをし、抱っこをしたままノシノシと家の中へ入っていった。

「あらぁ、おかえり、ヤイバ」

 フランが出迎えたが、何処かに出かけるのか荷物を沢山持っていた。

「あれ?フランさん、どこへ?」

「ん~、それがねぇ。お姉ちゃんの屋敷が荒れ放題なのよ。家を守ると言っていたコロネは冒険に出かけてばかりで滅多に帰ってこないし、レディとバクバクだけじゃどうしようもないから私が一旦帰る事にしたのよぉ」

「えっ!そうなんですか?寂しいな・・・」

「大丈夫よ、天移石があるし。いつでも来れるわぁ」

 イグナが階段を降りてきた。

「おかえりヤイバ。じゃあ行くよ、お姉ちゃん。お姉ちゃん送ったらすぐに帰ってくるからね、ヤイバ」

「はい」

 サヴェリフェの姉妹は転移して消えた。慌ただしく消えた二人のいた空間をぼんやりと見ていると、妹達が催促する。

「お兄ちゃん、お土産ちょうだいよ!」

 ヒカリが制服のズボンの下の方をグイグイと引っ張る。見た目はイグナにそっくりなのに性格はやんちゃだ。

「ヒカリはコロネさんみたいだな・・・」

「聞こえたぞ、ヤイバ」

 スゥっと階段の影と同化していたコロネが現れる。

「何で家の中で隠遁スキルを使ってるのですか。というか、いるならさっきフランさんに声を掛ければよかったじゃないですか・・・」

「それが嫌で隠れてたんだろうが!帰ったら掃除の手伝いさせられるんだぞ!きっと今頃脱ぎ散らかした下着にキノコ生えてる頃だろうさ!」

「うわぁ・・・、ドヤ顔で言うことじゃないですよ、それは」

 潔癖症のヤイバは想像しただけで鳥肌が立った。

「おにいたん、お菓子ちょうだい」

 小さな弟と妹がほっぺを引っ張る。

「そうだな、よっこらせ」

 ヤイバは二人を下ろすと、ロビーのお客用のテーブルの上に玩具やらお菓子をバックパックからドサドサと出した。

 椅子の上に立ってその様子を見ていた子どもたちは一斉に手を伸ばし、勢い良く焼き菓子を食べ始める。

 その手の中に大人の地走り族のものがあった。

「こら!コロネさん!よりによってムロさんの装置を持っていこうとしないでください」

「ん?あれ?何で私の手の中にこれが?」

「(そうだった、地走り族は手癖が悪いんだった。無意識に物を持って行く性質なんだったな。フランさんとイグナ母さんはそんな事しないから忘れていた)それはムロさんがアトラの為に作った飛行装置ですよ」

「へ~。私の鼻がこれは良いものだって言ってるよ」

「じゃあ、マニアにしか高値で売れないガラクタだって事ですよ、ムロさんに謝って下さい、ガラクタハンターさん」

「誰がガラクタハンターだ!お前こそ謝れ!」

「あ!そうだ、大人用のお菓子買ってきたんだった。これは相当珍しいですよ!」

「何?何だ?」

 ヤイバがバックパックの内ポケットに大事に仕舞っていた平たい桐の箱を取り出す。

 箱を開けると中には二十個程のマシュマロのような物が入っていた。

「なんだ?唯のマシュマロじゃん。大げさに桐の箱なんかに入れちゃって!」

「凄く高いお菓子だから大事に食べ・・・・あっ!」

 ヤイバの言葉も聞かずに、コロネは一個摘むと無造作に口に放り込んだ

「うぉ!」

 少し大きなマシュマロだと思っていた食べ物の中にはとてつもなく甘い葡萄が入っており、更にそれを包むようにして甘いでんぷん質のペーストともちっとした皮が覆っていた。

「もちもちした食感の後に葡萄が弾けて甘い果汁がジュワッと広がる。そして咀嚼する内に甘さ控えめの滑らかな何かのペーストが葡萄の味と香りを引き止めて余韻を残す。こんな美味しいお菓子は初めてだ!これはどこで売ってんだ?」

 その時、ガチャリとドアが開いてワロティニスとマサヨシとクロスケが現れた。

「あ!お兄ちゃんお帰り!何食べてるの?」

 興奮したコロネはお菓子を一つ摘むと、ワロティニスに渡した。

「それヤイバのお土産。めっちゃ美味しいぞ!」

 召喚師の修行で疲れていたので、甘いお菓子は有り難いとばかりにワロティニスは口に放り込むと、葡萄の果汁が口いっぱいに広がった。

「なにこれ!凄く美味しい!」

 マサヨシがそれを見てニヤニヤしている。そのお菓子は自分が関係しているとでも言いたそうだ。

「お買上げあざーっす!」

 両手を体にぴったりとつけて顔だけをこちらに向けお辞儀するマサヨシはなんとなく憎たらしい。

「もしかしてこれ、星の国のお菓子なんですか?」

 ヤイバが驚くいてから、だから美味しいのかと納得した。

「おうよ。ツィガルの知り合いのお菓子屋のオッサンに泣きつかれたんよ。ツィガルはお菓子屋が多くて新作を出してもすぐに埋もれてしまう、だからこれまでにない新しいお菓子があったら是非教えて欲しいってな。そん時、たまたまタカヒロから貰った葡萄大福やいちご大福を持っててさ、それを食わしたら闇樹族のオッサン、美味さのあまり目玉が落ちそうになってたんでつよ。ふはっ!」

「で、自分で作ったお菓子でもないのに、レシピを教えてロイヤリティを頂いているってわけですね?」

「正解」

 ヤイバは悔しそうに指を鳴らす。

「だったらマサヨシさん経由で買えば良かった。直ぐに手に入ったのに・・・。僕はこれのために開店前から並んでいたんですよ。僕が並んでるといっぱい人が来て大変だったんですから」

「有名人は大変だな。今度からは俺が取り寄せてやるよ」

「じゃあ、もう一箱お願いします。いちご大福も」

「わかったわかった・・・欲張りさんめ!でも俺経由でも買えるかな~?お前のせいで宣伝効果あっただろうから・・・」

 ヤイバは「あぁ!」と天を仰いでから項垂れる。

「鎧着込んで顔を隠して並べば良かった」

「鎧なんて来て並んでたら怪しまれるし、小手を付けてたらお金のやりとりが大変だろうが」

「じゃあフルヘルムだけの姿で・・・」

「フルヘルムで全裸とか・・・危ない人っぽいから止めろ」

 食い気味にヤイバは突っ込む。

「フルヘルムで全裸とは言ってませんが?」

 また扉が開いてヒジリが真っ黒に汚れて帰ってきた。

「やぁヤイバ、お帰り」

 いつもの囁くような声がヤイバの帰りを喜ぶ。

「父さん、どうしたんです?」

「なに、今日はちょっと炭鉱夫の仕事をしてきたのだよ」

「炭鉱夫?!それにしちゃ、帰ってくるのが早くないですか?まだお昼前ですよ?」

 マサヨシがオフフフと笑った。

「どうせヘマでもしでかしたんだろ!ヒジリは意外と抜けているからな!」

 隙あらばヒジリを攻撃しようとするマサヨシは未だに彼を嫌っている。

「いいや、逆だ。掘る予定だった場所を全部掘ってしまったのだ。落盤の可能性を考慮して現場監督が早じまいにした」

「ケッ!つまらんなぁ!俺、帰りますわ。ワロちゃん。それじゃあまた月曜日」

「またね!」

 そう言うとマサヨシは今も住み着いているオーガの酒場へと帰っていった。

 ヒジリはエントランスまで夫を出迎えに来たヘカティニスの頬に黒いキス跡を残すと今日の稼ぎを渡し、シャワーを浴びに行く。

「父さん、何だか楽しそうだな」

「毎日がエブリディとかわけの判らない事言って、いつも口利き屋に通っているよ」

「思うのだが、父さんは強い魔物専門の冒険者をやればいいのに。この星最強なんだから。神の御柱で殆どの魔物は消え去るだろ?」

「でも神の御柱はそうそう使えないって言ってたよ」

「あれを使わなくても僕より強いし、大丈夫だと思うのだけどね・・・」

 ヤイバがふとテーブルを見るとクロスケが飛行装置を興味深そうに何度もスキャニングしている。

「ふむふむ。なるほど、さっぱり判らん。ヤイバ君、これなんでっか?」

「アトラに取り付ける飛行装置らしいですけど」

「えっ!これが?反重力装置でもないし、どないなってんのやろ・・・」

 お菓子を食べ終えた子供たちが手に玩具を持ってヤイバの元にやって来た。

「お昼ごはん食べたら、遊びに行こうよ、お兄ちゃん!」

「そうだな、きっとパパも付いて来てくれるよ!」

「ほんと?やったー!」

 ヤイバは飛行装置を見てそう思った。ノームのような科学者である父がこの装置に興味を持たないわけがないからだ。

「きっと父さんはアトラにこれを装着して、空が飛べるか見たくなるはず。クロスケさんも来てくれるよね?この飛行装置に興味あるでしょう?」

「勿論やで」




 昼食後、子供たちは大人達に連れられて野原に来た。夏の日差しは強かったが、大きな木が所々に日陰を作っていて涼しい。

 早速アトラの右脚を開くと空いたスペースに装置を装着する。脚を動かす触手を傷つけないよう慎重にはめ込んで、ヒジリは彼女の様子を見るも何か変化があるようには見えない。

「何も起きないな。私が触っては不味かったか・・・?」

 ヤイバがアトラの前にしゃがんで頭を撫でながら言った。

「アトラ、空を飛ぶ所をイメージしてごらん?」

「うん」

 アトラは一生懸命唸って念じたが何も起きなかった。

「う~ん、どうも失敗作っぽいでんな」

「パパ、遊んできていい?」

 小さな魔法人形の少女は、装置を試してがっかりする大人達よりも、近所の子供たちと鬼ごっこをしているヒカリ達が気になって仕方がない。

「ああ、いいともアトラ。装置は家に帰ってから外そう。行っておいで」

 アトラは嬉しそうに皆のいる場所へと走っていった。

「ムロさんはあの装置を渡す時、自信満々だったんですけどね・・・」

 ヨボヨボになったヴャーンズを介護しながら、機工士はドヤ顔でこの装置を渡してきたのだ。

「どういう仕組みかは聞いてないのかね?ヤイバ」

 日陰の中にいても日差しは白く、目を細めて子供たちをにっこりと見つめるヒジリは息子に聞いた。

「マナ粒子の方向性を飛行に限定し、収集しやすくした装置だと言っていました」

「凄いな・・・。飛行に限らず方向性を定めれば何にでも応用できるじゃないか」

「ええ、僕もそう思って質問したのですが、方向性を限定出来るのは貴重な飛行石が入っているからだと・・・」

「きっと飛行石とやらがあればもっと簡単に飛べたのだろう。失敗作でないとしたら、結構なイメージ訓練が必要と思われる」

「そうでしょうね。でもマナの伝導率が高い吸魔鬼のアトラならそう難しくないかもしれません」

 そこで会話は途切れ、ヒジリもヤイバも子供たちを見ていると子供達の間で言い争いが始まった。

「アトラは入ってくるなよ!」

 ガキ大将のオーク、ジャイガンはアトラの前で腕を組んで仁王立ちしている。

「なんでそんな意地悪言うのよ!」

 イグナと同じ顔をして大人しそうに見えるヒカリは、顔とは裏腹に負けん気が強く、自分より年上のアトラを庇った。

「だって、アトラが鬼になったら皆直ぐに捕まっちゃうだろ!本気になると四つん這いでシャカシャカ走ってくっから気味が悪いんだよ!」

「ノロマなあんた達が悪いんでしょ!」

「なにを~!」

 ジャイガンが拳を振り上げた。

「私、喉が乾いたから今は鬼ごっこしない・・・」

 そう言ってアトラはヘカティニスやイグナのいる木陰へ走って行った。

 ヘカティニスがヤイバを呼ぶ。

「ヤイバぁ!水筒持って来てくで!そっちの荷物に入ってるど!」

「はい!わかりました!」

 ヤイバは走ってイグナ達のいる木陰へと向かうとアトラはイグナの胸に顔を埋めていた。

「ママ、何で私だけ他の子と違うの?」

「他の子だって他の子とは違う。ジャイガンには牙があるけどヒカリには無い。カイトはまだ三歳なのに力持ちだし、ポカティニスも三歳なのに素早い。貴方はその二つともある」

「でも他の子は足とか手がパカって開いたりしないよ」

「ワイは開きまっせ~!」

 ヤイバに付いて来ていたクロスケが装甲を幾つかのパーツに分けて開いた。光り輝くコアを見せてからまた閉じる。

 ドローン型アンドロイドにとってコアを見せるのは裸を見せるのと同じ事なのだ。背徳的な何かを感じてクロスケは恍惚とした表情をしているが、誰もそんな事には気づかない。

 イグナはクロスケにありがとうのウィンクをすると自分の子として育てている姉の子に微笑んだ。

「貴方とクロスケはとても似ている」

「でも私、クロスケやヒカリみたいに沢山のお友達が出来ない」

 社交的で明るいクロスケやヒカリは直ぐに誰とでも打ち解けるのがアトラには羨ましかった。

 社交的ではあるが冷静であまり出しゃばらないダンティラスと、嫌な事があっても限界まで我慢をしてしまうタスネの子であるアトラは、引っ込み思案な性格をしている。

 ヤイバは水の入った革袋を少し魔法で冷やしてアトラに渡した。

「父さん・・・パパが言っていたけどね、誰でも自分のしたいことを願って少しだけ努力をすれば、その通りになるんだって。アトラも友達が出来ないなんて言わないで頑張ってごらん。色んな子にいっぱい話しかければきっと友達になってくれるよ」

「うん、やってみる!」

 冷たい水を飲んでアトラはまた鬼ごっこの中に「混ぜて!」と言って入っていく。

 ジャイガンはアトラが鬼にはならないという約束で鬼ごっこに参加させてくれた。

「ヒジリさんがよく言っている”願えばそうなる“でっか。確かに地球よりもこの星の方がマナ粒子が多いし、自分の努力以上に結果を出しやすいわな。マナ粒子が事象を具現化させたり確率を変動してくれるんやし。マナを弾いてしまうワイやヒジリさんには無縁の話ですけど」

 他の子と上手く折り合いをつけて遊びの輪に加わったアトラを見て、木陰で休んでいたヒジリは満足そうに目を細めた。

―――キューーーン!―――

 突然、上空でワイバーンの鳴き声が聞こえてきた。

「馬鹿な!この辺りのワイバーンはドォスンさんが一掃したはず!なんで・・・?」

「はぐれワイバーンやな。通り過ぎてくれたらええけど」

 ヤイバ、ヒジリ、クロスケは木陰から飛び出して子供たちに近づいて上空を警戒した。

「おかしい。姿が見えないのに声はする・・・」

 ヤイバは感知魔法を使って周囲を警戒するも、ワイバーンの姿は見当たらない。

 後方でブワっと空気が動いたかと思うと、ワイバーンが姿を現した。

「【姿隠し】だと?!ワイバーンが?」

 ワイバーンは一番太ったオークのジャイガンを足で掴むと、素早く飛び立った。

 ヤイバが魔法で攻撃しようとしたが、射程外を飛ぶワイバーンに届きそうもない。

「父さん、クロスケさん、お願いします」

「うむ。限界高度は十メートル。間に合え!」

 ビュンと音がしてヒジリとクロスケが上空へ飛んで行く。

「届け!」

 そう願って放った言葉は虚しく、あと少しで届きそうだったヒジリの手は空を掴んだ。

「まだや!ヒジリさん!」

「うむ!どっせーい!!」

 ヒジリはクロスケを掴むとワイバーンに向かって投げつけた。

 ドスっと音がして見事クロスケはワイバーンの胴に命中する。

 墜落しそうに見えたワイバーンだったが持ち直して更に高度を上げる。

「くそ!少し危険やけど・・・当たれ極太ビーム!」

 ジャイガンの掴んでいる脚を狙わず、上半身をクロスケの極太ビームがズドドド!と音を立てて狙った。

 しかし、落下中でバランスを崩したクロスケのビームはあらぬ方向へと飛んでいきワイバーンには当たらなかった。

「打つ手無しか・・・?」

 ヒジリは悔しそうにワイバーンを見ていると、直ぐ脇を小さな影が掠めていく。

「あれは・・・。アトラ!」

「凄い!飛んでまっせ!装置が作動した!行っけぇアトラちゃん!」

 アトラはただジャイガンを助けたいという考えしかなかった。自分が飛んでいるという意識はない。ただ手よ届けとそう願ったのだった。

「あと少し・・・・」

「わぁぁぁ!助けてよぉ!」

 ジャイガンは暴れてジタバタしているので、服が破けそうになっている。

「このままじゃ、ジャイガンが落ちちゃう!神様!私はジャイガンを助けたいの!」

 伸ばした指先から光線が放たれた。

「ギュェェェ!」

 五本の光線はワイバーンの翼を貫くと、ワイバーンは怪しいメイジに姿を変えてジャイガン共々落下していった。

「うわぁぁぁ!落ちる!助けて!」

 迫りくる死に何とかして抗おうと鳥のように腕を羽ばたかせるジャイガンの胴を掴むと、アトラはゆっくりと降下した。

 が、途中で集中力が切れたのか落下速度はどんどんと上がっていく。

「うわぁぁ!」

「きゃああ!お兄ちゃぁぁん!」

 アトラが悲鳴を上げたその時。

「【浮遊】!」

 ヤイバの魔法【浮遊】が二人に届く。

 浮遊とは名ばかりのゆっくりと落下する魔法は、二人が地面に激突するのを防いだ。

「ついでだ!」

 気を失って落下してくるメイジにも魔法を掛けて落下死を防ぐ。

 直ぐにジャイガンの母親とイグナやヘカティニスが駆け寄ってきた。

「大丈夫か?ふだりとも!」

「びぇぇぇ!おがあちゃーん!俺落ちて死ぬと思ったァァ!」

 ジャイガンは母親に抱きついて、どれだけ怖かったを泣きながら説明している。

 イグナとヘカティニスはアトラに怪我はないか確かめていた。

「よくやった!アトラ!」

 ストっと降りてきたヒジリがアトラを抱きしめる。

「上手に飛べたやんか!」

 クロスケも目を細めて褒めた。
 
「アトラお姉ちゃん、すごーい!」

 ヒカリも飛び跳ねて興奮していた。

 ジャイガンの母親は我が子の頭を手で押さえながらお礼を言う。

「ありがとうございます!この場に皆さんがいてくれたことを神に感謝します!ほら、ジャイガン!アトラちゃんにありがとうは?」

「あ、あ、ありがとう!さっきは意地悪言ってごめん・・・」

 いつも意地悪だったジャイガンが初めて自分にお礼を言った事が嬉しくなり、アトラは目を輝かせる。
 
「ううん、ジャイガンが無事で良かった!」




 野原でのワイバーン騒動の後、魔人族の人さらいメイジは警察権限のある砦の戦士に引き渡された。

 桃色城に向かう途中でヤイバはイグナに話しかける。

「中々凄いメイジでしたね、イグナ母さん」

「そうね。ワイバーンに姿を変えたまま【姿隠し】が出来るのは才能。あの才能を良い事に使えば良かったのに。誰彼構わず人を攫うだけが仕事のメイジなんてかっこ悪い」

「才能の無駄遣いどころか、才能を死なせているな。それにしてもアトラは大活躍だった」

 ヘカティニスの腕の中で眠るアトラを見てヒジリは満足そうに微笑んだ。

「流石は主殿とダンティラスの血を受け継ぐだけはある。ここ一番で勇気を見せた・・・」

 死を顧みず誰かを助ける勇気など誰もが持てるものではない。アトラの中に、自分を助けて虚無の渦に消えた二人を重ね見てヒジリは目頭が熱くなった。

「パパ、どうしたの?何で泣いてるの?」

 ヒジリに抱っこされているカイトとポカティニスが心配そうに父を見る。

「泣いている?私が?むぅ・・・。歳を取って涙脆くなったかな?」

「何を言う。旦那様はまだ二十三歳だ」

「そうだったな。私は若いのだった。これは心の汗が目から出たのだ。子供たちよ」




 桃色城に着くとリツが帰っていた。

「おや、仕事はもう終わったのですか?母さん」

「ええ。陛下からの言付けがあります、ヤイバ」

 リツはヒジリからカイトを受け取ると愛おしそうに撫でてからソファーに座った。

 ヤイバは隣りに座って陛下からの言葉を待つ。

「ヤイバ、貴方は樹族国の総督の任を与えられました。知っての通り、樹族国は帝国領になってからも反対勢力のテロ活動や移民の暴動が相次いでいます。そこで神学庁から神の子ヤイバを総督にしてくれという要望がありました」

「でも反対勢力は星のオーガを信仰していないのでは?」

「いえ、それらの勢力は陛下が既に排除しています。今の治安の悪化の多くは恥ずかしながら帝国からの移民が悪さをしているせいなのですよ。それと樹族の元貴族が富を囲いすぎて貧富の差が大きくなっています」

「ただいま~!」

 ワロティニスがオーガ酒場の手伝いから帰ってきた。

「お兄ちゃん、どうしたの?真剣な顔して」

「ナンベル皇帝陛下が僕を樹族国の総督に命じたんだ」

「凄い!出世も出世、大出世じゃない!一国の王様みたいなものでしょ?」

「うん・・・でも・・・」

 迷うヤイバにクロスケがニヤニヤしながら、彼の声を再生した。

「パパが言っていたけどね、誰でも自分のしたいことを願って少しだけ努力をすれば、その通りになるんだって。アトラも友達が出来ないなんて思わないで頑張ってごらん」

「ヤイバ君も出来ないなんて言わないで頑張ってみなはれ」

「そうだぞ、ヤイバ。我らの命を助けてくれた主殿の生まれた国だ。私からも頼む。樹族国の皆を助けてやってくれ。きっとウォール家も手こずっているのだと思う」

 ヒジリは仮面を取ってホログラムを解き、ライジンではなくヒジリの顔で頭を下げた。

「父さん・・・」

「お父さん、私もお兄ちゃんの手伝いに樹族国に行っていいかな?食事や洗濯とかしてあげる人がいるでしょ?ねぇ?お母さん」

「そだな。お前もついて行ってやで」

「ああ、構わんよ」

「ワロ・・・・。でもマサヨシさんとの修行は・・・?」

 まだ迷いのある兄へワロティニスはゴニョゴニョと何かを囁いた。

 ヤイバはそれを聞いて、急に目が輝き出す。

「フォ、フォォォォ!僕、何だか急にやる気が出てきました!混沌とする樹族国?ナンボのもんですか!やってやりますよ!やってやってやりまくります!それにアトラでさえあんな頑張りを見せたんだ。兄である僕が良い所を見せなくてどうしますか!」

「良く言った、我が息子」

 ヒジリはヤイバをハグする。
 
「で、ワロに何を言われたんだ?」

「えっ!そ、それは!あの!では、早速荷物をまとめてきます!」

 ヤイバは父のハグを振り払って二階の自室に駆け込んだ。

 扉を背にして激しく鼓動する胸を押さえた。

 ゆっくりとワロティニスの甘い息と共に囁かれた言葉が頭を駆け巡る。

―――樹族国に行ったら夫婦みたいな生活が出来るね!ねっ!ねっ!ねっ!(残響音含む)―――
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ハムえっぐ
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

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