未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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イグナを助けに

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「へへへ、そのガキ、さっさと奴隷市場に売り払って一杯飲みに行きやしょうぜぇ? ピエロの旦那」

 ゲス顔オークの額に、何の前触れもなくトスっとナイフが突き刺さる。

 古参のオークが肩をすくめながらヤレヤレとポーズを取った。

「お前は新米だから知らないだろうがよ、ピエロの旦那は子供が何より大好きなんだ、勿論良い意味でな。子供を泣かせるような事をするとサクッと殺されちまうぜ? って死んでるか・・・」

 オークはゲス顔のままショック死していた。

 ピエロの旦那と呼ばれた黒ローブの男は、イグナの前に来てしゃがむと嘘くさい道化師の笑顔を浮かべ、飴玉を手渡しながら彼女の頭を撫でた。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

「イグナ」

「イグナちゃんですか、可愛い名前ですね。どうやってここまで来たのかナ?」

「オークのおじちゃん達が魔法の扉に入っていく時に、私も入った」

「へっ? たはァ~。誰も子供が紛れ込んでいる事に気が付かないとは! 貴方達オークはどれだけ間抜けなのでしょうか・・・」

(自分だって気が付かなかったくせに・・・)

 不満げな顔を見せる部下を一瞥した後、ゆっくりと立ち上がってオークの死体まで歩くと、死体となったオークの額からナイフを引き抜いた。

 古参以外の二人のオークは、次は自分が殺される番かもしれないと脂汗を垂らしながら恐怖で顔を歪ませる。

 しかしピエロの男は怯えるオークの服で血を拭い取るとナイフを鞘に納め、歌舞伎役者の様なメイクの下でまた白々しい笑顔を作りイグナに向き直った。

「イグナちゃんは、あの強いオーガを知っているのかナ~? サイクロップスを一撃で倒すオーガはそうそういないよぉ? 村では有名でしょ?」

「ピエロのおじちゃん、名前はなんていうの? 人に名前を聞いたら自分も名乗らないと駄目」

 一瞬、部下のオーク達が凍りつく。子供好きの道化師とはいえ機嫌を損ねたら何をするかわからない。

 そもそもこの男が何を考えているか分かる者がいるのだろうか?

 なんだったら八つ当たりで自分たちが殺される可能性もある。

 しかしオークの不安とは裏腹に、道化師は自分の頭を拳骨でコツンと叩いてお茶目に舌を出した。

「おおっと! これは失礼しちゃったね。反省反省。おじちゃんの名前はナンベル・ウィン。以後、宜しきゅキュキュ。で、オーガの事はどれくらい知っているのかな?」

「ヒジリはお姉ちゃんのオーガ」

「おやおや、なんとなんと! これは美味しい人質が飛び込んできたものですよぉ! キュキュキュ! 貴方達のような間抜けを助けた甲斐がありました」

 ナンベルはオーク達を冷たく見やって皮肉たっぷりにそう言った。

 オーク達にしてみれば、雇い主であるナンベルがアイテム代をケチったりプロを雇わなかった所為だと思っている。

「オーガのヒジリ君はどれくらい強いのかなぁ?」

「オーク兵と土食いトカゲを倒した。サイクロプスも」

「え? たった一人で? オーガが? 土食いトカゲを? 嘘ついちゃだめよー、ダァーメダメェ。オーク兵の件は雇い主から聞いているから知っているヨ。それにサイクロプスは制御アイテムが壊れていたから、ラッキーパンチが入っただけだネ。おじちゃん、召喚士でも怪物使いでもないから、サイクロプスを上手に使役出来なかったのヨ」

「嘘じゃない。土食いトカゲはグルグル巻きにされて冒険者ギルドの前に今もいる」

「えぇ? 殺さずに捕獲したの? 難易度の高い事をするねぇキュキュ。そんなに強いオーガなら闇側でも名前が知れ渡っていても良いハズなんですがぁ。ヒジリという名前自体、変な名前だし偽名かなぁ? でも闇側から寝返った有名なオーガなんて全く知らない」

 椅子に座って机を指でトントン叩き、頭の中で有名なオーガを思い浮かべるナンベル。

「強いオーガと言えば、雪原砦の自称将軍、ゴールキ。後はその娘の傭兵ヘカテニィス。それと最近鉄騎士団の団長になった女オーガ。他には・・・。まぁ考えてもわからにゃいので考えませーん。イグナちゃん、お腹空いてない? ご飯食べに行こうヨ。オークの皆さん、今日は帰っていいヨ。明日からはちゃんと小生の役に立ってネ」

 サイクロプスに一人食べられ、今しがたナンベルに一人殺され、三人になってしまったオーク達にそれぞれチタン硬貨を数枚投げる。

 オーク達は金を見た途端笑顔になり、投げられた硬貨をバシっと受け取るとナンベルのアジトから嬉しそうに出ていった。

「あのオーク達は明日も来るかなぁ。金貰うと暫く来ないんだよネぇ。まぁいいけド。キュキュキュ。イグナちゃん、おじちゃんの子供たちと一緒に食事しようねー」

 ナンベルはイグナの手を取るとアジトから出て、混沌とした貧民街の中を進んでいった。

 光側で安穏に生きていれば訪れる事のない闇側の貧民街は、主にゴブリン族でごった返している。

 イグナは光側とは違う様子の貧民街を、何でも吸収しそうな黒い瞳に焼き付けて歩いた。道の隅には無気力に横たわるオークやゴブリン、小動物の死体や生ごみの腐敗臭。

 十字路の真ん中ではノームによく似たゴブリンの亜種ノームモドキが、ガラクタを発明品だと偽って売りつけようとしている。

 カモはいないかキョロキョロし、その視線が闇側では珍しい地走り族の子供、イグナに釘付けになった。

 イグナの指や耳を切り取って、お守りとして売ろうと考えているノームモドキは、邪悪な顔でナイフを片手に近づいてくる。

 しかし彼女の手を引いているのがナンベルだと解ると、怯えながらすぐさま元居た場所に戻っていった。

 ノームモドキに狙われていたとも知らないイグナは足元の小石に軽く躓き、貰った飴をうっかりと地面に落としてしまった。

 飴は【姿隠し】の魔法を使ったが如く一瞬で消え去る。

 イグナが落とした飴を誰かが目ざとく見つけ、素早く持って行ってしまったのだ。

「落としたら直ぐに消えた・・・」

 ぼそっとイグナは言う。飴を失った事が悔しいのではない。落とすか落とさないかのうちに飴が消えた事に驚き感心してそう言ったのだ。

 それを聞いた道化師は、何も無い手の平を見せるとぎゅっと握りもう一度開く。すると手のひらに飴玉が現れ、それをイグナに渡した。

「凄い、ナンベルのおじちゃんは【食料創造】の魔法使えるの?」

「ううん、あの魔法は難しいからネ。覚えてないよ。これは手品さ」

「手品でも凄い! でもウメボシは【食料創造】の魔法が使える」

「ウメボシ?」

「うん、イービルアイ」

「ああ、オーガの近くにいた使い魔の。あのイービルアイも強いのかナ?」

「強い。オーク兵の心を折ったってお姉ちゃんが言ってた」

「そっか。イービルアイは精神に影響を及ばす魔法が得意だもんネ」



 貧民街の外れまで来ると小高い丘があり、丘の上に大きな石造りの大きな平屋が見えて来た。平屋の周りだけは清潔な野原と林になっており、清々しい穏やかな風が吹いている。

「じゃじゃーん! ようこそナンベルのお家へ。キュキュ!」

 石のブロックで出来た門には看板がはめ込まれており、共通語でナンベル孤児院と書かれていた。

 門に入ると遊具や花壇がある広い庭で遊んでいた子供たちが、ナンベルせんせーいと手を振りながら駆け寄ってくる。

 皆黒い髪に黒い瞳、青い肌をしており肌には白く光るラインがあちこちにあった。

「皆、魔人族なの? 本の挿絵で見た事がある」

「良く解ったねぇ。そう皆、小生と同じく魔人族だヨ」

「何で魔人族ばかりなの? 他の種族の子供はいないの?」

「キューッ! 痛い所を突いてくるネぇ。小生は綺麗事を言うつもりはないから言うけド、皆を救うなんてのは土台無理な話なんですヨ。貧民街の孤児たちを全員ここに連れてきたらどうなると思う? お金が足りなくなって皆で飢え死にさァ。それに習慣や宗教も違う色んな種族の子供たちを養うのは簡単な事じゃないヨォ。だから小生は同族の孤児だけを養っているの。わかる?」

「わかた」

 孤児院の子供たちは、闇側では珍しい地走り族の子供をしげしげと見つめてナンベルに聞いた。

「ナンベル校長先生、その子だぁれ?」

「この子はね、地走り族のイグナちゃんだよ。大切なお客さんだから仲良くしてやってネ。さぁ皆でお昼ご飯を食べようネ」

「わーい!」

 子供たちの幾人かは先に食堂に向かって走っていく。ナンベルは自分の周りを取り囲み次々と話しかけてくる子供たちを見て嬉しそうに目を細める。

 気の強そうなポニーテールの魔人族の女の子がイグナに話しかけてきた。

「私、ミミ。イグナちゃんはお父さんとお母さんはいるの?」

「いない。でもお姉ちゃんたちがいる」

「じゃああたし達と一緒だね。行こう!」

 ミミはナンベルの手からイグナの手を強引に引きはがし、食堂に連れて行ってしまった。

 ナンベルが子供たちに囲まれながら食堂に入ると、長いテーブルの一番手前の席でミミとイグナが既に座っており、給仕のゴブリン達がせっせと食器の上に昼食を置いていく。

「それでは皆さぁん、たぁんとお召し上がりなさいィッ!」

 ナンベルは給仕が配り終わったのを見て食事の許可を出す。給仕のゴブリン達も皆と同じ席に着き、一斉に行儀良く食べ始めた。

 ナンベルはイグナの隣の上座に座り、黒パンと野菜とお肉のスープ、デザートに小さなリンゴという質素な食事を始めた。

「ナンベルのおじちゃんは結婚していないの? それに左手の薬指に指輪をしていない」

 唐突にイグナは聞く。ナンベルの本当の子供を紹介されていないので疑問に思ったのだ。

「今はしていないヨ」

「今は? 前は結婚していたの? 子供はいるの?」

「奥さんも娘も天国にいるヨ。だからここの皆が小生の子供サ」

「ごめんなさい・・・」

「いいんだヨ。イグナちゃんは結婚したい相手でもいるのかな?」

「フランお姉ちゃんと一緒にヒジリと結婚する」

「ムフゥ! あのオーガはモテモテだね。確かにハンサムさんだったからねぇ」

「ハンサムなだけじゃない。強いし優しい。魔法遊園地にも連れて行ってくれた」

「キューーー! 戦うのが嫌になるほどの善良なるオーガですねぇ。まるで童話に出てくる星のオーガのようですヨ、おじちゃん困った」

「星のオーガって?」

 イグナがナンベルとばかり話しているのが気に入らないミミが、星のオーガについて口を挟んできた。

「星のオーガってね、星の国からやって来たオーガの始祖神様なんだよ。オーガも最初は始祖神様と同じように賢くて優しかったらしいんだけど、長い年月の間にどういうわけか今の粗野で粗暴な人達になっちゃったわけ」

「ヒジリは紳士的だし、もしかしたらその星の国のオーガかもしれない!」

「無い話ではありませんネ。ヒジリ君はどこから来たと言っていましたか?」

「もうぅ! 先生! 今あたしがイグナちゃんと話してるの!」

 口を挟んできたミミが何故かナンベルに怒る。

「いやーメンゴメンゴォ! キューッ!」

「ヒジリは東の果てのオーガの国から来たって言ってた。だからこの辺りの事を全く知らなかった」

「はて・・・? 東の果てにはノームの住む島国があるだけでオーガの国は無いはずですガ・・・。東海岸は気色の悪いヌメヌメしたリザードマンが住んでいますし」

「でも確かにそう言った」

「まぁ素性を知られたくないからそう言ったのでしょう。誰にでも一つや二つ、秘密はあるのでしょうからネ」

「イグナちゃん、ご飯食べ終わったら私の魔法見せたげる!(とっておきの練習場所でね!)」

 ミミはナンベルに聞かれるとまずいのか、会話の後半はヒソヒソ話になっていた。

 魔人族は生まれながらにしてメイジの素質がある。

 魔法習得速度は地走り族の四倍、樹族の二倍はある。魔の人と呼ばれるだけあり魔力が高く、樹族国に行くと間違いなくエリート扱いだが、樹族が自分たちの立場を脅かされる事を嫌い、どんな理由であれ魔人族の入国を許可していない。

「あまり張り切り過ぎてマナを使い切って失神とかしないようにネ、ミミちゃん。それから孤児院の結界から出てはいけませんよ?」

「わかってるよーだ。べー!」

 既に食事を終えていたナンベルは、イグナを巡ってライバル視するミミを見て、やれやれというポーズをしながら食堂から出て行った。

「怪物使いの妹がいなくなったとなれば、あのオーガ達もそろそろ気が付いてここに向かっているかもしれないネ。来なければお手紙でも送るかナ・・・。どうしようかナ~。たんまり身代金を貰うか、怪物使いと交渉してオーガとの契約を小生に移してもらうか。取りあえず我がイービルアイに国境付近を偵察させますかナ。まぁ普通に考えてモンスターがうじゃうじゃいる絶望平野は通ってこないよネぇ。となるとゴブリン谷を通るしかなぁい。あそこは光側から一直線に、ゴデの街にまで続いていますからねぇ。金さえ払えばゴブリン達は樹族以外なら誰でも通しますしィ。それにしても奇しくもヒジリ君と使い魔が同じとはね。キュキュキュ」

 孤児院のブランコに座ってブツブツと独り言を言い、それから道化師は指をパチンと鳴らした。

 ポンと空間が弾けて蝙蝠の羽があるイービルアイが現れる。

 血のように赤い体に血走った眼は、ウメボシと似てるようで似ておらず、如何にも魔界の住人といった禍々しさが瞳から滲み出ていた。

「では行ってらっしゃい。ア・カイロさん。失敗して小生を失望させないでくださいヨ?」

 イービルアイはナンベルが何も言わなくても何をするべきか解っているようで、黙って頷くと空高く上昇しゴブリン谷を目指して飛び立っていった。
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