未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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愛しい人はオーガ

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 派手さを抑えたシンプルな調度品の並ぶ館の一室で、タスネは遅い昼食をとっていた。

 珍しくシルビィの家族が全員揃ったという事で、当然客人の自分たちは同席する事となる。

 タスネにとって音を立てずに料理を食べるというのは実に難しく、何を食べても緊張をして、灰か砂を噛んでいるような気分だった。

 イグナは既に孤児院で昼食を食べており満腹だったが、拒むのも失礼だと思って同席している。暫くシルビィの作法をじっと見て、学習したのか器用に音を立てずに食べだした。

「オーク兵奪還作戦の主犯者であるナンベル・ウィンを討ち取ったというのはまことなのか? シルビィ」

 上座に座るシルビィの父、リューロックがそう尋ねる。シルクで出来た白いシャツは筋肉で膨らみ、樹族にしてはドワーフのようながっちりとした体形で、如何にも武人という佇まいだった。

「はい、父上。ナンベルが愛用しておりましたワンドを証拠として持ち帰りました。後ほど精査を」

「ナンベルか・・・。グランデモニウムと小康状態になる前の国境防衛戦で、狂王に雇われて軍師をしておったと諸侯から聞いた事がある。小賢しい戦い方を好む卑劣漢で、諸侯らも非常に苦戦させられたとか。絶望平野から強力な怪物を誘導し、此方の軍にそれを擦(なす)り付け、その混乱に乗じて幻を見せて同士討ちをさせたりと、実に卑怯千万な道化師よ。グランデモニウム軍は半端者の寄せ集めゆえ、真っ向勝負に無理があったのだろうが、何とも恥知らずな戦法だ。しかし敵側に何があったのかは知らんが急に撤退し、それ故我が国はなんとか国境の砦は守りきれたものの、諸侯らの軍は甚大な被害を受け、それが今の停滞状態の原因だとも言われておる」

「そんな事があったのですか。今現在は闇側も諸侯同士の仲が悪くて足並みが揃わず、小規模で突発的な襲撃しかないのが救いと言えば救いですね・・・。もしナンベルが撤退しなければ、今頃はあの砦とクロス地方の北部は闇側の領地となっていたでしょう」

「うむ」

 シルビィは当時、離反した王族にそそのかされて蜂起した南方の獣人族平定の任務で忙殺されていた為、我が国の諸侯らが道化師に苦しめられていた話には疎かった。

 敵将に卑怯な軍師がおり、諸侯軍は苦戦の末何とか辛勝出来た、という程度の話しか知らない。

 孤児院でナンベルの件を手打ちにした際、彼には双子の兄がおり自分は死亡した事にしてその兄の名を名乗ると言っていたが、果たしていつまでも父を騙し続ける事が出来るのだろうかと不安になり、同時に罪悪感がシルビィの心に突き刺さる。

「私は誇らしいぞ、シルビィ。エポ村にてナンベルの偽計にかかり、タスネ殿が捕らえたオーク兵を逃がしたと聞いた時は心底落胆したものだ。が、たったの半日程でそれを補って余りある成果を見せてくれた。諸侯らの積年の恨みを晴らしてくれたようなものだ」

 シルビィの不安とは裏腹に父であるリューロックは、赤い三日月のような髭を撫でて娘を褒め称えた。

「流石は姉上! 僕も見習わないと!」

「これ、大声を出してはしたないですよ、ゴルドン」

 弟のゴルドンが姉の功績に興奮して立ち上がり、母親のサフィーから注意を受ける。

 猛女で名高い一人娘のシルビィにはいつまで経っても縁談が来ず、孫が出来ない事に業を煮やしたリューロックは親戚から後継ぎとしてゴルドンを養子として迎え入れた。

 ゴルドンは生まれて直ぐにウォール家に来ており、授乳以外はサフィーが育てたようなものだ。

 サフィーは数代前に御家取潰しとなった元貴族の家系で平民出身である。なので使用人をあまり使いたがらず、シルビィもゴルドンも自らの手で育てた。

 が、両親にとってはゴルドンは可愛らしい孫のような、シルビィにとっては息子のような年齢なのでついつい皆で甘やかしてしまう。そのせいかゴルドンは如何にも甘えたの我儘貴族の子、という感じに育ってしまったのである。

 燃えるような赤い髪の毛をキノコのような形に整えているゴルドンは、イグナと同じく十歳である。

 樹族は二十歳まで他の種族同様成長し、そこから緩やかな歳の取り方をする。二十歳からの二十年間は大人として認めてもらう為の下積み期間で魔法や社交術、教養やマナーを身に着け一定の条件を満たせば四十歳でようやく大人扱いされる。

 樹族にとってはまだまだ小さな子供のゴルドンは、スプーンをメイスに見立て掲げた。

「僕だっていつかは父上のようになるんだ!ウォール一族に栄光あれ!」

と言い中々座ろうとしない。

 リューロックもサフィーも注意はすれど顔はニコニコしている。

 シルビィも座るように咳をして促すが弟は気がついていない。

 ゴルドンの長い伏せ睫毛の下から覗く赤い瞳が、向かいの席に座るイグナへと移る。

 じっとイグナを見つめ、イグナも見つめられている事に気が付き、食事の手を止めて闇が渦巻くような黒い瞳で彼を見つめ返した。

 するとゴルドンは急に大人しく座って食事に戻る。

(こいつ・・・・! 地走り族なのに! なんで!)

 樹族は相手の魔力の強さや覚えた魔法の多さ、練度の総計をオーラとして視る事が出来る。

 魔力の低い者や覚えた魔法の少ない者程、そのオーラは青色で順に黄色、赤色となり更に秀でた者は最終的に黒いオーラを纏う。

 自分やタスネは青なのにイグナは既に大人たちと同じく赤いオーラを纏っている。しかも赤黒い。

 オーラを見るには暫く動きを止めてじっと見続けないといけないので、それを知っている者にはすぐにばれた。

 シルビィが少し険しい顔をしてゴルドンを諌めた。

「客人のオーラを断りも無く見るのは失礼であろう、ゴルドン」

「でも姉上、イグナ殿は僕と歳が変わらないのに! 赤いオーラを纏っているんですよ! 悔しいよ!」

「タスネ殿の妹君は“一度見覚え”の能力持ちだ。【知識の欲】で見させてもらったが魔力も平均的な樹族よりは高い。能力は神が与えたもう力。彼女は神に祝福されているのだ。だからゴルドンも神の目に止まるよう一層努力しなさい」

(この平民が、一体どれだけ努力したって言うんだよ!)

 心のどこかで地走り族を劣った種族だと見下していたゴルドンは、生まれて初めて胸が劣等感でいっぱいになり気分が沈んだ。自分の貴族としての、これまでの高潔な行いや努力は何だったのか。

「それにしても伝説級モンスターテイマーの姉と能力持ちメイジの妹。中々素晴らしい姉妹であるな。ハッハッハ!」

 リューロックはこの珍しい組み合わせの姉妹に対し悪意なく笑う。

 魔法に秀でた樹族の兄弟姉妹の話はよく聞くが、強力なオーガを従える魔法の得意でないタスネと樹族以上の魔力と“一度見覚え”の能力を持つイグナは全く正反対の姉妹と言える。

「いや・・そんな・・・。ハハッ!」

「謙遜なされるな。タスネ殿は光側の強力な助けになる。魔法が一切通用しないオーガメイジを従えるなぞ、ドラゴンを使役するよりも難しい。対魔人戦で雇いたいぐらいである。王も興味津々であったぞ」

 リューロックの口から対魔人戦と聞いてギクリとするシルビィとタスネ。そうなると双子の兄の名を騙ったナンベルと間違いなく対峙する事になるからだ。

(あのピエロと戦場で出会えば碌な事にならんぞ。ナンベルがヒジリ殿と戦えば間違いなくヒジリ殿が勝つだろうが、戦争となると話は別だ。抜けている所もあるがかなりの策士。どんな状況だろうと間違いなく、自分の追い風になるよう企てるだろう。光側の軍が苦戦するのは目に見えている。ある意味、グランデモニウム王国の狂王よりも厄介だ)

 シルビィが色々と考えているうちに召使いがデザートのチョコレートケーキを目の前に用意する。

 うわの空でそれを食べ終わった頃、リューロックがイグナに闇側で覚えた魔法を一つ披露してくれと頼んだので、シルビィは心臓が破れそうになった。

 イグナが覚えた闇魔法は光側では禁忌とされるものが多く、即死や毒などという物騒な魔法が多いからだ。

 イグナはこくりと頷くと上に向かって両手を広げ、ミミが教えてくれた【想い人】を唱えた。

 リューロックにはシルビィが、サフィーにはゴルドンが、シルビィには今しがた頭の中で考えていたナンベルが、タスネにはホッフがそこに見えた。ゴルドンだけはイグナがイグナに見えたのだ。

 良きにしろ悪きにしろ、その時に最も心を占めている人物が映る。

 父と母は驚きながらイグナを見る中、ゴルドンだけが皆の反応を理解出来ずにキョロキョロとしている。

「皆どうしたの? 僕には何が起きているのか解らないよ!」

 シルビィはニヤッとしてゴルドンを見た後、父に魔法の説明をする。

「これはただの【変装】魔法ではありません。その時、心の中で一番興味のある者の姿が見える闇の幻惑魔法【想い人】です。私はこれに騙されてオーク兵を逃がしてしまいました」

 幾らか自戒を籠めて自嘲気味にそう言うと

「ほう? シルビィ程の猛者が戦いの最中で見た愛しい人は一体誰なのか? なぁ、サフィー」

 とリューロックが茶化す。

「うふふ、確かに興味ありますわね。この際、母は贅沢を言いません。もうトロールでもオーガでも良いので連れてきなさい」

 シルビィは母の言葉を真に受けてガタッと席から立ち上がったが、直ぐに冗談だと察し座り直す。

「実は失態を演じた時、タスネ殿のオーガを見たのです。あの強力なオーガをどうやったら倒せるかとばかり考えていたもので。ハハハ・・・」

「闇側にしては随分とロマンチックな魔法なのに、貴方ときたら戦いの事ばかりね・・・」

 サフィーは苦笑いをして肩をすくめた。

 シルビィは自分に向いている注目を逸らす為にゴルドンに話しかける。

「ゴルドンは変化が無いと言ったな。ということは【想い人】の魔法はイグナちゃんを映しだしていたという事だ。彼女に惚れてしまったのかな~? ん~?」

「そ、そんなわけあるもんか! 姉上は意地悪だな! 僕は不愉快だよ!」

 ゴルドンはとてもプライドを傷つけられたという感じで足早に部屋から出ていった。

 揶揄いのダシにされたイグナは魔法を使って疲れたのか眠たそうな顔をして座っている。

「あら・・・。やり過ぎたかな・・・」

 意地悪をした我が娘をサフィーは注意した。

「こーらー、シルビィ! ゴルドンは多感なお年頃なのですよ。もう少し気を使ってやりなさい」

「はい、軽率でした母上。以後気を付けます。そろそろ客人も旅の疲れが出てきたようなので部屋の方に案内します」

 疲れてうつらうつらするイグナの顔を見て、自分の気の利かなさを恥じたリューロックは慌てて二人に声をかけた。

「お二方とも長々と付き合わせてすまなかったな。部屋でゆっくりと寛ぐが良い。風呂も用意してあるから、旅の疲れを癒やされよ」

「あ、有難き幸せ・・・。あれ? 違うかな? えっと・・お気遣いありがとうございます」

 タスネはしどろもどろで変な挨拶をしたので、シルビィは尻をつねって笑いを堪えながら客部屋へと誘った。

 シルビィ達を視線で見送ると、サフィーは夫に小さな声で話しかける。

「貴方、気が付きまして? シルビィには愛しい人がいますわよ」

「なぬ? そうなのか?」

 リューロックは隣に座る妻に顔を近づけて興味深そうにしている。召使いが聞き耳を立てているので大きな声では話せない。召使いとはいえ、中級、下級貴族である彼等の近くで余計な事を喋ると直ぐに貴族の間で噂が広まるからだ。

「ええ、女は好きな殿方が現れると肌のツヤや張り、目の輝きが違ってきますもの」

「サフィーが言った様に、この際誰でもいいから連れてきてほしいものだな」

「たとえそれがオーガでもですか?」

「む・・・?」

 リューロックは暫く沈黙した後、怪訝な顔でまさかと妻を見つめた。
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