未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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消えたヒジリ

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 ヒジリがタスネ家に到着したのはその日の夕方だった。

 庭の垣根向こうを歩く大きなオーガを見たコロネが玄関まで走り、勢いよく外に飛び出てきた。

「私はお腹が激しく空いているッ!」

 と腰に手を当て何故か威張る。

 ウメボシが昼食を用意して出かけるのを忘れていたので、三食に慣れたコロネのお腹からはグーグーと音が鳴っていた。

 ヒジリはニッコリ笑うと、コロネの頭を撫でた。

「よし、屋台にでも行くか。フランを呼んできてくれたまえ」

「わかった!」

 コロネが呼びに行くとフランは水浴びをしていたのか髪が濡れたままで、いつものふんわりとしたボブが今はぺったりとしている。

 濡れた金髪を手ぬぐいで拭きながらフランはウメボシの様子がおかしい事に気が付いた。

「ウメボシ、どうしたのぉ? なんだか元気が無いみたいだわぁ」

「無理をさせてしまってな。力を使い果たして眠っているのだ」

 ヒジリは優しくウメボシを撫でるとコロネに渡して言った。

「ウメボシはこのまま寝かせておこう。家の中で休ませてやってくれ」

 コロネはウンと頷くとタタタと走って家の中に入り、姉妹が一つになって寝ている大きなベッドにウメボシを無造作に置いて直ぐに玄関まで戻ってきた。

 二人はヒジリに抱っこをせがむので二人を抱えると屋台のある地区までノシノシと歩く。

 屋台には焼き串やソーセージ、味の付いた細長いパン、棒に刺さったピクルスなどが売られていた。どれも歩きながら食べられるものだ。ヒジリ達は適当にいくつか買い、道端の大きな木の切り株の椅子に三人で腰を掛けて食べる。

 コロネは肉の塊が連なっている串焼きをガツガツと食べ、フランはソーセージを齧っていた。妖艶なる少女が妖しくソーセージを齧るたびに周りの男達が生唾を飲んで見つめるので、ヒジリはフランの横に顔を寄せてこれ見よがしにセクシーにソーセージを齧った。すると男たちは白目をむいて真顔になりそっぽを向いてしまった。

 フランとコロネが満腹になったのを確認するとヒジリはこれまでの経緯をカクカクシカジカと簡単に伝えた。

「なので明日の朝、首都アルケディアに出発する。今日は早めに寝るのだぞ」

「困ったわぁ~、王都ってお洒落な人が多いから着ていく服、どうしようかしらぁ~」

「フランは美人だから、シンプルな服を着ていても問題ない。服なんて飾りだ。偉い人にはそれが解らんのです」

「???、なんか意味不明な部分もあったけど褒めてくれてるのよねぇ? 私嬉しいわ~」

「おい! ヒジリのおじちゃん、私は!」

「勿論コロネも将来性抜群だ」

「デヘヘ!」

「フランは父親母親、どっちに似たのかね?」

「お母さんもそこそこ美人だったけど、お婆ちゃんが凄く美人だったみたいだから、多分お婆ちゃんの血が濃いのかもぉ。(あ、これ自分で美人って言ってるようなものねぇ。でも事実だから、いっか。うふふ)」

「隔世遺伝か。コロネは何となく解るぞ。父親似だろう?」

「髪の色はお母さんで、顔はお父さんだ」

 コロネは自慢げに言う。

 マナで作動する街灯が夜道を照らす中、ヒジリと姉妹は他の姉妹が父母どちらに似ているかという話題に花が咲き、気がつくと玄関の前だった。



 翌朝、ヒジリは夜露で湿った藁の上で目を覚ますと家に近づき窓をコンコンと叩いた。

 眠そうな顔で窓を開けた姉妹にウメボシの様子を聞く。まだ起きていないとコロネから返事が返ってきた。

「おかしいな・・・。もうそろそろ起きても良いはずなんだが・・・」

 ヒジリは少し不安になる。もしウメボシがこのまま起きなければ死んだときに蘇生も出来ず、地球と連絡が取れるようになっても通信手段がない。

 何よりも何年も連れ添ったウメボシがいないというのは寂しいし、悲しい。

 朝食は昨日屋台で買った味の付いたパンと水で済ませていると、フランとコロネが玄関に出てきた。

 姉妹は何が入っているのか、張り裂けそうなほどパンパンになったバックパックを背負っている。

 コロネは手に持ったウメボシをヒジリに渡し、魔法遊園地の時に使った荷車にジタバタとしながら乗り込んだ。

 ウメボシは相変わらずゆっくりと瞳を青く点滅させてスリープモード中である事を示している。

「中々起きないわねぇ、ウメボシ」

「うむ・・・」

 ヒジリは心配そうにウメボシを見て少し撫でると、片手でフランを抱き上げて荷台に乗せた。それからウメボシをフランに渡すとヒジリはゆっくりと荷台を引いて歩きだす。

 一時間ほど進んだ辺りで街道は森にさしかかり、木だけの風景にコロネは飽きたのか楽しかった魔法遊園地での出来事を思い出して話し始めた。

「この荷車に乗っていると、こないだの魔法遊園地を思い出すな~。楽しかった~」

「抱っこしてくれたネコキャットの着包みの頭をコロネがもいだ時は最高だったわね。中の人も猫人だったし」

「お姉ちゃんはネコキャットショーの時に興奮して、立ち上がった時にスカートがめくれたままになってたよ。ズロースが丸見えだった! アハハ!」

「うそ!?」

「ああ、丸見えだったな。後ろの席のお父さん達は、さぞかし眼福だったろう」

「えぇー! ヒジリも気が付いていたなら教えてくれてもよかったじゃない!」

「ハハハ! 意外と初心なんだなフランは」

「違うわよぉ。タダ見が許せないのよぉ。一人千銅貨は取れたはずよ!」

「・・・・」

 ヒジリが苦笑いしていると前からドロワーズ一枚の地走り族が、この世の終わりのような顔をして走ってくる。

「おお、君はタスネのオーガではないか!」

 バーコード禿げを振り乱し、額から脂ぎった汗を垂らすギルド長のカンデが、下着姿でハァハァと息を切らせながら荷車に近寄ってきた。

「それ以上近づかないでもらおうか、ギルド長殿。子供の教育上良くないのでな。その恰好、まさかフランを襲いにきたわけじゃあるまいな?」

「やだぁ、私怖い。ヒジリ守ってぇ」

 カンデは手を横に薙ぎ払って、ヒジリの疑いに抗議する。その際、お腹がプルンッ! としたのは言うまでもない。

「馬鹿な事を言うな!」

「では、その股間の膨らみは何かね?」

 コロネがカンデの股間を指差してドラ声を上げる。

「変態だー!」

「ああ、これか。追剥に奪われまいと咄嗟に股間に入れた冒険者ギルドの重要書類だ!」

 コロネに変態と罵られ「忌々しいガキめ」と小さく呟くと、ドロワーズの股間辺りから、小さな筒状になった羊皮紙を出し証明するように見せた。

「この先にモンスターテイマーの追剥がおるんじゃ。ワシや見回りの冒険者達も魔法で応戦したんじゃが追剥の使役するアラクネが意外と手強くてな。皆、君のイービルアイの糸のようにグルグル巻きにされてしもうた。ワシは脂ぎった汗の所為で何とかすり抜けて逃げる事が出来たんじゃがその際に服が脱げてしもうてな。この有様よ。頼む、皆を助けてくれ!これはギルドからの依頼じゃ。金貨一枚でどうだ?」

「安いな。私は一応国王から認められた冒険者のオーガだぞ? そんな安値で雇えば国王を侮辱する事になるとは思わないかね?」

「くぅ足元を見おって! では国王公認冒険者の標準報酬金額の金貨四枚だ!」

「まぁいいだろう。ではカンデ殿は一足先にエポ村に向かうがいい。後は任せたまえ」

「頼んだぞ!」

 カンデはお腹の脂肪を揺らしながらも、地走り族特有の脚の速さで走り去っていった。

「フランとコロネは少しここで待っててくれ。何かあればウメボシを叩き起こすんだぞ? もう起きてもいい頃だからな。では行ってくる」

「うん、気を付けてねぇ!」

「頑張ってきて! ニヒヒ!」

 フランは潤んだ目でヒジリを心配し、コロネは歯を見せて笑って心配する素振りも見せない。



 少し進み小川に掛かった橋を過ぎた辺りで、アラクネの糸でぐるぐる巻きにされた冒険者達が見えてきた。その横で犬人の女が奪った荷物の中身を物色している。

 背後から近づいてくる人の気配に気がついた犬人は、相手が小さな地走り族や樹族でない事に驚いた。巨体の割に足音がしなかったのだ。

「おっと、今度はオーガが獲物かい? 珍しいね! 誰の奴隷だい? 今度はアタイがあんたを飼ってやるよ! やりな、レディ!」

 ビロードのような黒い短毛に覆われ、皮のビキニアーマーを着た犬人は鞭でアラクネを叩いた。
 
 レディと呼ばれた半分女性半分蜘蛛の化け物は嫌々尻から粘液を出し、ヒジリに向けて飛ばしてくる。

 どうも犬人のモンスターテイマーと怪物の間に深い信頼関係は無さそうで、アラクネにやる気があるようには見えない。

 ヒジリは難なく粘液を避けアラクネに近づくと、腹部に電撃パンチをお見舞いしてアラクネを失神させた。

 あっという間の出来事に放心し、へたり込む犬人を尻目に、ヒジリは冒険者達の糸をさっさと引き千切ってまわった。

 冒険者達は自分たちを救ってくれたオーガを見てたじろぐも、直ぐにタスネのオーガだと理解し、感謝の言葉を述べて起き上る。

 その後、追い剥ぎを捕らえようとヒジリと冒険者達が近づくと、その追い剥ぎ犬人は土下座をして尻尾を振りながら謝りだした。

「すんませんでしたぁ! 本当にすんませんでしたぁ! 盗った物は全部お返ししますので、牢獄行きだけは勘弁してくださいぃ!」

 ヒジリは冒険者たちと顔を見合わした後、それは出来ないなと肩を竦める。

「この国の法がどうなっているかは知らんが、恐らくそれは無理な話だろう。大人しく捕まりたまえ」

 犬人は土下座しながらもヒジリの近づく足音を聞いて不敵な笑みを顔に宿す。そのままヒジリが正面に立つと顔を上げて笑った。

「ビンゴォ!」

 犬人の声と同時に、ヒジリが地面に空いた穴にストンと落ちて消えてしまったのだ。

 目の前を歩いていたヒジリが消えた事に驚き、冒険者達は魔法の罠が設置してあった事を知って後ろに飛び退る。

 犬人を捕らえようと【捕縛】の魔法を唱えるも、詠唱が間に合わず犬人も穴に飛び込んで消えてしまった。罠のあった場所にはただの地面があるだけで、冒険者たちは困惑してその場をウロウロするばかりである。
 


「冒険者さん達、ヒジリ・・・、えっとオーガがそっちに行かなかったぁ?」

 捕縛したアラクネを引き連れ、ガヤガヤと喋りながらエポ村方面に向かう冒険者達は、荷台にちょこんと座る妖艶な少女にそう尋ねられて足を止める。

「ああ、さっきのはタスネ殿のオーガだよね? あれ? ではタスネ殿が近くにいるはずだが? あのオーガなら我々を助けた後、敵の罠にかかってどこかに飛ばされたよ。我々も助けてくれた恩人であるオーガ殿を探したんだが、転移系の罠なので、その辺を探す程度じゃどうにもならなかった・・・・。すまない。何か他に手伝えることは?」

「ありません。お気遣いありがとう冒険者さん! 大変・・・!ウメボシを起こさないとぉ」

 フランがお礼を言うと、熱に浮かされたような顔をしていた冒険者はハッと我に返り街道の巡回警備の仕事に戻っていった。

「ウメボシ、起きてぇ。ヒジリが大変なのよぉ!」

 ウメボシを揺さぶるも、まだスリープモード中である。

「起きろ!」

 ゴン! と音がして丸いアンドロイドは衝撃で小さくバウンドした。

 コロネが拳骨でウメボシの脳天を思いっきり殴ったのだ。

「スリープモード解除、敵の攻撃を受けた為、緊急起動します。索敵開始・・・・。敵対者ゼロ。ふぁぁぁ! 誰ですか! ウメボシの頭を叩くのは!」

「大変なの、ウメボシ! ヒジリが急にいなくなって・・・」

「おい! ヒジリのおっちゃんがいなくなったぞ!」

「一度に喋らないでください。マスターの位置情報を確認します・・・。おや? センサーが不調ですね・・・。居場所の確認が出来ません。はわわわ! これは大変な事に!」

 ウメボシは浮き上がると目を白黒させながら右往左往している。

「マスターの居場所が解らない! マスター・・・マスター!」

「落ち着いてよぉウメボシ・・・。私たちまで不安になるじゃないのぉ」

「落ち着け!」

「・・・失礼しました。現状を説明してもらってよろしいでしょうか?」

 フランの説明を時々邪魔するようにコロネが説明するとウメボシは直ぐに理解した。

「マスターはそうそう危険な目には遭わないと思いますが、ウメボシはとても心配です。取りあえず一にも二にも情報が必要ですので、このまま王都へ向かいシルビィ様に助力を請いましょう」

 ウメボシは荷台を浮かすと、縁に掴まるフランたちが悲鳴を挙げるのも無視して猛スピードで王都へと向かった。
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