未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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シュラス王

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 シュラスは広くも狭くもない自室にある、小さな椅子の前を行ったり来たりして落ち着かない。

 闘技場の一件以来、ヒジリの事が頭から離れないのだ。

 そんな王を見てリューロックは内心呆れていた。

(王の英雄好きにも困ったものだ。謁見の間でもなく、自室に招くという事は、余程タスネ殿とそのオーガを気に入られたのだな)

 赤いビロードの背もたれを意味もなく撫でながら王は呟く。

「あぁ、エルダーリッチが現れた時に逃げるのではなかった。オーガとエルダーリッチとのやり取りが見たかったわぃ」

「何を仰いますか、王よ。どのみち、あのオーガがいなければ、今頃我々はあのエルダーリッチの強大な魔法によって塵となっていたでしょう」

 リューロックは王に対して呆れて王の前で腕を組んだ。

 公の場であれば、大元帥の態度は不遜だと言われて大事になるだろうが、ここはシュラスの自室。シュラスもウォール家の者には、気を許しているので責めたりはしない。

「あれは国滅級の化物じゃしの」

「それでも一国の主が少しでも生き残れる可能性があるのであれば、我々は最善を尽くします。陛下を逃して正解だと今でも思っております」

 ――――コンコン!

 唐突にドアがノックされる。

 シュラスは目を見開いて、待ち望んでいた人物の到着に心弾ませた。

のジュウゾ様が来ております」

「なんじゃ、期待させおって。通せ」

「私が例の英雄オーガであれば、どれほど素晴らしいことでしょう、陛下」

 ジュウゾと呼ばれた男は、ドアが開ききらない内に音も無く部屋に入ってきて、皮肉を言いながらお辞儀をした。

 騎士がやらない汚れ仕事を一手に引き受けるこの部隊の長を、リューロックは出来れば視界に入れたくなかった。

 王国近衛兵騎士団の大元帥はこの男を樹族の悪い部分を凝縮したような人物だと感じており、性格や考え方も自分とは反対の位置に属すると思っている。

 回避に特化した魔法のローブを着ており、顔はローブと同じ材質の布で覆われていて表情を確認する事が出来ない。なので声の質で王に対して皮肉を言ったのだと判断したリューロックは釘を刺す。

「幾ら貴様でも、王への不敬は許さんぞ」

 シュラス王は片手を挙げ、前に出ようとするリューロックを止めた。

「よい。(お前が言うのか、リューロック)で、何用か?」

「ハッ! そろそろオーガが王宮門前に到着すると部下から報告がありました。出過ぎた真似とは思いますが、万が一に備え我が部下をこの部屋に潜ませる許可を頂きたいのです。エルダーリッチの件も、オーガが企てたやもしれませんので」

 それを聞いたリューロックは、王を守るために持つことを許された金棒で、床を一度だけ軽く叩くと鼻で笑った。

「戯言を。あのオーガが名を上げるためにエルダーリッチを召喚したと申すのか? ハハハ! 耄碌したなジュウゾ。お前たち裏側はあの時、何をしておったのだ? ただ逃げ隠れしておっただけであろう? お前たちは分が悪いと王を捨てて逃げかねんからな。もし裏側が勇敢にもエルダーリッチに挑むためにあの場に留まっておれば、シルビィ隊長を召喚する必要もなかったわけだが?」 

「王の警護を最優先したまでです、大元帥殿。エルダーリッチ以外にも王を亡き者にしようと企む愚か者がいたかもしれません。それと我々の持つ情報とオーガ達の言う情報に食い違いがないか、答え合わせをさせてほしいのです」

「王を守るは我らが役目。お前たちがおらずとも守れたわ。それにあの場に居なかった者がどうして答え合わせを出来ようか? ハハハ!」

 王は仲の悪いこの二人に辟易とした様子で口を挟む。

「もうよい、その辺にしておくのだ二人とも。ジュウゾは闘技場で得られなかった情報が欲しいのであろう? ならば好きにするが良い」

「ハッ!」

 裏側は情報を欲しがっている、という図星を王に突かれてジュウゾは黙った。闘技場での一件は反国王派の仕組んだ事だと予想し、王の身辺警護を最優先にした為、闘技場での情報はあまりない。二名の部下が遠くから隠れてエルダーリッチの様子を窺っていた程度だ。

 王は決して愚かではなく、他者の皮肉を気にしない程度に心の広さを持つが、慈悲深いわけでもない。これ以上、無駄な言葉や言い訳を重ねれば処分されかねない。

 ジュウゾは片手を挙げ、速やかに部下達を配置につかせた。

 不測の事態に備えて、魔法の吹き矢を持った三人の部下が調度品の壺に姿を変える。

 魔法以外の飛び道具を持つのは卑怯者か、或いは闇側のする事という風潮があるせいか、吹き矢の矢もマナの塊である。

 が、レジストされにくい効果を発揮する吹き矢を選んでいるので、数を撃てばいつかは貫通するだろうという判断しての装備である。

 裏側はオーガメイジが魔法無効化能力を持つという情報に対して懐疑的だったのだ。

 ――――コンコン!

 数分後、ドアがノックされる。

「今度こそ・・・」

 金色の細かい細工のある赤い椅子に、王はいそいそと座って静かに待った。

「ジュウゾ様の部下が報告に来られましたのでお連れ致しました」

 扉の外から聞こえてくる執事の言葉に、ジュウゾは覆面の下でギリッと奥歯を噛んだ。

 報告に来いとは言ったが、わざわざ自分の居場所を聞いてまで、この場に来いとは言っていない。気の利かない拷問官に苛立ち、心の中で「阿呆が」と呟く。

 「報告を後に回すよう伝えろ」と執事に命じるも王に止められる。

「構わん。拷問で何か情報を得たのじゃろう? 今この場で報告させろ。手間が省けて良い」

「ハッ!」

 再度ノックがあり別の執事の声が聞こえてくる。

「シルビィ様一行が来ております」

「(キターーー!)ジュウゾの部下共々、通せ!」

 シュラス王は子供のように目を輝かせて椅子に深く腰掛けると、正面のドアが開くのを待った。

 最初に正装の白ローブを着た――――だらしなく太った樹族の男が、頭を下げながらスソソソソと入ってくる。必要以上に下手に出る態度に王はフンと鼻を鳴らした。

 その後にリューロックの娘が鎧の胸を叩く軍人式の礼をして堂々と入って来る。

 王はシルビィを見てやはり父親の生き写しだなと内心で笑った。

 次にエポ村の英雄少女タスネが、ぎこちなく手を胸前で交差させ、腰を九十度折る平民の儀礼をし、緊張した面持ちで入ってきた。

(やはり地味・・・だな。英雄のオーラは、ない)

 続いて入室した少女の美しさに王は前のめりになって食い入るようにして見つめた。

 少女は姉と同じように平民の儀礼をすると、金髪が顔にかかり一層色気が増す。顔を上げると碧眼を伏せながらタスネの横に立った。

 次に入ってきた少女を見た時、王は最初、影か闇が入ってきたのだと思った。

(魔女の類か?)

 黒くて短い髪に全てを飲み込む黒い渦のような瞳。一番上の姉と同じ髪色と瞳の色をしているのに、ここまで雰囲気が違うのかと驚く。これまでの姉妹の中で一番正しい平民の礼法をするこの幼い少女に、シュラスは何故か背筋が寒くなった

 が、次のお転婆娘を見て微笑む。

 何故かシルビィと同じく軍人の式礼をして、ドヤ顔でイグナの横に立ったからだ。

 タスネがアチャーという顔をしたのを見て更に王の顔が綻ぶ。大人がこれをやれば処刑ものだが、相手は子供なので誰も咎めない。

 いよいよオーガが入ってきた。

 身長が2メートル以上あるので、窮屈そうに扉をくぐってくる。

 と同時に裏側の持つ吹き矢が、一斉にオーガに向く。

 石壁くらいならば体当たりで簡単に破壊してしまいそうな膨れ上がった筋肉。太い筆で書いたような眉に大きなアーモンド型の目。自分が女なら一目惚れしていただろうと王は思った。

 ヒジリは入室してもお辞儀はしない。

 奴隷が王に謁見する事はまずないので、奴隷用の儀礼などないからだ。

 なのでこれは無礼でも何でもなく当然の態度である。

 逆に奴隷が身分を偽って儀礼などしようものなら、問答無用で無礼打ちの魔法が飛んでくる。

(弁えている、という感じじゃな)

 王は更に彼の使い魔であるイービルアイを見た。

 何の変哲もないイービルアイだが、教皇や一部の大司祭しか覚えられないような【蘇り】の魔法を習得している珍しい個体だ。

 闘技場で二人の犠牲者をよみ返らせたという報告もある。。

 オーガとイービルアイは部屋に入るなり、三つの調度品を見て警戒態勢を取っている。

「王の御前だ。無礼であろう!」

 何に対して警戒しているのかは分かっているが、リューロックは一応ヒジリとウメボシに声を荒げる。

「どうした? ヒジリ殿」

 シルビィもヒジリの様子を見ておかしいと感じ警戒をする。

 腰のメイスを構えようとするも謁見の間では近辺警護の者以外武器を携帯出来ない事に気がつき、いつでも呪文を詠唱出来るように胸ポケットに潜ませていた触媒に触れる。

「ハッハッハ! ジュウゾよ。お前の部下達はこやつらに丸見えのようじゃぞ」

 王は小さな体で大きく笑う。

「そんな・・・! 我らは隠遁や返送の達人。オーガ如きに見破れるとは思いません」

「英雄オーガよ、何を見たか申してみよ」

「紺色のローブを纏った怪しい者たちが、吹き矢でこちらを狙っております。私も使い魔も、主を守る使命を持っておりますゆえ、ご容赦願いたい」

「ほう・・・、なんと品良く喋るオーガか! 警戒を解くが良い。そやつらはただの警護の者だ」

 王にそう言われ、ヒジリとウメボシとシルビィは素直に警戒を解く。

「では何故、我々に武器を向けたのか御説明願います、リューロック大元帥」

 シルビィは辛うじて怒りを抑えているが、今にもこの場で暴れかねないような顔をしている。目が据わっているのだ。

「そこのジュウゾに聞くが良い」

 リューロックは即座に娘の怒りをジュウゾに擦り付けた。家に帰ってからの事を想像し、怖くなったのだ。武勇と豪胆さで知られるリューロックですら、シルビィにはこの有様である。

 何でも屋の独立部隊隊長とはいえ、力ある貴族からの独立性を保つために、上位将軍と同等の階級と権限が与えられている。

 ジュウゾは自分よりも階級が上の、年下の女騎士に跪く。

「王を守るためにオーガを警戒したのです、シルビィ様」

 シルビィも父親と同じく、何を言おうが皮肉のように聞こえるこの男をあまり好きではなかった。

「と言う事はだ、ジュウゾ。貴様はヒジリ殿を敵と見なしているのだな? ヒジリ殿はこの数日の間にエポ村を襲撃したオーク兵を撃退し、ミスリル鉱山では闇ドワーフを追い払い、私の個人的な失敗を補うべくナンベル討伐の手助けもしてくれた。そして! 国が滅びかねん災厄レベルのエルダーリッチを追い返してくれたのだぞ? どれ程この国の為に貢献してくれた事か! 貴様はその間、何をしておったのだ! こそこそと逃げ隠れしておっただけであろう! それともヒジリ殿の活躍に匹敵する己が英雄譚をここで語れるとでも言うのか?」

「・・・」

(骸骨の人は、そんなに危険だったのかね・・・。そんな風には見えなかったが)

 黙りこくりジュウゾを見つめながら、ヒジリはエルダーリッチを思い出していた。

 あの暗く虚ろな眼窩の中に、人間への懐旧の念を見た気がしたのだ。

 プライステーション・ビスタを食い入るように見つめる彼の目は、遠い過去に失った友とのひと時を思い出していたのではなかろうかと。

「そのくらいにしておくのだ、シルビィ隊長。裏側という組織はそういう役目。誰かに憎まれようが、万が一を考えて行動する。全く・・・。父も娘も似たような事をジュウゾに言いよるわぃ! ハッハ!」

「裏側の役目ですか・・・。確かに。許してくれ。ジュウゾ」

 シルビィは裏側の役目がどういったものかを考えると段々と怒りが収まってきた。

 王国近衛兵独立部隊も裏側程ではないが汚れ仕事を任される。そして、ふと数年前の造反した貴族の平定任務を思い出した。

 抵抗する貴族が苦し紛れに放った【業火】で辺り一帯が焼け、関係のない多くの領民が焼け死んだのだ。追いつめられた貴族は一家で毒を飲んで自害。何とも後味の悪い結末だった。恐らく裏側は毎回のように、あの嫌な思いをしているに違いない。

「謝罪など、我が身には勿体ないお言葉」

 やはりどこか皮肉めいた声でジュウゾは答えるが、生まれつきそういう声なのかもしれないとシルビィは思うようにした。

「よいかの? ではまずジュウゾの部下から報告を聞こうか」

 シルビィが黙り何かを考えだした隙に、王は話題を変えるべく割り込んできた。

 拷問官は入ってきた時と同じように頭を下げながら王の前に出てくる。

 この拷問官が余計な事を言わないようにと、ジュウゾは願いながら何の気無しに彼の禿げた後頭部を見つめた。そして驚く。

 何故かその禿げた後頭部には笑顔のような顔がペンで描かれており、覆面の中でジュウゾは冷や汗をかいていた。

(なんだ、あれは! どうか王に見つからないでくれ! くそ! あの子供の仕業か! いつのまに・・)

 コロネは唯一の宝物、魔法の落書きペンを手に持って「ニヒヒヒ」と笑っている。これで落書きされた相手は、いたずら描きをされても気が付き難い。持ち手の気配とペンの感触を少なくする魔法の玩具だ。

 シュラス王とその横に立つリューロック以外は、皆気が付いているが幸い見て見ぬふりをしている。

 頭の後ろの方に落書きされているせいか、拷問官が頭を下げていても王には見えていない。

「本日はお日柄も良く、わたしめのような賤しい身分の者を王の私室に招いてくださり、その寛大な御心とこの幸運に・・・」

「長いな。無礼講で構わん。報告だけして帰れ」

「ふぁ?! か、かしこまりました! 昨日拷問した闘技場の主チャックから得た情報によりますと、エルダーリッチの巻物を用意したのはマギン・マグニスと名乗る樹族である事が解りました。緑色の長髪に眼鏡、真面目そうな顔とは裏腹に、口調は低俗であるとのことです。以上!」

 拷問官は手短にそう告げると最後まで王に背中を見せる事なく、低い姿勢とすり足で退室していった。

 マギン・マグニスと聞いてタスネとヒジリは顔を見合わす。鉱山で出会ったあの精霊使いだと、お互い気が付いたのだ。ジュウゾは二人の変化を見逃さなかった。

「何か御知りかな? エポ村の英雄殿」

「えっと、その方ならミスリル鉱山で出会っております。確か鉱山に雇われた精霊使いで、雇い主の言う通りに闇ドワーフの鉱山まで掘り進んでしまい、闇ドワーフに捕まった人です」

「あそこのミスリル鉱山の所有者は誰だったかのう? なんとかという名前の田舎貴族だった気がするが」

 王は名前を思い出そうとするが、女のような見た目の男爵がいるという他は何も思い出せなかった。

「鉱山の持ち主はエポ村の領主、シオ・ラーザ男爵で、報告書には闇ドワーフが掘り進んで侵入してきたと書いておりました。冒険者と闇ドワーフが睨み合う中、土食いトカゲの現れた事により、一時共同戦線を張って、おもにタスネ殿のオーガの活躍で捕縛。その後、闇ドワーフを交渉で退かせたとあります」

 ジュウゾは目の前のオーガに関する情報を事前に仕入れていたので、王に報告した後、タスネとオーガの表情に新たなる変化はないかと鋭い視線をやる。

 二人とも、まぁ間違ってはいない、妥当な情報だという態度で話を聞いていた。

(あれ? でもあの闇ドワーフの件は国の政策による工作活動だったんじゃないの? 何でここの人達は皆知らない体で喋っているのかな?)

 ジュウゾはタスネの言葉を慎重に反芻して、おかしなところはないかと考える。勿論直ぐに相違点には気がついていたが、それでも何度か情報を脳内で精査していたのだ。それからようやく口を開いて英雄少女に質問した。

「ドワーフが攻めてきたのではなく、マギンが雇い主に言われて闇側の領土へ掘り進めたと言われたかな? 英雄殿」

 ヒジリとウメボシは嫌な予感がしだした。タスネが――――、光側が仕掛けた工作活動について喋ってしまうのではないかと。

(そこの忍者マンみたいな男は、恐らく諜報活動の元締めみたいな者だろう。主殿がその事を知っていると解れば殺しはしなくとも、国の歯車に組みこもうとするのは間違いない。そうなると私も今までのように自由に動けなくなる)

「そうですよ。だって・・・」

(ううむ・・・)

 タスネが工作活動について喋り始めた。ヒジリはこうなると、もうなるようになるしかないと覚悟を決める。

「あれは、闇側の資源を奪取し、回収する作戦だったんでしょ?」

(やはり言ってしまった・・・)

 部屋の空気がにわかにざわつき、ヒジリは場合によってはこの場で戦闘になるかもしれないと考え、いつでも体を動かせるように力を抜いた。
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