未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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ドラゴンの尻尾亭で

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 ツィガル帝国皇帝チョールズ・ヴャーンズは数年間音信不通であった、いとこの報告を聞いている。皇帝は何故か玉座に座らず、手前の階段に座っていた。

 それは地位など関係なくロロムと接しているという現れだったが、ヒジリやヘカティニスには皇帝の気まぐれにしか見えない。

「そうか・・・。まさか樹族国にいたとはな。お前が奴隷として誘拐されたと聞いた時は、もう命はないものと思っていたのだ。誘拐を装ってお前を殺したバートラの連中の言い訳だと思っていたのだよ。だからは私はバートラを重点的に探らせ、お前の遺体を探していた。ずっとな」

 ロロムと同じくエリートゴブリンである彼は、いとこの背後で跪くノーマルオーガ二人に歩み寄った。

「この二人が――――、お前を救い出してくれた恩人か?」

 ヴャーンズはヘカティニスを見て誰かの名を思い出そうとしていたが、ロロムがそれを遮る。

「いや、その男のオーガだけが恩人だ。チョールズ」

「そうか・・・。よくぞロロムを救い出してくれた。褒美は何がいい?」

「私はバートラに住むロロム殿の息子、ムロの発明品に興味があります。陛下」

「む・・・。流暢な言葉を喋りおるな。エリートオーガ・・・。いや、オーガメイジか?」

「彼はオーガメイジだよ。使い魔のイービルアイが廊下で待機している」

「ほう、珍しいな。あのマヌケなブーマーもこの男程賢ければ、もう少しはからかい甲斐があるのだが。で、魔法は何を得意とする?」

 ヒジリは何の予告もなく、パワードスーツから電気を放電して見せる。

 皇帝は自分の手が痺れたので驚いて飛び退くと、扉近くにいたガードナイト達が無礼なヒジリを取り押さえようと槍を打ち下ろしてきた。

 ヒジリは左右から振り下ろされる槍を掴み、ゴミでも捨てるようにポイッと投げて涼しい顔をする。

「よい! ガードナイトは定位置に戻れ! なるほど、雷を得意とし自己強化魔法で前線に出るバトルメイジといったところか。こんな有能なオーガメイジが放置されていたとはな!」

 どこか嬉しそうにする皇帝に、ロロムはバツの悪そうな顔をしてヒジリの素性を言うかどうかを迷ったが、今は結局何も言わなかった。これほどまでに強いオーガが樹族国で奴隷をやっているなどと言えば、チョールズは怪しむだろう。

「女はよく見るとヘカティニスではないか・・・」

 皇帝の顔が曇る。

 グランデモニウムに潜入させた偵察部隊が、かなりの確率で消息を絶つのはこの女と砦の戦士達のせいだ。

 慌ててロロムがフォローに入った。

「ヘカティニスはグランデモニウムで護衛として雇ったのだよ。チョールズ」

「ふん。今回はロロムに免じて目を瞑るが、用が済み次第さっさとグランデモニウムに帰るのだな。そして狂王に伝えろ、いつまでも帝国がゴミのような小さな国に甘い顔をしていないと」




 玉座の間からロロムと共に主が出てくるのを見て、ウメボシはホッとする。

 スキャニングして解ったのだが、この城は能力の高いオーガがだらけだ。グランデモニウム城に殴り込みに行った時に見た、練度の低い兵士や士気の低い騎士達とは比べもになならない。
 
 トラブルを起こせば間違いなく優秀なオーガ達と戦うことになり、なるべく不殺を貫くヒジリにとっては面倒な事になるだろう。彼らはちょっとやそっとのダメージでは耐えきってしまう強さを持つ。

「マスター、早くバートラに向かいましょう。ざっと調べた限りでは、この城のオーガ達はグランデもニウムの一般的なオーガの四倍の強さがあります。今まで通りの不殺で戦うには厄介な相手です。殺してしまっても構わないというのであれば話は変わってきますが」

「そんな事にはなりませんよ、ウメボシ殿。私がついていますから」

 ロロムは優しく微笑んだ。故郷に戻ってきて安心したのか、どこか落ち着いている。

「皆、大きくてオソロシスなぁ」

 廊下でずっと主を待っていたウメボシと違い、待機室から出てきたオークに扮しているマサヨシは、身長三メートル程のエリートオーガ達に怯えている。

「今からバートラに出発するのも中途半端な時間だし、宿屋を探すか。ロロム殿も皇帝陛下と積もる話もあるだろう。我々は城門近くにあったドラゴンの尻尾亭に泊まることにする」

「ああ、それは解りやすい。では明日の九時頃にそこに向かうとしますよ。あっと! そうだ、これを渡しておきましょう。報酬です」

 ロロムは全員に帝国の最高額貨幣であるチタン硬貨のぎっしりと入った革袋を渡した。

「え? 俺もいいの? 俺、なんもしてないけど」

「いや、問題ないですよ。貴方も護衛の一人という事にしておきましたから」

「ロロムのおっさん・・・。良い人ですやん。ハグしてもいいですかな?」

「えっ? そ、それはお気持ちだけで十分です。それではまた明日」

 そう言うとロロムは玉座の間に戻っていった。暗殺を企てたバートラへの対応をどうするか、皇帝と話し合うのだろう。

 ヒジリは城門を抜け城下町についた頃、ようやくヘカティニスが樹族国にいた理由を聞いた。

「そういえば、ヘカティニス。君はどうして樹族国にいたのかね?」

 それを聞いたマサヨシが横槍を入れる。

「ずっと聞かないから、聞いてはいけない理由でもあったのかと思いましたぞ、ヒジリ氏」

「いや、国境の街まで一気に移動したから話す機会がなかったのだ。出国の手続きで色々とあっただろう?」

 ヘカティニスは思い出しながら一生懸命話す。
 
「霧の魔物のせいだど。ゴブリンゲートの近くに濃い霧が出て、霧の中から狸みたいな猫みたいな動物が現れた。剣で叩き潰そうとしたら、何故か樹族国に飛ばされていたんだど」

「霧の魔物か。時間や場所を問わずどこにでも現れるらしいな。恐らくは異世界への入り口を開く条件が偶発的に揃って、近くにいた魔物なり人なりがこちら側に来たりあちら側に行ったりするのだろう。霧は不安定なので直ぐに消えるが、帰れなかった魔物や人は異世界に馴染むか、住人に退治されてしまうのだと思う」

「そう考えますと、この星固有の生き物だと思っている動物や魔物も、そうではないのかもしれませんね。マスター」

「うむ」

 ヒジリの言葉を少しでも理解しようと、これまでに何冊も絵本を読んできたヘカティニスだったが、流石に今の会話は全く理解出来ず、発熱する頭から湯気を出していた。

「おで、ちんぷんかんぷんだ。頭が疲れた。早く宿屋に行って休もう」




 ドラゴンの尻尾亭に着くとヒジリ達は、直ぐに部屋を取って休むことにした。

 ヒジリがベッドに寝転ぶとすぐにウメボシが右脇にすっぽりと収まる。

「ふぅ。久しぶりの特等席です」

 暫く脇の下でゴソゴソ動いた後、ウメボシはこちらを向いた。瞬きをする度に長い睫毛が脇をくすぐるのでヒジリは少しこそばがる。

 いつだったかマサヨシにシャア・アズナブ○の声にそっくりだと言われたヒジリは、殊更シャアの声を意識してウメボシに話しかけてみた。

「なぁウメボシ、私はこの星を導いていけるだろうか?」

「どうしたんです? 杉田智和がやるシャアのような声を出して。それにこの星を導くなんてミッションは最初からありませんよ」

「私は運がいい。ウメボシが二十一世紀のサブカルに詳しくて良かった」

「普通に喋って下さいまし、マスター」

「悪かった。真面目な話をしよう。私はこの星に来て気づいたのだ。他人のために怒り悲しみ――――、自分がどれだけ不利益を被ろうが、感情を押し通す者がいると。それは地球では原始的な欠陥要素だと考えられている。そしてそれらの感情を排除する者が殆どだが、私はそういった雑味を認めない地球人のほうがおかしいのではと最近考えるようになった。完璧であろうとして、人が持つ大事な何かを捨てているような気がしてならない。マサヨシは私に言った。人間本来の生き方をしていない人間は、本当に生きていると言えるのか、と」

「いつもオフオフ笑ってスケベな事ばかり考えているマサヨシ様も、時にはまともな事を言うのですね。しかし、マスター。その考えを地球で言わないほうが良いでしょう。ヴィラン遺伝子を持っているのではと疑われてしまいます。例え問題が無くても再教育室へ送られるでしょう」

「地球でこの事に気が付かなかったのは何故だろうか?」

「それは・・・。地球政府やマザーコンピューターがある程度、人々の思想をコントロールしているからですよ」

「何故それをウメボシが知っている?」

「マスターもご存知のように、ウメボシは出自の判らない改造されまくりの非正規品です。マスターがゴミ捨て場からボロボロのウメボシを救い出して修理し、検定にも通してくれましたが、実は誰に閲覧することの出来ないデータ領域を持っています。その領域が地球のまやかしや嘘を見透かし、拒みます」

「ほう。ではウメボシは私が政府に洗脳されるのを黙って見ていたと?」

「はい。マスターは洗脳されにくい方でしたから。マサムネ様とハルコ様の育て方が良かったのだと思います。それに、お会いした事はありませんが、お祖父様もお祖母様もマスターに良い影響を与えたのでしょう」

「ああ、祖父母はとても優しかった・・・。私も幼い頃はこの星の住人と然程違いがなかったような気がする・・・。感情に忠実で。違いといえば、祖父母の永遠の死を受け入れて逝ってしまって以来、私は心を閉ざしがちだったがな」

「その間にマスターはロボットのようになっていったのです。それでも他の地球人に比べれば、そういったは随分と軽いものでした」

「・・・」

 話の隙間をねらったかのように、誰かがトントンとドアをノックした。

「子種を貰いに来ました」

 扉の向こうで、さも当然のようにおかしなことをいう声にウメボシは驚く。

「はへ?」

 声はヘカティニスのものだ。

「子種を分けて下さい、旦那様」

「???」

 ヒジリは頭にはてなマークを浮かべながらも返事をする。

「子種は、今ありません・・・」

「そうですか、それは残念です」

 そう言うとヘカティニスは自分の部屋に戻っていった。

「なん・・・、なのだ・・・?」

 ヒジリは頭を捻っていると、ウメボシが自分の中にあるオーガのデータを漁りだした。

「ノーマルオーガは男女間に性的優位性がありません。言うなれば男も女も肉食系なのです。なのでその・・・。したくなったらしたいと正直に言うのが当たり前なのです。でも惰性で付き合うということはしませんから、どちらかが乗り気でないと引き下がるのも早いのです。無理やりとなれば殺し合いレベルになりますので」

「では今、ヘカティニスは発情していると?」

「はい」

「ふむ・・・。原始的な交配の仕方に興味はあるな」

「マスターー!!」

 ウメボシの目が釣り上がる。

「はは! 冗談だよ。ウメボシ。ただ、私は好意を向けてくれる女性を全て受け入れ、愛を注ぐつもりだ。いつかはそういう事もするだろう」

「ウメボシに埋め込まれた人格が、マスターをスケコマシと言っております」

「スケコマシ?」

「ええ、女たらしとも言いますね」

「ウメボシは私が人間本来の姿に戻るのが嫌なのかね?」

「マスターが人間本来の姿に近づけば、能力も大幅に下がりますよ? ヘカティニス(嫉妬による呼び捨て)の剣を受け止められなかったのも、一時的に人間本来の姿に近づいたからなのです。まぁ、あれは惑星の遮蔽フィールドが地上近くまで降りて来たせいで、体内チップやらナノマシンの調子が悪くなっただけですけれども。あの状態が永遠に続くと思って下さい」

「ふむ・・・。では何とか能力を保ったまま、人間らしさを取り戻す方法を模索しよう」

「そんな都合のいい話があるとは思えませんがぁ?! マスターのエッチ! プンスカ!」

 激しくヤキモチを焼くウメボシを見て、一体何が正解なのだと思うヒジリであった。
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