未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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悔し涙

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 フランは教室に入り、皆に「おはよう」と挨拶して自分の席に着く。四方八方から「おはよう」の返事が来るがその半数は声が上ずっていた。

 毎朝の日課として机の中を見ると、ラブレターやら小さなプレゼント、そして同性からの嫌がらせの画鋲を見てため息をつく。

 プレゼントやラブレターは専用の手提げに入れ、画鋲や呪いの藁人形などはゴミ箱に捨てる。

 フランにとっては毎日の日課なので淡々とそれらをこなして、教科書を机に入れる。周りの生徒も慣れているのか誰もそれを気にした様子はない。

「おはよう、フラン」

「おはよう、コニー」

 緑色の髪の樹族が、フランの机に軽く腰を掛ける。

 名ばかり貴族の娘、コニーはフランが神学庁の紹介でこの学校に途中入学してきた時から一緒にいる。

 教師以外ほぼ一般人しかいないこのクロス魔法中等学校で、貴族はコニーとフランだけなのだ。他は没落貴族や商人、農民などの雑多な出身の者が殆どを占める。

 コニーはプライドが高いので貴族以外とはつるもうとはしない。なので自然とフランと一緒になる事が多いのだ。

 フランが来る少し前に登校したのか、コニーは外の冬の冷気を僅かに身にまとっていた。

「今日も寒いわね。学校もサラマンダー石をケチらないで欲しいわ」

 そう言って赤くなった手をコニーが揉むので、フランはその手を自分の手でそっと包み込んで温めた。

「ありがとう。フランの手、あったか~い! フランっていつも手が温かいよね」

「駄肉が多いせいで、体の芯まで中々冷えないのよ」

「駄肉どころか、羨ましい肉よ。私なんて棒みたいだし」

「あら、スレンダーで素敵よ」

「そんな事言ってくれるのフランだけよ。私なんてさぁ、親に連れられて社交場に行くでしょ? そしたらどうなると思う? ずっと壁の花よ」

「あらぁ。でもそれって、コニーがいつも無愛想な顔してるからでしょう? 折角、可愛い顔しているのだから、笑ってみれば?」

「こう?」

 コニーはそばかすのある頬を持ち上げて笑ってみせる。

「ヒィ!」

 近くを歩いていた地走り族の男子が、コニーの不自然な笑顔を見て腰を抜かした。

「なによ!」

「魔法傀儡かと思いまして・・・」

「これだから平民は・・・。気を利かせてお世辞の一つも言えないわけ?」

 コニーが腕を組んで呆れていると、男子は起き上がって慌てて走り去っていく。

「でもタンサが驚くのも仕方がないわ。コニーの笑顔は不自然だもの。もっとこう・・」

 背筋を伸ばしたフランが、自然な笑顔を作って見せる。パァァと音が聞こえてきそうな程の笑顔だ。

「フランさんが、笑っている!」

 その場にいた者は眩しい光が辺りを包むような錯覚に陥り、男子達は魅了されていった。

「うわぁぁ! 好きだぁぁぁ! フランさん!!!」

 街灯の羽虫のごとく、男子たちはフランに集まってくる。

 魅了され混乱する男子を、フランは祈りで癒やすと彼らは我に返った。彼らの瞳に映っていたハートマークがスッと消えていったのが、奇跡の祈りが効いたという証拠である。

 男子達は頭を掻いてウェヘヘと照れながら自分の席に戻っていくと、コニーが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「ふん!vばっかじゃないの。エロ変態スケベ男子」

 罵詈雑言を投げかけてくるコニーに男子たちはグギギギ歯ぎしりをし、敵意に満ちた目を向ける。

「止めなさいよ、コニー」

 止めるフランの言葉も聞かずに、もっと男子達に毒を吐こうとしたコニーだったが、授業開始のチャイムが鳴ったので大人しく席に着いた。

 影の薄い樹族の教師が、音もなく教室に入ってきて壇上に立つと出席を取りはじめる。

 それが終わると今日の学校の予定を話しだした。

「―――で、昨日も言った通り、今日は給食調理場の衛生検査があるので、お昼は各自で持ってきたもので昼食をとるように」

 それを聞いてフランは自分が弁当を持ってきていない事に気がついた。

(やだぁ。お弁当忘れてた。・・・。まぁいっかぁ。男子に食べ物分けてもらおうっと)

 リンゴ一個程度で十分にお腹が膨れるし、誰かが分けてくれるだろうとフランは心配はしなかった。




 サヴェリフェ家からクロス中等魔法学校まで、馬車で十五分くらいの道のりをヒジリとセイバーは並走してゆっくりと滑走していた。

「で、今回過去に来た理由は?」

「またフランさんの件で来ました」

「そう言えば、前の一件で未来のフランは大丈夫だったのか?」

「ええ。帰ってすぐに彼女の部屋をノックして確認しました。本人はこれまでの生活をしていた記憶があり、特に何も問題はありませんでしたよ」

「我々の時間論では、未来によって過去が変わる。過去を変えても未来は変わらない。君の言っている事はデタラメにしか思えないが、まぁこの星は我々の常識は通用しないからな。で、今回はフランが死ぬわけではないのだろう?」

「はい。今回は、フランさんのトラウマを取り除きに来たのです」

「トラウマ?」

「ええ。彼女は今日、根深いトラウマを抱える事になります」

「それは、未来の彼女が君に相談でもしたのかね?」

「いいえ・・・。僕が彼女の心を魔法で見ました」

「イグナが時々使う【読心】とやらだな? あまり感心はしないな」

「はい、だからこの件の具体的な部分に関しては教えません」

「そうか。では何も聞くまい。彼女を守ってやってくれ、セイバー」

「はい」

 気まずさと罪悪感でセイバーは黙る。例えヒジリからの評価を下げたとしても、彼女を救いたいという気持ちのほうが強かった。

(フランさんはタスネさんと同じで、辛い事を全部自分一人で抱えて誰にも言わない。見捨ててはおけないよ)

「マスター、少し離れた森の中で、霧の魔物に襲われている冒険者たちがいます」

「ほう? 樹族国で霧の魔物とは珍しいな。どれ助けに行くか、セイバー。フランのお弁当は昼食にまで間に合えば良いだろうし」

「はい」

 ヒジリ達は道を外れて、冒険者の悲鳴が響く森の中へと足を向けた。





「あ~、やっと四時間目か~。早く体操着に着替えちゃいましょ」

 コニーに促されてフランは着替え室で体操着に着替えた。

 ただの紺色の長袖長ズボンに見えるが、水を弾いて汚れにくいアラクネの糸で作られている。他の女子達は普通の布の服だ。

 フランはコニーにお弁当を忘れた事を言おうかと思ったが、名ばかり貴族の彼女に弁当を見せろと言う勇気はなかった。彼女のプライドに見合うだけのお弁当でなかった場合、非常に気まずい。

 フランがコニーを見ると、彼女は細い腕に力を入れて、力こぶの大きさを確かめていた。
 
「私、メイジになるのだから体育の授業に出る意味があるのかしら」

「あら、妹はもうメイジだけど戦いの時はチョコチョコ動き回っているわよ? メイジも体力やスタミナは重要なんだから」

「そうだったわね、妹さんって、あのチャビン魔法院院長と戦った・・・」

 そこまで言ってコニーは口をつぐんだ。戦いの内容は極秘事項のはずだが、どこからか漏れて世間に広まっている。

 闇魔女イグナ・サヴェリフェ。樹族がタブーとする闇魔法の使い手。魔法使いとしての経験の浅さでチャビンには敵わなかったが、それでも強力な魔法を駆使するメイジである事には変わりない。

「私は体育の授業好きよぉ。体を動かすと気分がいいじゃない? 貴方とは逆に、私は聖騎士を目指しているから魔法の授業が退屈なのよねぇ」

「凄いよね、聖騎士を目指すなんて。色んな職業育成に対応しているこの学校でも、まだ聖騎士は輩出していないわ。一応三年生から専門授業があるけど」

「今のうちに学んでおかないと。正式な聖騎士になると師匠を持っちゃ駄目だから。孤独の中で神と対話して成長するのが聖騎士なんだってぇ」

「師匠を持てないなんて大変よね。優秀な人を盗み見て覚えるくらいしか出来ないじゃない? 信仰する神様は決めているの?」

「ええ、星のオーガよ」

 星のオーガと聞いて、コニーは長い緑色の睫毛をパチクリとさせて驚く。

「えっ? それってオーガの始祖神じゃない! 地走り族なら運命の神カオジフを信仰するものなんじゃないの?」

「だって運命の神って神話にも滅多に出てこないし、出てきても傍観しているだけじゃない? だったら登場回数の多い星のオーガの方が本当に存在していそうだし、ご利益ありそうだもの」

「罰当たりねぇ・・・。でもどんな神様も神様だもんね。いいんじゃない?」

 話に一区切りついたところで、コニーとフランが着替え室から出ようとすると、後ろからメガネをした地走り族の女子が走り寄ってくる。如何にも委員長といった見た目だ。

「フランさんは体育委員でしたわよね? ボールの準備お願いね。体育倉庫の鍵を渡しておきます」

「はぁ~い」

 フランは鍵を受け取ると体育倉庫に向かおうとした。それをコニーが呼び止める。

「手伝うわよ?」

「ううん、ボールの入ったカゴを出すだけだし、浮遊板の台車に乗っているから一人でも平気よ。先に行ってて」

「そう? 解ったわ」

 コニーに手を振って、フランは大きな校庭の片隅にある体育倉庫へと向かった。





「あった。これね」

 薄暗い体育倉庫の真ん中に浮く台車の上に、ボールの入った円筒形のカゴをフランは見つけた。

 台車に手を伸ばそうとした時、闇の中から白い手が伸びてきてフランの腕を掴んだ。

「キャッ!」

 驚きはするも咄嗟に【光】を唱えて、暗い体育倉庫内を照らす。

 光で照らしたにも拘らず、何者かの本体は暗い。

「ねぇ君。今朝、いやらしい夢を見なかったかい?」

「誰?」

「僕? 僕はインキュバスさ。名前はあるけど言わないよ。言えば君に従う事になるからね」

 闇から現れたのは腰まで伸びるピンク色の髪をした裸の地走り族の男だった。

 地走り族にしては高身長であるフランと同じく百六十センチほどの背丈があり、樹族が好みそうな中性的な美少年の顔を、髪の間から覗かせていた。

 フランは彼の下半身を見た。

 下心はなく、単純に隠されているかどうか確認するためだ。下半身は辛うじて腰布で隠されている。変なものをブラブラされては落ち着かないし、誰かに見つかった時に誤解される可能性もある。

「僕の下半身に興味があるのかい?」

「いいえ。そこ退いてくださる? 私、ボールを持っていかなければならないの」

「僕のボールを持っていってくれよ。ハハハ!」

「嫌よ。退いて」

「ふん、可愛くないやつだ」

 インキュバスは髪を手櫛で掻き揚げ不愉快な顔をする。

 その時、入り口で誰かの気配がした。

「ねぇ、フラン。どうしたの? 大変なら手伝うわよ?」

 コニーだ。

「来ちゃ駄目よ! 変な悪魔がいるの! 先生を呼んできて!」

「え?」

 コニーが確認のために体育倉庫の中を見ると、インキュバスの目が光った。

「さぁおいで、樹族のお嬢さん! ククク!」

 あっという間に魅了されたコニーは、フラフラと悪魔に近づいていく。

 それを阻止せんとフランは祈りで彼女を回復した。

「はっ! 私・・・」

 コニーが我に返ったのもつかの間、再びインキュバスが彼女を魅了してしまった。

「ほら! やっぱり僕の魅力は通用する。だが、君にだけには効かない! それが腹立たしいのさ! 君に今朝いやらしい夢を見させたのも僕だよ。魅了しやすいように下地を作ろうと思ってね。それでも君は跳ね返してしまった」

 常に周囲に魅了効果を放つインキュバスの前で、コニーを回復させてもイタチごっこだ。

 インキュバスはコニーを抱き寄せて、愛おしげに髪を撫でている。

「止めなさい!」

「ちにゃ!」

 フランのパンチがインキュバスの顔にめり込む。

 聖騎士を目指すだけあって、フランの力強いパンチに、インキュバスは顔を後ろに仰け反らして悲鳴を上げた。

 両の拳を顔の前でボクシングのように構えた聖騎士見習いの目は据わっている。

「私だって格闘術くらい使えるわよ。ヒジリに教えてもらったんだから!」

 フランは素早く動いて、痛みで動きを止めるインキュバスの腕を後ろにねじ上げた。

「コニーを魅了から解放しないと、腕をへし折るわよ!」

「ぐぐぐ、くそ! 思いの外力が強い・・・。いたたた!」

 抗おうとしたインキュバスだったが、抵抗すればするほどフランは力をかけてくる。

「コ、コニー!服を脱げ!」

「はい・・・」

 コニーは素直に体操着を脱ぎだした。シャツをたくし上げ下着が露わになる。

「ちょっと!」

「ハハハ! イタタ! ほら! 早く僕を痛めつけるのを止めないと、コニーが裸で運動場を駆けていく事になるよ?」

「卑怯者!」

「悪魔にとっちゃそれは褒め言葉だね!」

 痛みから解放されたインキュバスは、腕を擦ってコニーの肩を抱いた。

「どうやら君はこのお友達を助けたいようだね? だったら一つ条件があるよ?」

「・・・なに?」

「君が僕に抱かれるのさ。その体を贄にしてくれれば、僕はさっさと魔界に帰るよ。ここは思春期の男女の欲望が渦巻いていて居心地良いんだけどね」

「そんなの! 選択肢なんて・・・、ないじゃない」

「でも僕は悪魔だ。一応契約はしておかないとね。それにしても君は眩しい。きっとカルマが高いのだろう。高いカルマは光のように輝いて、薄汚い羽虫どもを呼び寄せる。僕のような悪魔も。ククク!」

「本当にコニーを解放してくれるの?」

「勿論だ! どんな悪魔でも契約だけは絶対に守る」

 フランは体操着の裾をぎゅっと持って自分の無力さに悔し涙を流した。

 このままコニーを見捨てて皆に知らせに行くことも出来る。でもそれは絶対に出来ない。行ったが最後、彼女はズタズタにされて殺されるだろう。

「やだ・・・。ヒジリ・・・。私怖い・・・。助けてぇ・・・ヒジリ!」
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