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リツ・フーリー
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城と呼ぶには小さく、館と言うには大きい。
リツ・フーリーがピンクの城を見た第一印象はそんなものだった。
(一国の王が、何故こんな小さな城に住んでいるのかしら? 召使は? あの地走り族がそうなの?)
城のロビーで樹族国への報告書を書くタスネを見て、リツはそう思った。彼女は時々眉間に皺を寄せ、天井を見つめてから、舌を少し出し、ペンで頭を書く。
その仕草はどう見ても品がない。
リツは勧められるまま客間のソファに座ると、突然目の前の背の低いテーブルに紅茶が具現化した。
(まぁ【食料創造】の魔法。初めて見ましたわ)
ウメボシが出す紅茶を魔法だと思って驚いているリツに対し、ヒジリは心の端で満足し、ソファに座った。
そして考える。なぜ帝国で一番有名な騎士団長がやって来たのか。それも一人で。
その答えが目の前にあるのだから考えを急くまいと自分に言い聞かせ、ヒジリは然程重要ではない話から始める事にした。
「国境のホログラム・・・、ゲホン。幻影達の入国手続の対応はどうでしたかな?」
「とても丁寧な対応で好感が持てました。書類さえ整っていれば誰でも入国出が来るなんて合理的ですね。しかし、あれではスパイも入り放題な気がしますが・・・」
「私もそこまで間抜けでは無い。ちゃんと対策は考えている。というか、スパイをグランデモニウムに差し向ける立場の者がそれを言うのかね?」
「工作員は帝国だけばかりとは言えませんが。商業スパイや産業スパイもいます。ここ数週間で鉱物資源の採掘量が大幅にアップしたと、帝国の商業ギルドでも噂になっておりました。今グランデモニウム王国と取引すれば、鉱物が安く買える、と我が国の商人たちが色めきだっております」
ヒジリはそれを聞いて、もう一段満足そうな顔をする。他国に噂が流れるほど、宣伝成果が増すという事なのだから。
(よし!)
グランデモニウム王国の鉱山の半分を所有するドワイト・ステインフォージに協力をしたのは正解だった。噂のお陰でここ数日の取引量は倍増しているのだ。
残りの小規模な鉱山所有者達も、王である自分がステインフォージの後ろ盾になったことで、どんどんと鉱山ギルドに加入している。
「まぁ、あれらをスパイが見たところで、真似をするのは無理だがな・・・」
あれらとは――――、労働者用簡易型パワードスーツ、ナノマシンによる硬い岩盤層の粉砕、ストレスのない環境づくりのためのエアコンや弁当いらずの食料デュプリケーター。
オートメーション化も出来るが、ヒジリは敢えてそうせず雇用作りの為に、大昔の技術で皆に作業をさせている。
「自信家なのですね」
少し棘のあるリツの言葉に、ウメボシの目が険しくなる。
「マスターは、その自信に見合うだけの実力があります」
「あら、ごめんなさい。貴方の主様を腐すつもりはありませんでしたのよ? 私はこの国の詳しい実情を知りませんから・・・。私自身も皇帝陛下の人選の意図が掴めませんの。一応グランデモニウム王国の様子を窺ってこい、という使命は承りましたが、私自身、外交向きではありませんし」
「貴方は正直な方ですね。なんと堂々としたスパイでしょうか。外交に向いてない使者を送るなんてヴャーンズ皇帝は、マスターを舐めているとしか思えません! プンスカ!」
怒るイービルアイを見て、リツは口に手を当てて微笑む。
「ところが、その逆ですの。皇帝陛下は従兄弟のロロム様からヒジリ国王陛下の凄さを毎日聞かされていますから、ヒジリ国王陛下のことが欲しくて仕方がないようです」
そう言われてウメボシは益々怒る。
「キーッ! そんな無礼な話がありますか! マスターを欲しがるというのはつまり、グランデモニウム王国を明け渡せと言う事でしょう! 馬鹿にしないでください!」
「いいえ、グランデモニウム王国はどうでも良いと仰ってましたわよ? ヒジリ様ご本人が配下として欲しいと」
ヒジリはハハッと笑ってから紅茶を一口飲んだ。
「それはきけない話だな。寧ろ、私を手元に置くよりも、この国の王でいさせる方が、帝国にとっても利益になると思うのだが? 鉱物資源、薬品、嗜好品、コンテンツ産業等など金になる話は帝国も嫌いではなかろう? それに戦争となれば、私は真っ先に皇帝陛下に決闘を申し込む。確か帝国には決闘をした場合、勝者に従う法があったはずだ」
「勿論決闘法はありますわ。でも陛下に決闘で勝てた者はおりません。ヴャーンズ皇帝陛下は、メイジとしてずば抜けた才能がありますから。それにしても常に隣国に脅かされてきたこの小国が、帝国と活発に商取引をするようになるとは、驚きですね。狂王はどんな者でも狂わせます。その能力ゆえ、陛下も手出しは出来ませんでした。帝国が攻めあぐねている間に、狂王はこの国を発展させる事ができました・・・。しかし、彼は内政に無頓着でした。今は幾らかマシですが、貴族制度を廃止して混沌とするこの国が、帝国の脅威から身を守るのは不可能かと」
「無礼!」
ウメボシの目が赤く光りだした。
「どうした、ウメボシ。何故そんなに怒る? 彼女の言う通りだろう。私が来るまではこの国に目立ったものはあまりなかった。多くの貧民と一部の富裕層がいて、産業と言えば傭兵業と鉱物資源、後はナンベルが手広くやっている商店や銀行くらいか。貴族制度は私の性には合わないので廃止した。ゆえに元貴族達が非協力的なのも事実だ。我が主タスネが、国境沿いに魅了した魔物を配置していないと、全てが砦の戦士ギルド任せになってしまう。それでは砦の戦士ギルドの負担が大きすぎる」
ヒジリがリツを肯定するような事を言えば言うほど、ウメボシにインプットされた二十一世紀の女性の人格が、この正直過ぎる帝国騎士を気に入らないと言っている。
当たり前だがウメボシにも虫の好く相手と、そうでない相手がいる。ヒジリを王とも思っていない彼女の無礼な態度に対し、ウメボシは堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
わなわなと震えるウメボシをヒジリは引き寄せ、胸の中に抱くと、優しく撫でて彼女の気分を落ち着かせる。
「落ち着け、ウメボシ。君らしくもない」
「でもぉ・・・。マスタ~・・・。同じフーリー一族なのにセイバーはあんなに優しい人だったじゃないですか・・・。この人はどうも好きになれません・・・」
甘えた声で困り顔をするウメボシを、ヒジリは更に撫でた。
「まぁ、人それぞれという事だ。それからセイバーの話はするな」
「(セイバー? うちの病弱な末弟と知り合いなのかしら? まさか・・・。セイバーまだ子供ですし)どうやら私はヒジリ陛下の使い魔には好かれていないようですね。私は皇帝陛下から一ヶ月の滞在を命じられております。許可を貰えるでしょうか? ヒジリ閣下」
「構わんよ。君は裏庭にある、オーガ専用のヒジリーハウスに寝泊まりするがいい」
ウメボシがびっくりして跳ね上がり、ヒジリの顎にぶつかる。
「なんてこと! ではマスターは彼女と同じ屋根の下で寝泊まりすると言うのですか!」
「同じ屋根の下と言っても部屋で区切られているだろう。それにあそこにはヘカティニスも寝泊まりしている」
「そういえば! 最近ヘカティニス様は妙に機嫌が良いですし、腰の張りや肌の色艶が・・・。まさかウメボシが居ない間に! 二人で何か変なことをやっているんじゃないでしょうね! マスター!」
嫉妬やら何やらで暴走し始めたウメボシにヒジリは困った顔をする。
「そんな話を客の前でするな! 罰としてヘカティニスと一緒に砦の戦士の治療にでも行ってきたまえ! ウメボシ!」
「わぁーー! マスターはウメボシの質問に答えていません! 怪しい! マスターの馬鹿ぁー!」
ウメボシは泣きながら窓を開けて、城の外へと飛び出していった。
「全く、ウメボシめ・・・。すまないな、恥ずかしいところを見せてしまった。部屋まで案内しよう」
「まぁ! 王自ら? 恐れ多い事ですわ」
棒読みの声でリツはそう言うと、立ち上がってヒジリの後についていった。
不思議な素材の建物を見て、リツは興味深そうに観察する。
「ミスリル銀・・・? いいえ違いますわね」
叩くと軽い音がして、台風が来ればあっという間に飛んでいきそうな安っぽさがある。しかし強めに叩いてもびくともしない。
「素材に興味あるのかね? それは無重力下で作られる合成素材でできた・・・。おっとすまない。中に入ろう」
ヒジリはいつもの悪い癖が出てしまい、この星の住民にも地球にいる時のような解説をしてしまった事を恥じる。
(無重力下? 無重力下で錬金か何かをすると、ミスリル銀に似た素材が出来るのかしら?)
眼力のある大きい吊り目を壁に近づけてよく観察した後、リツはヒジリーハウスへと入っていった。
自動で扉がスライドして開いた事にリツは驚く。
(扉の開け閉めの為だけにマナを使っているのでしょうか? それと召使いインプが裏側に・・・?)
リツは部屋に入ると、ドアがスライドして収まる場所に透明なインプがいないかを調べた。
しかしそこには何もおらず、きっとドアはノームの仕掛けのようなものなのだ、と自分に言い聞かせる。もしインプなら寝首を掻かれる可能性があるからだ。
が、このオーガメイジの王の性格は、先程の黒竜の戦いでいくらか解っている。
黒竜を説得し、死んだ平民の子をコスト度外視で生き返らせるお人好しだ。なので寝首を掻かれるという事はないとは思うが、それでもここは敵国であり油断は出来ない。
ヒジリは急にメガネを掛けて部屋の中をキョロキョロ見だしたリツに少々萌える。今の地球にメガネを掛ける者はいない。漫画やアニメの中の存在だと思っていたメガネっ娘が、目の前にいるのだ。
「(私はメガネっ娘フェチだったのか。知らなかった・・・)隣はヘカティニスの部屋になる。彼女との面識は?」
「ありません。私はまだ団長になったばかりなのですが、前任者である父はヘカティニスや砦の戦士達にいつも困らされておりました」
「まぁ彼女たちは誰に頼まれるわけでもなく、自発的に国を守っていただけなんだがな。狂王は内政にあまり興味がなかったようで、検問所はある程度守らせていたそうだが、君たちが侵入してきた洞窟ルートには気が付かなかったようだね」
「国境付近にある洞窟の周りは、迷いの雪原や迷いの森がありますからね。あまり守る意味は無い気もしますわ。それでも放置していれば、我々鉄騎士団が占拠していたでしょう」
「だが砦の戦士達もあそこを守る必要はもうない。次に帝国が侵攻してくる時はこれまでのような偵察隊ではなく真正面から堂々と攻めて来るだろうからな。滞在中はヘカティニスと仲良くやってくれたまえよ」
「ヘカティニス――――、死の竜巻。権力者とはドライな関係しか築かない彼女をよく飼い馴らしましたわね。鉄騎士団も、彼女を何度もスカウトしようと試みましたが、密使は尽く怪我をさせられて帰ってきましたのに」
「それだけ郷土愛が強いという事だ。・・・さぁ君も長時間馬車に揺られて疲れただろう。今日はゆっくりと休みたまえ。夕食はウメボシに・・・。むぅ・・・あのむくれ具合では作ってくれなさそうだな。仕方あるまい、私が作ろう。楽しみにしていてくれたまえ」
そう言うとヒジリは部屋から出ていった。
ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜き、リツは部屋をもう一度見渡した。
エリートオーガでも余裕で寝転べる大きなベッドに、リツは違和感を覚える。
畳ベッドに布団が敷いてあるのだが、帝国においてはそのようなものが無いので珍しいのだ。
「何かしらこのベッド。硬い草で編まれた床の上にフカフカのマット・・・」
その時、ふっくらと盛り上がっていた掛け布団がゴソゴソと動いた。
「これね、フトンって言うんだよ。ヒジリが言ってた!」
布団の中から、立派なドラゴンの角のような三つ編みをした地走り族の子供が、急に顔を出したのでリツは驚いた。
「キャッ! えっと、貴方はここの召使いの子供かしら?」
「召使い・・・? ううん、一緒に住んでいるだけだよ?」
「(この子からある程度、ヒジリ王の情報が聞けるかもしれない。いいチャンスですわ)そう・・・。良ければヒジリ王のお話聞かせてくださいな」
「いいぞ! あのねー、ヒジリはねぇー。何か凄い!」
「どう凄いのかしら?」
地走り族の子供の喋り方はもどかしい。ハキハキと喋るエリート達の中で育ったリツにとって、これは拷問である。
コロネは考えよりも先に体が動くタイプなので、考えをまとめてから喋るのが苦手なのだ。
「吸魔鬼を倒したりね~、エルダーリッチを追い返したり。あ! そうだ! スイーツ魔法国の千年戦争をあっさり終わらせたってお姉ちゃん達が言ってた!」
リツにとってどれもが荒唐無稽な話だ。
最初のツッコミどころが吸魔鬼。吸魔鬼の触手に捕まれば、こちらの負けが確定する。幾らエリートオーガの魔法防御力が高いといっても、時間を掛けて能力やマナを吸われてしまうからだ。
光魔法を持たない闇側にとっては、攻撃をしても中程度のダメージなら簡単に回復してしまう吸魔鬼は、とても厄介な存在だ。倒そうとすれば国に存在する全ての騎士団が必要となる。
が、何故か吸魔鬼が闇側で暴れたという記録はない。
エルダーリッチの話も正直眉唾に思える。あの骸のような見た目のメイジを追い返そうとすれば、伝説級のアイテムが必要になる。
スイーツ魔法国の千年戦争終結宣言は確かに聞いたが、それがヒジリ王のお陰かどうか、まだ帝国には情報が入っていない。
「(やはり子供。情報はあてにならないわ)ヒジリ王はどこの国の出身か知っている? どうもこの国の人じゃない気がするの」
コロネは布団に飽きたのか、畳ベッドから降りると部屋の入口まで走った。
「知ってるよ! 星の国だよ!」
そう言って部屋から出ていった地走り族の子供に、リツは思わず噴き出した。
「ウフフフ! 地走り族って皆あんなにひょうきんなのかしら? だとしたらヒジリ王は神様ではありませんか。面白い冗談を言いますわ!」
リツは笑いの余韻を残しつつ、大きなリュックを下ろすと鎧を脱いで鎧掛けにきっちりとかけていく。何度も鎧が正しい位置になるようにチェックした後に、リュックサックから帝国の制服と普段着を出して、どちらに着替えるべきか迷った。
結局ナイトローブに着替えて、恐る恐る布団に入り込む。
「はぁ・・・。このフトンとかいう寝具は暖かいし落ち着きますわ。夕飯の時間にまた制服に着替えればいいか・・・」
フワフワの羽毛に包まれているような暖かさが眠気を誘う。
「ヒジリ王が神・・・。神にしては庶民的過ぎますわ。でもあのゴブリンの子供をどうやって生き返らせたのでしょうか? 能力で? そうかもしれませんわね。ヴャーンズ皇帝陛下も能力持ちと言われていますけれど、能力持ちは自分の能力の正体を隠したがりますものね・・・。ふぁ」
旅の疲れや慣れない場所に一人でやって来た緊張が解けたリツは、深い眠りに落ちていった。
リツ・フーリーがピンクの城を見た第一印象はそんなものだった。
(一国の王が、何故こんな小さな城に住んでいるのかしら? 召使は? あの地走り族がそうなの?)
城のロビーで樹族国への報告書を書くタスネを見て、リツはそう思った。彼女は時々眉間に皺を寄せ、天井を見つめてから、舌を少し出し、ペンで頭を書く。
その仕草はどう見ても品がない。
リツは勧められるまま客間のソファに座ると、突然目の前の背の低いテーブルに紅茶が具現化した。
(まぁ【食料創造】の魔法。初めて見ましたわ)
ウメボシが出す紅茶を魔法だと思って驚いているリツに対し、ヒジリは心の端で満足し、ソファに座った。
そして考える。なぜ帝国で一番有名な騎士団長がやって来たのか。それも一人で。
その答えが目の前にあるのだから考えを急くまいと自分に言い聞かせ、ヒジリは然程重要ではない話から始める事にした。
「国境のホログラム・・・、ゲホン。幻影達の入国手続の対応はどうでしたかな?」
「とても丁寧な対応で好感が持てました。書類さえ整っていれば誰でも入国出が来るなんて合理的ですね。しかし、あれではスパイも入り放題な気がしますが・・・」
「私もそこまで間抜けでは無い。ちゃんと対策は考えている。というか、スパイをグランデモニウムに差し向ける立場の者がそれを言うのかね?」
「工作員は帝国だけばかりとは言えませんが。商業スパイや産業スパイもいます。ここ数週間で鉱物資源の採掘量が大幅にアップしたと、帝国の商業ギルドでも噂になっておりました。今グランデモニウム王国と取引すれば、鉱物が安く買える、と我が国の商人たちが色めきだっております」
ヒジリはそれを聞いて、もう一段満足そうな顔をする。他国に噂が流れるほど、宣伝成果が増すという事なのだから。
(よし!)
グランデモニウム王国の鉱山の半分を所有するドワイト・ステインフォージに協力をしたのは正解だった。噂のお陰でここ数日の取引量は倍増しているのだ。
残りの小規模な鉱山所有者達も、王である自分がステインフォージの後ろ盾になったことで、どんどんと鉱山ギルドに加入している。
「まぁ、あれらをスパイが見たところで、真似をするのは無理だがな・・・」
あれらとは――――、労働者用簡易型パワードスーツ、ナノマシンによる硬い岩盤層の粉砕、ストレスのない環境づくりのためのエアコンや弁当いらずの食料デュプリケーター。
オートメーション化も出来るが、ヒジリは敢えてそうせず雇用作りの為に、大昔の技術で皆に作業をさせている。
「自信家なのですね」
少し棘のあるリツの言葉に、ウメボシの目が険しくなる。
「マスターは、その自信に見合うだけの実力があります」
「あら、ごめんなさい。貴方の主様を腐すつもりはありませんでしたのよ? 私はこの国の詳しい実情を知りませんから・・・。私自身も皇帝陛下の人選の意図が掴めませんの。一応グランデモニウム王国の様子を窺ってこい、という使命は承りましたが、私自身、外交向きではありませんし」
「貴方は正直な方ですね。なんと堂々としたスパイでしょうか。外交に向いてない使者を送るなんてヴャーンズ皇帝は、マスターを舐めているとしか思えません! プンスカ!」
怒るイービルアイを見て、リツは口に手を当てて微笑む。
「ところが、その逆ですの。皇帝陛下は従兄弟のロロム様からヒジリ国王陛下の凄さを毎日聞かされていますから、ヒジリ国王陛下のことが欲しくて仕方がないようです」
そう言われてウメボシは益々怒る。
「キーッ! そんな無礼な話がありますか! マスターを欲しがるというのはつまり、グランデモニウム王国を明け渡せと言う事でしょう! 馬鹿にしないでください!」
「いいえ、グランデモニウム王国はどうでも良いと仰ってましたわよ? ヒジリ様ご本人が配下として欲しいと」
ヒジリはハハッと笑ってから紅茶を一口飲んだ。
「それはきけない話だな。寧ろ、私を手元に置くよりも、この国の王でいさせる方が、帝国にとっても利益になると思うのだが? 鉱物資源、薬品、嗜好品、コンテンツ産業等など金になる話は帝国も嫌いではなかろう? それに戦争となれば、私は真っ先に皇帝陛下に決闘を申し込む。確か帝国には決闘をした場合、勝者に従う法があったはずだ」
「勿論決闘法はありますわ。でも陛下に決闘で勝てた者はおりません。ヴャーンズ皇帝陛下は、メイジとしてずば抜けた才能がありますから。それにしても常に隣国に脅かされてきたこの小国が、帝国と活発に商取引をするようになるとは、驚きですね。狂王はどんな者でも狂わせます。その能力ゆえ、陛下も手出しは出来ませんでした。帝国が攻めあぐねている間に、狂王はこの国を発展させる事ができました・・・。しかし、彼は内政に無頓着でした。今は幾らかマシですが、貴族制度を廃止して混沌とするこの国が、帝国の脅威から身を守るのは不可能かと」
「無礼!」
ウメボシの目が赤く光りだした。
「どうした、ウメボシ。何故そんなに怒る? 彼女の言う通りだろう。私が来るまではこの国に目立ったものはあまりなかった。多くの貧民と一部の富裕層がいて、産業と言えば傭兵業と鉱物資源、後はナンベルが手広くやっている商店や銀行くらいか。貴族制度は私の性には合わないので廃止した。ゆえに元貴族達が非協力的なのも事実だ。我が主タスネが、国境沿いに魅了した魔物を配置していないと、全てが砦の戦士ギルド任せになってしまう。それでは砦の戦士ギルドの負担が大きすぎる」
ヒジリがリツを肯定するような事を言えば言うほど、ウメボシにインプットされた二十一世紀の女性の人格が、この正直過ぎる帝国騎士を気に入らないと言っている。
当たり前だがウメボシにも虫の好く相手と、そうでない相手がいる。ヒジリを王とも思っていない彼女の無礼な態度に対し、ウメボシは堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
わなわなと震えるウメボシをヒジリは引き寄せ、胸の中に抱くと、優しく撫でて彼女の気分を落ち着かせる。
「落ち着け、ウメボシ。君らしくもない」
「でもぉ・・・。マスタ~・・・。同じフーリー一族なのにセイバーはあんなに優しい人だったじゃないですか・・・。この人はどうも好きになれません・・・」
甘えた声で困り顔をするウメボシを、ヒジリは更に撫でた。
「まぁ、人それぞれという事だ。それからセイバーの話はするな」
「(セイバー? うちの病弱な末弟と知り合いなのかしら? まさか・・・。セイバーまだ子供ですし)どうやら私はヒジリ陛下の使い魔には好かれていないようですね。私は皇帝陛下から一ヶ月の滞在を命じられております。許可を貰えるでしょうか? ヒジリ閣下」
「構わんよ。君は裏庭にある、オーガ専用のヒジリーハウスに寝泊まりするがいい」
ウメボシがびっくりして跳ね上がり、ヒジリの顎にぶつかる。
「なんてこと! ではマスターは彼女と同じ屋根の下で寝泊まりすると言うのですか!」
「同じ屋根の下と言っても部屋で区切られているだろう。それにあそこにはヘカティニスも寝泊まりしている」
「そういえば! 最近ヘカティニス様は妙に機嫌が良いですし、腰の張りや肌の色艶が・・・。まさかウメボシが居ない間に! 二人で何か変なことをやっているんじゃないでしょうね! マスター!」
嫉妬やら何やらで暴走し始めたウメボシにヒジリは困った顔をする。
「そんな話を客の前でするな! 罰としてヘカティニスと一緒に砦の戦士の治療にでも行ってきたまえ! ウメボシ!」
「わぁーー! マスターはウメボシの質問に答えていません! 怪しい! マスターの馬鹿ぁー!」
ウメボシは泣きながら窓を開けて、城の外へと飛び出していった。
「全く、ウメボシめ・・・。すまないな、恥ずかしいところを見せてしまった。部屋まで案内しよう」
「まぁ! 王自ら? 恐れ多い事ですわ」
棒読みの声でリツはそう言うと、立ち上がってヒジリの後についていった。
不思議な素材の建物を見て、リツは興味深そうに観察する。
「ミスリル銀・・・? いいえ違いますわね」
叩くと軽い音がして、台風が来ればあっという間に飛んでいきそうな安っぽさがある。しかし強めに叩いてもびくともしない。
「素材に興味あるのかね? それは無重力下で作られる合成素材でできた・・・。おっとすまない。中に入ろう」
ヒジリはいつもの悪い癖が出てしまい、この星の住民にも地球にいる時のような解説をしてしまった事を恥じる。
(無重力下? 無重力下で錬金か何かをすると、ミスリル銀に似た素材が出来るのかしら?)
眼力のある大きい吊り目を壁に近づけてよく観察した後、リツはヒジリーハウスへと入っていった。
自動で扉がスライドして開いた事にリツは驚く。
(扉の開け閉めの為だけにマナを使っているのでしょうか? それと召使いインプが裏側に・・・?)
リツは部屋に入ると、ドアがスライドして収まる場所に透明なインプがいないかを調べた。
しかしそこには何もおらず、きっとドアはノームの仕掛けのようなものなのだ、と自分に言い聞かせる。もしインプなら寝首を掻かれる可能性があるからだ。
が、このオーガメイジの王の性格は、先程の黒竜の戦いでいくらか解っている。
黒竜を説得し、死んだ平民の子をコスト度外視で生き返らせるお人好しだ。なので寝首を掻かれるという事はないとは思うが、それでもここは敵国であり油断は出来ない。
ヒジリは急にメガネを掛けて部屋の中をキョロキョロ見だしたリツに少々萌える。今の地球にメガネを掛ける者はいない。漫画やアニメの中の存在だと思っていたメガネっ娘が、目の前にいるのだ。
「(私はメガネっ娘フェチだったのか。知らなかった・・・)隣はヘカティニスの部屋になる。彼女との面識は?」
「ありません。私はまだ団長になったばかりなのですが、前任者である父はヘカティニスや砦の戦士達にいつも困らされておりました」
「まぁ彼女たちは誰に頼まれるわけでもなく、自発的に国を守っていただけなんだがな。狂王は内政にあまり興味がなかったようで、検問所はある程度守らせていたそうだが、君たちが侵入してきた洞窟ルートには気が付かなかったようだね」
「国境付近にある洞窟の周りは、迷いの雪原や迷いの森がありますからね。あまり守る意味は無い気もしますわ。それでも放置していれば、我々鉄騎士団が占拠していたでしょう」
「だが砦の戦士達もあそこを守る必要はもうない。次に帝国が侵攻してくる時はこれまでのような偵察隊ではなく真正面から堂々と攻めて来るだろうからな。滞在中はヘカティニスと仲良くやってくれたまえよ」
「ヘカティニス――――、死の竜巻。権力者とはドライな関係しか築かない彼女をよく飼い馴らしましたわね。鉄騎士団も、彼女を何度もスカウトしようと試みましたが、密使は尽く怪我をさせられて帰ってきましたのに」
「それだけ郷土愛が強いという事だ。・・・さぁ君も長時間馬車に揺られて疲れただろう。今日はゆっくりと休みたまえ。夕食はウメボシに・・・。むぅ・・・あのむくれ具合では作ってくれなさそうだな。仕方あるまい、私が作ろう。楽しみにしていてくれたまえ」
そう言うとヒジリは部屋から出ていった。
ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜き、リツは部屋をもう一度見渡した。
エリートオーガでも余裕で寝転べる大きなベッドに、リツは違和感を覚える。
畳ベッドに布団が敷いてあるのだが、帝国においてはそのようなものが無いので珍しいのだ。
「何かしらこのベッド。硬い草で編まれた床の上にフカフカのマット・・・」
その時、ふっくらと盛り上がっていた掛け布団がゴソゴソと動いた。
「これね、フトンって言うんだよ。ヒジリが言ってた!」
布団の中から、立派なドラゴンの角のような三つ編みをした地走り族の子供が、急に顔を出したのでリツは驚いた。
「キャッ! えっと、貴方はここの召使いの子供かしら?」
「召使い・・・? ううん、一緒に住んでいるだけだよ?」
「(この子からある程度、ヒジリ王の情報が聞けるかもしれない。いいチャンスですわ)そう・・・。良ければヒジリ王のお話聞かせてくださいな」
「いいぞ! あのねー、ヒジリはねぇー。何か凄い!」
「どう凄いのかしら?」
地走り族の子供の喋り方はもどかしい。ハキハキと喋るエリート達の中で育ったリツにとって、これは拷問である。
コロネは考えよりも先に体が動くタイプなので、考えをまとめてから喋るのが苦手なのだ。
「吸魔鬼を倒したりね~、エルダーリッチを追い返したり。あ! そうだ! スイーツ魔法国の千年戦争をあっさり終わらせたってお姉ちゃん達が言ってた!」
リツにとってどれもが荒唐無稽な話だ。
最初のツッコミどころが吸魔鬼。吸魔鬼の触手に捕まれば、こちらの負けが確定する。幾らエリートオーガの魔法防御力が高いといっても、時間を掛けて能力やマナを吸われてしまうからだ。
光魔法を持たない闇側にとっては、攻撃をしても中程度のダメージなら簡単に回復してしまう吸魔鬼は、とても厄介な存在だ。倒そうとすれば国に存在する全ての騎士団が必要となる。
が、何故か吸魔鬼が闇側で暴れたという記録はない。
エルダーリッチの話も正直眉唾に思える。あの骸のような見た目のメイジを追い返そうとすれば、伝説級のアイテムが必要になる。
スイーツ魔法国の千年戦争終結宣言は確かに聞いたが、それがヒジリ王のお陰かどうか、まだ帝国には情報が入っていない。
「(やはり子供。情報はあてにならないわ)ヒジリ王はどこの国の出身か知っている? どうもこの国の人じゃない気がするの」
コロネは布団に飽きたのか、畳ベッドから降りると部屋の入口まで走った。
「知ってるよ! 星の国だよ!」
そう言って部屋から出ていった地走り族の子供に、リツは思わず噴き出した。
「ウフフフ! 地走り族って皆あんなにひょうきんなのかしら? だとしたらヒジリ王は神様ではありませんか。面白い冗談を言いますわ!」
リツは笑いの余韻を残しつつ、大きなリュックを下ろすと鎧を脱いで鎧掛けにきっちりとかけていく。何度も鎧が正しい位置になるようにチェックした後に、リュックサックから帝国の制服と普段着を出して、どちらに着替えるべきか迷った。
結局ナイトローブに着替えて、恐る恐る布団に入り込む。
「はぁ・・・。このフトンとかいう寝具は暖かいし落ち着きますわ。夕飯の時間にまた制服に着替えればいいか・・・」
フワフワの羽毛に包まれているような暖かさが眠気を誘う。
「ヒジリ王が神・・・。神にしては庶民的過ぎますわ。でもあのゴブリンの子供をどうやって生き返らせたのでしょうか? 能力で? そうかもしれませんわね。ヴャーンズ皇帝陛下も能力持ちと言われていますけれど、能力持ちは自分の能力の正体を隠したがりますものね・・・。ふぁ」
旅の疲れや慣れない場所に一人でやって来た緊張が解けたリツは、深い眠りに落ちていった。
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主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
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