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サカモト博士の宇宙日誌

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 宇宙日誌39171010

 退屈だ。

 船にホログラムデッキを取り付けなかった自分に腹が立つ。何もない方が思考が冴えるなどと、粋がるんじゃなかった。

 発見した粒子がサカモト粒子と命名された。地球からの連絡で知る。何故か然程嬉しくない。退屈すぎて感情が死んだようだ。私はデザインドではなくナチュラルなのに。もっと感情や情熱を燃やせ! ハイヤット・ダイクタ・坂本!


 宇宙日誌39171011

 あまりに退屈なので宇宙船備え付けの緊急用球体アンドロイドを改造し、スペックを大幅に上げた。というか装甲以外のパーツは自作である。ウィスプと名付ける。違法な改造だが地球に帰ってから許可を貰おう。


 宇宙日誌39171012

 窓の外を通過する超高密度のサカモト粒子の渦を発見した。どういった経緯でこのような形態を取るのかは判らない。もう少し詳しく調べなければ。


 宇宙日誌39171013

 サカモト粒子の灰色の渦の奥に白い渦が見える。サカモト粒子渦の吸引力は弱いので、近づいて観察してみる事にする。

 エマージェンシー! フォトンエンジンが突如機能を失った。相棒のウィスプは怯えて右往左往している。

 渦はゆっくりと我々の船を分解している。不思議な事に空気が船外に漏れ出す事はない。

 船の先端にあるフォースフィールド発生装置はとっくに破壊されてしまっているのだが・・・。

 宇宙船の人工知能アリエスは何度も地球にエマージェンシーコールを送っているが反応はない。

 とうとう渦にやられてアリエスが死んだ。人工知能に対して死んだというのはおかしいかもしれないが、ウィスプを作るまでは、話す相手が彼しかいなかった。寂しい。私は彼に恋をしていたのかもしれない。本当は女性が好きなのだが。

 とてつもない虚無感が我が身に押し寄せる。
 
 愛しいアリエスを失い、眼前に迫る死に対し無力な自分を呪う。

 ウィスプがいなければ今頃自殺していただろう。どの道、渦に飲み込まれて死ぬだろうが・・・。

 というか、渦は私の鼻の先にある。渦に顔を突っ込んで白い渦の正体を確かめたかったが、確認する前に意識がなくなるだろう。願わくば過去に戻ってやり直したい。

 
 宇宙日誌39171014

 我々は地球によく似た惑星の、森の中で生きている。なぜ生きているのだろうか? 宇宙船もウィスプも壊れてはいない。粉々にされたはずだが、幻でも見ていたのだろうか?

 残念な事にアリエスはいない。不時着時に壊れたとかそういった類のものではない。データ自体が存在しないのだ・・・。

 フォトンエンジンも壊れてしまい、この何もない星では直せない。宇宙船やウィスプのデュプリケーターで作れる物にも限界がある。地球に救援信号を出し続けて助けを待つ他ないだろう。

 とりあえず手動で大気の成分を分析してみる。この星の大気成分は・・・・。




「ここまでか・・・」

 ヒジリは悔しそうに音声のみの宇宙日誌を聞き終えた。

 宇宙刑事ヒジリダーの撮影の後、自然公園を散策していたら、ウメボシが偶然にも記憶デバイスを発見したのだ。

「きっと映像もあったのでしょうが、データを復元できたのは音声のみです。申し訳ありません」

 ウメボシは主の役に立てなかった事を恥じて落ち込む。記憶デバイスはとてもレトロで、尚且マイナーなものだったので復元が難しかったのだ。博士が好んでマニアックな物を使ったと思われる。

「何、上出来さ。それにしても僥倖だな。まさか聖地作りのロケ地で、サカモト博士の日誌を見つけるとは・・・」

 地球にあるこの記憶デバイスのデータを調べたが大した情報はなく、音声だけでも聞けるようにしたウメボシをヒジリは誇らしく思った。落ち込む彼女を優しく撫でて頭にキスをする。

「この音声は何なのですか? ヒジリ陛下」

 ヒジリにべったりと寄り添うリツは時折うっとりした目でヒジリを見つめている。

 結婚してくれると約束してくれた恋人は何でも答えられそうなほど博学だ。リツはもう自分の立場や帝国なんかどうでも良いような気分になってきた。それもそのはず実は最初から一目惚れしていたからである。

「これはサカモト博士・・・、いやサカモト神の声だ」

 暖かいミルクティー入のマグカップをウメボシから受け取り、それで手を温めながらリツはもう一度聞き直した。

「なんとおっしゃいましたか? ヒジリ陛下」

「ヒジリでいい。サカモト神の声だと言ったのだ」

 サカモト神ですか・・・、とリツは頷いてから一口紅茶を啜り、遅れて「ンン~!?」と驚く。

「我らが始祖神様ではないですか! これが神話の遺物と何故解るのです?」

 ヒジリが持つ壊れた小さな破片を見て、リツは太い眉毛の眉根を寄せる。

「何故って、あんた。ヒジリがサカモトさんと同郷人だからでそ」

 帝国製ロングコートを羽織るマサヨシが、そんな事もわからないのかとリツを馬鹿にした。

 ヒジリが神である事の驚きで、リツの細い目は丸くなった。

「同郷人?! ということはヒジリ陛下は、星の国のオーガなのですか?!」

「まぁそういう事になるな。君たちが星の国と呼ぶ、地球からやって来た」

「そんな・・・! まさか・・・!」

 リツはにわかに信じられなかったが、ヒジリ王にまつわる噂や功績を考えればそれも納得がいく。大勢を一度に蘇生をしたり、討伐が難しい災害レベルの魔物も、倒したり退けたりしているからだ。

 暫く呆けるリツの頬を風が撫でる。自然公園内にある棘のように、突き刺すような寒風が。

 それでも彼女は現実に戻らなかった。

「リツさん? リツさんや?」

 マサヨシはいつも持ち歩いている鞘に入ったままのドラゴンキラーを、身長三メートルもあるリツの顔の前で振ってみた。すると彼女の意識が戻ってくる。

「では・・・。我ら帝国は、神の統治する国へ戦争を仕掛けようとしていると・・・」

「おい! それは極秘事項だし、戦争するもしないもあんたの報告次第って話だろ。あ~あ、リッちゃんが秘密を漏らしたから、きっとヴャーンズ皇帝陛下は大激怒ですぞ」

 うっかりと情報を漏らしたリツを、マサヨシは帝国人の立場で注意した。

「いや、マサヨシも結構な情報を漏らしているがね」

 ヒジリはこの男が帝国に士官していても驚かない。

 マサヨシは意外と頭が切れるし、洞察力もある。それに人の弱点を見抜いて、鋭くえぐるのが上手い。軍師などをやっていてもおかしくはないだろう。

 過去にオーガの酒場で、ずる賢い道化師軍師を将棋で出し抜いているマサヨシを見ているし、この鋭い切れ長の目は自分にある迷いも見抜いていた。

「ヒジリ氏は自分の意思で生きていない」とマサヨシに言われた時の事を思い出して苦い顔をする。

 地球のマザーコンピューターが設定した範囲の中で生きている地球人は、確かに偽りの生を永遠に繰り返しているようなものだ。マザーコンピューターからは何も知らされず、自分たちの生き方に疑問を持つ事も許されない。

 そう言えば、サカモト博士が消息を絶った一世紀前といえば、人類がマザーコンピューターに全てを託した世紀だ。

 人類は千年前にアンドロイドと戦争をしており、長らく人工知能に頼ることを止めていたが、人間に危害を加えない完全なる制御システムを発見したという事で、再び人工知能に頼るようになっていた。

 サカモト博士はアンドロイド戦争末期に生まれており、人類が人工知能に頼る事の怖さを知っている人物だ。マザーコンピューターの支配を危惧して、新たな移民星を探していたのではなかろうか?

 事実、地球のナチュラルは存在はするとは言われているが、実際に見た者の話は聞かない。彼らの中には、ヴィラン遺伝子を持つ者もいるので、隔離でもされているのだろう。もしくは・・・。

(存在しない)

 サカモト博士が新たなる植民星の発見に旅立ったとしたら納得は行く。

 自費でテラフォーミングした者は地球政府から監視はされるが、その監視は緩く、管理もしっかりとは行き届かない。彼は地球政府の手が届かない場所で、自分の生き様を見出そうとしたのかもしれない。

 その彼らを棄民と陰口を叩く地球人もいる、が、マザーコンピューターの存在や地球政府を嫌う、であるナチュラルにとっては、天国のような場所である。

 会話の途中で三十秒ほど思考が脱線し、マサヨシを放置している事に気がついたヒジリは慌てて会話に戻る。

「君が帝国に所属するということは、私にとってプラスになると見ていいのかな?」

「というか、帝国と穏便に付き合いたいのであれば、俺のようなパイプ役は必要でそ。なんせ俺はロロムさんとマブダチだし、帝国でもいいポジションにいさせて貰っていますから。オフフッ!」

「まさかとは思うが、君は我が国の事を考えて?」

「ハハッ。よせやい。それを口にしたら、ヒジリ氏に大きな貸しを作るみたいで、かっこ悪いでそ」

 昭和のアニメのように鼻の下を擦るマサヨシをヒジリは抱きしめた。マサヨシはキュンと胸が鳴って顔を赤らめる。

「君はなんて良い奴なんだ! それなのに私は君を豚人と呼んだり、出来損ないのオークと呼んだり、太ったス○ーピーと呼んだりしていた!」

「おい! 酷いな! 言い過ぎでそ、それ・・・! 取り消せよ! ハゲと言ったことを取り消せよ!」

「ハゲとは一言も言っていないが」

 マサヨシはヒジリの抱擁から逃れると、乱れた黒髪を手ぐしで整えた。

「道化師のオッサンと将棋してて思ったんだけんど、自分は将棋の歩兵みたいになれればいいかなと。俺って適性職業がメイジ最弱の召喚士でそ? サブは正面切って戦うには弱いスカウトだから、異世界モノの主人公みたいに、あれ? 俺なにかやっちゃいました? みたいなすっとぼけた顔をして凄い事が出来ないわけ。だからロロムのオッサンとのコネを最大限利用して、帝国内において強い”と金”に裏返ろうと思ったわけですわ」

 足が怠くなったのか、マサヨシは木の切り株に座り、ウメボシにコーヒーを貰って一口飲んだ。

「流石にロロムのオッサンに恩義もあるから、ヒジリ氏のスパイになる事は出来ないけれど、平和的な関係を築けるようなパイプ役になろうと思ってさ。帝国じゃ、皇帝顧問の一人にしてもらましたから。これがまたいい条件でしてね。好きなように動いて、自分のタイミングで皇帝に進言してもいいってんだから、母親に偉そうに指図する上級ニートみたいなもんですわ」

「いや、全然違うだろう・・・。最終的な決定権はその母親である、ヴャーンズ皇帝にあるのだから。君は皇帝の政策上の問題点を指摘したり、元老院からの法案に目を通し、皇帝に進言したりと忙しいはずだ」

「その辺はロロムのオッサンがやるそうです。俺は独自の視点でここぞ、と言う時に助言してあげればいいらしいのですっす。だからいつものようにふらっと、グランデモニウムにやって来る事も可能」

「心が広いな、ロロム殿もヴャーンズ皇帝も」

 ヒジリは以前、ツィガル城の玉座の間で対面したヴャーンズを思い出す。少し曲がった背中、半円形の鋭い目にゴブリン特有の長い鼻、白髪の禿頭。

 短い謁見だったが、印象としてはとても彼が大物には見えず、いつも何かに怯えていたように思う。

(よく他人を見た目で判断するなと言っておきながら、自分はあの時、皇帝を見た目で判断していたのではないか? 反省しなくてはな。それに事前に彼の悪い噂を聞き過ぎた。敵には残酷で容赦がないという話ばかりをな。ああ見えて内政に優れているし、もしかしたら傘下国や同盟を結んだ国には優しいのかもしれない。常に怯えて見えるのも家族を暗殺者に殺された時のトラウマのせいだろう)

 また会話の途中で考え事を始めたヒジリをマサヨシは気にせず、コーヒーが冷める前に飲み干して会話を続けた。

「まぁ心の根っこの部分を言うとさ、別世界の地球人とはいえ、同じ地球人のヒジリ氏ばかりが、いい格好しているのは腹立ちますねん。オフフ」

 本音を嬉しそうに晒す元豚男が、自分の知らぬ間に自分より上の地位にいる事にリツは脱力した。

「そんな・・・。いやらしい目で女団員達を見ていた豚男が、皇帝顧問だなんて・・・」

「え? 俺ってそんなエロい目をしていましたかな? どちらかと言うと地走り族のが好みなんでつが」

 マサヨシはねっとりとした視線をフランやイグナに向けた。二人は直ぐ様ヒジリの後ろに隠れる。ヒジリは少し眉根を寄せてマサヨシを睨んだ。

「今のいやらしい視線をシルビィが見たら、逮捕だぁ~! と言って君を拘束しているところだぞ。確かに彼女たちはありえないほどグラマーだが、まだ十代前半だ」

 タスネ、フラン、イグナは他の地走り族に比べて体のメリハリが有りすぎる。

「だってぇ。そのピンクのスカートの下にある絶対領域とか・・・。たまらんでそ。ムッチムチしてるではないでつか」

「そんなに絶対領域が好きなら自分でニーソックスを履けばいいだろう。ウメボシ、彼にスカートとニーソックスを」

「畏まりました」

 マサヨシの体から帝国の制服が消え、上半身裸にピンクのスカートと黒いニーソックスだけの姿になった。

「おわぁぁ! やだぁこれ! とっても恥ずかしい! っていうか何で上半身裸にしたんでつか! 寒いって!」

「マサヨシ様は痩せてイケメンになりましたから、美しい肉体を見せたほうが良いかと」

「ちょ! イグナちゃん! 何で魔法水晶で俺を映しているの! 全国に恥ずかしい姿が流れるでしょうが!」

 イグナはジト目のまま黙って、撮影用魔法水晶でマサヨシをあらゆる角度から撮影している。

 マサヨシは必死にそれを止めようとしたが、イグナの前にフォースシールドが立ちはだかった。

 弾き飛ばされたマサヨシはM字開脚でスカートの中身を晒してしまい、穴の空いた灰色のボクサーパンツを視聴者達に見られる事となった。

「シギャピィィィ!! トゥルゥプピプゥ! もうお婿に行けないーーー!!」

 両手を押さえてワァァと泣くマサヨシの姿が各家庭に流れ、最初は驚いていた視聴者達も、変な声で泣き喚くマサヨシを見て腹を抱えて笑いだした。

「お婿に行けない、か・・・」

 ヒジリはそう呟いて、マサヨシを見て顎を擦る。

「ではマサヨシ。私が君をお婿に貰って・・・」

 ビシィっとヒジリの臀部にウメボシの電撃が飛んだ。勿論パワードスーツがそれを防ぐが、派手に光るので電撃を受けた事は解る。

「マスタァァァァ!!」

 ヒジリが振り返ると、ホログラムで筋肉モリモリの自体を作り出すウメボシが、いかり肩で憤怒していた。
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