未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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満月の夜

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 ベインの頭に生えた角から、電撃のような光がナンベルに飛んだ。

「あぶない! ちょっと降りてきて戦ったらどうです! 卑怯ですよ! 空中からの攻撃なんて!」

 ナンベルはバク転でそれを躱し、カウンターとして、投げナイフをベインに投げたが爪で弾かれる。

「人を殺すのに卑怯も糞もあるか。アンタだってそうだったろう?」

 案外、石化のダガーを使わずともナンベルは倒せるかもしれない、という万能感が悪魔化した自分に沸き起こる。

 しかし、その思いは直ぐに戒めへと変わった。

 ナンベルが月に照らされた木の陰に消えたかと思うと、自分の真下にある陰から現れ、ナイフを投げつけてきたからだ。

「ギャ!」

 臀部と羽にナイフは突き刺さり、ベインはナンベルと距離をとって地面に降り立った。

「君が小生の視界の中にいる限り、休める時間などないのですよぉ? キュッキュッキュ!」

 すぐ背後から声がする。自分の陰からナンベルが現れたのだ。

 背後から自分の喉を掻き切ろうとするナンベルのダガーと首の間に、長い爪を滑り込ませ、ベインは攻撃を防いだ。

 次の攻撃が来る前に羽をばたつかせ、強引にナンベルのダガーを振り払うも、肩や羽に道化師の追撃が斬り込まれた。

「グギィ!」

 悪魔化しても尚、防戦一方の自分にベインは腹を立てる。

「お前に翻弄されるために、悪魔に魂を売ったわけじゃないんだぞ! 糞が!」

「じゃあ、何のためです?」

 半悪魔の陰から上半身を出したナンベルは、ゴブリンのアキレス腱を狙って斬る。

「ヒギィ!」

 ドォスンと同じようにアキレス腱を来られたベインは、尻もちをついて命乞いを始めた。

「た、助けてくれ! 俺はアンタと殺り合う為に来たんじゃねぇんだ!」

「へぇ? じゃあ誰を?」

「グランデモニウム国王だ! アンタには関係ないだろう? 頼む、国王とサシでやらせてくれ!」

「やらせてくれ? 今の君に選択権はないですよぉ? それに国王は小生よりも強いのですがぁ?」

 道化師の顔が冷酷なものに変わる。鞭のようにしなる蹴りがベインの首に打ち込まれた。

 ゴキィと音がして半悪魔は据わったままの姿勢で、振り切ったメトロノームの振り子の如く、地面に頭をぶつける。

「ギギギ・・・」

「おや? 今のは必殺の蹴りですよぉ? 生きているとはねぇ? 流石は半悪魔!」

 鼻から血を流し、焦点の合ってない目のまま、ベインはゴロリと転がってナンベルから距離を取ろうとした。

「あまり意味のない動きですねぇ・・・」

 ナンベルは自分の陰に沈んで消えたかと思うと、またベインの陰から現れる。

「へへへ・・・。アンタが出て来る場所さえ解っていれば・・・」

「ナンちゃん、陰から出るな!」

 給食のおばちゃんがそう叫ぶも、ナンベルはベインを殺そうと血走った目で陰から現れようとする。

「チィ!」

 給食のおばちゃんは跳躍し、陰から出ようとするナンベルに蹴りを入れる。と同時に、石化のナイフが魔人族の女戦士の足を斬った。

 ベインは絶望に叫ぶ。

「ああああああ! 石化のナイフを無駄に使わせたぁ!」

 体を無理やり動かす為に、ふり絞っていた気力が尽き、ベインは泡を吹いて気絶した。

 同じタイミングでナンベルは蹴られた頬を押さえて、岩陰から現れる。

「イタァ! なんです? 給食のおばちゃんさん!」

 これまで無表情だった女戦士は、泣き笑いをしてナンベルを見る。

「ナンちゃんはいつもそうだった・・・。イタズラでも詰めが甘くて、いつもホクベルお爺ちゃんに見つかって怒られてた」

「な、何故その事を? それはハナや兄さんしか知らない事ですよ? やはり、貴方はハナの傭兵仲間なのですね? 戦場で彼女から話を聞いたのでしょう?」

 彼女が何者なのか薄々気付いている自分がいる事を、ナンベルは知っていた。そうであってくれるなと願いながら、給食のおばちゃんに矢継ぎ早に質問をする唇と喉は、急に乾きだした。

 徐々に足から石化が始まっている給食のおばちゃんは、ナンベルの質問にただ首を横に振り、足をじっと見つめる。

 それから誰に言うでもなくぽそりと呟いた。

「切り刻まれても死なない体なのに、石化は効果があるんだね・・・」

 そして涙を零してナンベルを見て笑うと、自分が何者であるかを告白した。

「私はハナだよ。ナンちゃん。この裏切り者のベインを追って、暗黒大陸から帰って来たの」

「では、その姿は? 以前の貴方と似ても似つかないじゃないですか・・・」

「私ね、スイーツ魔法国と魔王国の千年戦争で死んだんだ・・・」

「嘘だ! じゃあ今の貴方は何なのです?」

土人形ゴーレムだよ・・・。高位の死霊使いが使う魔法を聞いた事あるでしょう?【黄泉返り】って魔法。私が霊と化して亡骸の上で漂っていたら、優しい死霊使いさんが話を聞いてくれて【黄泉返り】の魔法をかけてくれたの。魔法の効果は私の復讐が終わるその時まで。見た目が変なのは死霊使いさんが、私の亡骸を見ながら土人形を作ったからだよ。あまり器用な人じゃなかったし・・・」

「ああ、そんな・・・! そうだ! まだ復讐は終わっていないじゃないですか! 彼はまだ生きているッ! 貴方はまだこの世を去る事は出来ませんよ!」

「そうだけど、もう足も動かないし・・・。それに復讐は何も仇討ちだけじゃないわ。ベインが裁かれるなら何だっていいの。殺す必要はないもの・・・。ナンちゃんがベインを法の下へ引きずり出してくれるんでしょ? してくれるよね?」

「・・・嫌ですね! そしたらハナは逝ってしまうではないですか!」

「どの道、私は逝ってしまうよ」

 膝の下まで石と化したハナは悲しく笑った。

「何故、今まで正体を隠していたのですかっ! せっかく、貴方の夫であるホクベル兄さんにも! ナナシにも会えたというのに!!」

「言うと魔法が解けるような気がして・・・。私を動かしていたのはベインへの復讐心だよ? その感情を、幸せで失えば、私は何も出来ないままあの世へ逝ってしまうわ。だから話せなかった・・・。ごめんね」

「そうだ! ヒー君! 彼なら何とかしてくれる! 彼はね、何だって出来る男なのです。遥か昔に死んだ者だって蘇らせれるんですよ! い、今すぐ呼んできますから!」

 ナンベルはそう言うと、一目散に丘を降りてピンクの城を目指した。

「本当だったらいいな、その話・・・」

「へへへ・・・。そんな神みたいな奴がいるかよ。残念ながら、ハナさんよぉ。お前さんは復讐も出来ず、石化してこの世を去るんだぜ? ナンベルも詰めが甘いな。俺を放置していくなんて・・・」

 ベインはむくりと起き上がると、ボロボロになった体を引きずって闇に消えていった。

「ナンベルは貴方の顔を覚えたもの。もうどこにも逃げられないわ」

 ハナは特に悔しがる事もなく、満月を見て歌を歌い始めた。

 ――― 寂しい猫ちゃん ねんねこねー 母を探して 鳴いたなら 撫でてあげよう ねんねこね ―――

 歌いながら戦場のテントで、ナナシを産んだ時の事を思い出す。

 お腹に子供が宿っている事を知っていても彼女は戦い続け、戦いの合間に彼を産んだ。戦場で子を産むなど普通では有り得ない事だが、傭兵にはいろんな者がいる。妊婦の戦士から、子供を取り上げた経験者もいるのだ。

 仲間たちは生まれた我が子を見て喜んでくれた。

 死の渦巻く戦場で生まれた新たな命は、彼らにとって縁起が良いように思えたからだ。この戦は勝ちだと言う者までいた。

 ナナシを産んだ時に出陣していた傭兵部隊の頑張りでその戦場での仕事は終わった。仲間はハナが子供を産んだから勝てたと本気で信じていた。

 そして子供を抱えて一度故郷の村へと戻る。かつて十八歳までナンベルとホクベルと共に時間を過ごした村。そこで一年間、息子を育てた。

 ナンベルは符魔師として兄より先に名が売れており、いつの間にか村を出て結婚もし、気がつくと符魔師を辞めて孤児院を運営していた。

 ホクベルは暫く村に残っていたが山へ篭り、符魔師の腕を磨いて弟より名のある符魔師となっていた。

 特別ホクベルの子が欲しかったわけではなかったのに、何故私はあの時、ホクベルの家を訪ねたのだろうか? そして何故、一夜を共にしてあの子を授かったのか。

 戦いの日々に疲れ、昔が懐かしくなったのかもしれない。女としての人並みの幸せを味わってみたかったのだろうか。

 しかし育児の日々は長く続かなかった。

 戦いの疼きは日毎に大きくなり、とうとう激戦地である暗黒大陸の仕事を受けてしまったのだ。

 ナンベルに子供を預けたのも、母親としての自分から逃げたかったからだったと思う。

「結局、私は駄目な母親だった・・・。女の幸せよりも傭、兵の道を選んでしまったのだから。あの子を・・・、オウベルを捨てたも同然よ・・・」

 その時、ギィと孤児院のドアが開く音がした。それからペチペチと裸足で歩く音が聞こえてくる。

「おかあたん」

「オウベル・・・! 私の事解るの?」

「お歌が、おかあたん」

「まさか! 貴方に子守唄を歌ってあげていたのは、まだ赤ちゃんだったのよ? 覚えてるの?」

 オウベルを預けてから二年。少し言葉の遅いオウベルは、じっと石化していく自分を見つめた後、うわぁぁんと泣き始めた。

「おかあたん! おかあたん!」

「ナナシ!」

 門の方から声がする。必死で我が子を探すホクベルの声だ。

「ここよ、ホクベル!」

 石化して自分に縋って泣く我が子の頭を撫でると、ハナは夫に手を振った。

「君は・・・。大変です! どうしてこんな事に!」

「おかぁたん! おかぁたん!」

 名前もなく給食のおばちゃんと名付けられた、正体不明の戦士を母親だと思って泣き叫ぶ息子を見て、ホクベルは混乱する。

「どういう事でしょうか? 君は石化していくし、ナナシは君を母親だと思って泣き喚くしで・・・」

「その子の名前はオウベルよ、ホクベル。貴方とナンベルの祖父の名前と同じ」

「どうしてそれを?」

 ハナは迷った。自分の正体を明かすべきかどうか。

 しかしハナは自分の事は言わない事にした。言ったところで信じるわけがないし、信じたところで、ホクベルが悲しむだけだろう。

「ハナは傭兵仲間よ。彼女は戦場で死んだわ。貴方にその子の名前を教えてやってくれ、というのが彼女の遺言だったの」

「そうですか・・・。でも、なんで今頃思い出したのです? 給食のおばちゃんさん」

「この国に到着したその日に、殺人狂の魔法攻撃を受けてしまい、記憶やマナを乱されて・・・。そこをヒジリ陛下に助けてもらったの。早く伝える事が出来なかった事を謝るわ。ごめんなさいね」

「そうなんですか・・・。でも何故、石化なんて・・・」

「私ったら運がないみたいね。殺人狂の次は、ヒジリ陛下を殺しに来たアサッシンの攻撃でこの通りよ。フフッ」

「気の毒過ぎてなんと答えて良いか・・・。君を助けられなくて、すみません・・・」

 ホクベルはナイトキャップを脱いで胸の前で持ち、目を伏せた。

「貴方が気にすることじゃないわ」

 オウベルが狂ったように泣いて自分を見上げてくる。ハナは胸がズキンと傷んだ。

「オウベルは何故か私のことを母親だと思っているみたいだけど、きっと寝ぼけているのね。そろそろ喋るのも辛くなってきた・・・。お子さんと末永く幸せにね・・・」

「おかぁたん!!」

「・・・」

 ホクベルは気の毒な女戦士に何か言葉をかけようとしたが、既に彼女は全身石と化していた。やるせない気持ちのまま泣き喚く我が子を抱きかかえ、孤児院に戻ろうとしたその時。

「おーい! 兄さん、彼女はまだ大丈夫ですか? ヒー君とウメボシさんを連れてきましたよ!」

 近所の友人でも連れてくるかのように王を連れてくる弟に、ホクベルは目を見開いて驚く。

「へ、陛下をこんな夜中に連れ出して! 無礼にも程がありますよ! ナンベル!」

「いいからいいから。ではヒジリ先生、お願いしますぅ」

 しかし、ヒジリもウメボシも難しい顔をしてハナの石像を見つめている。

「ウメボシはドォスンを治してきます・・・」

 全てを主に任せウメボシは逃げた。逃げたくなる理由があるからだ。目に涙を溜めたままウメボシはドォスンのもとへと向かう。

 ヒジリは鼻で静かに溜息をつくと、首を横に振った。

「無理だ」

「ははっ! そういう冗談は今は必要ないですって! 空気読んでくださいよぉ~、ヒー君!」

「冗談でも何でもなく無理だ。我々の蘇生は基本的に、死体や死体の一部から情報を読み取って、体を再構成させるものなのだよ。幾らかは足りない情報を補えるが、流石に石化した者を蘇らせるのは不可能だ。そもそも彼女のデータは、何故か出会った時から読み取る事が出来なかった」

「そんな・・・。ヒー君にも出来ない事があるなんて・・・」

 ズシャっと膝を地面についてナンベルは放心する。

「すまない。ナンベル・・・。私とて万能ではないのだ」

 ヒジリは自分を頼ってくれたナンベルに応える事が出来なくて、悔しさが顔に滲んだ。

 ホクベルには何故、弟が彼女に執着するのかが判らなかった。確かにハナの死を看取り、我が子の名前を伝えに来た恩人ではあるが、生き返らせる程の恩はない。

「どうしてそこまでしようとするのです? ナンベル」

 放心して項垂れる弟は、微動だにせず質問には答えなかった。代わりに質問で返してくる。

「彼女は死に際に、何を言いましたか? 兄さん」

「給食のおばちゃんさんがハナの傭兵仲間である事、ハナの死、我が子の名前がオウベルである事、です」

「そうですか・・・。ハナの死は残念でしたね・・・、兄さん・・・」

「覚悟はしていましたよ。彼女は暫く私と共にいて、ある日突然いなくなりましたから。きっとまた戦場に戻るのだろうなとは思っていましたし」

 兄の言葉を聞いて、ナンベルは無言で立ち上がると、フラフラと歩きだした。

 自分を庇って石化した給食のおばちゃんの情報以外、何も知らされていないヒジリは心配になってナンベルを呼び止める。

「どこへ行くのかね? ナンベル」

「なに。野暮用ですよ。すぐに戻ります。石化していく彼女が小生に託した最期の願いを、叶えに行くだけです。大した事ではありません」
 
「そうかね。手伝おうか?」

「いえいえ、小生一人で充分ですヨ」
 



 森の中、枯れ葉で身を隠し、一晩を過ごそうとしていたベインは、何かの気配を感じて息を殺す。

「見えていますよ、ベイン」

 ナンベルの声だった。見えているというブラフで、自分が飛び出すのを待っているのかもしれない。ベインは声に応じず、枯れ葉の下で身動き一つしなかった。

「彼女の石化は解けませんでした・・・」

 暫く鼻を啜る音が聞こえる。それから地の底から、何かが叫びながら走ってくるような声がベインに聞こえてきた。

「イィィィィィィィイイイイイイイイイ!!!!!」

 狂気に満ちた空気が辺りを包み込む。虫や小動物が一斉に飛び起き、逃げ惑い、鳴き声や足音が聞える。

「かかか、彼女はッ! 君を法のもとに引きずり出せといいいいいましたがッ! どうやらそれは! 無理のようデスッ! まだ辺りを彷徨っているかもしれない、ハナの魂よッ! 小生は貴方との約束を守れません! 貴方との約束を破ったのはこれで二度目です。一度目はナナシの事を喋った時! 二度目は! いいいい、今なのです! どうかぁ! どうか許してくださぁい!」

 ベインが最期に聞いた声はそれだった。自分がどうやって死んだのかも判らない。覚えていたのは、顔にかかっていた枯れ葉が舞い、舞った枯れ葉の隙間から、血の涙を流すナンベルの顔が見えた事だけだった。
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