未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

文字の大きさ
170 / 373

虚無は憎しみを削り取る

しおりを挟む
 悔しさのあまり口にかかる包帯を噛みしめながら白魔法使いのグラフトは魔法水晶をテーブルの台座に置いた。

「どうも我らは運命に見放されているようですね」

 このまま戦うか?と自分の声が頭をよぎると、直ぐにそれは無意味だと別の心の声が答える。

 肩に乗る使い魔のコマドリが急にトゥルーリリリィと鳴いた。誰かの気配を察知したのだ。

「もうこれ以上何もしてこないと誓うなら、貴方がこの場から逃げても追わない」

 【読心】で自分の焦りを読んだ闇魔女の声が扉の向こう側から聞こえてくる。

「来たのですか・・・」

「貴方はもう呪いの支配下から解き放たれている。何故星のオーガに拘るのかは理解できない」

「長年、呪いが頭の中で繰り返し放つ言葉を信じ、それに従い、そう生きてきた我らに今更生き方を変えろというのは無理な話なのですよ。例え我らに刷り込まれた情報が偽りの情報だったとしても、その嘘は我らの中で真実になっているのです。そしてその偽の真実を捨てろというのは我らが過ごした人生を捨てろという事に等しい」

「では戦うというの?」

 扉の向こうで闇魔女は抑揚なく言う。

「我らは神を殺したのです。樹族の神が我らを裏切ったように思えたから。我らの思い描く未来へと導いてはくれなかった。悔しくて我らはその時の感情に従いました。自暴自棄になって」

「質問に答えて。そのケジメをつける為に無敵のオーガと戦うの?」

「ええ。本当ならば、我らは感情に従って星のオーガの心をズタズタに出来れば満足だったのです。ですがそれも叶いませんでした。ズーイは遠くから【死】の魔法で何度も星のオーガ以外を狙っていました。第七レベル魔法のマナが尽きるまで何度も何度も繰り返し、闇魔女、聖騎士見習い、憤怒のシルビィを狙って放ったのに何も起きなかった。神の座で魔法水晶を通して死の魔法をかける彼の顔は最終的に悲壮感と虚しさに支配され、何も出来ない自分を笑っていましたよ。これまでも何度もチャンスがありましたが、そのチャンスは尽く潰されました。だから赤ローブの彼女は直接シルビィを狙いました。しかしあり得ないミスでまたもやチャンスを失っております。我らはあのような凡ミスは決してしない。狙うべき標的を間違えるなんて事は・・・」

「もしこの世に運命の神がいるとすれば、その神は我らに味方したようだ」

 部屋の扉が開いた。

 ヒジリは魔法の罠を警戒してすり足で一歩を踏み出す。すり足で移動すれば罠が発動する前に仕掛けに触れて魔法を無効化出来るからだ。

「運命の神はただの傍観者だと聞く。でも、もしかしたら本当にそういった力があるのかもしれませんね」

 そう言いつつもグラフトは素早い詠唱で多数の高位光魔法をヒジリに向けて放った。無駄だと解っていても他に手段がないからだ。

 ヒジリはこの哀れな白魔法使いに同情する。彼の人生とはなんだったのか。彼だけではない。呪いに囚われて人生を負の感情に染めて一生を費やす、遺跡守りたち全てが可哀想に思えた。

「きっと私に魔法を撃っているのだろうが・・・。残念ながら私に魔法は効かない」

 ヒジリは人の身を捨てた光魔法を得意とするリッチの前まで来ると怯える彼を掴んだ。彼は樹族にしては背が高い。百七十センチ程はあるだろうか?しかし体重は紙のように軽く、容易に持ち上げる事が出来た。

「これまで君が長年受けていた呪いは心を蝕み、考えを歪めた。そのボロボロの身もその結果だ。君は悪くない。全ては樹族の想念が生み出した呪いが悪いのだ。君はその被害者なのだよ」

 ヒジリはグラフトをギュッと抱きしめた。

「そんな・・・今更・・・」

 グラフトは乾いた眼窩から涙を零す。涙は包帯に染み込みすぐに消えてしまった。

「私は拒絶する。呪いが生んだこの結果を!我が息子ヤイバにも出来たのだ!力を貸せ、虚無の粒子!」

 しかし、部屋はしんとして何も起きない。どういう理屈でヤイバがあの力を使っているのかは理解出来ないが、彼よりもサカモト粒子を多く身に纏わせているだろう自分に出来ないはずがない。

 きっとこういう事は理屈ではないのだろう。ヒジリは余計な考えを捨て、何かにこびり付く汚れを削り取るイメージを浮かべた。

「もう一度言う、私はこの呪いの結果を拒絶する。拒絶するのだ!」

 マナ粒子のように願って結果が足されるわけではない。どんどんと積み重なり足されて修正できなくなった結果を虚無の粒子は消し去るはずだ。

 呪いの負の力も、シナプスの輝きも、積み重ねた出来事の結果も、未だ熱を放つエネルギーである事には変わりない。それを削り取り分解して別宇宙に葬る。無茶苦茶な話だが、ヒジリはそれを考えないようにした。

 自分はそうすることが出来ると信じてヒジリはグラフトの包帯の額にキスをしてみる。

「あっ!」

 イグナとフランが声を挙げた。突然ヒジリの体からオーラが放たれたのだ。

 サカモト粒子は地球人にも見えるので、体から灰色のオーラを出す主をウメボシは目を見開いて記録を取り始めた。

 灰色のオーラは体から離れる時に小さな渦を作っては消えている。イグナにはそれが虚無が害をなす限界の量に思えた。

 イグナの心配が現実になったのか、抱きしめられるグラフトの体が一瞬で炭のようにまっ黒になってしまった。

「なんだ・・・?」

 ヒジリはミイラ男を抱きしめるのを止めて、炭のようになった彼を地面に置き様子を見る。
 
 イグナはヒジリの虚無の力が強すぎて彼を炭にしてしまったのだと思った。ぎゅっと杖を握りしめて残念な結果にヒジリを慰めようとしたその時。

 炭のようになったミイラ男の表面がボロボロと崩れ、中から若い樹族が現れた。

 グラフトは自分の体を見て驚く。

「おお、人の身を捨てる前の姿に戻りました!しかも若返っている!」

「ほう!私にも虚無の力が使えたという事か!記録には収めたな?ウメボシ!」

「勿論です、マスター。これでまた地球での名声がうなぎ登りです!」

「しかし仕組みを理解し、何度もこの事象を起こす事が出来なければ無意味だな・・・。まぁいい。後で何回か試してみよう。良かったな・・・えっと、君の名前は何かね?」

「はい、グラフト・ボコーシーです!」

「グラフト、体の具合はどうかね?」

「若い体に力は漲っていますが・・・多くの魔法や経験が失われました。でも私は後悔していません!また新しい人生を歩めるのですから!」

「まぁその前に十数年は服役してもらうがな」

 ヒジリの影からジュウゾが現れてグラフトに【捕縛】の魔法をかけた。直ぐにどこからかジュウゾの部下が現れて拘束された彼を連れ去っていく。

「感謝するぞ、ヒジリ」

 公の場ではないのでジュウゾはヒジリを呼び捨てで呼んだ。

 虚無の力の覚醒とグラフトの変化に喜ぶ間もなく、水を差したジュウゾにヒジリはムッとした。

「まぁこうなるとは解っていたが・・・。もう拷問はしていないのだろうな?マギンのように」

「ああ、貴様が樹族国を離れる時の願いだったからな。奴隷制度の見直しと拷問の禁止は」

「それならいい。では行きたまえよ。君もやる事が山積みだろう。今頃、シルビィは後処理で忙しいだろうな・・・」

 ヒジリと一緒に遮蔽装置の遺跡に行くと駄々を捏ねていたシルビィはリューロックに羽交い絞めにされて連れていかれた。その時のシルビィの必死の顔(顔中に皺を寄せて目を剥いていた)を思い出してヒジリは笑いを堪える。
 
「ふむ。では用が済んだらアルケディア城まで来てくれ、ヒジリ。シュラス陛下はきっとお前を裸で接待してくれるだろう」

「不敬だぞ、ジュウゾ。リューロックがこの場にいなくて良かったな」

「グハハハ!それぐらいシュラス陛下は今回の件を喜んでいるという事だ。さらばだヒジリ」

 ジュウゾが珍しく冗談を言ったのでヒジリはフフっと笑う。

 ジュウゾが部屋から出ていくのを見届けてヒジリは遮蔽装置をじっと見た。

「さて・・・。いよいよだ」

「いよいよでヤンス」

 ヒジリと同じ言葉をビヨンドの闇の中でヤンスも発した。蠅のように手を擦り合わせて運命の神は喜んだ。

「私はこれでこの惑星のどこにでも行けるようになるぞ。そして私やウメボシを悩ませていた遮蔽フィールドの影響は無くなるのだ。フハハハハハ!」

 ヒジリは両手を広げラスボスのような笑い声をあげて笑う。

「なんだか魔王みたいねぇ」

 フランがクスクスと笑った。

「そこのレバーを下げてボタンを押せば装置は止まります」

 ウメボシが柱の様な台座にあるレバーやボタンの中から二つをホログラムポインターで指し示した。

 ヒジリは何故か猛烈な寂しさに心を支配されつつも、レバーを降ろして、四角いボタンを押した。

「あ、ぽちっとなー!」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...