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第十三章 黒髪少女の軌跡編
1018話 静心
しおりを挟む「あぁあ、熱い、熱いぃい!」
男の叫び声が聞こえた。溶けてしまった足を引いて労り、熱い熱いと言葉を繰り返している。
その様子は、とても演技とは思えない。さっきまで、私の魔法は全然効かなかったのに。
でも、再生する。それがわかっているから、油断はしない。溶けてしまった足だって、すぐに再生して……
「……再生、しない?」
だけど、足は溶けたままだ。再生していない。
どういうことだ? 自分の毒でやられて、それは再生しないとかなんだろうか。
「っ、お前……なにをした!?」
男は私を睨みつけ、吠える。なにをしたかなんて、私が聞きたい。
でも、殺意が一気に向けられる。さっきまでお遊びみたいに笑っていたのが、今は全然違う。怒りに表情を歪ませているんだ。
怖い。でも……
「私、だって……」
いつまでも、怖がっていられない。
今いったいなにが起こったのか、それはわからない。けど、相手がひるんでいる今がチャンスだ。
私はその場から、走り出す。いつの間にか、震える足は元に戻っていた。
「えやぁああああ!」
「! やめ……」
男は痛みに悶えているせいか、私の接近には気がついていなかったようだ。
その隙に私は拳を握り、思い切り腕を振るう。拳をぶつけるのは、太くて攻撃の当てやすい足だ。
私が殴った箇所はじゅわっ……と焼けていく。これは毒じゃなくて、熱で溶けているのか?
「がっ、ぁああぁ!?」
二本の足が焼け、男は痛みに苦悶の表情を浮かべる。私の拳、通じてる。
でも、いったい……急に、どうして? 別に、身体強化の魔法を使っているわけでもないのに。
いや、たとえ身体強化の魔法を使っていても、あんな風に焼けたりはしないはず。
「ぐっ、ぅうう……な、なんだその魔力……なんだ、その白い髪ぃ……!」
「?」
「ぉっ……ぇええぇ!」
すると男は、口元を押さえて……その場で、なにかを吐き出した。
液体がびちゃびちゃと地面に流れ落ちていく。き、汚い……
ただ……液体の中に、なにかがある。あれは……卵か?
「ピギィイイ!」
私が抱きかかえるくらいの卵。それが割れ、紫色の蜘蛛が生まれる。
耳に不快鳴き声を上げ、赤い目で私を見ていた。
あいつ、蜘蛛を産み落としたのか? それも、一匹だけじゃない。
「ピィイイイ!」
「ギュイイイ!」
次々と卵が産み落とされ、その中から蜘蛛が生まれる。
魔物って、こういう風にも生まれるのか? ていうか、魔物を生み出しているあの男はいったいなんなんだ?
いや、考えている暇はない。蜘蛛たちは、私に群がろうとしている。
「っ、来る、な!」
たくさんの大きな蜘蛛が、迫ってくる。その光景は思わず震えてしまいそうだ。
私は地面を殴り、びきびき……と亀裂が入る。その亀裂は広がり、蜘蛛たちのところにまで。
その亀裂部分から、燃え上がるように炎が噴き出した。
「ピギュイイイイ!」
炎に包まれ、蜘蛛たちは抵抗する手段もなく燃えていく。不快な断末魔は思わず耳をふさぎたくなるけど、我慢するしかない。
蜘蛛の姿はなくなり、愕然としている男の姿があった。
「なっ……なぜ、なぜだ! なんなんだ、お前は!」
だんだん、と残った足で地団駄を踏んでいる。
私が何者か……か。そんなの、私が知りたいよ。
でも、そんなこと私にとってはどうでもいい。
「私は……エランだ」
師匠がくれた、この名前。これさえあれば、いい。
身体が熱い、気分もなんだかいい。今なら、なんだってできる気がする。
さっきまで怖くて仕方がなかったのに……今は、そんな気持ちはまったくない。
「ふ、ふざけるな……わ、私は! 魔人の力を手に入れたんだ……こんな、ガキなんぞに……!
は、ぁあ……ぅ、おぉ……!」
男は、うめき声を上げ……背中からさらに、二本の蜘蛛の足が生えてきた。
これで、再生していない足も含めて六本。足の先からは毒がまとっているのか、触れている地面がすでに枯れている。
膨れ上がる魔力……その膨大さに、冷や汗が流れる。
「でも……大丈夫」
こんな強大な存在を前にしているのに、怖くない。落ち着いている。
それは、このわからない力のせいだろうか。男にも通じる、この力のおかげなのかな。
私は、杖を持って……いや、今なら……
「……」
私は、右手を広げて……男に向けた。男は二本の足で身体を支えたたまま、四本の足で私に攻撃を仕掛けてくる。
でも私は、落ち着いている。
「……爆炎で焼き尽くす豪火よ……」
「おぉおおお!」
迫る足のトゲ。それは私に届く前に、なにかが弾いていく。じゅわっ……と焼け焦がす、なにかが。
魔力の防壁か……というより、今私の身体から溢れている膨大な魔力が、無意識に壁を作っている。
「天地をも焼焦す死火と成りて……」
「ぐ、ぎぁああ!?」
魔術の詠唱は、隙だらけになる。だからこれまでは、私が集中できるように師匠が見ていてくれた。
今は、それがない。だけど……落ち着いている。
「すべてを灰燼と帰せ!
紅炎爆発!!!」
すべての詠唱を紡ぎ……魔術は、放たれた。本来ならば魔導の杖から放たれるそれは、私の手のひらから。
莫大な炎が生まれ、放たれて……男の全身を、燃やしていく。断末魔は、メラメラという炎の音の前に消えていく。
魔導の杖がないと、制御の難しい魔術。けれど、放った魔術は他に被害を及ぼすことなく、男のみを包み込んでいく。
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