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第四章 魔動乱編

159話 ルリーの過去⑥ 【共生】

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「……行くところがない、か……なら、ここで暮らせばええよ」

「……え?」

 エルフを連れ、長のいる場所へと向かったラティーアたち。森の中を歩く間、エルフに向けられる目はまるで奇っ怪なものを見るようなものだった。
 当然だろう、銀髪褐色のダークエルフしか住んでいない森に、金髪白肌の人物が歩いているのだ。

 その視線にさらされ、エルフの心臓は張り裂けそうだった。そして、連れてこられたエルフの長の家。
 大勢で入るのは迷惑になるからと、ラティーアを始め、エルフを発見したリーサ、ネル、ルリーが一緒に入った。

 そこで、エルフを発見したことを伝えた結果……先ほどの言葉が、返ってきたのだ。

「んん? どうした、そのように目を丸くして」

 自身の言葉に、丸くしているエルフの姿を見て、長……ジェルバンミェールは、顎から生えた白ひげをそっと撫でた。
 銀髪が特徴的なダークエルフではあるが、ジェルバンミェールほどの年齢になれば髪の毛や顎ひげは白へと変化していた。
 顔に刻まれたしわが、それだけ彼の過ごした年月の長さを物語っている。

 彼の言葉に驚きを見せるのは、もちろんエルフだけではない。

村長むらおさ……よろしいのですか?」

 姿勢正しく立つラティーアは、今の言葉に嘘がないのか、今一度問いかける。
 若き青年を、そしてエルフを発見したという幼い少女三人を見つめ、ジェルバンミェールは柔らかく微笑んで……

「構わん構わん。儂らダークエルフは、エルフに対して悪印象を持っておらん。
 むしろ、問うべきはそちらのエルフの少女の気持ちじゃな」

 エルフへと、その気持ちを問いかけた。
 エルフとダークエルフ、その両者の確執は一言では言い表し難いものがあるだろう。

 エルフは、かつてダークエルフが闇の魔術を使い他の種族を滅ぼしたことで、エルフ族と一括りにされ人々から迫害されてきた。
 だから、両者の間に負の感情があるとするならば、むしろエルフがダークエルフに対して、である。
 ダークエルフ側は、むしろエルフに申し訳ないとさえ思っている。少なくともジェルバンミェールは。

 あとは、エルフの気持ち次第だ。

「お主は、エルフ……そして、半分は人間の血も混じっておるな」

「え」

 続けて話すジェルバンミェールの言葉に、驚きの声を漏らすのはルリーだった。しかし、他のみんなも声を漏らさないだけで、気持ちは同じだった。
 ラティーアさえも、驚きの表情を浮かべている。

 言われてみれば、エルフの体内に流れる魔力には、エルフとは別に……もう一種、別の種族と思われる魔力が流れている。
 だが、ルリーたちにとっては人間どころかエルフすら見るのが初めてだ。エルフ族という括りで、ダークエルフと似た魔力ならばともかく、人間の魔力などわかるはずもない。

 それがわかるのは……かつて、人間を目にしたことのある者だけ。この場においてそれは、ジェルバンミェールだけなのだ。
 エルフと人間、両方の魔力を持っている……つまり、このエルフはエルフと人間の子供。ハーフということになる。

「儂らダークエルフを許せんと思うなら、この提案は却下してもらっていい。
 そのときは、ここを出てもしばらくは持つよう、充分な食料などを持たせよう」

「……」

 その言葉に、しばしエルフはうつむき沈黙する。考えをまとめているのだろう。
 それは数秒だったかもしれないし、あるいは数分だったかもしれない。誰もなにも言わず、ただ黙って見守っていた。

 やがて、考えがまとまったのかエルフは顔を上げ、まっすぐにジェルバンミェールを見つめた。

「ご迷惑でないなら……よろしく、お願いしたいです。でも……」

 ペコリと、頭を下げて。
 エルフの森、その長ジェルバンミェールの提案を受けて。この森に在住することを、決めたようだった。しかし、まだ完全に決めてはいない。その理由は

 一連のやり取りを見ていたラティーア、ルリー、リーサ、そしてネル……
 エルフは、四人へと向き直ると……

「あの……いいん、でしょうか?」

 不安げな表情を浮かべていた。エルフは、この場の最高責任者の提案を直接受けながら、最終的な決定をラティーアたちに問うている。

「なぜ、俺たちに??」

「私には、エルフと……人間の血も、混ざっています。
 同族にも、嫌われてて……だから……」

 自分の体を抱きしめるように、エルフは震えていた。不安なのだ。
 その身には、エルフと人間の血が流れている。そして、エルフ族を迫害したのが人間だ。

 ここでも、同じことになるのではないか。同じエルフ同士ですらそうだったのだ。不安でないはずがない。だから、嬉しい提案も素直に受け入れられない。
 しかし、その様子にラティーアは首を振る。

「俺たちは別に、エルフだから人間だからって、差別するようなことはしないよ」

「!」

 その言葉にエルフは目を見開き、口元を押さえていた。
 ルリーたちも、気持ちはラティーアと同じだ。三人ともが、それぞれうなずいていた。

 その言葉だけで、エルフの心はあたたかいもので満たされていく。その様子を見るだけで、エルフがこれまでどういう扱いをされてきたのか、ある程度察することができた。
 エルフは、四人にも頭を下げた。そして、視線を……ネルへと定め、彼女の前に立つ。

 目線を合わせるように、屈んで……

「あの……さ、さっき、は……ごめんなさ、い。心配、してくれたのに……」

 先ほど、差し伸べられた手を払ってしまったことを、謝罪した。自分よりも年下の少女に、頭を下げて。
 先ほどの行為は、ダークエルフへの怯えからだ。しかし、それを謝罪する……それは、エルフはもう、ここにいるダークエルフに怯えてはいないことを表していた。

 目の前で頭を下げられ、ネルは……

「いいよ」

 微笑みを浮かべて、謝罪を受け入れた。その様子に、ルリーもリーサもほっと胸を撫で下ろす。
 二人が握手をしたのを確認して、ラティーアはジェルバンミェールへと視線を向けた。

「では、このエルフは今日からこの森で暮らすと……
 全員、納得してくれますかね」

「みんなええ子じゃからな、大丈夫じゃよ」

 根拠のない、しかしどこか確信めいた言葉……
 それから間もなく、村に暮らすダークエルフたちに、エルフの存在と、この場所で暮らすということが伝えられた。

 不安な気持ちがあったが、ダークエルフのみんなは快く、エルフを迎え入れた。その光景に、エルフは胸の奥がぐっと熱くなる。
 この日……ダークエルフの住まう森に、エルフが新たな住人となった。
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