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第五章 魔導大会編
344話 最悪の再会
しおりを挟む以前と変わらない姿……それは、しかし正確ではない。
エレガの顔……その右半分のほとんどは、火傷の痕が刻まれてしまっているのだから。
とはいえ、『年齢』という意味では、以前とは変わらない姿なのだ。
エルフ族であるルリー等は、ある程度成長した後なら、十年単位の月日が経っても見た目にそれほどの変化はない。
しかし、人間ならば別だ。
黒髪黒目が特徴の男、エレガ……彼は、人間だ。見た目は純粋な人間なため亜人ではないし、獣人の可能性もあるが……
こうも見た目が変わらない獣人は、いない。そもそも獣人は、あくまでも体の一部が異形に変化する種族で、基本な中身は人間なのだ。
エレガは、人間だ。だから、見た目があのときのまま……というのは、あり得ないのに。
まるで、年を取っていないように見える。
「なんで、お前が……」
「あん?」
自分に注がれる視線を受け、エレガが、首を傾げた。
「そっちのダークエルフのガキは知ってるが、お前はなんだ? 会ったことねえよな?」
「っ……」
指摘され、エランはぐっと言葉を呑み込む。
エランは、エレガに直接会ったことはない。あくまでルリーの話を聞いただけ。そして、夢で見ただけだ。
一方的に知っているだけ……なので、エレガが不審に思うのも当然だ。
エランはエレガがここにいる理由を。エレガはエランが自分を知っている理由を。
疑問を浮かべつつも、両者動かずにいた。
そんな中……
「……ねえ、今……あいつ、ダークエルフ……って、言わなかった……?」
震える声で、先ほどのエレガの言葉を確認する。その言葉に、エランとルリーはゆっくりと振り返る。
顔を青ざめさせ、震えている……クレアだった。抱き上げているフィルごと、震えている。
遅れながら、しまった……と、エランは目を見開く。エレガの登場に、気を取られてしまったが……
エレガが、『ダークエルフのガキ』と言ったのだ。それは、ルリーのことを指している。
ルリーがダークエルフであることを知っているエランはともかく、彼女の正体を知らないクレアにとって、それは信じがたい言葉だった。
「ねえ、エラン、ちゃん……ルリー、ちゃん? あいつ、はは、なに、言ってるん……だろうね? だ、ダークエルフ、なんて……」
目に見てわかるほどに、クレアの様子がおかしい。ダークエルフと、その名前を聞いただけで、こんなにも怯えるものだろうか。
まだ、クレアにはバレていない。ルリーの正体も。
今なら、突然現れた変な男が、変な妄言を吐いた……で済ませられるかもしれない。
「あぁ? なんだその反応。もしかして、そこの震えてるガキは知らねえのか、そこの……」
「せぇええええい!」
なんでエレガがここにいるのか、とか。
なんでエレガの見た目はあのときのままなんだ、とか。
なんでエレガは認識阻害の魔導具を通り抜けてルリーの正体に気づいたんだ、とか。
気になることは、たくさんあるが……
今は、これ以上エレガにしゃべらせないことだ。
「おっ、とぉ。あぶねぇなぁ、いきなり飛びかかってくんなよ。
それとも、熱烈なハグのつもりだったか?」
「ちっ!」
その場から飛びかかり、殴りかかったエランの拳は、エレガにさらりとかわされた。
余裕の笑みを持ったまま、エレガはエラン、ルリーを……そして、ラッへを見た。
「こんなでかい大会だし、なにかおもしれぇもん見れるかと思ったら……まさか、エルフ族が紛れてるとはな」
「!」
「そいつらを差し出せば、お前らには手出ししないでもいいぜ」
なにを思って、エルフ族を狙っているのかはわからない。だが、確実にエルフ族を狙っている。
エルフであるラッへを狙い、そしてダークエルフであるルリーまで出てきたのは、エレガにとって嬉しい誤算だろう。
そいつら、とは、ラッへとルリーのことだろう。そんなこと、はいわかりましたとうなずけるエランではない。
「そんなの、うなずけるわけないでしょ」
「へぇ……けど、そう思ってるのはお前だけじゃないか?」
「え?」
エレガを強く睨み返すエラン。しかし、エレガの意味深な言葉に、エランはきょとんとした後……周囲を、見回す。
エルフを渡せ……それに明確な拒絶を表しているのは、エランだけのように思えた。
魔獣と対峙しているフェルニンたちも……後ろで震えている、クレアさえも。
「……!」
「な? エルフなんざ、庇い立てする奴の気がしれねえ」
まさか……エルフ族の扱いは、ここまで悪いものなのか。グレイシア・フィールドのおかげで、エルフに対する風向きはよくなっていると思っていた。
だが、これが現実だ。
その現実を、認めたくない……しかし、そうしているうちにも、会場中から悲鳴が聞こえてくる。
「! まだ、仲間が……!?」
「さあ、どうだかな。さあ選べ。そいつらを渡すか、庇い立てして被害を大きくするか」
選択を、迫られる。
もしも、渡せと言われたのがラッへだけだったら、どうしただろう。顔も名前も、今日会ったばかりの相手。しかも、なぜか自分を執拗に狙っている。
もしかしたら、うなずいてしまったかもしれない。
だけど、渡せと言われたのはルリーも含まれている。友達を渡せと言われて、うなずけるはずがない。
だが、うなずかなければ、被害は大きくなる。抵抗する中には、大会参加者も含まれているとはいえ……
力のない者が狙われてしまえば、最悪の場合……
「ぅ……!」
「決められねえか。
……なら、決めやすくしてやるよ」
「……っ」
その言葉と、エランが背後に殺意を感じたのは、ほぼ同時だった。
背後の殺意……正確には、エランを狙ったものではなく……
エランが身を盾に守っていた、後ろにいたクレアの背後に。黒髪の、女がいた。
「クレアちゃ……」
逃げて……反射的に口から出た言葉は、しかし最後まで紡がれることはなかった。
なぜなら、振り返った先に……信じられない光景が、広がっていたから。
「わっ、おねえちゃ……?」
「……が、っふ……?」
抱きかかえていたフィルを、とっさにルリーへと投げ渡し……無防備になった体を、背中から貫かれた、クレアの姿があった。
「クレア、ちゃん……!」
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