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第九章 対立編
631話 目覚め
しおりを挟む気を失ったままだったクレアちゃんが、目を覚ました。
ベッドに寝転がったまま、首だけは私の方を向いている。
「よかった……」
私はとにかく、ほっとしていた。
結界内での決闘だから、どんなダメージを受けてもそれは深手にはならない。
けれど、それは肉体的ダメージの話で精神的なものには作用しない。
あんなに全力で魔力を使って、まるで全ての感情を出し切ったような戦い。
あれは決闘というよりも、もっと……乱暴なものに見えた。
「大丈夫? どこか痛いとこない? つらいとこない?」
「……大丈夫よ、心配しすぎ」
「むっ……」
クレアちゃんを覗き込むように顔を近づけようとするけど、ほっぺたを押されてしまい近づけない。
もしかして照れているのだろうか? かわいいんだからもう。
それから、クレアちゃんは部屋を見渡した。
「先生……と、ナタリアちゃん……
……と、誰だっけ」
「おー、ほっほっほ、素直な子じゃのう」
なんというか……クレアの表情や声色から、決闘前までの刺々しい感じのものがなくなっているような気がする。
憑き物が落ちた……というやつだろうか。
まあ、寝起きでぼーっとしているだけかもしれないけど。
ぼーっとしているのなら、気を失う前のことは覚えているんだろうか。
「……決闘は、どうなったの」
おっ、覚えていたみたいだ。
「引き分け、だよ」
私の隣に立ったナタリアちゃんが、それに答える。
引き分けと……決闘の結果は、間違いなく引き分けだ。私たちが、確かに見届けた。
本人が覚えていないからって、嘘やごまかしを言うなんてことはあり得ない。
「……引き分け……」
それが、嘘やごまかしではなく……本当のことだと、わかったのだろう。
クレアちゃんは小さくつぶやくと、再び天井を見た。それから、深く枕に頭を乗せる。
このまま目をつぶってしまえば、また眠ってしまうんじゃないかと思ってしまう。
でも、そうはならなかった。
「そう……引き分け、かぁ」
右腕で自分の目元を覆うように、クレアちゃんは再びつぶやいた。
その言葉に、どれだけの意味が込められていたのかわからない。意味なんてなくて、ただ言葉を復唱しただけかもしれない。
でも……表情が見えないクレアちゃんは、どこか悔しそうな……どこか安心したような、そんな雰囲気が見て取れた。
「……」
さあて、まだクレアちゃんは気づいてないけれど……クレアちゃんの隣には、ルリーちゃんが寝ているんだよな。
いつ話す? いつ明かす?
なんか刺々しさがなくなってるクレアちゃんだけど、ルリーちゃんに対してはまだ思うところはあるのか?
「ん……」
「!」
そんなことを考えていると、隣……クレアちゃんの隣から、声がした。
私の隣、ではない。クレアちゃんの隣だ。
それはつまり、今クレアちゃんの隣で寝ていた、ルリーちゃんのものということだ。
「……」
自分の隣から声が聞こえれば、当然気になる。
クレアちゃんは首を動かして、隣……私とは反対側を見て、固まっているようだった。
起きたら隣に人が……しかも、さっきまで決闘していた相手がいたんだ。いや、それだけじゃないか。
ダークエルフだからと、嫌悪していた相手。それが、隣にいる。
私は、なにが起きてもいいように警戒度を上げる。
もしかしたら、寝たままルリーちゃんの首を絞めようとするかもしれない。動きに注目しておかないと。
「……」
「……」
それから、しばらく無言の時間が続いた。
緊張感のある空間だ……まさか、さっきまでの和やか空間がここまで張り詰めるとは。
そしてついに、クレアちゃんが動いた……
……首を、動かして天井を見ただけだった。
「……クレアちゃん?」
「なによ」
私はつい、話しかけてしまった。
なによ、って返されたけど……なんだろう。私はなにを聞きたいんだろう。
考えてもわからないから、思ったことを口にする。
「えっと……隣に寝てるの、ルリーちゃん、だけど……」
自分でも、なにを聞いているんだろうなと思う。
それは当然のことだし、わざわざ言うまでもないことだ。
現にクレアちゃんは、隣を見てそこにルリーちゃんがいることを直接見たのだ。
でも、その反応は……なんというか、想像していたものとは違った。
「……そうね」
私が聞いたことの意味を、クレアちゃんは理解しているだろう。
理解していて、ただそれだけをつぶやく。まるで、隣にいるのがルリーちゃんであることは、どうでもいいことだとでも言うように。
決闘前の……いや目を覚ます前のクレアちゃんだったら、隣にルリーちゃんが寝ているなんて知ったら、飛び退くか首を絞めようとするかだと思っていたのに。
「ん、んぅ……」
そうこうしているうちに、声はどんどん大きくなっている。
今まで寝ていたけど、覚醒の兆しってやつだろう。目元が動いている。
次に、大きなあくびをする……そして、手で目元をこすり始めた。
それからゆっくりと、目を開ける。
「ふぁ、あ……あ、エランさん……おふぁようごぁいあふ……」
ルリーちゃんは、完全に寝起きモードでまだ夢の中といった感じだ。
でも、こんな状態でも私の名前を呼んでくれた。
私が危惧したように、ラッへみたいに記憶に異変が無いようでよかった。
「ふぁ……クレアさんも、おふぁようごぁいあ……」
「……」
「……ぁ、く、クレアさん……」
隣に寝ていたクレアちゃんにも挨拶をする……が、そこで隣にいたのがクレアちゃんだということに理解が追いついたらしい。
ルリーはかわいらしく、あくびをして大口を開けたままだ。
そんな状態で、固まったようにクレアちゃんを見つめていた。
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