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第二章 ヒーローとしての在り方
第23話 休日だったはずでした
しおりを挟む上空に飛び上がり、重力に従い落下するレッド。
右拳を握り締めて、はぁ……と熱い息を漏らす。
まさか、パンチでも打つつもりか。そんなもので、実体のないこのミズキングは倒せない。
ミズキング本人も、それはわかっているはずなのだが……
「な、なんで、体が震えてやがる……」
水の体が、震える。やはり初めての経験だ。
そしてレッドは……大きく、腕を振りかぶって。
「おらぁああああああああああ!!!」
ドパンッ……激しい音が、あたりに轟いた。
それはまるで、車が衝突したかのようにさえ、思える音。
プールの水は、パンチの衝撃から上空へと、水しぶきを上げた。
振り下ろした拳は、水面へとぶち当たり……すさまじい威力を持って、その衝撃を知らしめた。
本来、いかなる拳であっても、打撃である以上実体を捉えることはない。
その、はずだった。
「な、んで……普通こういうのって、実体のない相手との戦いを、どうやって切り抜けていくか、そういうやつじゃん……?」
しかし、ミズキングには大ダメージ。というか、もはや虫の息だった。
最期の言葉が、それでいいのか。しかし、言わずにはいられなかった。
そして、力尽きたミズキングは、消滅した。プールに張られた水は、きれいさっぱりなくなってしまった。
それは、雨のように、周囲に降りしきる。
相性最悪だったはずの、相手との激闘。それを終え、レッドは……
「う、うぅ、尊のお姫様抱っこぉ……」
まだ、先ほどのことを引きずっていた。
雨ではないなにかが、頬を流れ落ちていた。覆面の中で。
――――――
「レッド、お前は今日は休日だったんじゃないのか?」
「あぁ……そのはず、だったんだけどな」
ミズキングとの激闘を終え、現場には係員や警察がいた。
その中に、レッド……そして、駆けつけたグリーンの姿も。
「驚いたぞ。わりと早めに駆けつけたと思ったら、もう片付いてるんだもんな」
「あははは……」
「とはいえ、今回は被害が出る前に片付いてよかった。
まさか、休日返上をしてまで、人々のために駆けつけるとは……お前こそ、真のヒーローだ!」
なにやら感動しているグリーンは、レッドの肩をポンポンと叩く。
どうやら、レッドがプライベートでプールに来ていた……という考えはないらしい。
現れた怪人を倒すため、休日にも関わらず現場に駆け付けた。こういうことになっていた。
グリーンの中でレッドの株が勝手に上がった。
「だが、人々の平和もいいが、お前自身の体も大切にしろよ!
ヒーローといえど人間! 健康管理にはしっかり気を遣わないと!」
「そ、そうだな……」
言えない……本当はたまたま現場にいたから仕方なく出撃しただけだなんて。
あれが他の場所だったら、今頃尊たちと遊んでいたなんて。
そんなことも言えないもんだから、グリーンの中でレッドの株が勝手に上がった。
「レッドさん、いつもありがとうございます!」
「警部さん!」
話している二人に駆け寄ってくるのは、ちょっとお腹の出ている警部だ。
彼は怪人対策課という部署らしく、いつの間にかレッドたちヒーローとは顔なじみになった。
ヒーローが怪人を倒した後、処理を引き継ぐのが彼らだ。
「大変ですね、怪人対策課も」
「なっはっは! いやいや、我々は皆さんの後始末をしているだけですからな。大変なのは、あなた方だ。
むしろ、あなた方に頼るしかない、自分たちを恥じているばかりですよ」
気のいい警部さんで、ヒーローに対しても理解がある。
中には、一部だが……ヒーローを快く思わない者も、いるのだ。
いつも、レッドはあっという間に怪人を倒す。なので、怪人の脅威が伝わりにくい。
わざわざヒーローに頼らなくても自分たちで処理できる、と思う者も出てくるのだ。
これも、ある意味レッドのせいと言えなくもない。
「それにしてもレッドさん、あなた、今日休日だったんですって? だというのに、いやいや頭が上がりませんな」
「いや、そんな……」
「後のことは我々に任せて、レッドさんは休日を満喫してください。事情も、おおむね聞きましたので」
どうやら、レッドが休日だという話は、警部も知っているようだ。博士が話したのだろうか。
わざわざなにを話しているんだ、と思ったが、グリーンが親指を立てて多分笑っていた。わざわざなにを話しているんだ。
しかし、そういうことならありがたい。
「でしたら、お言葉に甘えさせてもらいます。では、あとはよろしくお願いします」
「えぇ、任せてください!」
警部と、グリーンにも礼をして、レッドはその場から飛び去ってく。
そして、プールを出る……ように、見せかける。
人の気配がない場所であることを確認して、変身を解いた。
「はぁああ……」
疲れた……と、愛はその場に座り込んだ。
まさか、休日としていたこの日に、よりにもよって目の前で、怪人が現れてしまうなんて。
それも、あんな気持ちの悪い水の化け物。
あんなのに暴れられたら、被害は大きかっただろう。大きなプールに移動されたら、それだけ規模も大きくなっていただろう。
そのため、あの場で倒せたのは運が良かったとも言える。
それも、あの盗人女のせいだと思うと、釈然としないが……
「そういえば、あの人警察に突き出した方がいいのかなぁ……
……ま、いっか。疲れた」
多分だが、ネックレス盗難の被害者と犯人は、知り合いだ。そんな言い方だった。
なら、当人同士でなんとかするだろう。すごく疲れたし、余計なことはしたくはない。
「……尊たち、心配してるかな」
本当なら、このまま寝転がって沈んでしまいたいが……そうも、いかない。
愛はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと足を進めていく。
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