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第二章 ヒーローとしての在り方

第37話 乙女悩み中

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『今度の週末、遊園地に行かないか?』


 そのメッセージを受けてから、早くも時間が経過していった。
 結局愛は、尊と直接遊園地の話はしていない。なんというか、切り出し方がよくわからなかったのだ。

 愛の挙動に、恵は呆れていたようだった。こんなに近くにいるのに、メッセージでしかやり取りをしないなんて。
 尊と直接話しても、それはお出掛け以外のことだ。

 しかし、約束の日がついに明日。となったところで……

「愛、明日のことだけど……改めて、送っとくから」

 そう尊に言われ、愛はこれが現実だと再確認。
 もしかして、急に明日の予定はキャンセルに、なんて言われたら、その晩は枕を濡らすところだった。

 そして遅れてきたメッセージには、待ち合わせ場所と待ち合わせ時間が書いてあった。

「へぇ、お昼は遊園地内の施設で食べるんだ。いいじゃない」

 逐一、尊からの連絡を報告していた愛。その報告を受けた恵は、送られてきたメッセージを見てうなずく。
 お昼前に集合し、そのまま遊園地ということは、そういうことだろう。

 なのだが……

「あ、あのさ恵……聞きたいことが、あるんだけど」

「なぁに。ま、だいたいわかるけど」

「てっ……お、お弁当とか、作っていったら、迷惑かな。て、手作りの」

 恵も恋人ができたばかりだが、こういう相談ができるのは恵しかいない。
 愛の相談を受け、恵はうーんと考える。

「そりゃ、これが初デートって認識なら、そりゃあ作ってったほうが喜ぶと思うよ?」

「っ……」

 これまでにも、二人で外出することなんてたくさんあった。
 それでも、いかにも恋人と行きそうな場所へのお出かけは、初めてだ。

 これをデートと、もう認めるしかない。
 であるなら、手作り弁当は効果的に思えた。

「あ、でももし、施設内で二人で食べたい、ってたけたけが考えてるものがあるなら、お弁当は逆に迷惑かもねぇ。というか、そうでなければあいあいにお弁当ねだったみたいになってるし」

「ど、どうすればいいの!?」

「本人に聞けばいいじゃない」

 さも当たり前のように言ってくれる恵に、愛は歯を食いしばった。
 とはいえ、それしか方法がないのも事実。恵の言ったように、作った弁当が尊の考えの妨げになるのなら、自重しなければ。

 なので、愛は尊にメッセージを送る。


『お昼は、どこかで食べるつもりなの?』


「ふぅ」

 メッセージを送信し、ほっと一息。
 遊園地は楽しみだが、それと同じか……それ以上に、緊張してしまう。

 今まで、尊と出かける時に、こんな気持ちになることはなかったのに。

「ま、頑張りなよあいあい」

「うん……勇気、出さなきゃね」

 尊がどういうつもりで、遊園地に誘ってくれたのかはわからない。だがこれは、チャンスだ。
 少なくとも、嫌いな相手と遊園地に行く人はいない。幼馴染というひいき目をなくしても、尊は愛のことを嫌ってはいないはずだ。

 ならば、ここで勝負を決めるか……せっかくの遊園地という舞台で、シチュエーションとしてはバッチリだろう。

「あ……」

 そこに、スマホの着信音が鳴った。尊からの返信だ。
 表示されたメッセージ画面を見る、愛。

 そこに書かれていたのは……


 ――――――


「うーーーん……どうしようどうしようどうしよう」

 さらに時間は過ぎ、遊園地デート前夜。
 愛は自室の姿見の前で、悩んでいた。

 ベッドの上や床には、クローゼットから放り出してきた衣服が散乱している。
 服を、ズボンを、スカートを……自分の体に合わせては、唸っている。

「全然決まらないよぉ」

 デート前夜になってこの慌てよう。もっと早くに準備しておけば……というわけでは、ない。
 実は愛、デートのお誘いが来てから毎夜、服を当てては悩んでいるのだ。

「お姉ちゃん、毎日悩んでるー」

「うるさいなぁ」

 その様子を見て、弟の柊 海ひいらぎ かいはケラケラと笑っている。

 ふん、お子様にはデートという一大事に対しての熱の入れようがわかるまい……と、愛は視線も向けずに答えた。
 とはいえ、さすがに悩みすぎである。

 コンコンと扉がノックされ、開く。

「まったく、まだ悩んでるの?」

「お母さん……」

 部屋に入って来た母は、呆れたようにため息を漏らした。

「し、仕方ないでしょ。せっかく、尊から……
 お、お母さんならわかるでしょ!?」

「確かに、私もお父さんとデートするときは、結構悩んだりもしたけど……さすがにここまで重症じゃないわよ?」

「ぬぐ……」

 ここ最近は、学校が終わって帰宅したら、ほとんどを鏡の前で過ごしている。
 その異変を、母が気づかないはずもなく。

 娘の想いに気付いている母だったが、なにも進展しないのはこういうところがあるからじゃないか、と思っていた。

「もう、お気に入りの服があるでしょう。それでいいじゃない」

「でもでも、あんまり気合い入れて行っても、なんだこいつこんな張り切ってキッショ、とか思われたら……」

「思われないわよ。自分のためにおしゃれしてくれた女の子よ、嬉しいわよ」

 もうこのままにしておいたら、一晩どころか出発直前まで悩んでいそうだ。
 せっかくの娘の初デート、そんな苦い思い出にはしたくない。

「もう、仕方ないわね。お母さんも選んであげるから」

「お母さん……」

「それに明日は、早起きしなきゃ……でしょ?」

「っ……う、ん」

 情けない話だが、このまま一人で悩み続けるよりはずっといいと、愛は母の協力をありがたく受ける。
 それに、母の言う通り……今日は、夜更かしするわけにはいかないのだ。

 明日は早起きをして、準備がある。
 万全にするために、今日は早く寝て、体力を蓄えておくのだ。

「……明日……」

 もう暗い、窓の外を眺めて……愛はポツリと、つぶやいた。
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