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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました

第0話 十年後までお休み

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 ――――――視界が、赤い。

 うっすらと開く瞼。いや、うっすらとしか開けない瞼。
 その向こう側に映るのは、あちらこちらと歩く人の足、走る車。瞳を横に移すと、そこには青く清々しい、空が見える。快晴だ。
 なぜか、右側だけ、赤い。

 不思議な世界だ。だがそれは、時間の経過と、体に伝わる温かでごつごつした感触により、答えを知る。
 体に伝わる熱は、アスファルトによるもの。
 それを体に感じるのはつまり、己が地面に横たわっているということだ。

 だが、冷静に分析をする時間は残念ながら、残されていないようだ。次第に湧き上がる感覚は、熱さ。
 ……熱い熱い熱い。ひたすらな、熱。

 この熱さは、アスファルトによるものでは、断じてない。体全体が……中身が、焼けるように熱いのだ。

「――――!」

 誰かが耳元で、なにかを叫んでいる。だが、大声のはずのその声は、不思議と言葉が耳に入ってこなくて……それどころか、遠ざかっていくようだ。
 その内容は、聞き取れない。

 ただ、"彼女"が必死であるということは、なんとなくわかった。

「きゅ――――――ゃを! ――やく!」

「血が――――れか――――」

 耳元以外でも、あちこちで声が上げられているよだ。
 その内容が聞き取れないのは、騒がしさが重なり合って……というわけではない。

(あれ……これ……)

 意識は、ある。あるのだが、それに反して体は動かない。力が入らない。意識も、あるがはっきりとしない。

 得られる情報は、なにかないか。急激に、意識が冴えていく。どうしてだろう。
 耳はまるで、本来の役割を放棄したかのように、聴力は機能しない。かろうじて聞こえている音すらも、聞こえなくなっていく。

 視力も大した働きを見せることなく、視界はぼやけていく。目の前に見えるのは足、足……人の足。他を見渡そうにも、首が動かない。
 手も、足も……体が動かせない。

 かろうじて瞳は動く。細く開かれた視界から、情報を得ようと動かす。が、そこから見える景色には限度がある。
 しかも、視界が赤いのだ。先ほどまでなんともなかった左側も、赤くなっていく。

 なんだこれはと、考えて……

「……」

 ……今自分が、どんな目にあっているのか……思い出そうとしても、頭が痛くて思い出せない。
 ただ、そう……頭が、痛いのだ。割れるように。

「…………っ!?」

 瞬間、耐えがたい痛みが襲ってくる。怪我をしても、すぐには痛くならず、意識した途端に痛くなる、とはよく聞く。
 今のがまさにそれだ。途端に、頭が割れるような痛みが襲ってきた。

 焼けるような体の熱さ。割れるような頭の痛み。相当な苦痛は、容赦なく体を蝕む。

 ……ぽつ、と。ふと、何かが頬に落ちる。熱い体は、そこだけ水を浴びたように冷たくなる。水……雨でも降ってきたのだろうか。こんな快晴の空に?
 その感覚の正体を確かめるため、瞳を動かす。なんとか視界に映すことが出来たのは……

 幼い、女の子だった。 頬を伝う、水滴だった。

「――――ゃん! おに――――ん!」

 かわいらしい、女の子だった。今まで、見たことがないほどにかわいらしい。冷静に彼女を見ている暇はなかったが、それだけはわかった。
 涙を流し、喉が枯れるほどに叫ぶこの子供は、地面に倒れている彼に必死に呼びかけているのだ。
 ぐしゃぐしゃな顔で、泣きじゃくって。

 瞬間、理解する。

「……ぁ」

 そこで、ようやく気付く。視界を赤く染めているのは、額が割れてそこから流れ出た、自分の血であると。
 それが、アスファルトを赤黒く染めている。

 そこで、ようやく思い出す。フラッシュバックというやつだろうか。
 自分は、この子供を助けるために動いたのだ。それも、体が、無意識に。

 そこで、ようやく思い出す。信号を渡る子供。しかし歩行者側は赤であり、車道側は青。車は突っ込んでくる。そこへ、子供が飛び出したのだ。誰の目から見ても飛び出しだ。
 両者が衝突するのは時間の問題で……子供に気づいた運転手がブレーキを踏む。が、間に合わない。

 たまたま、彼はそこにいた。たまたま、その現場を目撃した。
 どうしてかわからない。勝手に体が動いていた。走って、子供を抱え、咄嗟に抱きしめ、体を丸め、衝撃に備える。


 ……ドンッ……!


 と、鈍い音がしたのを覚えている。その後、何かが地面に打ち付けられた鈍い音も。
 それが自分の体だと気づいたのは、いつだったか。

 体は傷だらけ、骨もいくつか折れているだろう。いや、折れているで済むだろうか。
 激痛が体を襲っているはずだが、しかしこの晴れやかな気分はなんだろうか。
 泣いている、この子を……助けられたから、だろうか。

 熱かったはずの体は徐々に冷たくなる。同時に、それが彼に"死"を連想させる。死に抗いたくても、抗う力すら湧かない。
 諦めたわけではない。未練がないわけではない。まだまだやりたいことはたくさんある。

「お――――――っかり――!」

 眠るように瞳が閉じられていく。体を揺らされても、それは安眠の妨害にはならない。命の終わりが、近づいて来ているのがわかる。怖い。死にたくない。

 ……だが、一つの命を助けたことへの達成感。少しばかりヒーローじみた思いが、沈んでいく彼の心に少しばかりの安堵をもたらせていた。

 そして……この時を持って、彼、勇界 達志いさかい たつしの意識はゆっくりと沈んでいった。 




 ――そしてこれから十年もの間、彼は眠り続け……

『たっくん!』

『タツシ様!』

 ……彼を取り巻く環境は、大きく変わっていくこととなる。
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