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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第15話 お金持ちのお嬢様?
しおりを挟む……泣きだしたリミをなだめるのに、数分。どうやら感激のあまり、泣き出してしまったようだ。
十年前助けた少女が、今こうして、立派に成長している……それは達志にとって、喜ばしいことだった。
話が一旦落ち着き、部屋が静寂に包まれた頃。再び部屋に響く軽いノック。それに対応した後、しかし先ほどとは違いすぐに、「失礼します」と新たに部屋に入ってくる人影。
リミの、少し斜め後ろに立つのは……
「イサカイ・タツシ殿、お初にお目にかかります。私、セニリア・ボルテニクスと申します。
この度は、リミ様を助けていただき、本当にありがとうございました。私からも慎んで、お礼を申し上げます」
眼鏡にスーツ……この部屋を訪れた由香と、同じような格好であるものの、由香とは全く違った印象を受ける女性が、一礼する。
その礼はきっかり四十五度に曲がり、口調はリミとは対照的にはっきりとしている。
背中まで伸びた緑色の髪を、一本に纏めて横に流している、サイドポニー。スラッと伸びた脚は長く見え、女性にしては背が高い方だ。
その目はキッ、と鋭く、表情は無表情。その格好も相まって、『出来る秘書』という印象を受ける。
それにしても『様』、の次は『殿』……達志の知らないうちに、仰々しい敬称が付いていくものだ。
「えっと、ボルテニクス、さん?」
「セニリア、とお呼びを。その呼び方はあまり好きではないので」
と、ボルテニクス改めセニリアはひそかに眉間にしわを寄せている。その理由は、ボルテニクス……とは堅苦しい印象を与える名前であるからであろうか。
であれば、それを気にする女性らしい面も、あるということだ。
「じゃあ、セニリアさん。セニリアさんって、リミの関係者?」
先ほどから、リミの後ろに位置している。リミ様、なんて呼び方をしているし。
年を思うに、セニリアはリミのお姉さんでも不思議ではない。だが、二人の関係性がそうではないことは、呼び方からわかる。
ならば二人は、どういう関係なのだろうか?
「えぇ。私……いえ私の家系ボルテニクス家は、代々ヴァタクシア家に仕えているのです」
当然の疑問に、淡々と応えるセニリア。仕えている……その言葉は、達志の乏しい頭にも事の意味を認識させる。
……もしや、リミの家ってお金持ち?
そんな考えが巡り、口をついて言葉が出る。
「じゃあリミって、良いとこのお嬢さんだったり?」
少しだけ笑みを交えながら、問い掛ける。なんとなく、この場の雰囲気を柔らかくしようとした。
しかしセニリアの表情は変わることなく、小さく首を振る。
「良いとこのお嬢さん、どころではありません。リミ様は我々の世界サエジェドーラ、その中にある我々の国を治める、ヴァタクシア国王の愛娘なのです」
セニリアの口から返ってきたのは、意外過ぎる言葉。それは衝撃の事実。
国王の愛娘ということは……リミは、次期女王ということになる。助けた女の子がお姫様……
「お、おう」
事の大きさが、大きすぎて掴めない。
だが、これが冗談でないということは、わかった。目の前の女性は冗談を言うタイプには見えないし、リミも困ったように笑っている。
「えと……じゃあ俺、一国の姫を呼び捨てに……
り、リミ様、打ち首だけはご勘弁を……」
「や、やめてください! しませんそんなこと!
タツシ様には、呼び捨てで結構です! いえ呼び捨てでお願いします!」
呼び方を変えようとしたが、リミはいやいやと首を振る。
どうやらそこだけは、頑なに譲ろうとしないようだ。仕える身としてどうなのだろうとセニリアを見てみたが、リミがいいのなら構わないといった態度だ。
「リミ様は、王国の姫……次期女王です。
実はニホンと異文化交流を結ぶ際、ニホンに訪れていたのです」
当時のことを振り返り、セニリアが口を開く。
どうしてリミがとも思ったが、次期王女なら、まあ政治的な意味合いもあったのだろうなと納得しておく。
しかし、説明をするセニリアのその表情は苦々しく、とてもあたたかな思い出を話そうとしているものではなかった。
「……当時、姫は奔放でした。そのお目付け役として、私も同行していたのですが……
私としたことが不覚にも、姫を見失ってしまったのです」
件の日を思い出し、自らの行動を悔いるように、歯を食いしばるセニリア。リミのお付きでありながら目を離してしまったこと、おそらく十年経った今も自分を許していないのだろう。
ちなみに、呼び方がリミ様ではなく姫になっているのは、おそらくそっちが本来の呼び方なのだろう。
「私が姫を見つけたのは、全てが終わった後でした。
当事者とはいえ、幼かった姫の証言だけでは信憑性に欠けると思われたのでしょうが、他にも目撃者はいました。彼らの証言を聞き……あの時何があったかが、判明しました」
当時の状況。それを思い出し、そしてセニリアは、まっすぐと達志の瞳を覗き込むように、視線を向ける。
整った顔を向けられた達志は、思わず顔を赤らめる。
さよなにも感じたが、美人系の顔というのは、顔を向けられるだけで意識してしまう。
「あの時、姫は赤信号にも関わらず飛び出したのです。当然、車は通っています。
姫が車にひかれそうになった時、迷いなく飛び出したのが……タツシ殿、貴方です」
それは、ウルカから聞かされた話と同じものだ。車にひかれそうになった少女を助けた、と。
「勇敢にも、貴方は億することなく、飛び出した姫を追い、その腕に抱きしめるように姫の身を守ってくれたのです。ですが貴方は、車に衝突。
しかも跳ねられた後の打ち所が悪かったらしく……
幸い、姫はかすり傷で済んだのですが、タツシ殿は意識不明の重体。結果……」
「十年眠り続けてた、と」
「本当に、ありがとうございました。貴方には感謝をしてもしきれません。もしもあの時姫に万が一のことがあれば……国王様は、貴方方の世界に対し、戦争を起こしていたかもしれません」
これがただの人助けではない……それを、思い知らされる。
達志は聞いていなかったが、ウルカが達志のことを『少女の命と、もっと大きなものを救った英雄』と称したのは、このことであった。
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