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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第17話 世界に置いていかれた男
しおりを挟む「……リミ」
十年前に自分が助け、十年分の歳月を経てこうして大きくなり、お見舞いに来てくれた少女。彼女が、自分のために泣いている。
自分のために泣いてくれる相手がいるというのは、なんと幸せなことだろう。
彼女はこうして心配してくれて、彼女のおかげで手厚い治療を受けることができた。
だがそれは、達志にとっては助けた相手が、たまたまお姫様だったという話。
そうでなければ、こんな設備と技術の治療は受けられず、今無事ではいられなかっただろう。
最悪、死んでいた可能性だってある。
「はは、俺はこうして元気だよ。……それにしても、凄いよな。十年も眠ってたのに体は健康体だし、こうしてちゃんと動く。魔法ってすげえよな」
泣きじゃくるリミを落ち着かせるため、元気をアピールするために腕を上げて見せる。
言って改めて、達志は自分の体を見る。十年もの時間を眠っていれば、体はやつれ、筋肉は固まり、体を動かせないほどではないだろうか。
母のストレッチのおかげもあるが、それだけではない。
多少肌は白くなり、体にだるさは残っていたが……そんなの、誤差の範囲だ。
世界が変わる前……十年前の世界での最新設備や技術で、最高の治療を受けていても、ここまで以前通りとまではいかなかったであろう。
それが、魔法ファンタジーが当たり前となったこの世界では、この結果だ。
まったく。すごい、としか言いようがない。
「我が国最先端の技術、最高位の医師……国の全てを賭けて、タツシ様を看病させていただきました!」
「医師……それって、回復魔法とやらを使う人たちで構成されたチーム、ってこと?」
「はい! 回復魔法に特化した、専門家たちです!」
国の最高技術と医師。特に医師は、回復魔法に特化した者たちを選出し、まさに選りすぐりのメンバーで、達志の治療に挑んだ。
完全体制で挑む姿勢には、リミの、自身に対する責任の重さが感じられる。
無論、リミの父……つまり国王の命令でもあった。
娘を、命を賭して救ってくれた少年を、必ず救え、と。
それほどの環境で治療を受け、達志の体はすぐに良くなった。傷は塞がり、損傷していた内臓や、頭も元通り。
だが、なにもかもが元通りとはいかなかった。最高の治療を受けて尚、十年も眠り続けていたという達志。
それは本当に、ただの事故が原因なのかと疑いたくなる程だ。しかも……
「……しかし、治療の影響でしょうか……
タツシ殿の肉体は、十年前から成長が止まってしまったのです」
それは、ウルカへの質問に対しても、はっきりとした答えはわからなかった現実。
嘘のようでも、事実として達志の体は、十年前から変化していない。
些細な変化こそあれど、根本的には十年前の……十七歳のまま、年を取っていない。
はっきりとした原因はわからない。おそらくは魔法治療の影響が、体の成長が止まっていたことに繋がっているのだろう。
というかそれ以外に考えようがない。
加えて眠り続けていたわけだから、当然精神年齢も十年前の時のまま。
それはつまり……
「……すみません。タツシ様の命を救うためとはいえ……こんなことになってしまって……」
先ほど、リミは自身の罪に許しをもらったような気がした。しかし、現実はそうはいかない。
再び暗い表情を浮かべるリミは俯き、震える手でスカートを握る。その表情には、今にも泣き出してしまいそうなほどに、申し訳なさが溢れ出ている。
恩人を救うつもりが、さらなる苦しみを与えてしまったかもしれない……その事実に。
「……」
そう、肉体も精神も十年前のまま。ということは……達志は一人だけ、世界に置いていかれた……ということになる。
十年間の時間を置いていかれ、たった一人、十年前のまま。
本来ならば年を取り、由香や猛、さよな同様成人し、眠ってはいても同じだけの歳月を、過ごしていたはずだ。
それがどうだ。同い年の幼なじみ達は自分を置いて成長し、母は年を重ね……
達志だけが、世界に置いていかれた。本来過ごしたはずの時間は達志を置いていったのだ。
「……そう、だな」
自分だけが、世界に置いていかれた。その事実に思うところが、ないわけではない。
だが少なくとも、そのことでリミを責めるつもりはない。
リミの厚意がなければ無くなっていた命だ。それに比べれば、体の成長くらい安いものだ。
そう思えるからこそ、達志にそれほどまでの悲観はないのだ。
だがリミは……
「……っ」
それに、負い目を感じている。自らの罪の贖罪のために行った、達志への治療……
それにより、リミは新たな罪を重ねることとなってしまった。
それは、自分を庇って十年眠るほどの大怪我をした、とはまた違った問題だ。
……『十年分の時間』という、決して取り戻すことのできないものを……達志から奪ってしまった。
同年代の友人達と歩くはずだった人生を、奪ってしまったのだ。
今となっては、十年分の差ができてしまった彼らはもう、同じ道を歩くことはできまい。
それは、謝っても許してもらえることはないだろう。リミは、どんな罰も罵倒も受ける覚悟でいた。
そんなリミに、達志は今抱いている、己の想いを吐露して……
「……顔を上げてよ。リミのおかげで助かった命なんだから、俺が感謝こそすれど、リミがそんな顔することない」
「ですが……」
「てか、さっきも同じようなこと言ったじゃん」
達志の中に、リミを責めようなどという気持ちは一切ない。むしろ彼女のおかげで拾った命だ。自分が感謝することはあっても、リミが謝罪をする必要はないのだ。
そう、彼女が責任を感じることなど何もない。
だから達志は、くすりと、笑った。
誰が悪いとか、そういうことではないのだ。誰にもどこにも、責任はない。
確かに信号無視で飛び出したのはリミなので、その点は反省しなければいけないが……
それを反省してほしいのであって、謝ってほしいと、達志は思わない。
そう、これは単なる、偶然の組み合わせなのだから。
たまたま赤信号で飛び出した女の子がいて。
たまたまその場に居合わせた少年が女の子を助けて。
たまたま女の子が異世界のお姫様で。
たまたまその国の最先端治療を受けられることになって。
たまたま目覚めたのが十年後で。
たまたまその間に世界が異世界っぽいファンタジーになってて……
「……って、そんな偶然重なるわけねえな」
それは偶然の重なりではあるものの、後半から明らかにおかしい現象が並んでいる。
一つ一つはよくある偶然……と言いたいが、言えない。
まあとにかく、そんなありえない現象が重なり、現在に至る。軽く笑みを浮かべ、嘆息と共に呟くに留める。
「まああれだ。俺は気にしてないどころかリミに感謝してるし、リミは俺に負い目を感じる必要はない。
つーわけで、この話は終わり。はい、オーケー?」
「……は、はい……」
まだ納得のいってないらしいリミだが、口早に話題を終わらせる。このままだとおそらく、話は平行線だろう。
リミのようなタイプには、少しくらい積極的にいったほうがいいのかもしれない。俺は気にしてない、だからお前も気にするな、と。
こう言っておけば、もうリミから言い出すことはないだろう。
あとは、リミの中で整理してもらうことに期待しよう。だが、ここで話題を終わらせる、のは後味が悪いので、話題を切り替えることにしよう。
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