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第三章 変わったことと変わらないこと

第126話 悶々とした想い

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「なんだか新鮮ですねぇ。タツとこうして、二人きりで帰るなんて」

「そうだなー」

「体育祭ももうすぐですし、楽しみですね!」

「そうだなー」

「……空が青いですね」

「そうだなー」

 言ってルーアは、空を見上げる。空は青いどころか、夕暮れのオレンジ色だ。
 むしろ暗くなりつつある。

 先ほどからずっと、達志は同じ言葉しか答えない。
 つまり、この男私の話を聞いてない……と、ルーアは達志を、ジロリと睨み付ける。

「やっぱり、由香先生と何かあったんですね?」

「そうだ……そんなことはないぞ?」

 試しに、先ほどから疑問に思っていることを投げ掛けてみる。それに対しても、同じ反応をとられると思ったが……違った。
 否定する達志であるが……逆にその反応こそが、先ほどなにかあったことを裏付ける。

 その様子に、ルーアは軽くため息を漏らす。

「わかりやすいですねぇ」

 当の達志は、誤魔化すためなのか視線を明後日の方向に向け、口笛を吹いている。
 吹けてない上に、その仕草自体がもう怪しい。
 というか誤魔化すために実際そんな仕草する人初めて見た。

 これは、これ以上聞かなくても、先ほど由香となにかあったんだと、わかるくらいだ。

「なにがあったのか……追及する気はないですし、聞いても答えてはくれないんでしょう?」

「ま、まあ……」

 それは当たり前だ。
 というより、仮に話せとなっても、なにをどう話したらいいのかわからない。

 由香との何気ない会話から、あんな流れになった。あれはまるで、告白シーンのようなシチュエーションだった。
 あの時ルーアが来なければ、由香にいったい、なにを言われていたんだろうか。

 達志だって、年頃の男の子だ。あんなシチュエーションで、思うところがないわけではない。
 あんなの、告白シーンの王道ではないか……とは感じていた。しかし、だ。

「まさかな……」

 あのまま、由香が告白してきていたら……と。
 あり得ない妄想を振り払い、軽くため息。

 そもそも、自分と由香は生徒と教師だし……幼なじみとはいえ、今となってはこんな子供に興味はないだろう。
 それこそ、由香の容姿なら男なんて捕まえ放題だろう。同僚の教師、それ以外にも合コンやなんかも……

「……」

 仮に、仮にだ。由香が十年前、あるいはそれ以前から達志が好きだったとしよう。
 しかし、その後十年の空白……たとえ好きだったとしても、十年という月日があれば、恋は冷めるだろう。

 だからあのシチュエーションは、告白っぽく見えただけの、別のなにかだろう。
 由香が自分のことをら異性として見ているなんて、そんなことあるわけない……達志はそう結論づけて。

「だから落ち着け俺……」

 先ほどからうるさいこの心臓を、何とか鎮めようと必死だ。

 確かに達志は、由香を好いていた。人としてではなく、異性として。
 今にして思えば、あの頃のまま共に時間を過ごしていれば……自然と、由香と付き合っていたんではないだろうか。
 そう思えるほどには、由香に対して、異性としての魅力を感じていた。

 だがそれも、達志が眠る十年前の話。
 今となっては、たとえ達志が由香に告白したところで、困らせるだけだし……なにより、今達志の中にあるこの気持ちは、本当に恋なのかわからなくなっている。

 現在の由香に対して、本当に昔のような好意を抱いているのか。
 今の達志は、今の由香を見ているのか。昔の由香の面影を、見ているだけではないのか。

 今心臓がうるさいのは、あんな美人先生とあんなシチュエーションがあったから。男の子として当然の反応だから……なのかもしれない。

 そんな曖昧な気持ちで由香に挑むのは、失礼な気もして……

「もしもーし、タツー?」

「……え、なに?」

「なに、じゃないですよ。さっきからまた黙り込んじゃって。
 私だからいいですけど、他の人の前でその反応はやめた方がいいですよ。絶対根掘り葉掘り聞かれますから」

「あ、あぁ、そうだな」

 この際、誰かに相談してしまおうか……いや、やはり、無理だ。
 ルーアどころか、幼なじみの猛やさよなにも、なにをどう言えばいいかわからないし。

 とはいえ、ずっと一人で悶々しているのは辛すぎる。

「……この際、四の五の言ってられないか」

 難しいことを考えるのは、この際やめだ。
 一人では抱えきれない。だから事情を知っている人物に相談する。それでいこう。
 ここは話がまとまらなくても、相談してしまおう。

 となると、やはりさよなだろうか。
 猛へのさよなの気持ちを知っている分、こういった話題は、さよなの方がしやすそうな気がする。

 あと猛と恋バナという想像ができない。

「では私はここで。あまり思いつめるようでしたら、話を聞きますから」

「あぁ。ありがとな、ルーア」

 一緒に下校しただけだが、ルーアには随分助けられた気がする。もしも本当にどうしようもなくなったら、彼女にも話してみよう。
 もちろん、要所要所はごまかしてだが。

 ルーアと別れ、帰宅した達志は早速、さよなに連絡することに決めた。
 思えば、目が覚めてから一番通話しているのは、さよなのような気がする。
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