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第三章 変わったことと変わらないこと

第128話 苦労人さよなさん

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 仕方ないとはいえ、思ったよりも面倒なことになっている。

「と、とりあえず、達志くんの気持ちをはっきりさせよう。
 他の感情論は抜きにして、素直な気持ちとして……由香ちゃんと付き合いたいってことで、いいんだよね……?」

「ん……」

 とりあえず今は、本人の素直な気持ちを聞くべきだろう。
 そう思って、聞いてみることにしたのだが……

「や、それが……確かにあの頃は好きだったよ。けど今は、その……本当に好きなのか、自信が持てないっていうか……」

「…………はぁ!!?」

 だが、返って来た答えは、あまりに予想外なものだった。
 素っ頓狂な答えが返ってきたため、思わずさよなは立ち上がり……今まで聞いたこともないような声が、響き渡った。

「ちょっと! 達志くんそれどういうこと!? 詳しく! 説明しなさい!」

「お、落ち着けって……!」

「達志ぃいいいいいいい!!」

 立ち上がり、まるで獣のように咆哮するさよな。その珍しい姿におびえながらも、達志はなんとか落ち着かせようと、声を掛ける。
 今にも掴みかかってきそうだ。いや、それだけが問題ではない。

 ふと、周囲を見る。さよなも、達志の視線を追うように、周囲を見回して……
 ここが、ファミレスであるのを思い出しす。その瞬間、先ほどまでの勢いが嘘のように、押し黙る。
 そして、静かに座る。

 その耳は、赤かった。我に返ったのだ。

「こほん……ふぅ、ごめん取り乱した」

「い、いや……」

「で、どういうことなのかな? 返答によっては殴っちゃうかもよ?」

「さよなさん、笑顔怖いっす」

 座って落ち着いたように見えたが、その笑顔が妙に怖い。
 しかも、握り拳を見せつける始末だ。

 ここがファミレスでなければ、有無も言わさずボコボコにされていたのではないだろうか。
 相手は、さよなだ……荒事は嫌いだし、誰かと殴り合っている姿など、見たことがない。

 しかし、今の達志と取っ組み合いになった場合、素直に勝てるとは言えない。
 達志は現役の高校生……とはいえ、最近鍛えてはいるがあの頃に比べ、体は弱っている。あとさよながめちゃくちゃ強くなっている可能性も、ある。

「だからその……なんて言えばいいか、わかんねえんだけど、気持ちが落ち着かないっていうか……
 あの時は、そりゃその……す、好きだった、けどさ。それは、十年前の……同い年の由香に対してであって。今の由香のことも好きなのか、わかんねえんだよ」

「……」

 達志自身も、この気持ちをどう表せばいいのか、わからない。
 もちろん由香に対して、全くドキドキしないわけではない。

 だがそれは、どちらかというと、大人の色気に対するそれだ。先日の告白のようなあのシーンのときは、そういう四柱推命だからドキドキしたのかもしれない。
 ……それが好きであるドキドキと同じなのか、わからないのだ。

「自信がない、と」

「ま、そう、なるのかな」

「……じゃあ他に好きな子ができたとか? 他に気になる子がいて、その子には由香ちゃんとは違うドキドキを感じるとか」

「それは……そうなのか?」

「私に聞かれても」

 聞いてみて、さよなは考える。達志に新しく、好きな人ができたかどうかの、可能性を。
 可能性としてはありえなくないが……他に好きとなり得る子と会うどころか、達志はこの十年眠っていたのだ。出会いなんかあるわけもない。

 あるとすれば、目覚めてから……そう、たとえば学校や……一緒に住んでいる、あの……

「これが眠ってた影響のなにかなのかな、感情が忘れちゃったとか。
 それとも、さよなが言った通り、他に好きな人ができたのかはわからないけど」

「……めんどくさいことになったなあ。由香ちゃんますます頑張らないと」

 こればかりは気持ちの問題なので、いくらさよなが頑張ろうと思っても、限界がある。外からどうするわけにもいかない、というかできない。
 面倒な二人がますます面倒なことになりそうだと、さよなは一人呟く。

 ただ、もしかしたら単に混乱しているだけなのかもしれない。寝起きはぼーっとしてしまうことが常だし、それの延長戦の可能性もある。
 十年寝てたのだから、その時間が長い可能性も。

「とはいえ……ちゃんとはっきりさせないとね。達志くんの気持ちもわかる……とは気軽に言えないけど、そうしないと前には進めないからね、二人とも」

「そうだな。……二人?」

「なんでもないでーす」

 このときばかりは、相談に乗ってもらっている手前『お前も頑張らないとな』とは、からかえない達志である。
 なんだかんだ、相談して少しすっきりしたのも、事実だ。

 そして、ここは自分がちゃんと導いていかないと……と。決意を新たにするさよなであった。
 ただその方法が、よくわからないのだが。十年以上も幼なじみに片想いしているさよなには、なかなか難題である。

「……帰りに、胃薬買っていこう」

 達志と由香をくっつけるにしろ、仮に達志に他に好きな人が出来たにしろ……この先、胃が痛くなる出来事に直面するであろうことを思う。

 だから、ファミレスからの帰宅中……人生で初めての胃薬を、買って帰った。
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