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奴らに復讐を

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 ……

 …………

 ………………

「ん……」

 そこには、一人の少女……いや、女性が倒れていた。
 寝ていた……わけではない。気絶を、していたのだ。

 女性は意識を取り戻し、ゆっくり起き上がる。
 いつから、意識を失っていたのだろうか。

 頭を押さえる。
 意識を失う前、すごい倦怠感に包まれていた気がするが……今は、むしろ頭がすっきりしている。

「私……」

 口を開き、喉の奥から声を絞り出した。
 途端、疑問。


 ……私、こんな声だったか?


『よぉ、起きたみたいだな』

「ぁ……」

 頭の中に、突如として響く声。
 これは、なんだろうか。

「……精霊さん?」

 ふと、口をついて出た言葉は、無意識なものであったが……瞬間、記憶が蘇る。

 自分がなにを思って、なにをしてきたのか……
 同時に、吐き気が込み上げてくる。

「うぅ……!」

 しかし、えづいても口の中から出るのは苦しげな声のみ。
 よく見ると、足元には、すでになにかを吐いた後がある。

 すでに、胃の中になにも残っていないのだ。

『落ちつけよ、深呼吸しろ深呼吸』

「……ん。すぅ……」

 頭の中に響く声は、直接響いてくる声だ。
 自然と落ち着き、言われたとおり、深呼吸をする。

 少しは、落ち着いただろうか。

「私……どう、なって……」

『いやぁ驚いたぜ。
 成功だ、お前は力を手に入れた』

「力……」

 言われて、彼女は己の手を見る。
 何度か握っては開いて、ちゃんと動くことを確認。

 そうだ、自分の目的を思い出す。
 あんなことをしたのも、すべては、魔族に復讐するため。

「不思議な、感じ……それに、なんだか胸が、重たい」

『おぉ、見違えたぜ。今、お前自分がどんな姿してると思う?』

「姿……?」

『見てみな』

 精霊に促されるまま、近くに湖を見つける。
 水の中を、覗き込む。

 そこには、いつも見ていた、リヤ本人の顔があるはずだった。

「……え?」

 ……そこにいたのは、知らない女性だ。
 知らない女性が、自分を見つめている。

 いや、目の前にあるのは水。自分の顔が反射しているのだ。
 だから、そこに映っているのは、知らない顔などではなく……

「わ……たし?」

 それを理解すれば、確かに知っている自分の顔の面影があるような、気がする。

 つまり……そこにあるのは、自分の、成長した顔なのだ。

「なんで……?」

 遅れて、自分の体を見下ろす。
 そこには、膨らみが大きくなった自分の胸元。

 触ってみる。この感触、自分の体の一部に間違いない。
 胸が、大きくなっている。

 ただ、それよりも……それよりも、だ。
 面影がある顔とはいえ、今の自分の顔は……

「人……?
 これ、まるで……魔族、じゃない……」

 改めて水の中を覗き込み、自分の顔を触る。
 肌は、少し青い。なにより……目が、黒くなっている。

 黒くなった目、目玉の部分が赤く変色していた。
 まるで、自分の故郷を襲った、あの魔族のようではないか。

『それが、お前の求めた力だ』

 混乱するリヤの頭の中に、響く声。
 それは淡々と、リヤの現状を語っているのだ……
 これが、リヤの求めた姿なのだと。

 しかし、魔族になるなどと……

「そんなの……!」

『魔族に、ただの人間が勝てる道理はない。幼かったお前には特にな。
 だから、おれ様は可能性を示した。力を得るための可能性を。
 それに、お前は勝った。これからお前は、魔族として生きていくんだ!』

「ま、ぞくと、して……」

『魔族であれば、お前の故郷を滅ぼした奴に近づくのも、不可能じゃない、ってわけだ』

 それは、リヤにとって受け入れがたい事実。
 魔族は憎むべき存在、なのに自分がその魔族になってしまった。

 とはいえ、精霊の言うことも事実。
 人間では無理なことも、魔族であればできることも、あるかもしれない。

「……わかった」

『おぉ』

「この体を、受け入れる。
 でも、なんで成長してるの?」

『さあ……体が、受け入れるために適応したんじゃねえのか?』

 この体は、魔族となった。
 だからといって、魔族②対する憎しみは忘れることはない。

 リヤは、決意する。必ず……魔族を、この手で根絶やしにしてやると!

『ところでお前、名前はなんてんだ?』

「……言ってなかったっけ?」

『あぁ』

 互いの名前も知らない、不思議な関係。
 リヤは、口を一度開いて……閉じる。
 なにかを考えるようにして、もう一度開く。

 そして……

「私は……」


 ………………

 …………

 ……


「ん……」

 ふと、彼女は目を覚ます。
 眠っていたのか、知らず疲れが溜まっていたらしい。

 ここは魔王城。晴れて四天魔像となった彼女は、城の一室を与えられていた。

 こうして、ふかふかのベッドに横になるのは、果たしていつぶりだろう。
 だからだろうか、昔の夢を見てしまったのは。

「……ねぇ」

 何もない空間に、彼女は呼びかける。
 しかし、当然ながらなにも返っては来ない。

 彼女が、人間から魔族となったあの日……あの日以降のこと。
 初めのうちは、こちらの言葉に応えてくれていた精霊は。いつしか、言葉を返してくれなくなった。

 元々彼女似、復讐のための力をくれた……それだけの関係。
 姿は初めから見えなかった、今どこにいるのかわからない。

「……さて、と」

 あの精霊と、いつか再会できるときは来るだろうか。
 彼女は……リヤルデーテは、ベッドから立ち上がる。

 休むのは、もう終わりだ。
 魔王に近づくことはできた。だが、それはまだスタートラインだ。

 かつて人間だった彼女の目的は、一つ。
 天井に手を伸ばし……ぐっと、握る。

 リヤではなく、リヤルデーテとして。
 人間ではなく、魔族として。
 彼女は、復讐を果たすまで……止まることは、ない。

「いずれ、私がこの手で、必ず……!
 ……死んでくださいませ、魔王様」
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